4月10日 (日)   


  たとえ散っても小学校の桜は夢や希望に溢れていて素直に喜べる






♪枯葉散る夕暮れは来る日の寒さものがたり・・・っていうやんか。
こんなんは晩秋の風景かと思っていたら 天津では
これから夏になろうというこの季節にもこういう風景がある。
たとえ散っても小学校の桜は夢や希望に溢れていて素直に喜べるけれど
おなじ散っても ♪光っては消える無情の夢よ というわけだ。

プールに行ったらなんと水着を持ってくるのを忘れている。
♪冗談だよと笑ってしまったよ。サウナとシャワーだけで帰ってきた。
私は見ないんだけれどこのごろ
「聾を生きる」とか「痴呆・認知症」に関する番組が随分多くなっている。
私のためにやってくれているんだろうか。

嬉しいこともあった。
老人大日語科の学生から6日の私の発表について感想のメールをもらった。
私が社会につながる数少ない場からのリアクションは本当にうれしい。
♪こごえる私のそばにいてよ だな。
DVD「表参道高校合唱部 F」













   4月 9日 (土)   旧暦 3月3日 桃の節句


  ヤマブキ  「山吹色の小判」とか「実の一つだに」とか連想が貧弱






バーチャル遍路 JR牟岐駅をすぎて八坂八浜まで。
お寺はないけれど海を見たり、トンネルに入ったり
いやしの旧土佐街道を歩いたり、結構楽しそうな行程だよ。

散髪に行ってつるつるの坊主にし、髭も剃った。
中国の散髪屋はどの店も男女共用で、髭は剃ってくれない。
そのかわりこんなつるつるでもシャンプーはしてくれる。
はさみを使っての調髪とたっぷり時間をかけてのシャンプーの人と
同じ50元だ。なんかちょっと損しているような貧乏根性がはたらく。

午後は天津日本人会主催の裏千家春の茶会に出るため
天津大、南開大とぶらぶら歩いて行った。

天津大ではなにか大学祭のようなことをやっていて
売店がでたり、コンサートがあったりと楽しい雰囲気であった。

お茶会はまず薄茶を点てる体験から、初めての人対象の会なので
初心者になりきってお点前をたのしむ。まず自分用、次に隣の人用と
2杯を飲んでから、茶室には行っての茶会。受講生5人と人数は好くかったけれど
楽しいお茶会だった。軸は「閑かに座われば花は紅柳は緑」








   4月 8日 (金)   新学期始まる


  レンゲ草  仏さんが座る池の蓮華とはちがうんかな






水と日本酒を注文しているので午前中は家にいなければならない。
午前中家にいるのは普通なんだが、個室(トイレ)にこもったり、
イヤホーンでビデオを見たりしていると宅配を逃すこともあるので要注意だ。
おかげでチャーハンを作ったり、洗濯・アイロンかけの家事をこなし、
バーチャル遍路も再開した(これは音が不要である)。これは
薬王寺を出ると室戸岬まで17回 お寺はなく海岸沿いをひたすら歩く。

DVD「表参道高校合唱部BC」この前@Aは普通に見れたのに
BCを見ようとしたら「あなたの地域では見れません」と来やがった。
再起動してやりなおすとちゃんと見れるじゃあないか。
このDVDの舞台2015年6月28日だ。えらい新しいDVDなんだな。

夕食は3日間同じ、でも今日で一昨日のを食べ終えた。すっきりした。

先日の「人間の覚悟」から一節。全体としては中学校の道徳のお話みたいで
つまらないんだけど、このあたりは私の気持ちとおんなじだなぁ。

そろそろ覚悟をきめなければならない。 最近、しきりにそんな切迫した思いがっよまってきた。
いよいよこの辺で覚悟するしかない.な、と諦める覚悟がさだまってきたのである。
「諦める」というのは、投げ出すことではないと私は考える。「諦める」は、「明らかに究める」ことだ。
はっきりと現実を見すえる。期待感や不安などに目をくもらせることなく、事実を真正面から受けとめることである。
どんな人でも、自分の母国を愛し、故郷を懐かしむ気持ちはあるものだ。
しかし、国を愛するということと、国家を信用するということとは別である。
私はこの日本という国と、民族と、その文化を愛している。しかし、国が国民のために存在しているとは思わない。
国が私たちを最後まで守ってくれるとも思わない。 お金を銀行にあずけて頼りにしていられる時代ではない。
年金もおまかせでもらえるわけではない。高齢者に優しい社会などない、と覚悟すべきだ。
老人は若者に嫌われるものだ、と覚悟して、そこから共存の道をさぐるしかないのである。
家族、家庭、夫婦、人脈、すべてに対して頼る気持ちを捨てる覚悟がいるだろう。


まあまあ、こういう気持ちで天津で生きている。











   4月 7日 (木)   


  すぐに散ってしまうのにねぇ






昨日の酒が少し残っているのか、ちょっとぼんやりした寝覚め。
朝も昼も晩も昨日の料理の残りを喰った。おでんはやっとなくなったが
まだ喰いきれなくて明晩もまたこれで飲むことになる。
もったいなくて捨てられないんだなぁ。

頑張って42式太極拳に行く。太極拳風の準備体操をし、
練習をこなしていくと少し元気になってきた。

帰りはまた歩いて日本食材店に行き、日本酒6本を注文して更に歩いて帰る。
帰るとすぐに残り物を喰ってプールだ。もうすっかり昨日の酒は消えている。

元気になって帰ってきて来週の老人大日語参観でする発表の内容を考え始めた
随分気が早いことであるが、これは今の私にとって禅の「公案」みたいなもので
一週間、ずっと頭の端っこにおいてプランを温めていく。
前は視覚障害者学級(青木学級)のテーマがそれであったが、
それがなくなった今私にとって貴重な題材となっている。
プランを膨らませていくのは得意なんだが、それを削り込んでいくのが出来ていなくて
いつも思ったことの半分、2/3 しか発表できず、消化不良がある。
そう、これからの人生は削ることの練習が必須だよな。修行、修行、その道場が老人大日語科での発表だ。









   4月 6日 (水)   


  近江 三井寺の桜と塔






天津には桜はないんだけど、色とりどりの花が今を盛りと咲いている
この4枚は老人大学前の通りの街路樹である。
赤、白、黄色、どの花見てもきれいだな。

今日は老人大 日語教室の参観日である。
私の発表のテーマは「私とあなた」
俺を見つめてうなづくお前」「僕には僕の夢があり、君には君の・・・」
「あなた変わりはないですか」「あんた方どこさ、肥後さ」「おいら岬の」
「夜明けの歌よあたしの」「どうせワイは阿呆や」「我は行く蒼白き頬のまままで」
などなど、歌の歌詞をひきながら
中国では「我」ひとつで済んでいるのをいろいろに使いわけ、
男言葉、女言葉、人間関係、敬語などについて話す。
20分程の予定が30分に延びたけれど、それでも予定の半分程しか話せなかった
授業が終わった後、わたしこの歌が大好きという学生(老人)がいて、
二人で「昴」を歌ったりして楽しかった。

授業から帰って日語の先生ともう一人友達を誘ってわが家で飲み会。
昨日のうちに近くの「川国演義」に頼んでおいた「麻婆豆腐」等々の料理に加え
友人や先生の奥さんが作ってくれた料理などテーブル一杯に並べて、よく食べ、よく飲み、よくしゃべった。









   4月 5日 (火)   


  足下にも花ひらく  ほら、足下を見てごらん、これがあなたの






金がなくなったので銀行に行った。驚いた。
年金を受ける通帳が古くなったからと閉鎖されている。
4月の年金はこの通帳に送られてくるんだよ。
どうしてくれるんだ。
と日本語の解らない店員と、中国語の解らない私か窓口で約1時間。
結局、4月17日までは通帳は使えるようにしておくということで決着。
まあ、老と暇を埋めるために、次から次へといろんなことを仕掛けてくるものだなぁ。


「人間の覚悟」五木寛之著。 以下はその目次である。

 第一章 時代を見すえる
    時代は地獄に近づいている。資本主義が断末魔の叫びをあげ、
    あらゆることが下降していくなか、「命の実感」が薄らいでいる。
 第二章 人生は憂鬱である
    どこの国でも、いつの時代であっても、だれの内にも棲みっづけているもの。
    人が生まれながらに抱えた「悲苦」を見つめなおす。
 第三章 下山の哲学を持つ
    権利とは、何かを保障されることではない。安心・安全はありえない。
    下りゆく現代、自分を見っめる「哲学」が必要ではないか。
 第四章 日本人に洋魂は持でない
    神はあるのか。罪とは何か。その答えは、洋の東西で根本的にちがう。
    二十一世紀にこそ生かされるべき日本人の心性とは。
 第五章 他力の風にまかせること
    人間は、生と死のあいだで引き裂かれた存在である。不条理で、
    ままならない日々を生きるために、「他力」という意味を知る。
 第六章 老いとは熟成である
    アンチエイジングはあり得ない。だが、老いることは人間が熟成してゆく過程なのだ。
    「玄なる世界」で豊かに変わる関係性を知る。
 最終章 人問の覚悟
    いかに生きるかではなく、生きて在ること。そのことにこそ価値がある。
    その思いが、私たちの唯一にして不減の光明である。

という内容だ。







   4月 4日 (月)    清明節


  やっぱり花見はこうでなくっちゃあ






遍路の方はやっと薬王寺に到着した。左手に海も見え出した。
1番の霊山寺から約160q バーチャルは1回が50〜70分なので
42時間、1日4時間程歩いたとして10日間ほどかかっている
ということになる。普通の人は7〜8日の日程らしいが、
このカメラの人は何日かかったのかは判らない。でも
途中でひっくり返ったり(景色がぐるっと廻った)道間違えたり
なんか「同行二人」って気持ちにもなってきている。
薬王寺を出ると約80qひたすら海岸線を歩き続けることになる。
金剛頂寺着が61だから 61-42 あと20時間ほどの勘定だ。
怪我、病気、台風等もあろうからどうなることやら判らんけどね

食事はえらい質素になっている。朝は冷凍しておいた五目炊き込み
昼はコーンフレーク、夜はおでんの残り、ウィンナーとアジフライ、










   4月 3日 (日)    清明節


  神戸 湊川市場  こっちも春のにぎわいだ






今日はさて、
わたしは何をしてたのでしょうか
時の流れに身をまかせ、川の流れのように
おだやかにこの身をまかせ・・・・

朝起きてブログを書いている内に空腹を感じて
チャーハンをつくり、リス君とトントンに餌をやり
「日曜討論」を聞いて、バーチャル遍路と
プールにでかけ、水曜日の老人大(日語)で
20分ほど発表させてもらう構想を考え
DVD「表参道高校合唱部」の@Aを見た影響で
日本の歌をたくさん聞いて、
夜は「世界一受けたい授業」の後半を見ながら
一週間ほど付き合っている「おでん」をアテに
日本酒を燗して飲んで、寝てしまった。
おだやかに流れ去った平凡な一日でございました。











   4月 2日 (土)    清明節


  桜のトンネル  入学式までがんばれよ






朝 3時過ぎに起きてしまった。外は勿論真っ暗である。
こういうのもやっぱり「春眠不覚暁」と言うんだろうかね。
老人性早起きが始まってきたのかなぁ。早寝早起きよい大人だ。

とにかく春である。天気もいいし、風も穏やかだ。
天津には桜はないけれど、代わりに海棠だろうか空に花開いている。
路上は花見の毛氈ではなくて、射的、輪投げが道をふさいでいる。
日本だったらすぐに通行人が文句を言ったり、警察が来たりなんだろうけれど、
天津にはまだまだこんな風景がゆるされている。

清明節の三連休に入ったせいだろうかプールもおさなご連れが数組来て
大きな声を上げて楽しんでいた。サウナが故障だというので
プールからすぐにシャワー室に入ったら、服務員が来て
サウナ直したから入れという。確かに直っていたけれど、
まだ温度が上がっておらず寒い。けど私のために直してくれたんだろうな。
天津にはこういう優しさもある。

バーチャル遍路、阿南市水井橋から大龍寺、持福院、大根峠、平等寺まで
頑張る。大龍寺から大根峠を越えて下るまでは、これ大丈夫かい?
と思うくらい険しい道が続く。こんな道を歩くんかい? と思った。

DVD「at Home」
それぞれに暗い過去をもつ大人と子どもが
ほんとうの親子として寄り添って生きていく。
若干 無理はあるけれども、こういうのもアリかもしれないなぁ。

「神様におねがい」 大橋 歩 著
ほんとうのようなうそのお話 22編とうそのようなほんとうのお話 12編
うそのようなほんとうのお話よりもほんとうのようなうそのお話の方が
自由度が高くておもしろい。
さしづめ「at Home」なんかはほんとうのようなうその生き方ということかな

夜はサンマ、ギョーザ、たこ焼き、サラミ、キャベツ、レタスとわけのわからぬ
取り合わせで酒を飲んだ。おでん(毎日火を通していまだにある)からの
逃避である。おでんは好きだけどそうそう毎日というわけにはいかんわな。

4月になってテレビの番組がいろいろ変わって戸惑っている。
今日は「世界一受けたい授業 3時間スペシャル」さすがに途中で寝てしまった。









   4月 1日 (金)    新年度始まる  エイプリルフール


  さあ、4月だ、元気にいこう  有馬の桜をNHKが取材






年度が改まったからといって、別に何ということはないのだが
まあ、ちょっと無理にでも気合いを入れて・・・ということだ。

gacco「幼児教育」修了。写真は良かったけど
中味はつまらなかったので、レポートの作成は止めた。
サボりから始まった今年の春ということか。

「日本人の死に時」最後の方の抜き書き。私も全く同感だ。
むかしはみんな家で安楽死していた。近代医療の発達する前は、
たいていの人が自分の家であまり苦しまずに死んでいました。
自然に任せておけば、人間はそれほど苦しまずに死にます。
それは動物の死を見ても明らかなことです。死が苦しくなるのは、
人間があれこれ手を加えるからです。
放っておけば、そんなに苦しむ前に力尽きて死にます。(p145)

老いて身体の不具合が出てから、無理やり命を延ばされても、
本人も苦しいだけでしょう。

そこで私は、ある年齢以上の人には病院へ行かないという選択肢を、提案しようと思います。
病院へ行かないことの利点は、いろいろあります。
第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。
第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
第三に、よけいな病気を見つけられる心配がありません。
第四に、時問が無駄になりません。
第五に、お金が無駄になりません。
そして最後に、精神的な負担が減ります。     (p184)

江戸時代や明治時代に介護保険が必要なかったのは、たいていの人が自然の寿命で死んでいたからです。
今は少しでも長く生きたい、生きてほしいといえ欲望に振りまわされ、
多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い込んでいます。
文明は進むばかりが能ではありません。人間を幸せにしないのなら、ある部分を棄てることも、また文明の知恵であるはずです。 (p187)

つまり人智を超えた厄災は、逃れようと思えばそれだけ苦しみが増え、避けようと作為をほどこすほど煩いが大きくなるということです。
死に時を考えるといつことは、死を含むすべてに自然の時節をわきまえるということです。
若いうちにはよく学び、一人前になったらしっかり働き、中年になれば人生の収穫を楽しみ、老いれば達観するということ。
学ぶにも、働くにも、楽しむにも、達観するにも、それぞれふさわしい時宜があります。
死に時を過ぎれば、あとは余生です。ゆっくりと楽しめばいい。   (p194)

     余生を6年もいただいている今の私の心意気です。