12月12日 (金)   天津発  上海泊


  8:15 自宅発  8:45 天津西駅着 9:31 天津西駅発(G211) 14:34 上海虹橋駅着 16:00頃 ホテル チェックイン

  

8時15分 自宅発。45分には天津西駅についた。出発まで45分ある。
改札ゲート前のベンチで本を読み始めた。ふと顔を上げると周りに人がいない。
えっ、と思って改札行くともうほとんど改札は終わっていた。危ないところだった。
乗車着席するとすぐに列車は動き出した。危ないところだった。
車中では読書の続き、午後は持参のワインを飲みながらDVD「ディナー」を看る。

定刻 14:34 上海虹橋駅着。15分ほどタクシーを並んで乗車。
道路はかなりの渋滞で、1時間ちょっとかかって(85元)ホテルチェックイン
ホテル(漢庭)はずいぶんみすぼらしいホテルである。
冷蔵庫は勿論、風呂も衣装ケースも寝間着も、ソファーも時計もない。
全国展開のホテルだけれども漢庭はやめた方がいいな。
ただ、WiFi にはつながり iPad でインターネットがOKなのはよかった。
メールは勿論、gacco にもアクセス可能。

ホテルに入るとすぐに港の下見にでかけた。
近い! 普通だったら5分でいけるだろう。工事で通行止めがあったが
それでも15分もあれば余裕で到着する。
ほかに外灘とか行こうかなと思ったけど道に迷ったのと何度も行った所なので
やめてホテルに帰って、すぐにワインと酒を飲みながら
DVD「磁石男」と「ごちそうさんと言わせたい」を途中まで看て寝てしまう。

天津日本語教師会に参加したいという人が
わざわざ上海まで電話をかけてきたのにはちょっとびっくり。
上海とは知らずに電話してきたのかも・・・・





  12月13日 (土)   

      

    上海発  新鑑真号 泊


何分昨日は寝るのが早かったんで朝3時頃に目が覚めてしまった
ベッドの中でしばらく頑張っていたがしょうがない、顔を洗って
オニオンスープとコーヒーを飲んで、昨日のDVDを看る。

朝食は漢庭ホテル1階の餐庁でわんたんを食ってから
ちょっと外へ散歩に出たが外灘に行く道がわからず
ただぶらぶらとして船中用のワインなど買って帰ってきた。
メールを出したり読書をしたりして時間をつぶす。

10時過ぎ、ホテルをチェックアウト、10:20 上海国際客運着
チケットを購入して待つこと45分、またまた読書を始めるが
今度は再々顔を上げて他の客の動きの注視を怠らない。
こんなところに置いて行かれたら大変だもんねぇ

一番に出国手続きを済ませて、乗船。
4人部屋の一等船室だが客は私一人だけ。これはいい!

真夜中に起き出しても、DVDや朗読付き図書を聞いても自由だ。
まずは gacco 「人とロボット」Week1 @からIの講義を聴く。
そのあとレストランからサラダと冷や奴を買ってきて
酒を飲みながらDVDを見始めたが
ちょっと船の揺れがきつくなったので
船酔いでもしたら困ると思って
DVDはやめにして寝る。






  12月14日 (日)          衆議院議員選挙   赤穂浪士討ち入り


    終日船中  新鑑真号 泊



何もしないでいるとよく寝るものだ。
昼寝を含めれば15時間以上も寝ていたかな。
船内をぶらぶらにも限度があるし、
どうしようかなと思っているうちに
オーディオブックで朗読を聞く、というのにハマってしまった。
これはなかなかいい。夏目漱石「門」を聞いた。
これは活字と違って斜め読みというのはできないので
じゅっくりと聞くよりしかたがない。
朗読は上手だし、会話の部分は女性は女性の声で、年寄りは年寄りの声でちゃんと声の演技付きなので
すこぶる雰囲気がいい。
iPad では勿論文章も出るんだが、その文字を見ながら聞くのと、音声だけで聞くのとでは
全然感じが変わってくるものなのだなぁ。






  12月15日 (水)   


     新鑑真号大阪港着  パソコン購入  神戸ポートタワーホテルチェックイン


  友人にあって早速申し込んでいた借金をして、神戸行きのひとつの目的であったパソコン購入


午前0時ごろに目が覚めてちょっと寝付きにくかったので
DVD「麦子さんと」を看るというよりは
ぼんやりと聞いている内にそのまままた眠ってしまった。
6時半ごろ目が覚めてコーヒーを作って飲み、
トランクの整理でもしようかなと思っていたら
7時半朝食の合図、窓外はいつのまにか神戸を通り越して
大阪港に入っていた。でも下船はやはり9時以後とのことだ。
一応下船準備を完了させたが、まだ45分以上ある。
本を読みながら待っているとドアをノックされて
早く降りてくださいと言われ、慌ててスリッパのまま
船のゲートまで言ってまた引き返すという始末。
ということで9時40分にはもう母国神戸に降り立っていた。

あとは順調にJR大阪まで行き、友人との約束通り
ヨドバシカメラに11時前に到着。
友人に電話をすると11時半には行くから入口で待てと言う
どこの入口だ?って聞くと、入口は一つだとのこと、
安心して待つが、なかなか現れない。
写真を写したりしていると突然でかい声で名前を呼ばれて
驚いた。やっぱり入り口は二つあったのだ。

まずはその友人が株主だという「吉野屋」ですき焼き定食
天津にも吉野屋は何軒もあるがいずれも不味い。
神戸のすき焼き定食は美味かったな。
さて、パソコンの購入であるが
私のパソコンソフトは古いものが多いので Windows8 では
動かない可能性が大である。どうしても Windows7 に押さえたいが
店頭に並んでいるのはほとんどが 8 である。中にひとつVAIO で7対応
というのがあったのでそれに決定。ところが7その段階になって
納入に2週間かかるという。これはだめだ。
別の商品をしょうかいされ、値段も手頃だったので、それを購入して
JRで神戸に向かう。車中友人が、まさかこれ8ってことないやろな
などと言い出す。あんだけ念を押したんだから大丈夫だろうと言ったが
でも・・・と車中で梱包を解いて付属のバッテリーで動かしてみると
やっぱり 8 だ。芦屋で慌てて飛び降りてとって返す。
店の方はすんなりと返品に応じてくれたけれども
こっちの大あわての代償はなし。結局 7 対応の商品はないということで
近くのソフマップで中古品をさがすことにした。
中古品とはいえこれは、というのは13〜4万する。
いろいろ相談して勧めてくれたのは名前は知らないけれど(MSIという)
品質はとてもいいというし、値段も手頃である。ただメモリーがやや不足
それも、割引分で補えるというのでそれに決定。
メモリ増設に1時間ほどかかるというので近くの喫茶店で待つことにする。
ところが喫茶店に入ってまだ注文をしないうちに出来ましたとの電話だ。
何も注文しないで喫茶店を飛び出した。

品物を受け取って再びJR普通で神戸に向かう。
何気なく外を眺めていると目の前を神戸行き普通が走っている、
おかしいんじゃあないと思って聞くとこれは三田行きだという、次の駅で慌てて電車を飛び降り再び大阪へ
こんなことをやりながら、とにかくも神戸ポートタワーホテルにチェックイン
パソコンも機嫌良く始動に成功。

忙しいことに今日はもう一つ行事がある。
天津での友人がちょうどその時神戸にいるというので、会って一杯やろうということになっていた。
ところが電話をしても通じない、メールを入れても当然のことながらすぐには返事はない。
駄目かなぁと思ったけれどもとにかく去年彼が泊まっていた行ってみて、フロントで聞くと
泊まっているかどうかは個人情報だから教えられない、伝言だったらお伝えしますが、という。
しょうがない、久下が北と伝えてくれ、とは言ったけれども、この時間食事に出ているだろうし・・・
あきらめて帰ろうかなと思っていると、ひょっこりと彼がエレベーターから現れた。
神戸の友人も含め三人で大いに飲んだ。

「終わりよければ、すべてよし」 なんかこんな感じの一日であったな。





  12月16日 (火)   在神戸2日目  富士山の大噴火(1032)

   今日は一日雨。 神戸の友人と一緒に、六甲の兄貴宅訪問


  この広告は阪急電車の山側真ん中の扉横にある。 写っている男性は兄貴の娘の旦那らしい


そんなに激しくはないけれど
朝から雨である。
今日は友人と一緒に12時ごろ
六甲の兄貴のところに行く。
六甲まではうまく行ったんだけど
そこから道がわからなくなって
兄貴に電話。何度も行った家だのにね

ま、とにかく家に到着して、
まずは兄貴の奥さんと私達の妹の位牌
に線香を上げてから。
用意をしてもらっていた鍋をつつきながら
談論風発、といってもしゃべってるのは
兄貴と友人で私はただ相づちを打つだけ
2〜3時間も話を聞いていただろうか。
中学生の頃にあったことぐらいあるかも
知れないけれどほとんど初対面の二人
よく話が合うものだと感心する。
そろそろおいとまをと思い出した頃
兄貴の娘さんが子(孫)たち三人を
連れて会いに来てくれる。
上の男の子は我々と同じ六校中学の
2年生である。そういうこともあって
大先輩として友人がいろいろな
お説教を垂れていた。
あとは小学校5年生と2年生の女の子。すごくいい子ですばらしく可愛い。

神戸ポートタワーホテル、3階4階が大浴場なんだけれども、そこにあったジム様のものを壊して
和室に模様替え中。もちろん風呂には入れるんだけれども、こんな殺伐とした廊下を歩いていく。
窓の外は名前の通りポートタワーが目の前である。






  12月17日 (水)   在神戸3日目  ライト兄弟初飛行成功(1903)



  恒例の芦屋の友人宅訪問、恒例の大ご馳走になる


朝風呂に入って、バイキングは控えめに。
11時友人来ホテル、
昨日は雨で持ってこれなかった荷物
(インターネットで買っておいたもの)を
持ってきてくれる。かなりの量と重さである。

すごい風の中、三宮南京町を経て
神戸にきた時はいつも寄せてもらっている
芦屋の友人宅へ。
クリスマスカードやクリスマスの飾り付けが
賑やかな部屋で、これ、久下さんの酒と言って
酒4本に次から次へとのご馳走。
今日の圧巻は特上神戸牛のステーキである。
厚さは3p以上もあろうか、見たとたんこれは
ワシのいればでは食えないな、と思ったが
食べてみると口の中でトロリととろける食感
こんなステーキを食ったのは人生75年で
初めての経験だった。長生きはするものだ。

このお宅には今年1月、6月、12月と3回も
おじゃまさせてもらっている。
酒の他にカレンダーやタベストリー、
万華鏡(これが何を見てもすごく綺麗!)などを
いただいて千鳥足で元町通りを歩いて帰る。






  12月18日 (木)   在神戸4日目  日本 国際連合加盟(1956)


  

  今日は尼崎で中学校長をしていたころの同期の校長との昼食会


午前中、ちょっと用事があって散歩がてら東灘区役所へ寄ってから
阪急西宮北口へ。
尼崎で中学校長をやっていた頃の同期の校長5人との昼食会。
病気や通院の話が出なかったのはみっけもんだったけど
それに代わっては人事のうわさ話。
聞いたことのある名前が登場するんだけれど、
私には縁の遠い話でただただ相づちを打っているだけ・・・
帰りの車窓から見ると吹雪といってもいいような雪が降っていた。








  12月19日 (金)   在神戸5日目  日本人初飛行(徳川大尉 1910)


  金閣寺 古川商店街  知恩院  円山公園  ねねの道  有馬温泉

  


今日は午後に三宮で落ち合って有馬温泉に行く予定だったが
朝早く電話があって、どっちみち午前中もヒマなんだろう
今から京都に行こうとの誘い。
勿論イヤというわけはない。というより私の神戸での生活は
すべて彼の立てた計画で動いているのだ。
すぐに予約してあったホテルの送迎バスを断って三宮へ。
まずは阪急電車に乗って京都金閣寺へ。
交通費は彼がくれた私鉄乗り放題というカードですべて無料

金閣寺では昨日の雪が樹の根っこや屋根に残っていて
ほんと一年に何度もなかろうという絶好の景色である。
金閣寺の庭園を愛でながら抹茶をいただいたりと
贅沢なひとときを過ごす。

昼時になったので、西の錦、東の古川といわれて
隆盛を誇っていたという古川商店街に、
しかしこちらは凋落はげしくシャッターの店が並ぶ。
そういう中でけなげに営業を続けている「万両」で昼食
庶民的なお昼 コーヒーも美味しい、ママも美人 ・・・

商店街を抜けたところの綺麗な小川に沿って歩いていると
知恩院の古門だ。ぐるりっと知恩院を見て回る。
はっきり中国系とわかる団体さんが幾組も
バスを降り旗を立てて遊覧しているのに出会う。
なんか故郷の人に出会ったような親しみを感じる。

そこを抜けると円山公園だ。
ここもまた広々とした公園である。
でも考えてみると金閣寺の庭園などもともとは
中国の禅宗文化をまねてつくられたもののはずだが
今や中国にはこういう閑かな雰囲気の庭園は見られないな
日本はいったん作ったものを磨き上げて使い続ける
中国は少し古くなると改装する、建て替える、塗り替える
そういう違いなのかもしれないな。

円山公園の前だったか、後だったか「ねねの道」という一帯
いい雰囲気の町並みが続いていて、そこを外国人を乗せた
人力車が走っていくのもなかなかいい。

京阪電車、阪急電車と乗り継いで、いったん、三宮に戻り

そのまま有馬温泉に。
もうとっぷりと日は暮れていたけれど
最終の送迎バスの8時半まで
金泉、銀泉、蒸し、露天、岩盤浴、溶岩サウナと
はしごをして、最後大急ぎで夕食をとって
10時過ぎにホテルに帰ってきた。
よく電車に乗り、よく歩いた一日であった。

PaintshopPro が新しいパソコンでは使えなくなっている。
どうしようかと思っているとちょうど昨日 Sourcenext が
それの上級版みたいな Paintgraphic3 というのを新発売した。
なんか私のために、という感じのタイミングだ。
さっそくそれを購入。今日京都の古風なローソンでお金を振り込んで、ダウンロードに成功。







  12月20日 (土)   在神戸6日目  鑑真6度目の渡航で日本着(753)


  ほぼ終日しょぼしょぼとした雨  午前中 買い物  午後 中高時代の友人と会う

  


神戸にきて2度目の雨である。そんなに強い降りではないが
傘なしでは動きがたい。このあたりが天津とは違うところだな
そんな雨の中、午前中はあちこち動き回って買い物、
帰りの船中での食べ物や、日持ちのする天津用の食い物など
リュックを一杯にしていったんホテルに帰り、休憩してから
また、中高の時の友人との夕食会に。
ここでもまた、よく食い、よくしゃべったわ。
去年はもう一人いたんだけれど、入院して今リハビリ中
今日の友人も
先週退院したばかりで
本来なら要安静なんだけど
無理して出てきてくれたのである。

ツタヤで借りていたCDを
全部パソコンに取り込んで返却
新たにDVDとCDを借りる。






  12月21日 (日)   在神戸7日目  冬至 納め大師


    神戸栄光教会でのクリスマス礼拝に出席  宇治の友人と昼食会

  

朝から神戸栄光教会のクリスマス礼拝
に出席。大学生の頃洗礼を受けた教会
である。その後教会に行くことも
ほとんどなくなったけれども
教会員としての意識も資格も
続いている。信仰は?
もし私が信じないと言ったとしても
イエスさんかお釈迦さんか知らないが
私を贔屓にして守ってくれているのは
間違いがない。これは「事実」である
ただ、長いこと教会に行っていないと
礼拝の仕方や、賛美歌の歌詞などが
変更になっていて戸惑うことが多い。
迷える「テンシン人」だなな。

礼拝が終わってから三宮で
宇治の友人との昼食会。
この友人ってのがちょっと変わって
いて、なれそめは私のブログを見て
一度お会いしましょうということに
なって、以後私が神戸に行くごとに
彼が三宮に来たり、私達が
宇治に行ったりしてお付き合いが
続いているのである。






 12月22日 (月) 在神戸8日目  伊藤博文初代内閣総理大臣となる(1885)


  神戸最後の日は恒例の神戸ポートピアホテル30階でのバイキングである。

  

神戸ポートタワーホテルの朝食バイキングは
なかなか立派なものなんだけれども、
5回目、6回目ともなるともうその内の2〜3品で十分
という気持ちになってくる。元来ケチなもんで
手をつけない料理の数々を見て何か損した気にもなる
まして今日の昼は神戸ポートピアホテル30階での
バイキングとあって朝食はずいぶんと控えめである。

昨日と一転してすばらしい天気
友人が予約しておいてくれた
窓際の眺望絶佳の席である。
神戸の町を一望納めながら
3時間、ゆっくりと何度にも分けて
料理を運び、話をする。
歳のせいか、すぐに腹一杯に
なってしまうのが少々残念。
もっともシルバー料金なんだから
決して損はしていないんだけど
ほとんど最後の客というほどまで
粘ってやっと退席。
今日はすぐに別れて
コンビニによって生鮮食料品に
類するような食べ物を買い込む。

そしてホテルに帰って
いよいよ最後の荷造りだ。
これもかなりの重労働。
ちょっと一段落したところで
風呂に入って酒をのんで・・・

下の右3枚は最後の記念に
そごうの広告を借用したもの。












 12月23日 (火) 天皇誕生日 



  神戸ポートタワーホテル チェックアウト 新鑑真号にて神戸港発  船中泊

  

明日、明後日は風呂に入れないので、今日の朝風呂はねんごろに体を洗った。
もっとも、2日間ぐらい風呂に入らないのは日常のことなんだけれども、
何分ここ1週間ほど1日に3度ほども風呂に入っていたもんで妙に風呂慣れしてしまっている。

8時半ごろホテルをチェックアウトしてタクシーで神戸港へ。
トランクもリュックもぎっくり腰になりそうなほど重い。
まだ9時にもなっていないのにもう乗船手続きは始まっていた。
そういえば昨日連絡先にしている友人宅に
10時までに乗船手続きをすませるように、との電話が入っていたな。
11時30分神戸港発というのはどうやらコケのようだな。
多分10時30分発にしたかったんだろうが、
連絡ミスがあったんだろうか、11時かっきりに船に飛び込んだ人があって、その1分後に出港。

部屋は今回もまた、4人部屋を一人で占領である。うれしい。
部屋の中に自由にリュックの中身を広げて、船中で消費してしまうもの、
リュックに詰めたままでいいもの
船中で消費して再度リュックに詰めるもの、などに分類。
酒やつまみ、インスタント焼きそばなどを除くとどうやらリュック一つに収まりそうだ。

後は例によって
昼から酒を飲んで、寝て、夜中に目が覚めて、また酒を飲んで、・・・・
瀬戸内海の夜は静かに過ぎていった。





 12月24日 (水)  クリスマスイブ



   終日 新鑑真号船中   

  

終日船中。昨日と同じ。
船中電源は220Vである。
電源コードの関係でパソコンは使えない。
iPadで朗読文庫 「門」の終わり部分と
「こころ上」を読む(聴く?)
「こころ」は以前に読んだことがあるが
耳から読むのはまた違った味があるので
聴き直すことにした。
耳から聴き直してみると漱石の文章というか言葉遣いはやっぱり綺麗で味わいがある。
さすが1000円札だ。もっとも樋口一葉は2000円だけれどもね・・・・・






 12月25日 (木)


  上海港着 列車で虹橋駅発 天津西駅着

  


朝3時ごろ目が覚めたので自販機でビールを買ってきて
1時間ほど「こころ」の先生と対話しながら飲む。
一人部屋の気安さだな。
6時ごろ起床。朝食は8時となっているが、
日本時間なのか中国時間なのかはわからない。
昨日はまだ日本時間だったが、今日はどうだろう?
と思っていると7時半に朝食の合図があった。
中間の「尖閣時間」ってのもあるのかもね。

朝食後、本格的な荷物整理をはじめた。着ていた作務衣もパソコンのクッション代わりにリュックに詰める。
予定では11時半上海港着である。フロントの白板には下船は10時過ぎとある。
実際には9時に下船準備が始まって、9時半には中国大陸に降り立っていた。
通関も至って簡単、トランクもリュックもX線を通しただけ。
開けろって言われたら再梱包にどれだけ苦労することか!
入国手続きも船のフロントにパスポートを渡しただけで終了。
とにかくこれで6月30日までの滞在が許可されたわけだ。

予定より2時間も早く解放されたわけだ。それはいいんだが、
帰りの列車は16時38分、上海発だ。今から7時間、大きな荷物をもってどうしょうか
仕方がない、とにかくタクシーに乗って上海虹橋駅まで行った。
電光掲示板を見ると14時54分発 天津西駅行きがある。
ダメ元で切符を交換してもらえないか、というといともあっさり30秒で交換してくれた。

それでも2時間半ほど駅で時間をつぶさなければならない。
ケンタッキーに入ってハンバーガーとコーラ、コーヒーで時間をつぶす。
このブログもそこで書いたものである。
その1時間ほどの間に3人も物乞いがやってきた。これは日本でも天津でもないことだなぁ
天津ってトップクラスの国際都市じゃあなかったのか。(いや、国際都市だからそうなのかな?)

列車の中ではずっと iPad で「こころ」の続きを聴いて過ごし
予定通り。20時21分天津西駅着。
そのまま地下鉄で帰ってこようとしたら、ここの荷物検査でひっかかった。
トランクを開けろという、なんだよ、日本出国も、中国入国も、税関も
ぜ〜んぶ通ってきたのに、地下鉄が文句言うとはな!!

しゃあないからカギを渡して勝手にあけろ、と言ってやったら
だめだ、自分で開けろ、というから、こんな地面でやるのはイヤだから机を出せ、と言ったら
机を出してきた。ワシは転がすだけで重たくてもてないからお前が机に上げろっていうと
二人がかりで机に持ち上げた。私がカギを開けて、ファスナーはお前が開けろっていうと
また、それも自分でやれというから、
もう地下鉄に乗るのやめてタクシーにするわって言ってやると
もういいわ、乗れ! 検査なしで通過した。
30分以上かかったよ。
天津の地下鉄は酒・白酒持ち込み禁止なんだって。

まあそんなこんなで無事神戸旅行は終了いたしました。