1月27日  (金)    除夕 旧暦 大晦日


   ツワブキ 花壇の隅で花を終え実をつけていた  17/01/27




今日は「除夕」(旧暦の大晦日)である。
この日はもう15年来、中国人にお宅に呼ばれ
ご馳走をいただき、餃子を食べ、そして「春節聯歓晩会」のテレビを観る。
もっとも、今年は参会者の半数はテレビよりもスマホに熱中している状態で
何か静か〜な宴会であった感じ、
そんな中時々びっくりするような花火の大音響が響く。
その花火も今年は今までと比べて少し少なめかな。


午前中、gacco の講座でダウンロード可能なものを収録
なにぶん10週間分くらいの量なので午前中いっぱいかかる。
午後はダウンロードできない講座「食養生」を視聴。
へぇ〜と思うことは多いし、話も面白いのだが
人一人一人にも、食べ物にも「寒」と「熱」があるなどというあたり
私にはあまり受け入れにくいものであった。





今日の「公案」

   三合の病いに八石五斗の物思い


                                         白隠禅師










  1月26日  (木)    


   匂いよこせよ   こちらは京都四条錦市場の天神さんの梅




ふっと気がついた。
gacco の授業はどうなっているんだ ? gacco のホームページに入ってみると
すでに開講している講座が5つばかり、開講予定のが5つばかり・・・
あわてて登録したのが「73 高齢者のからだとこころのアセスメント」「74 文化翻訳入門」
「75 交通事故被害者生活支援教育」「76 政治哲学入門」 以上が開講中のもの
これから開講するのが「77 都市の災害リスクとその備え」
「78 アートの力とマネジメント」「79 オーロラの謎」「80 死を想へ」
「81 戦争倫理学」の5講座。
それに12月から受講中で途中で忘れてしまっている「ビジネスエコノミクス」と
「食養生」の2講座がある。
いずれもテストやレポートはパスして世の中の話題についていくことを目的にして
受講しようと思っている。
さしあたって今日は「ビジネスエコノミクス Week4」を受講修了させた。





今日の「公案」

   眼裏塵あらば三界は窄く 心頭無事なれば一床寛なり


                                                              夢窓国師










  1月25日  (水)    


   匂いよこせよ   まだすこし早いが北野店神宮の梅




なんとなくかったる〜い感じの一日である。
せめてサウナだけでもとおもってプールに行ったら、なんとサウナの電源が落ちている。
これも神さんお計らいと観念してプールでストレッチ。
30分余してサウナをのぞいたがまだ温度は低い。しょうがない、プールとシャワーだけに。

街はもう春節一色である。朝から花火がでかい音を立てている。
一度などは誰かがドアをノックしているのかと開けに行ったほどだ。


ヒマつぶしに d'マガジン から COURRiER というのを読んだ。
「世界のジョーシキをかえる衝撃の『新設』」
「地球を一周して集めてみました『生きかた』コレクション」
との特集だが、ヒマつぶしにぴったりという内容で、なんのお役にも立ちませんでした。

いつも持ち歩いている小型手帳に「般若心経」「長恨歌」と絵本「那些単那座城」の文を
印刷した。紙一枚一枚をはずして、大きさを合わせての印刷はことのほか大変な作業。
それと「般若心経」だけれど、これにも句読点があるのだ。

それをはっきりさせると意味の取り方もかなり変わってくるということに気がついた。
普段は「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子」と一気読みだが
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子」となると
かなり感じも変わってくる。

アメリカもイギリスもやるなぁ。やっぱり農村国家日本と狩猟牧畜国家英米との違いなのかな
イギリスはEUよりも移民阻止を選んだし、トランプはやっぱりメキシコに壁を作るんだそうだ。
このあたりは移民問題のない日本では解らないことなんだろうなぁ。
第一次世界大戦が終わった時もアメリカは国際連盟に参加しなかったしなぁ、
TTP脱退なんてのもむしろ当然なのかもしれない。

夜は野菜をたくさん買ってきて久しぶりの野菜サラダ。これから数日はベジタリアンだ。




今日の「公案」

   無一物中無尽蔵


                  「東披禅喜集」










  1月24日  (火)    


   我が友人たち、真ん中の少し破れているのが私である。




春節期に入ると大使館も日本人会も酒の宅配もみんな止まってしまうので
念のため午前中に宅配を頼んでおいた。午後1時になっても来ない。
電話で確かめると明日配達するという。
まあ、何の予定もない日々に入っているのでいいんだけれど、
でもイヤホーンを着けるのも、トイレに行くのも控えて待っているのにねぇ。
何もしなくてもいい一日というのもなかなか大変なものである。
今日は以前読みかけてそのままになっていた高神覚昇著「般若心経講義」と
和辻哲郎著「道元」を読了した。「般若心経」はなかなか面白くて、これを読んでいる内に
プールに行く時間を失ってしまった。



今日の「公案」

   黙然無言
         時に維摩、黙然とて言無し。  維摩の一黙、声雷のごとし










  1月23日  (月)    


   根無し草ということばはあるけれども、根は無くとも花は美しく咲く




今日は開発区のあるお茶の先生宅の新年茶会によばれた。
「新年茶会」って今ごろ ? と思われるかもしれないが
中国ではこの28日が新年(春節)である。
街も12月末にはなかった迎春の売り出しににぎわっている。

開発区に行くちいうことで別の知人の会社見学をもさせてもらった。
FIGARO(費加羅)という可燃性気体検出装置をつくっている会社である。
200人ほどの中国人が働いているのだが、廊下を指でこすっても
ほこり一つつかない見事な美しさの会社である。
私個人としてはここの総経理(社長)さんに何度も高級白酒を
いただいたというつながりの方が大きいのだが・・・・

会社見学の後、新年茶会に。
マンションの中なんだけれども、待合いの路地からにじり口までついた
すばらしい茶室である。裏千家同好会の方や、
ご亭主のお茶の、あるいは日本語の学生さんたち、友人の方々などと
ご一緒に、私は第一席の主客として参加させてもらった。
もちろん正座など出来るわけがないので、
おしりに台をつけて胡座でというみっともない主客である。

全部で三席だったので、あとの二席を待っている間、
中国の方々と筆談を交えたりしながらいろいろと話し合って
これもまた非常にたのしかった。「我逢人」だなぁ。

お客さんがみんな帰った後、残った数人でご主人丹精の
お食事をいただく。
来ていたお客さんたち、ご主人にとっては大切な人たちの筈だのに
私たち数人だけに特別のご接待、恐縮至極であった。




今日の「公案」

   我逢人

                 構えた格好でも、些細な偶然でも、人との出会いは何かを生みます。
                 人は自分とは違う領域を持って生きている。
                 だから、出会いはあなたを広く深く成長させてくれます。
                 人と逢う事を大切に。人に逢える場を大切に。人と逢う姿を大切に。











  1月22日  (日)    


   この冬枯れの時期にあって元気なミントの葉




平岩弓枝著「花影の花」読了。
忠臣蔵の主たちがある意味華やかに散って、残された屋敷に展開する
大石内蔵助の妻、主税の母の目から見た忠臣蔵裏面史である。
今テレビで映されている華やかな、また悲惨な事件にも
報道されない表の主人公とは別の主人公の物語があるのだなぁ、と思う。

このブログだって毎日同じ事をやっているのに
昨日やったそのやり方を忘れて、あれやこれやと試行錯誤をくりかえして
やっと昨日と同じ画面が出てくるということが再々である。
ボードだって「す」はどこだった ? と探したりすることもある。

そういうのを見抜いてか、パソコンのスイッチをいれると
パソコンに不具合が起こっている、それを治すためにはこのすいっちを、というような画面がでる
まあ、ヒマなことだからと言うとおりにすると大分進んだ先で
この作業を完成させるためには○○円振り込んでください、てなことになる。
このごろの AI てのも本当に油断がならぬ。

プールの帰りに「外国食品スーパー」によって「珈琲味の酒」ちゅうのを買った。
食品のみならず酒の品揃えも多いし、紙やら洗剤やらいろんなものも売っている。
眺めているだけで結構楽しい。



今日の「公案」

   廓然無聖

                 「碧巌録」また「景徳伝燈録」










  1月21日  (土)    


   ずいぶんとやせ細ってしまったススキ、さてこれからどうなっていくんだろうか




午前は忠一・優子の個人指導。
初めに「いろはカルタ」を引いてことわざを思い出す
これはなかなか難しかったけど、「門前の???」とヒントを出すと
「あ、ぁ、ぁ、・・・言っちゃあダメ ! 」と自分で言おうとがんばる
そのあとはその音の漢字をまず小3の子がいくつか書く。
その後、中1の子がそれ以外の漢字を書く。
小1の子の早いこと、中1の子は「屁」とか「鵜」とか難しい字を書く
そんなことをやっていたら、またたく間に1時間ほどが過ぎてしまった。

午後は穣くんの個人指導。
まずは持ってきた絵本を読んでくれる。
読むといっても、この絵の中から貝殻を5つ見つけなさい、とか
ライオンを探して、など。どちらが先に見つけるか、私と本気で勝負だ
そのあと、これも持ってきた iPad でのゲーム。これは穣くんひとりで熱中。
私は横についていて、時々邪魔をするだけ。1時間弱やってやっとやめた。
これも持ってきた算数ドリル 2〜3ページやって投げ出す。
まだ「勉強」の方はなかなかやる気にはならないみたい。
多分「勉強」ではいっぱいイヤな思いをしてきているんだろうから
わたしも「勉強」しようとは言わないことにしている。
その内、私と「勉強」をしてもイヤなこととはつながらないと感じだしたら、自分からやり始めるんじゃあないかな。
「そっ啄同時」じゃあなきゃあね。



今日の「公案」

   そっ啄同時

                       「碧巌録」