日本語のコーナー

  時々はクイズとか受験問題なども入りますが

  基本的には、読書と朗読のページです。


                       たぶん 毎月曜日に更新していくつもりです。  
日本語の
目次へ

ブログの
ページへ



    『空中ブランコ乗りのキキ  下』  別役実   
                                                 録音が少し長い(10分程度)のでダウンロードに時間がかかるかもしれません。


次の日、その港町では、金星サーカスのピピがついに三回宙返りに成功したという話題で持ちきりでした。
でも、午後になると、その町の中央広場の真ん中に、大きな看板が現れました。
「今夜、キキは、四回宙返りをやります。」
町の人々は、いっせいにロをつぐんでしまいました。
そしてその看板を見たあと、ピピのことを口にする者はだれもいなくなりました。
夕食が終わると、ほとんど町中の人々がキキのサーカスのテントに集まって来ました。
「おい、およしよ。死んでしまうよ。」
ピエロのロロがテントの陰で出番を待っているキキに近づいて来てささやきます。
「練習でも、まだ一度も成功していないんだろう?」
陽気な団長さんまでが、心配そうにキキを止めようとします。
「大丈夫ですよ。きっとうまくゆきます。心配しないでください。」
音楽が高らかに鳴って、キキは白鳥のように飛び出してゆきました。
テントの高い所にあるブランコまで、縄ばしごをするすると登ってゆくと、
お客さんにはそれが、天にのぼってゆく白いたましいのように見えました。
ブランコの上で、キキは、お客さんを見下ろして、
ゆっくり右手をあげながら心の中でつぶやきました。
「見ててください。四回宙返りは、この一回しかできないのです。」
ブランコが揺れるたびに、キキは、世界全体がゆっくり揺れているように思えました。薬を口の中に入れました。
「あのおばあさんも、このテントのどこかで見ているのかな……。」
キキは、ぼんやり考えました。
しかし、次の瞬間、キキは、大きくブランコを振って、真っ暗な天井の奧へ向かって飛び出していました。
ひどくゆっくりと、大きな白い鳥が滑らかに空を滑るように、キキは手足を伸ばしました。
それがむちのようにしなって、一回転します。また花が開くように手足が伸びて、抱き抱えるようにつぼんで……二回転。
今度は水から跳び上がるお魚のように跳ねて……三回転。
お客さんは、はっと息を飲みました。
しかしキキは、やっぱりゆるやかに、ひょうのような手足をはずませると、
次のブランコまでたぷり余裕を残して、四つ目の宙返りをしておりました。
人々のどよめきが、潮鳴りのように町中を揺るがして、その古い港町を久しぶりに活気づけました。
人々はみんな思わず涙を流しながら、辺りにいる人々と、肩をたたき合いました。
でもその時、だれも気づかなかったのですが、キキはもうどこにもいなかったのです。
お客さんがみんな満足して帰ったあと、がらんとしたテントの中を、
団長さんを初め、サーカス中の人々が必死になって捜し回ったのですが、むだでした。
翌朝、サーカスの大テントのてっぺんに白い大きな鳥が止まっていて、
それが悲しそうに鳴きながら、海のほうへと飛んで行ったと言います。
もしかしたらそれがキキだったのかもしれないと、町の人々はうわさしておりました。