本の紹介
  067
  2013年
 7月15日
 『日本人の死に時  そんなに長生きしたいですか 

               久坂部羊著  幻冬舎新書

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   人間 だれでも

年をとっても元気でいたいとか、美しくありたい、仕事や趣味を続けたいというのは、人間として自然の欲求です。私だってそうありたい。

   でも

だけれど、それを求めすぎると、どうしても無理が生じる。
加えて、老人介護の間題があります。
愚かで美しくない上に、過重な負担になるのが老人。それを敬えと言ったって、とても無理な相談です, (p101)

   そうして、こんなことが話題になってきます。

有料老人ホームに訪問診療に行くことも多いのですが、ロビーなどで老人が淡々と語り合っているのを耳にします。
「もう十分生きたからねぇ」
「朝起きて死んでたら、どれほどええやろ」
「階段でこけて、そのままぼっくり逝けたら楽でいいんやが」

大腿骨骨折のあと車椅子生活になった久子さん(九十歳)は、居室での診察のたびに嘆きます。
「先生、わたしはね、生まれてこのかた、惡いことは何もしてませんの。
自分のことはあとまわしにして、いつも家族や人さまのことを思ってきました。
それがなんでこんなつらい目にあわないかんのでしょう。
脚が痛いし、歩けないし、ひとりでご飯も食べられませんの。
また元気になれるんなら生きてる甲斐もありますけど、弱る一方でしょう。
もう苦しいばっかりで、何も楽しみがありませんわ」  (p15)

「もう八十五にもなって、生きすぎやと思うてる。もう人生の役目も楽しみも終わった。
いつ死んでもええんやよ。そやから、こんな苦しみや不安で年寄りをいじめんといてほしいのや」
私は多少の覚悟をしつつ聞いてみました。
「それ、だれに言うてはるんですか」
郁男さんはちょっと考え、「神さんや」と答えました。
「もう十分に長生きさせてもろたから、お前、終わりっ、と言うて、ころっと逝かせてほしいんや。
神さん、こんなん殺生でっせと言うてるのや」
けれど実際は、私の医療が郁男さんを苦しめているのではないでしょうか。
もちろん善意でやっていることですが、結果的に彼をいじめることになっているのでは? (p29)

   でも。

今の日本の老人は、なまじ元気で気が若いので、いつまでも若者と同じ欲望に振りまわされている人が多いのではないでしょうか。
気が若いというのは、決して誉め言葉ではありません。
身体能力は若者に劣っているのに、精神面だけが若者に近いということです。
それでは着者を嗤うことはできません。
老人は弱るからこそ、深い知恵をつけられる。
失敗し、挫折し、何度もあきらめを経験するからこそ、新しい地平が見えるのでしょう。
若さや元気ばかりにすがりついていては、知意や満足から遠ざかるばかりです。 (p113)

   そして。

別の記事には、夜中にトラブルを起こす認知症の老人の例を出して、
「へルパーの、派遣は日中だけでなく、夜中にもすべき。そうでないと肝心のときに役に立たない」という主張もありました。
こういう老人に優しい記事を読むたび、私は憂うつになります。
これでは老人から満足する気持を奪うばかりではないか。もちろん、不当な我慢をすることはありません。
しかし、我慢しなくていいと言うのは、厚かましくなれと言うのと紙一重です。
厚かましい人は要求をたくさん通すようで、結局は満足から違いところにいます。
土日もサービスがほしいと不満を訴える人と、
平日だけでもサービスを受けられてありがたいと思う入の、どちらが心安らかでしょう。
我慢強い人は、それだけ満是に近いのです。 (p69)

   じゃあ、長生きすればどうなんでしょう。

長生きするとどんなことが起こるのか。
老眼になったり、ハゲたり白髪になったり、皺が寄ったり、入れ歯になったり、顔にシミができたり、
耳が違くなったり、腰が曲がったり、物忘れがひどくなったり、口が臭いと言われたり、
そういうことはほんの序の口です。 (p18)

▼排泄機能の低下
どんな人でも、永遠に排泄機能を保っことはできません。
老いれば一尿道や肛門の括約筋がゆるんできますし、きばるための腹筋も弱まります。
尿意や便意を感じる神経が鈍れば、知らないうちに出てしまいます。 (p19)

デイケアに来ていた松次郎さん(七十八歳)は、いつも知らないうちにパンツの前が、濡れていると嘆いていました。
尿意を感じると待ったなしに排尿がはじまるので、陰茎を右手でぎゅっと握って便所に走るのだそうです。
それでも間に合わず、廊下にこぼして妻に叱られる。
夜はし尿械を用意しているけれど、排尿の音がうるさいと、また妻に文句を言われる。(p19)

▼筋力低下
筋力が低下すると、起き上がれない、着替えられない、入浴ができない、
食事、洗面、歯みがきもできない、寝返りも打てないということになります。
  さらに進むと、声も出にくい、食事も飲み込めない、息をするのも苦しいということになる。
そこまで弱るのかと思われるかもしれませんが、私が在宅医療で診ている九十歳代の老人は、たいていそんな感じです。
いくら長生きといっても、そこまでは望まないという人も多いでしょう。
しかし、今、寝たきりになっている九十歳代の人たちも、思いは同じだったはずです。望みはしないけれど、生きてしまう。
それが現代です。適当な時期に死ぬというのは、なかなか難しいことなのです。 (p20)

▼歩行困難
若くてふつうに歩いている人にはわかりませんが、重力に逆らって身体を移動さらがせるというのは、実はそうとうな力を要するのです。
筋力の弱った老人は、常に重力に抗いながら生きています。
腰を浮かせることのたいへんさ、トイレに行く距離の遠さ、庭へ出ることのおっくうさ、車の乗り降りなどは一大事業です。
筋力だけでなく、神経も弱ります。だからなかなか足が出ない。出した足が身体を支えられなくてよろめきます。
わずかな段差でもっまずきます。絨毯や畳のへりなどは特に要注意。
しかし、転ぶ人は何もないところでも倒れます。むしろ、段差のあるところのほうが注意しているから安全なくらいです。
バリアフリーにして転んだ、という笑えない話もあります。
こけて骨折すれば、入院、手術。再起できる人もいますが、寝たきりになる危険は少なくありません。 (p20)

▼関節の痛み
関節も長年使うと、ひずみや摩も耗が起こります。
在宅診療を行っている清市さん(七十九歳)は、腰痛で座るのにも必死の苦痛。
立ち上がるのは奧さんの手を借りても、毎回「痛たたたたた!」とうめきます。
表情から察するに、その痛みは関節に五寸釘を打ち込まれるほどの苦痛のようです。 (p21)

寝たきりの寿美さん(六十八歳)は、オムツの交換のたびに痛みで脂汗を流します。
麻痺で股関節が'拘縮しているからです。リハビリで拘縮を治せないこともないのですが、たいへんな痛みを伴う苦行です。
いったん動くようになっても、リハビリをやめればまたすぐ固まってしまうので、苦行は生きているかぎり続きます。 (p22)

▼うつ病
がんや心臓発作の恐怖に性え、腰や膝の関節の痛みに泣く。
連れ合いに先立たれたり、家族に疎外されたり、社会的な地位や居場所を失ったりということもあるでしょう。
当然、気持がふさぐ。これが老人性うつ病の起こる仕組みです。 (p22)

▼不眠
疲れたら眠る。若い人には当たり前のことです。
しかし年をとると、眠るのにも体力がいることがわかります。老人が早起きなのは、遅くまで寝ている体力がないからです。
女性には膀胱の神経過敏がよく見られます。この状態になると、多い入で一晩に二十回ほどトイレに行きます。
パーキンソン病で身体が不自由な真佐子さん(五十八歳)は、尿意のたびにご主人を起こしてトイレに行っていました。
ご主人が睡眠不足で倒れそうになり、結局、バルーンカテーテル一導尿の管)を留置しました。 (p23)

▼呼吸困難
慢性閉室性呼吸器疾患。いわゆる慢性気管支炎と肺気腫です。
気管支に炎症が起きて狭くなったり、肺胞の壁が壊れて、酸素と二酸化炭素のガス交換が十分にできなくなった状態です。
いったん壊れた肺はもとには戻りません,この状態になると、
トイレに行くだけでハーハー、ゼェゼェ、早足や階段の上り下りなどもってのほかということになります。 (p24)

▼めまい・耳鳴り・頭痛
首を動かすだけで目がまわる、寝返りを打っと天井が波打つ、一日中耳が鳴っている、頭
の中でクマゼミが百匹鳴いているようだなどという訴えを、私は何度も聞かされました。
朝起きたら頭痛がする、寝ていても頭がガンガンすると、苦痛に顔を歪める人もいます。(p25)

▼嗅覚・味覚障害
「しょうゆとソースの区別がつかんのや。見てもわからん。識めてもわからん」
女性はさらに嘆きます。
「スキヤキを食べてもぜんせんにおいがしないのよ。カレーの風味も感じられない。
私の舌はコーヒーと紅茶の区別をっけられない。イワシもタイも同じ味」
だから、食事は命をつなくためだけに口に運ぶといいます。
うまみもコクも新鮮さもいっさい感じられない。死ぬまでそんな味気ない食事が続くのです。(p26)

▼麻痺・認知症
脳梗塞や脳出血、それに最近増えている脊髄小脳変成症による圧迫骨折、
さらにはパーキンソン病やリウマチなどによる麻痺と、
アルツハイマー病やピック病、脳血管障害、アルコール依存症や脳腫瘍などによる認知症など (p27)

   あ〜あ、嫌になりますね。でも。

簡単に死ねない時代
むかしから長生きがそれほどよいものでないことは、若い世代にあまり伝えられてきませんでした。
実際、長生きをした老人の中には、それを後悔したり不愉快に思ったりした人が少なからずいたはずです。
でもむかしは適当に死んでいたから、それほど悔いも大きくならずにすんだ。
しかし今はちがいます。どんなにつらい長生きでも、延々と生きなければなりません。
あるいは死が追ってきても、なかなかすんなりと彼岸へ渡れません。医学が進歩したからです。(p57)

むかしはみんな家で安楽死していた
近代医療の発違する前は、たいていの人が自分の家であまり苦しまずに死んでいました。
自然に任せておけば、人間はそれほど苦しまずに死にます。それは動物の死を見ても明らかなことです。
死が苦しくなるのは、人間があれこれ手を加えるからです。放っておけば、そんなに苦しむ前に力尽きて死にます。 (p145)

むかしはものが食べられなくなれば、自然に静かに死んでいました。
今は鼻からチューブを入れたり、胃ろうを作ったりしてさまざまな栄養剤を与えます。
消化吸収ができなくなれば、点滴や高カロリー輸液で補います。食事だけではありません。
呼吸も、循環も、排泄も、あらゆる生理機能が人工的に補助されるようになって、人間はなかなか自然に死ねないようになってしまいました。
長生きへの欲望を無批判に肯定したため、命を延ばす手だてだけが飛躍的に増えてしまったのです。
命はただ延ばせばいいというものではありません。どんなふうに延ばすかが問題なのに、医学はその視点をあまり重視してこなかった。 (p60)

江戸時代や明治時代に介護保険が必要なかったのは、たいていの入が自然の寿命で死んでいたからです。
今は少しでも長く生きたい、生きてほしいという欲望に振りまわされ、多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い込んでいます。
文明は進むばかりが能ではありません。人間を幸せにしないのなら、ある部分を棄てることも、また文明の知恵であるはずです。 (p187)

   そうして、やっと臨終を迎えます。

そのうち、自分の呼吸も弱くなり、マスクをはずしていられる時間が、五分、三分、一分と短くなってきました。
少ししゃべっては、すぐマスクで呼吸を補わなければならない。
そんな状態なのに、診察のとき、恵子さんは開口一番、「先生、今日は、いい、ネクタイしてるね」などと、その場の空気をなごませてくれるのです。
しかし病気は残酷にも徐々に進み、ほとんどマスクをはずせなくなり、声もかすれて、これではご主人と話すこともできない状態になってきました。
空気の洩れも止まらず、呼吸数が四十回くらい(ふっうは二十回以下)になっている。
だから私はもう一度、気管切開を勧めてみました。気管切開をすえれば、少なくともコキュの苦しみは免れます。
しかし、恵子さんはやはり拒否しました。理由は疾の吸引やバッキング(むせ込み) で、ご主人の手を煩わせたくないからです。
そんなことならへルパーもいるし、夜中でも世話をしてくれる人はいると説明しましたが、意子さんは黙って首をかすかに振るだけでした。
呼吸困難に続き、腰痛と関節の痛みが出てきました。身体をまったく動かせないので、耐えがたいだるさと痛みに襲われるのです。
はじめは通常の痛み止めを使っていましたが、十分な効果が得られません。
私は仕方なくモルヒネを勧めました。効果と副作用を説明すると、意子さんはよく理解した上で、つぶやきました。
「そうやね。もう、しんぼう、せんでも、ええもんね」
モルヒネで痛みはなんとか抑えられましたが、身の置きどころのないよつなだるさは消えません。
寝返りをするにも、関節が拘結してリラックスできないのです。
マッサージも無効、モルヒネの副作用で吐き気にも襲われ、便秘や口内炎も起こりました。
そして、十二月のある日、意子さんはついに最後の力が尽きたように、かすれる声で哀願しました。
「先生、今まで、負けたらあかんと思うて、がんばってきたけど、もう、ダメ。地獄の苦しみや。何とか、終わりに、してほしい。
死ぬ以外に、楽になる方法、ないんでしょう。 先生、あれ、やって、くれませんか」
「あれ」が安楽死を指すことは明らかです。意子さんが喘ぎ、私は慌ててマスクをはめました。
私は言葉をさがしあぐね、唇を噛みました。恵子さんが待ちきれないように、また発言を求めます。
「先生、自棄になって、言うてるのと、ちがう。本気や。お願い。自分でも、前に、試した。けど、自分では、なかなか、死ねない」
そう言って、私に左の手首を見るよう促しました,そこには深いリストカットの傷痕がありました。 (p139)

初診から五週間後、波子さんがついに危篤になりました。
私が往診に行くと、急の報せを聞いた親戚の人たちが駆けっけ、波子さんのべッドを取り巻いていました。
「波子さん、しっかりしいや」
「叔母ちゃん、元気出さなあかんで」
「いっしょにがんばろうて、言うてたやろ」
彼らはもっ意識のない波子さんを必死で励まします。しかし、ずっと波子さんの世話をしていたご主人は、静かに言いました。
「もうつらい目は十分やな。がんばらんでいいで」
私はご主人と波子さんを二人きりにするために、親戚の人たちを別室に呼びました。
そして波子さんの状態を説明しました。血圧が下がっていて、下顎呼吸(下額をしゃくるようにする呼吸で、死の間際に現れる)も出ているので、
臨終が近いこと、もう回復の見込みはないこと、意識はあっても朦朧状態で、苦痛はおそらく感じていないこと、
耳は聞こえている可能性があるので、みなさんが来られたことはわかっているだろうということも、つけ加えました。
私はできるだけゆっくり説明し、ご主人が波子さんと最後の時間を静かに過ごせるよう計らいました。
みんなが病室へ戻ったとき、波子さんの息はもうかすかになっていました。むやみに彼女を励ます人はだれもいません。
それから十五分後、波子さんは静かに息を引き取りました。(p149)

   やっぱり、無理な長生きをしないためには、病院を過信しないことかな。

病院へ行かないことの利点は、いろいろあります。 (p185)
第一に、濃厚医療による不自然な死を避けられること。
病院に行って、いったん治療がはじまると、しないほうがましという治療でも、治療法があるかぎり病院ではやらざるを得ません。
それが病院の役目ですから。そしてそれが悲惨で苦しい不自然な死につながっていくのです。

第二に、つらい検査や治療を受けなくてすむこと。
老人の検査は、往々にして治らないことの確認だけに終わります。

第三に、よけいな病気を見つけられる心配がありません。
老人になれば、だれでもどこか身体の異常はあるものです。
気づかなければそのまま放っておける異常も、見つけたら治療せざるを得なくなる。

第四に、時間が無駄になりません。

第五に、お金が無駄になりません。
医師の側から見れば、病院に来なくてもいい人が来すぎています。
そう思いながら、患者が来ないと収益が上がらないので、多くの医師は黙っているのです。
そして最後に、精神的な負担が滅ります。
病院に行けば安心と思うのは幻想で、実際はそこから不安がはじまります。

   さて、いかがでしたでしようか。