4月30日 (土)   



  鳥羽下水処理場と名は悪るけれど、酒なき藤の花見は人みな和やか




Dマガジンにはまっている。
今日は雑誌「サライ」で禅の手ほどきを受けた。
まあ、雑誌なので中味はそんなに深くはないが
紙の本よりはずっと写真がきれい。

紙の本では昨日につづき、良寛さんを眺めている。
良寛70歳、貞心尼30歳の時の歌のやりとりである。
貞心尼  山がらす 里にい行かば 子がらすも 誘いて行け 羽根弱くとも
良 寛   誘いて 行かば行かめど 人の見て あやしめ見らば いかにしてまし
貞心尼  鳶は鳶 雀は雀 鷺は鷺 烏と烏 何かあやしき
なかなかいいじゃんかなあ。

今日は天津日本語教師会の幹事会である。
次の教師会は四国遍路中で欠席するため、会の内容や運営を話し合う会に
出席しても仕方が無かろうと欠席届を出していたんだが
代表から例会は欠席でも幹事会には出ろよと電話を頂いて出席した。
場所は伊勢丹7階の食堂である。エレベーターに乗ろうとしてふと気がついた。
HAPPY NEW YEAR 2016 のコマーシャルがでている。
もう5月だぜ、伊勢丹も完璧中国スタイルになってきているんだなぁ

「支付宝」という携帯アプリで買い物をした。
便利というか、頼りないというか、レジでパッとかざせば支払いが済んでしまう。
携帯への入金も家のパソコンで金額とパスワードを入れると
即座に銀行から振り込まれている。
なんだかヘンな時代になってきている。











   4月29日 (金)   昭和の日



  ハンカチの木と言うんだそうな  いろんな名前があるなぁ テヌグイの木 ゾウキンの木は検索にヒットしなかった




プールのサウナも今日一日は修理中だし、
今日は何もしない日と決めて、五木寛之「親鸞 下」を読み始めた
本自体は特に学ぶことがあるとか、感動したとかいうわけではないが
ただ自由にゆったりと本を読む、それが楽しい。
ふと気が向けば栞ではなくて、ただちょっと本を伏せて、
亀に餌をやったり、床を水拭きしたり、その途中でまた本に戻ったり、
時にじゃがバタースープ、時にコーヒー・・・・
要は「何もしない日」というのがいいのだなぁ。
もうちょっと暖かくなれば水上公園や長虹公園でぼんやり座りながら
本を読む、これは最高だなぁ

「親鸞」を読み終えたら急に良寛が懐かしくなった。
「別冊太陽 良寛」を引っ張り出してぱらぱら。
親鸞も良寛もそして一休も年老いてから
若い女性に入れ込んだお坊さんだけれど、それもまたいい。
親鸞や一休はなにか社会的にも偉い人って感じだけど
良寛にはそういうのがなくていい。

友達から「Dマガジン」というアプリを送ってもらった。
もともとは「ザ・テレビジョン」というTV番組雑誌が見られるということで
送ってくれたんだけど、これが素晴らしい。
なんと160種類以上の雑誌の最新号が無料で読み放題。
「アエラ」「きょうの料理」「サライ」「趣味の文具箱」「ダ・ヴィンチ」
「DiscoverJapan」「山と渓谷」「歴史人」などなど
今回はさし当たって「DiscoverJapan」から「人生に効く美しい日本語入門」
というのを読んだ。

食生活は貧しい。粉末飲食品オンパレードだ。









   4月28日 (木)   



  モッコウバラ  これぞ「ひさしを貸して母屋をとられる」という勢いだな




午前 老人大 太極拳42式
前半は基本動作練習の繰り返しであったが、それも結構楽しい。
後半新しい動作練習に進む。
休憩の時に知らない学生がやってきて、
「あなた太極拳、大分やっているの」ってきかれたよ。
自分のやっているのを大きな鏡で見ると全くイヤになるんだけれど
外から見て少しはサマになってきているんかなぁ。

午後 野菜を大量に買い込んで帰宅。なんか疲れてしまって
プールに行くのは止めようかと思ったんだけど、頑張って行く。
またまた「〜ねばならぬ生活」にもどっているなぁ。
まだまだ「心の欲するままに従いて規を超えず」というところに
達していないのだから「ねばならぬ」を作らねばならぬのだなぁ
ところがさすがに私の神様はもっと達している。行ったら
サウナ故障でシャワーだけで帰ってきた。行きたくないな、と
思ったら行かなくていいんだよって言われたみたいな感じ。

夜、また圧力釜焼き豚をつくった。昨日の残りの煮汁に酒とか醤油とかを加えて
味を変えてみたつもりだったが、特に変化なし。
その残り煮汁で大根をたいたら、こいつは旨かった。











   4月27日 (水)   



  遍路もこういう道だったら楽しかろうなぁ




DVD「わたしに会うまでの1600キロ」
というのを見た。驚いたなぁ。
アメリカにも「遍路」はあるんだ。
その規模も1600キロとすごい。
麻薬とセックスに溺れ人生を破綻した女性が
一人でほとんど人に会うこともない砂漠、
しかも熱帯と雪原の中を94日間歩き通し
新しい人生を始めるという「実話」である

「PCT
(PACIFIC CREST TRAIL) 」といえば
通じるような、砂漠の要所要所に案内板も
設置されているかなり公式(?)の
「遍路道」であるらしい。
こういうのが科学、合理、便利、機械の
アメリカにあるということを初めて知って
おどろいた。それにもうひとつ、なんで
今の時期にオレの前にこんなビデオが
というのにも驚いている。
もう一つある。
いま五木の「親鸞」を読んでいるんだけれど
その中に
身ひとっで大和へむかう範宴は、
それまでのお山の生活にない自由さを感じていた。
歩く、ということは、すばらしい、と範宴は思う。
旅をする、ということは、なんと気持ちがいいことか
風が吹いている。菜の花が黄色い海のように波うつ。
十九歳の範宴の心のなかにもさわやかな風が吹きぬけていくように感じられる。
かつて釈尊も、このように杖をついて天竺の大地を旅して歩かれたのだろう。
空はあかるい。
点在する農家の屋根のかなたに、二つの瘤のような山のすがたが見えてきた。
〈あれが二上山か・・・・〉
そのむこうは大和の国だ。

と、こうだ。ここでも私を「遍路」に誘っている。
この本では、空海の四国遍路の話はいまのところ出てこないけれど
親鸞(範宴)の時代にはまだ「四国遍路」は成立していなかったんだろうか?

圧力鍋手「焼き豚」を作って食った。








   4月26日 (火)   



  初夏 みどり輝く神戸森林植物園




驚いたなあ、朝起きたら、いきなり次のようなメールだよ。
  日本のことわざに「ひさしを貸して、母屋を取られる」がありますが、今、私は、この思いです。
  「ひさし」とは「学生用に発表の時間を作ったものを、たまたま参観に見えた時に、
  あなたの要望によって発表をお願いしただけです。ところがあなたの昨今の考えは 
  この学生の発表時間をすべて自分(久下さん)の裁量で行おうとしています。
  「天津老年人大学」の授業は、私の持ち時間です。そしてあなたは、一人の参観者であったはずです。
  そしてそれは今も変わりません。 学生の発表とその運営は、私の計画で授業責任者の私が行います。
  ただ単なる思いつきでなく、 学生の発表の時間は、今までの授業の流れの中で、
  あえて{学生のための時間}を設けているのです。ご承知ください。とても重要な時間なのです。
  「みんなで歌おう日本の歌」はあなたの思いつきでありますから、
  どこかで、 あなたの担当される授業の責任範囲で、行ってください。

というもの(原文まま、一部抜粋)だ。
要するに、お前やりすぎやから、もう来るな! ということだわな。
まあ、しょうがないわな。ぼろ屋にいきなりイルミネーション付きショーウインドーを
持ち込んだみたいな感じだったからなぁ。

不思議なのがメールを読んで、まず感じたのが上記の「まあ、しょうがないわな」
ということだった。その後も腹立ちも、がっかりも、虚脱みたいなものもない。
くしくも、昨日、書いたとおり
  自分なりに長い時間をかけて学生諸君も私自身も楽しめる授業を、と準備をしてきた。
  学生も喜んでくれたと思うが、なによりも私自身が楽しかった。
というだけのこと、そしてもうそろそろ、
同じ柳ではなくて、違う木の下に新しい魚を探せとのお告げかな。

家から天津日本人会まで歩いて、土曜日の「中国結講座」無断欠席の
お詫びに行った。会費の50元も払いたいと言ったが受け取ってはくれなかった。
まだ、前の本を返していないのに新たに4冊借りてきた。
DVD屋で14タイトル20枚買った。
またまた、既有のタイトルを一つ買ってしまっていた。

日本人会の帰りにプールに回るつもりだったんだが、本とDVDと伊勢丹での買い物で
リュックも重くなってしまったのであきらめて帰宅。
ビールを飲みながら「親鸞」をよんだ。不謹慎かな?












   4月25日 (月)   



  庭の隅 鳥が運んだかアケビ 花は見るが実を見たことはない  実の一つだに無きぞ悲しき あれは山吹だった




水曜日の老人大日語科の参観時に発表するPPTを作った。
プールもゴミ捨ても行かずに一日頑張った。内容は15分程度の簡単なものだが
PPTの文法みたいなのをすっかり忘れている。この前四苦八苦したのは12月末、
4ヶ月しか経っていないのにねぇ。去年の12月30日にはこんなことを書いている。
  おそらく実際の教壇に立っての授業はこれが最後の機会だろう。
  自分なりに長い時間をかけて学生諸君も私自身も楽しめる授業を、と準備をしてきた。
  学生も喜んでくれたと思うが、なによりも私自身が楽しかった。これで長かった教師人生の締めくくりだ
もう終わりと思った幸せが、また来るとはねぇ
プール行ったり、ゴミ捨て足りしとる時じゃあないわな。

夜、「100分de名著 歎異抄」の最終回(第4回)を見た。
さすがの伊集院光くんもちょっと消化不良になっているような感じだな。
消化しようとするからあかんのやろけどね。
あすから五木寛之「親鸞 上中下」全1000ページほど、読み始めようかな。

週刊誌連載の短編エッセー集「別れられないよね?」大石静著 読了。
いろんな発想がちょうど私と程度があうくらい(高級ではない)なので
気軽く、面白く読めた。 あまり程度が高くない例に次のようなくだりが

  もう大分前だけれど、管直人さんが、お遍路さんをやって話題になった。
  私は政権交替を願って、参議院選挙にも、その前の選挙にも、民主党に一票を投じたし、
  管さんは真面目な頼もしい政治家だと思ってきた。
  しかし、お遍路に行くにあたり、「自分を見つめ直す」と言われたと聞いて、ショックを受けた。
  いい年をして、自分を見つめ直すはないだろう。と思ったからだ。
  自分を見つめ直すなら、日々闘いながら、やって欲しかった。政治家ならなおのことだろう'。
  自分を見つめるのに、なぜ立ち止まらないとならないのか? 全力で走りながらでも、自分は見つめられると思う。

おいおい、いい年をして「自分を見つめ直す」ひとがいたらショックなんかい?
日々闘っていることを見つめ直そうと思っているのに、なお、全力で走りながらやれ、ちゅうんかい?












   4月24日 (日)   



  藤棚の藤も房を伸ばし始めた




しまった!! 昨日の「中国結」の講座、完全に忘れてしまっていた。
申込ながら無断欠席やってしまった。
ワシの呆け、認知症もとうとう人様に迷惑をかける「実」を伴いだしたみたいだ。
今日の夜になって気がついた時はホントびっくりしたなあ。汗かいたよ。
すぐメールでお詫びを入れたがそれで済むわけじゃあないわな。
明日にでもお詫びに行ってこよう。

忘れたと言えば、gaccoの聴講もこのところずっと忘れている。
気がつけば「まちづくり」講座もWeek2 はもう課題提出の期限も切れている。

そして「データーサイエンス」「えひめ南伊予」の2講座もすでに開講している。
明日あたりからぼつぼつ聴講再開だ。

このごろの「物忘れ」は確かに激しいが、これは「記憶力」が無くなって行っているのではない。
アインシュタインなんかと比べたらちょっと少ないかも知れないけれど、
この私でも記憶はびっくりするくらい保持しているんだよ。
ただ「思い出し力」が低下してきているんだ。
「記憶」そのものとしては、
幼い頃住んでいた家の玄関の横の和室の壁への汚れ、なんかも覚えていたりする。
5歳頃の冬の夜、「火の用〜心」と拍子木をたたきながら歩いた時に着ていた服の模様なども覚えている。
なにかの拍子にひょいと思い出すと言うことは、その材料が今も頭の中に蓄えられているということだ。
ほんとうにどれだけの記憶があるのかおそろしい。
これ、死んだとき閻魔さんの「思い出し力」のおかげで全〜部再現されるんだろうな。
歳いって生きている内は思い出さないようにする「健忘症」って素晴らしいよな。
「健やかに忘れる」ことの幸せ。











   4月23日 (土)   



  空よし 山よし 川もまたよし 月渡る橋




アルコール性急性腹痛症は完全に消滅した。
簡単すぎというか、飽きっぽいというか、持続性の無さはやっぱりワシだ。
たこ飯と味噌汁、昨日作った塩昆布で朝飯、塩昆布はちょっと辛すぎた。

銀行に行ってSWIFT CODE とやらを聞いて書類を作成し
3つの年金機構に振込先変更届を書き留めで郵送した。
郵送してから気がついた。あれ!自筆のサインっていうのしなかったわ。
うっかりか、痴呆か、ぼけか、注意力の無さはやっぱりワシだ。

銀行の帰り菜市市場により大根を買う。辛かった塩昆布を
もう一度煮直しながら、ふろふき大根を作ってプールに行った。

もう30年も前のことであるが毎日出張の形で大学院に2年間
内地留学したことがある。大学出てすぐ淡路島に下宿したことはあるが
寄宿舎とか寮とかに入るのは初めての経験だった。
4畳半を細長くして机とベットがあるだけの部屋だったけど
レンタルでテレビを借りてゼミの友達に見に来い、見に来いと誘った。
後で気がついたんだが、その時テレビを持っていなかったのはワシだけ。
そんなことがよくある。ワシは素晴らしい思いつきだ、新しいやり方だと
かなり興奮してよろこんで吹聴する。周りは何を今更当たり前のことを、
という顔であきれている。それでもいい。人に遅れて気がついても新発見だと
喜べるのは幸せなことだ。小さな子が、見て見て、聞いて聞いてと言うみたい

阪神大震災の時、私は避難所の管理人をしていた。
体育館に数百人の人がごろ寝している。寝顔もよだれも寝小便も丸見えだ。
なんとかならんかと考えて、段ボールがあればと誰かれなしに話してみた
そしたらこれ使ってくださいと段ボールを数百枚くれる人がいた。
それで体育館の中に屋根のない住宅街を建設した。
こんなこと当たり前のことに違いない。勿論熊本でもやっているよ。
でもその時はワシには全然そんな知識・アイデアは無かった。
他のみんなが知っていても二番煎じでも三番煎じでも、自分の中から何かを
創り出す、これって嬉しいことだよね。
ほれね。
こんなの他人が読んだら、なに阿呆なこと言っている、で終わりだけれど
「ね。聞いて、聞いて!」って目を輝かせて言っていた子どもの頃に戻るのも年寄りの特権かもね。










   4月22日 (金)   穀雨  満月



  ほろほろと山吹散るか滝の音  松尾芭蕉




アルコール性急性腹痛病で一日の自宅入院からなんとか退院にこぎつけたが、
まだまだ体調不良。今日一日はな〜んにもしない日と決めた。

考えてみれば、退職して10年、生きるためではなく、今までのご褒美として中国で日本語を教えるという
好きなことをやらせてもらってきた。そしてそれも卒業してな〜んにもしなくてもいいんだよ、という6年。
何時に起きようと、いつ何を食べようと全く自由である。  でも、またここで考えてみれば
飯喰わねばならん、洗濯せねばならん、リスに餌やらねばならん、プールに行かねばならん、と 
「〜しなければならん」生活になっている。

今日はなんにもしないと決めて改めてそのことに気がついた。

今日はうまく目覚めたもんで、朝から「やがて目覚めない朝が来る」大島真寿美著 を読み始めた。
そろそろ飯喰わねば、とかプールに行くまであと何時間とか考えずにゆったりと読む読書の楽しみ。
内容的にも「日本人の死に時」久坂部羊、「人間の覚悟」五木寛之、「日本人の誇り」藤原正彦などの
理屈っぽい話じゃあなくて、すっと感性に入ってくる物語だったので一日で一冊読了した。

と言っても一気に読了したんではなくて、途中でふっと、こないだの湯豆腐のだし昆布を塩昆布に
煮てみたり、洗濯機を回したり、リスに牛乳と別にヨーグルトをやってみたり、しながらの読了だ。
そのほかタコ飯というのも炊いて喰ったし、散歩がてらに銀行にも行った。
まだ身体がふらふらして宙を踏むといった感じもあったけれど
それでもちゃ〜んと新しい通帳を作ってもらってきた。
DVD「明日もきっとおいしいご飯」DEFぐらいをみたのかなぁ
そのへんでやめてTV「和風総本家」とかに切り替えて
ビールを2本栓を抜いたけれど1本半で眠たくなって寝た。
う〜ん、それでいいのだ。明日もきっと目覚めておいしいご飯だろう。

なんにも「〜しなければならん」と自分を追い詰めなくても、
しなければならんことは自然とやるわけだ。
「明日からは毎日今日は何もしない日」というわけには今のワシにはできないけれど
もうちょっとぐらい・・・・とつくづく考えた一日でした。












   4月21日 (木)   



  おんばひがさの何の花




朝7時ごろに眼が覚めた。身体が重たかったけど我慢して起きて
ココアを一杯のんだ。テーブルの上も台所の流しも昨日の残骸の山だ。
それを見ている内にやっぱりダメだとまた布団にもぐりこんだ。
次、眼が覚めたのが9時ちょっと前、今日は太極拳の日だ。どうしよう。
布団のなかで深い深い葛藤、
神さんが9時前に起こしたんだからやっぱり行こう。飯も食わずに飛び出した。
老人大展示室ではちょうど日本画展(いや、あれは日本がじゃあないな)を
やっていたのでぶらりとそれを見てから太極拳に。

太極拳をやっている間はしんどかったけれども何ということは無かった。
問題は帰りのバスに乗った時からだ。キリキリと腹が痛くなって
う〜んと声を出したいのを我慢しているとハンカチがびっしょり濡れる程
脂汗がでる。隣の乗客が大丈夫か?と声をかけてくれる程だ。
家に帰って 即バタン。
22日の朝7時ごろまでずっと寝ていた。
まだ時々腹がピクピクするけれど、まあ、なんとか治ったみたい。