1月10日 (日)    




  十日恵比須  商売繁盛で笹持って来い
 




   「飯乞うと里にも出でずこのごろは 昨日も今日も雪の降れれば」 良寛
そうそう、今回のいいわけは「雪」、私なんかプールに行かないいいわけは
天気、空気、体調・・・数えられないくらいあるもんなぁ。
   「大御酒を三杯五つきたべ酔ひぬ 酔ひて後はまたで注ぎける」 良寛
わたし、毎夜 良寛さんと同じ、いいねぇ。
   「言に出でて言へばやすけし下り腹 まことその身はいや堪へがたし」 良寛 
うん、解るけど 今のところこういう体調は良寛さんに似ていない幸せ。










   1月 9日 (土)    宵恵比寿




  難波 今宮戎 宝恵駕の行列 16/01/09
 




知人からカンボジア製の手提げ鞄をいただいた。
表はちょっと派手だけれども、裏はいい感じだ。
手提げの部分を切って、30pほど継ぎ足して首からぶら下げるずた袋にした。
前に別の知人からもらったクローネ(カンボジアのスカーフ)とともに
「天津遍路」の装束として使えよう。
どうやら天はワシの行脚、遍路を応援しているみたいだな。

またまたメールが受信できなくなっていた携帯がいろいろ触っているうちに
メールを受信できるようになった。さらにビデオも音楽も取り込めるようになった
音楽は般若心経を、ビデオは太極拳42式を入れた。

プールの帰りにオリンピックスーパーによって冷凍食品など買い込む

「聴読文庫」シェクスピアの「ジュリアスシーザー」「から騒ぎ」「ベェローナの二紳士」の
3冊を購入。文字を見ながら音でもしゃべってくれるというヤツだ。楽しいよ。











   1月 8日 (金)    




  柚子  焼き魚にも茶にもジャムにも、さらには風呂にいれてもよし
 




久しぶりに紙の本を読んだ。やっぱり紙の本はいいなぁ。
「その日のまえに」 重松清著
私あるいは私の大切な人が死んでいく、それに私はどう向き合っていくのか
私にはその準備ができているのか、そういうことを考えさせてくれる本である。
「月下の恋人」「龍鵬のくに」これは神戸に行く前に読みかけていた本である。
なんとなく、読む気を削がれてしまって、本溜まりに戻してしまった。

朝鮮半島が緊張している。
北朝鮮が「水爆を持ったぞ!」とウソをつく
韓国は「くそっ、お前の家の前で鐘・太鼓で大騒ぎしたるぞ!」

中東もおんなじだ。
イラン「サウジがおれを殴った!」
サウジ「俺はなぐってなんかないぞ!」
こんなバカなことで戦争して大勢の人々が人を殺したり、殺されたりする
今の「国家」ってこの程度の精神状態なのか?

日本から短期出張で来られた方から「大吟醸」を頂いた。
いつも飲んでいる「松竹梅 辛口」を不味いと感じたりしないように
感謝と用心でチビチビといただこう。










   1月 7日 (木)    春の七草のうち「スズナ(蕪)」




  日本の春の健康を支える七草粥 せり なずな おぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞななくさ
 




想像が良寛から道元に飛んで今日は YouTubeで角川映画「禅 ZEN」を見た
そこで聞いた言葉を2つほど。
  いわゆる坐禅は習禅にあらず  ただこれ安楽の法門なり  菩提を究尽するの修証なり。

  日常の生活を完全に離れ  今までかかわってきたものをすべて捨てる
  よいとか悪いとかの考えを捨て  考えること、あるいき悟ろうとすること
  一切の意図や思いをめぐらすことをやめるのだ。  これを非思量という。
  悟りを目的に坐禅するのではない  只管打坐  そのものが悟りである。


なんか坐禅にこだわりすぎている気がしないでもない。
ワシのように坐禅もあっさり捨ててしまったらもっと悟れるんじゃあないか
などと言うとこれは「不戯論」だと言って破門になったりもするんだろうな。

その他に道元が宋で学んできた「正法」の真髄は
「眼横鼻直」とあったが、これはよかったな。これは確かに真実だ。

「良寛にまなぶ「無い」のゆたかさ」中野孝次著
まだ半分くらいだけど、これは読んでいて楽しいよ。
それから、電子図書で「絶望しそうになったら道元を読め」山田史生著
というのを買った。絶望しそうなんてことは私には無さそうだけど
これもなんか面白そう。

天津では七草粥というのはちょっと無理。
でもこんなパックもあるんだ!  来年の1月7日には七草粥を食おう。











   1月 6日 (水)    北朝鮮 水爆実験




  日本の礼儀を支える行儀良い長い行列
 




「無圭礙、無圭礙、故無有恐怖」(ムケーゲ ムケーゲ コムウク)図はかつて私が刻った木印です
般若心経の一節で、要は何ものにもとらわれること(無圭礙)がなければ、
恐怖や不安を感じることはない、というぐらいの意味でしょう。
そう、「何ものにも」なのである。 金や地位や名誉はもちろんのこと
善や正義や、愛や信仰や、誇りや人間らしさや、生や死や・・・・何ものにもである。
「とらわれない」という観念にもとらわれてはあかんのである。
少なくとも私にはそんなことできっこないけれども
幸いなことに、そうならなければならないという「とらわれ」は私にはない。

昼、友人から神戸園で昼飯をおごる、との電話あり、
托鉢に出なくても、向こうからお布施がやってくる。
少し早めに行って、何かいい本ないかな、と図書大厦に寄ったが、
これというものは無かった。

その友人宅に寄ってVPNの設定にお付き合いする。












   1月 5日 (火)  




  日本の清冽を守る京の川縲




70歳の良寛は30歳の貞心尼から言い寄られ、喜びながらも照れて
「誘いて行かば行かめど人の見て あやしめ見ればいかにしてまし」
と人目を気にしているのに対して、貞心尼は
「鳶は鳶、雀は雀、鷺は鷺、烏は烏、何かあやしき」
と答えている。 う〜ん、これっていいよなあ。

「鳶は鳶、雀は雀、鷺は鷺、久下は久下、何かあやしき」


天津日本人会から

「メンズファッションスタイルセミナーのお知らせ」
  というのをいただいた。

  平素より天津日本人会の活動にご理解・ご協力を賜り厚く御礼申し上げます。
  この度、『嫌われないメンズファッションスタイルセミナー』を開催いたします。
  メイクをしない男性こそファッションで印象が大きく左右されます。
    こんな悩みはありませんか?
      ・ 洋服選びがめんどくさい。
      ・ 何を買っていいかよくわからない。
      ・ 自分の外見に興味がわかない。
      ・ ちょっとモテたい。
  これらはご自分に似合うものがわかれば、解決します!
  ファッションに意識を向ける事は、自分を客観視することにつながり、
  似合うファッションは内側から自信をサポートしてくれます。
  人間関係やパートナーシップ改善・向上のきっかけとしてもぜひご参加ください。

76歳 久下順司 参加いたしますぞ!!
「ファッションセミナー 行かば行かめど人の見て あやしめ見ればいかにしてまし」
「メンズファッション 久下は久下、76歳参加して何かあやしき」だよね。

ちょっとひびっているところはあるけどね。










   1月 4日 (月)    




  日本の空を守る里山の樹々
 




ー年の初めだからいろいろ思う。
今年は「良寛」と「四国遍路」と「般若心経」の年になればいいなぁ。
その他に「老子」「荘子」「孫子」なども少しはよせてやってもいい。
今朝は北大路魯山人「良寛様の書」  中野孝次「良寛にまなぶ「無い」のゆたかさ」
というのも電子図書で買った。
ああ、そうだ。ワシはキリスト教だった。「ヨブ記」なんかも少しは読もうかな。
それに直近の問題としては「Evernote」や小型パソコンの勉強も必要だ。

きょうの良寛さんの詩、最後の三行を改変した。
  「何知想行識
   夜雨無想庵
   双脚等閑伸」  まあまあ、似た生活をしているんだ

あさから一年分の「住宅管理費」を払いに行き、
午後は「スポーツクラブ」の更新料を払いに行った。
久しぶりのプールとサウナで気分も爽快である。
ただ新年早々の物入りがちょっと痛い。

携帯に送られてきた写真や携帯で撮した写真の取り込みがうまくいかない。
簡単に言うが、携帯をいじくりまわすこと昨日に続いて今日も何時間、
その結果の一行である。日常雑多に時は失われていく。

スンニ派しシーア派かい? 宗教ってのは本当に戦争が好きだな。
その点、日本の宗教はかなり平和的で仏様に感謝しております。










     1月 3日 (日)    




  日本の子どもたちを守るお地蔵さん
 




今年の初夢(2日の朝の夢のことだそうだ)で私は北朝鮮の視察に行っていた。
若干みすぼらしい病院でチマチョゴリ姿でいろいろと話しかけてくる病人たち
以前大変親切にしてくれた日本人のボランティア女性のことを知っているか、と聞く
知っていると答えるとたくさんの人が私を取り囲んで話しかけてきた。
みんな建て偏友好的で明るかった。

突然場面は変わって、私はかなり大きな川の中の畳数枚もあろうかという岩の上に
私は立って、川沿いの北朝鮮の家並みを眺めている。

3日の朝に見た夢も変わっている。
私は小型飛行機を買った。分解して大きな紙箱に入れられて以前勤めていた
中学校の校門のところで受け取った。個人に売る是が最後の一台ですと
えらいもったいをつけて言って、贈呈式みたいな形で受け取った。
すぐに同僚と一緒にその場で組み立てて、エンジンをかけるとすごい音がして
動き出したので、そのまま一般道路を反対車線も全部使ってごろごろと
家まで持って帰った。

いったい俺の潜在意識には何が詰まっているんだろうね。
フロイトみたいな人が側にいれば聞いてみたいものだ。

新しい携帯電話、電話は出来るんだけどめーるが出来ない。
鞍山西道の専門店に行ったら簡単に接続できるようにしてくれた。
ついでにパソコンとの接続もやってもらった。これも簡単にできた。
大喜びで帰ったんだけど、チャットで送られてきた写真はパソコンでは表示されない。
まだ、脳みそをUSBで繋ぐという技術はないので、今日の写真は全〜部
インターネットからのパクリである。

夕方、天津に来てすぐ、15年前の学生3人が食事に誘ってくれた。
それぞれ小学校に入った子ども、生後4ヶ月の子ども、一人は未だ独身だ。
食事中ーの写真や可愛らしい子どもの写真も送ってくれたのだが
パソコンに取り込めずに残念!!










     1月 2日 (土)    初夢




  日本のお正月を支える御柱
 




   「あらざらむやまいが見えし年の暮れ」
神戸に行っている間、24時間喉が渇いていた。頻尿も激しい。
医師法違反を覚悟で診断を下せば「糖尿病」だ。
去年は「老い」を受け入れる一年であったが、どうやら今年は
「病い」と向き合う年になりそうな感じだ。

昼になって冷凍庫(ずた袋の近代版だ)から麻婆豆腐の残りを
取り出して麻婆丼を作って食う。そろそろプールに行こうか、と
26階の窓から外を見れば写真のような空気である。
きっと良寛さんでも、これじゃあ行脚の気持ちは失せただろう。
「夢想庵」じゃあなくて、いっそ「無窓庵」とでもしておれば
こういう風景を見なくても済んだのかもしれないのにね

神戸行きの決算と今年の概算をした。
10月頃までは生きていけるとの素人会計士の判断である。










     1月 1日 (金)    元旦




  初 詣  2016年1月1日 いい天気  近くの神社や寺に初詣
 



開けまして
   おめでとう
     ございます

                        2016年1月1日


2016年元旦の天津は私に合わせたわけではなかろうが
ぼやりとした初日の出である。
   初日の出ぼんやりとしたまま昼となり
お正月と言っても日本におればこそのことで
ここ天津ではただ昨日に続く今日である。
   初春や昨日に続くきょうなれど
とんとんの水を替え、ご飯を炊いた。
そして盃一杯だけの酒を飲んでせめてのお正月の挨拶をした。

それでもずっと家にいたせいかいろいろと「仕事」をした。
@机の周りに積み上げられていた本と紙を整理、
 大晦日の大掃除が済んだかのようにすっきりとした。
 買ってきた本を書架に整理すると、
 「NHK 100分で名著 老子×孫子」をまた買っていた。
AWebmony Wolet にチャージが成功した。
 これでインターネット での本の注文なんかができる。
BEvernote インターネット上の記事や写真を取り込めるようになった。
 四国遍路というノートブックを作り1番から88番までの資料整理ができる(筈だ)
 一つのパソコンに入れれば他のパソコンや iPad にもそのまま入っている。
C「一太郎 2015」を2つのパソコンにインストールした。
 時間はかかったが、割合簡単にインストールできた。ただ今までの 2001 と
 使い勝手が違うのと、いろんな機能が増えているのでこれから大変だ。
D「ホームページビルダー 13」を2つのパソコンにインストールした。
 これはかなり前に買っていたソフトだ。一度インストールしたことがある。
 が、大変使いにくいということで仕舞い込んでいたものである。
E「FFFTP」を小型パソコンにインストールした。
 これで、出先からでもブログの更新は可能になった(筈)である。

元旦一日の作業としてはなかなかのものである。
そして、そのいずれもが「変化とチャレンジ」に富んでいる。

ただ、ほとんど「変化とチャレンジ」がないのが、ブログの中味だな。
でも、それはそれでいい。
人を唸らせよう、とか面白い!と言ってもらおうという気持ちはずっと前に
捨てたはずだ。無思想、平々、凡々、いつの間にか死んでいた、でいい。
良寛のようにそれを詩歌、書みや文で人に、後生に伝えられないけれど
寒かったり、暑かったり、寂しかったり、美味しかったり、は同じである。
  「たくほどは風がもてくる落葉かな」
  「いうことなけん草庵、無一物満窓の涼気君に分与せん」
  「静に住するは、これ出家。従来、思量を断ちたれども、覚えず涙、巾をうるおす」
  「首を回らせば七十有余年、人間の是非、看破に飽く。往来、跡は幽かなり」
           「NHK 100分で名著 良寛詩歌集」より
でいいんじゃあないの。

新年を記念してわが部屋に名前をつけた。  「無想庵」
「無受想行識」であり「一切顛倒夢想」でもあり、「虚無僧」でもある。
要は「無思想庵」の脱字である。