コンゴの芸術・・・
    神戸第二日目      


12月10日 (火)  0930  0000  0911  0000  0715
 

朝起きてすぐに朝風呂。
ゆっくりとしてから朝食。
朝食のバイキングは
サービスである。
なかなか立派なものである。
夕方までは単独行動。
残りの土産物を買ったり
天津からメールで頼んでおいた
私の似顔絵入り煎餅を受け取りに行って、
さっそく神戸の友人たちへの土産にしたり、など結構忙しく動き回った。
夜は中学・高校時代の友人たちの同期会に参加。
何十年ぶりの友人もいるんだが、放談、また放談で楽しく過ごす。
今日は写真をとるのをほとんど忘れていた。








コンゴの芸術・・・
    神戸着 神戸第一日目      


12月 9日 (月)  0930  0000  0911  0000  0715
 



9日朝 6時ごろ起床。
昨夜は夜中の2時ごろまで飲んでいたので
何となく目覚めが悪い。
新鑑真号の朝食も本当なら8時からの筈が
7時15分、なにげなく見に行くと
みなさんもうほとんど食べ終わりかけていた。
これまた危ないところだった。
今日のサービス朝食はパンとゆで卵に粥
8時には神戸港接岸。
あわててにもつの整理などしていると
ドアがノックされて検温が始まるから
すぐに来いという。
まだ荷物も出来ていないし
これにはちょっと慌てたな。
まあ、検温だけで
実際に下船したのは予定通り9時半。
入国審査も税関も比較的簡単に通過
友人に迎えられて
ポートライナーで三宮へ
第一にした仕事は郵便局に行って
ビザ申請書類を旅行社に送った。
これが目的で来ているのだから仕方がない。
すぐに「今、送りましたから」と電話して
まず、一件落着
まだ、午前10時過ぎだ。
ホテルにチェックインできるまで
まだ4時間もある。
その間に友人の個展を冷やかし、
もひとつ、友人の「暮らしの民芸展」にも足を運ぶ。
荷物は個展会場にあずかってもらって
いろんな店を冷やかして歩く。
昼飯は「つるてん」でぶっかけそば
頼まれていた土産物などをほとんど買った。
それに友人に会員になってもらって
「ツタヤ(貸しDVD店)」で
CDを16枚ほど借りる。
全部、日本の和楽器及び民謡である。
これをこの10日間で録音して持って帰る。
夜はこれも恒例の垂水の「増田屋」で
寿司とてっさ、
友人と別れて、ポートタワーホテルに。
人工炭酸カルシウム温泉という大浴場にゆっくり入って、もう一度酒を飲んで神戸の第一日は終わる。








コンゴの芸術・・・
    昭和十六年十二月八日未明 我が帝国海軍は・・・・の日である      


12月 8日 (日)  0930  0000  0911  0000  0715
 

一日中、船内である。
朝は7時10分に起きた。ひょっとしてと思ってレストランに行ってみると
8時からの朝食はもう始まっていた。船内はすでに日本時間になっている。
朝食は無料。粥は二杯喰った。
午前中は iBook で「お遍路小娘」 いとうあゆみ著を読む。
これはすごくいい本だった。写真が感動するほどにきれい。
文章も本当に生き生きと旅の動き、心の動きが素直に語られている。
こういうのが無料でダウンロードして読めるとはすごいことだね。
12時、五島列島沖を通過。天気はすこぶるよい。
天気晴朗、波穏やかである。中日もかくあってほしいものだ。
甲板上でしばらく日向ぼっこをしたけれどもそれにはやはり少し寒い。


午後、すこし船内をぶらぶらした。とにかく乗客が少ないのでどこもがらんとしている。
右端のコーヒーラウンジなんかは2日間を通じて利用者は一人もいなかったんじゃあないかな。
でも、ちゃんと係員がいて開いているところは立派である。


左端は昼食の
インスタント焼きそば
朝が遅いので12時からの
昼食に付き合い兼ねるし、
持参のもので荷物になるから
喰ってしまわねばならん
これを喰いながら
ワインを一本空ける。

これで持参の酒は全部飲んでしまったので、船内免税店で月桂冠の小瓶2本を買う。
暫く昼寝をして、またDVD「正月四日の客」看了。 これもなかなか面白かった。
夕食は写真中で62元。その時、夜用に冷や奴と野菜サラダを買って部屋に持って帰る。
今からまたDVDを見ながらこれらを食い、月桂冠を飲む。






コンゴの芸術・・・
    上海外灘で新鑑真号乗船 12:15 上海発 船中泊      


12月 7日 (土)  0930  0000  0911  0000  0715
 

上海長陽路の朝だ。今日はゆっくりと6時ごろに起床。
街はもう十分活気を呈している。
メールを見たり、荷物を片付けたりしてから朝食を摂りに外へ。
こういう(AB)屋台で喰うつもりだったがなんとなく気後れがして
結局はCDのようなちょっと小ましな粥店で。15元。
今日は露天取り締まり日であったようで
警官が出て、折角出した野菜や果物、衣類などの出店を蹴散らしていた。
この場所が出店禁止というのではなくて、その日、その時が禁止になるのである。


部屋に帰って何もすることがないので再びDVD。
9時過ぎになってフロントで保証金を返してもらってチェックアウト
タクシーを拾って港(上海港国際客運中心)へ。
昨日歩いたのとはまた別の道で長陽路から直接東大名路の
旅客中心まで行ってしまった。約15分、20元。
旅客中心は天津の港と比べると格段に立派な施設である。
施設は広くてきれいで立派なんだが、
景色は何もないし、売店も喫茶店もない。ただじっと待っているだけである。
スーパーも喫茶店もあるのだが
なにしろ客が少ない。
今回、新鑑真号に乗るのは
4〜50人ぐらいのようだ。
12時15分出港。
約2時間ほどは黄浦江という
河を下って行くだけなので
上海の街を見ながらの船旅だ。

新鑑真号はかつて天津←→神戸を結んでいた「燕京号」と比べるとかなり立派な船である。
何よりも1等4人部屋を一人で使わせてくれたのは大きい。
燕京号の場合だったらいくら客が少なく、部屋が空いていても一部屋に二人、三人を詰めて
掃除の手間を省くということをやっていたのと比べると大きな違いだ。
昼はインスタント焼きそばで済ませたんだけど、
夜はレストランに行った。中国人の客はほとんど船のレストランなど利用しないので
メニューは全く期待していなかったのだが
白身魚のフライ、野菜炒めとビール、冷や奴まであって 78元。
表示はすべて円建てだけれど人民元でもOKというのもよい。


ビール一本部屋に持って帰って、またDVDを見ながら飲む。
つまみはいろいろ持ってきているので不自由はしない。
時々居眠りもしながら、結局は12時ぐらいまでDVDを見ていたかな。
一人部屋だからできることだ。








コンゴの芸術・・・
    上海 一人で一日観光  よく歩いた 42000歩 よく      


12月 6日 (金)  0930  0000  0911  0000  0715
 

昨日早く寝たせいか4時に目が覚めてしまった。
トイレに行ってもう一度寝ようとベットに入ったけれども目が冴えているので
起き出してインスタントの味噌汁などを作って飲んだり、
ブログのUPやメール日本語、昨日買った上海の地図で
今日の行程表を作ったりして時間をつぶし、7時ホテル発
上海は天津よりもずっと西欧風に洗練された都市というイメージがあったが
朝の風景は天津の町外れと同じだ。
ホテル→臨青路→楊樹浦路→東大名路→上海港国際客運中心まで2時間半
明日は鑑真号まで歩いて行く
つもりだったが、とても無理だ。
やっぱり下見しておいて良かった。
その後、外灘へ。
もちろん、東方明珠に行くつもりだったが
完全に曇り、
というよりはスモッグ pm2.5だろう
塔など全く見えないので
向こう岸に渡るのはやめてそのまま、南京東路→河南中路を経て豫園に向かう。
朝飯も食っていないし、足もクタクタ、腰も痛くなりかけていたので
マクドでもと思っていたが、せっかくなので豫園商城でシャオロンポーと粥 52元

前に来た時には
この豫園商城だけで、
豫園そのものには
入らなかったように思う。
今回はちゃんと
老人半額の15元を払って
豫園にも入場
さすがこっちは見応えがあった
ここで無料のお茶をご馳走になって、
ついつい高麗人参入りウーロン茶というのを
買ってしまった。200元。
たしかに只より高いものはない。
豫園でかなりゆっくりしてから
地下鉄に乗って陝西南路駅まで行き
また歩いて誤江路→南京西路→南京歩行路→人民広場駅
から地下鉄で黄興駅→徒歩でホテルに5時帰着。

ホントよく歩いたわ。でも一日観光のバスに乗っているよりはよかったな。
それに地図をみながら一度も間違えずに各目的地に行くことが出来たのもすばらしい。

ホテルでシャワーを浴びて、味噌汁とコーヒーを飲んでからこのブログをかいている 7時。
もうダメだ。今からDVDを見ながら酒を飲んで寝る。








コンゴの芸術・・・
    天津発 G211車中5時間 上海GreentreeHotel泊      


12月 5日 (木)  0930  0000  0911  0000  0715
 

 6時30分 起床 だし巻きなど作る
 8時30分 自宅発 地下鉄で天津西駅着9時00分
 9時31分 天津西駅発 G211号
11時00分 だし巻き、焼き鮭、ウインナー、日本酒で昼食
       「御堂筋殺人事件」内田康夫著 読了
       DVD「マイガール DE」看了
14時35分 上海虹橋駅着 すっかり寝込んでいて車掌に起こされる。
16時00分 Greentree Hotel 着 駅からタクシーで役1時間 110元
ホテルに着いてから、まず周辺の町を散策。
こんなでかい店は見たことがないというほどの馬鹿でかいスーパーがある。
近くの夜店を散策。天津の我が家の近くの夜店よりはもっと鄙びているな。上海の地図を購入 8元
ホテルに戻ってメールをチェックしたり、買ってきた地図で明日の散策コースを考えたりした後
シャワーを浴びて、DVD「マイガール F」を見ながら酒を飲んでねる。多分20時ごろ。









コンゴの芸術・・・
    今日の柿の客はムクドリではなくてスズメだ。      


12月 4日 (水)  0930  0000  0911  0000  0715
 

最後の買い物で結構いそがしい。
まずは日本人会に本を返しに行った
まあ、今回は遠慮して借りた本は12冊。
それから伊勢丹により明日の車中用に
いかの塩辛、焼き鮭、納豆などを買う。
後は荷物の整理であるが
まだ、パソコンが稼働しているかぎり
本格的な荷造りにはかかれない。
とりあえず、銭湯に行って垢擦りと足療をしてもらって、帰って缶ビール、
さあ、これから頑張るわ。

そうそう、こんなメールをいただいた。
うれしいことだね。

先生
ご無沙汰しております。
去年の勉強会に一度参加させていただきました京都に住んでいる天津人の胡と申しますが 覚えていますか?
いつも天津日本語会の情報のメールをいただき、とても勉強になりました、ありがとうございます。
先生は12月に日本にお帰りなりそうですが もし京都に遊びに来る予定があったら、ぜひうちに遊びに来てください、
京都山科区○○○○、電話00000000。お待ちしております。
(うちの旦那も酒呑みですから、お酒を用意して待ってます)

残念ながら一週間、昼も夜も予定が詰まってしまっているので、寄せてもらうわけにはいかなかったが・・・・・
うれしかったね。

明日はブログUP出来るのかどうかは未定です。








コンゴの芸術・・・
    熟れた柿とムクドリ  国際障害者デー      


12月 3日 (火)  0930  0000  0911  0000  0715
 

日本からの帰り、上海→天津の列車の切符を買いに行った。
20日の切符は13日前の3日から売り出される。
10時ごろに買いに行くと「まだ売っていない。午後に来い」と言う。
1時半ごろに行くと発売は2時からだ、と言う。仕方がない窓口で本を読みながら待った。
やっと買えることになったら、今度は天津西着は深夜だと言う。
天津南駅着だったら午後4時前着のがあると言う。
南駅というのは行ったことがないけれど、まあ天津市内だろうからタクシーで帰ればいいや、とそれにした。

なんやかやと面倒だけれど、結局は最初の希望とそれほど大きく違わないところで決着している。
中国での生活はこういうことが多い。「差不多(チャープトー)」の生活術である。
日本人はその「決着」の前に腹を立ててしまって「中国は・・・!」と悪口になってしまうのだ。

「差不多」で列車に乗り遅れたら困るので念のため出発の天津西駅の下見もしてきた。
馬鹿でかい駅たよ。詰めれば何万人も入れそうな地下のコンコース、何のためにあんなに大きいのかねぇ?

「ヤノマミ」国分拓著 読了。
奥アマゾンで西欧式の文明とは無縁の原始生活を続けている部族
ヤノマミ(人間という意味)と150日間生活を共にしたNHKテレビ記者による
ドキュメンタリーである。
私もかつてニューギニア高地で似たように経験をしたことがあるので特に興味深かった。
西欧式の文明はたしかに人類の生活を便利にし豊かにした。
けど、そのおかげで夜も働き、時間に縛られ、命尽きても死ねない生活になっている。
笑いは、喜びは、生命力は、どちらが大きかったんだろう?

いっぱい引用したいところがあったけれども、ヤノマミの生と死についてのみ紹介する。

まずは「生」を得るということ

ヤノマミの女は必ず森で出産する。ある時は一人、ある時は大勢で、必ず森で出産する。
女たちが森へ消える姿を初めて見たのは満月の夜で、
子どもが産まれたのは東の空が白み始める直前のことだった。
許されて近くに寄ると、生まれたばかりの子どもが地面に転がっていた。
月明かりに臍の緒や胎盤を濡らして、地面に転がっていた。
ヤノマミに、とって、産まれたばかりの子どもは人間ではなく精霊なのだ、という。
精霊として産まれてきた子どもは、母親に抱きあげられることによって初めて人間となる。だから、母親は決めねばならない。
精霊として産まれた子どもを人間として迎え入れるのか、それとも、精霊のまま天に返すのか。
その時、母親はただじっと子どもを見っめているだけだった。
森の中で地面に転がっている我が子をじっと見っめているだけだった。
僕たちにとって、その時間はとてつもなく長い時間のように感じられた。
子ともを見っめる母親が何を考えていたのか、僕たちには分からない。
僕たちが聞いても女たちは何も答えない。
精霊のまま我が子を天に送る母親の胸中を女たちはけっして語らない。
僕たちが見た限り、その時の母親の表情には購躊躇いや葛藤はなかった。
淡々と子ともを見つめ淡々と決断を下し、事が終わればシャボノに帰っていった。

十四歳の少女が生まれたばかりの子どもを僕たちの目の前で天に送った。
少女は未婚者で、子どもの父親が誰なのか、自分でも分からないようだった。
少女は複数の男と情を交わしていた。
懷妊から十回の満月が過ぎ陣痛が始まると、少女は痛みで泣き続けた。丸二日、泣き続けた。
四十五時間後に無事出産した時、不覚にも涙が出そうになった。
おめでとう、と声をかけたくもなった。
だが、そうしようと思った矢先、少女は僕たちの目の前で嬰児を天に送った。
自分の手と足を使って、表情を変えずに子どもを殺めた。
動けなかった。心臓がパクバクした。
それは思いもよらないことだったから、身体が硬直し、思考が停止した。
その翌日、子ともの亡骸は白蟻の巣に納められた。
そして、自蟻がその全てを食い尽した後、巣とともに燃やされた。

そして「死」をどうとらえているのかということ

ワトリキでは年に一度、死者を掘り起こして、その骨をバナナと一緒に煮込んで食べる祭りがある。
死者の祭りと呼ばれるものだった。これは囲炉裏の下に理められた遺灰に黙祷を棒げる死者を弔う祭りとは別の祭りで、
通常、ラシャの祭りが終わった後に始まる。
  *
ヤノマミには墓がない。遺骸は焼いて、埋めて、掘り起こして、食べるだけだ。
彼らにとって死とは、いたずらに悲しみ、悼み、神格化し、儀式化するものではない。
僕たちには見えない大きな空間の中で、生とともに、ただそこに在るものなのだ。
  *
そして、死者の骨を食ぺることで死者と同化する。
死者がホトカラで精霊として存在するとすれば、それはホトカラと一体になることも意味する。
おそらく、その日、シャボノは生と死が一体になる。
誰もが死を想い、ホトカラを想い、翻って生を自覚する。
シャボリ・ハタが言っていた巨大な空問がシャボノの中に現れる。
人間も精霊も、生も死も、シャボノの中で一つになる。








コンゴの芸術・・・
    夕日を浴びた山面  秋の夕日に照る山紅葉 赤や黄色の楓や蔦は山のふもとのすそ模様       


12月 2日 (月)  0930  0000  0911  0000  0715
 

まずは老人大学に行って来年3月4日から始まる
「48式太極拳班」の申し込みをした。
今回は割とすんなりと登録はできたんだけど
お金は12月23日以降に納入に来いと言われた。
まあ、23日だったら日本から帰ってきているから問題ない。

帰ってきてから散髪。今回は2oにしてもらった。
ほとんど髪の毛し無いのに散髪前と後に2回もシャンプーで頭を洗ってくれる。
それでも全部で10分もかからない。

上海の旅行社から「上海観光一日ツアー」は日中関係の悪化にともない日本人観光客が激減しているので
ツアーそのものを催行していません、との返事があった。
国と国のしょうもない意地の張り合いが、一般庶民の生活を不自由なものにしている。
どっちかの言い分が通ったらその国の国民が何か豊かで便利になるかと言ったらそんなことは何もない。
空域設定とす海上何とか線とか、空海さんが嘆いていることだろうよ。

夕方から「壮行会」をやろうぜということで「神戸園」でカレーの唐揚げと煮付け、「もつ鍋」を喰う。








コンゴの芸術・・・
    写真では鮮やかな紅葉なんだけど一歩引くとこんな人混みなんだよな。   国際エーズデー  日本語能力試験      


12月 1日 (日)  0930  0000  0911  0000  0715
 

今日はほとんど一日かかりでDVDの iPad 化の作業。
もちろん、神戸行きの時の車中・船中の暇つぶしでやり始めたことであるが、
iPad でDVDを見るのはパソコンと比べてずいぶん便利である。
まず第一に机にしがみついていなくても籐椅子に座って、
食卓でお茶を飲みながらDVDがを見ることが出来る。
第二にパソコンでメールやネットを作動させながらDVDを見ることが出来る。
ということもあってとにかく入れるだけ入れてみようと始めた。
「確証 全11話」 
「マークスの山 全10話」
「Mrブレイン 全8話」
「マイガール 全10話」
「流れ星 全10話」
が連続ドラマもので、

「今日の日はさようなら」 「正月四日の客」は単独ドラマである。

上海の一日観光のバスを予約したが、
最小催行人数2名からということなので、
実現できるかどうかはわからない。
まあ、だめならぶらぶらと上海の街を散歩というのも悪くはない。








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