彼岸の入りの日の彼岸花(マンジュシャゲ)


9月20日  (金)  0916  0000  0911  0000  0715
                  

図書大厦 → 国際大厦 → 吉利屋 → 伊勢丹 とあるく。
図書大厦には「一番日本語」
という雑誌を買いに行った。
が、6月号を最後に店頭には
出ていない。
廃刊になったのかな。
楽しみにしていた雑誌なので
ちょっと残念である。
仕方がないので上海の地図と
DVDを6タイトルほど購入。
篆書、篆刻、太極拳、ヨガ、天津と上海の紹介ビデオである。
国際大厦では「切れてるチーズ」と「おかき」など。吉利屋では映画のDVD6タイトル。
伊勢丹では晩飯用に「弁当」を買った。
ご飯はそのまま冷凍、おかずだけをチンしたらそれで結構酒のあてになる。
シャケの切り身やら、野菜の煮物、コロッケなどなど入って24元。
鮭の切り身だけでも単品で24元はする。こいつは見つけ物だ。
おまけに、鮨の細巻き(12元)をおまけしてくれた。

ところで、図書大厦で買ったDVDだが
iPad に取り込んで机の前に固定された
パソコン以外でもみられるようにしたい。
そのソフトが仮死状態なのであるが、
まあ、ダメモトでやってみたら
なんとちゃんと録画できるではないか。
まず、太極拳42式でやってみたんだが
その他、篆刻とかよがとかにもトライしてみよう。


良寛さんだったかな。
子どもたちとお金を拾って喜ぶ遊びをしていて、ホントに見つからなくなったお金を
必死になって探し回って、やっと見つけたときの喜び・・・・というような話があった。
そうだよな。喜びっていうのはそういうところにあるんだよな。貧乏人でないと解らん喜びだ。






 台風一過の神戸の裏山 裏六甲ドライブウェーは通行止め   中秋節(旧暦8月15日)


9月19日  (木)  0916  0000  0911  0000  0715
                   「日本語」のコーナーは芥川龍之介の「トロッコ」を3回にわたって。

午前中は明後日土曜日の日本語教師会の準備をごそごそ。
午後、「篆刻」に行ったが時間を間違えて早く着きすぎたので
先生と二人きりでいろいろと話をした。
篆刻の時間は何となく黙想の時間のような感じで過ごしている。
授業が始まってからもぼけ〜っとしていたからだろう
また、先生が近寄ってきて
おまえも何かやったらどうだ、と言うようなことを言う。
で、黙想は止めて篆書の般若心経の筆写をはじめた。

夜、友人来宅。
ビール、焼酎、日本酒、マッコリー、ウィスキーと
数々をはしごしながら歓談した。

「怪しい人びと」東野圭吾著 読了。
7短編中3編はDVD「東野圭吾ミステリーズ」で
見たもので、ネタばれのはずが
それでも面白くて全部読んだ。


世に私生児、てて(父)無し子というのはよくいるが
本当に父がいないという子はいない。死んだか、行方不明になったか、認知をしないというだけで
本当はちゃんと父はいる(いた)のである。
正真正銘、父無し子というのはイエス・キリストぐらいのものだろう。
なにしろ処女マリアから生まれたんだから・・・・・(眉唾とはいいませんよ)








 台風一過の神戸の裏山   満州事変勃発(1931)


9月18日  (水)  0916  0000  0911  0000  0715
                   「日本語」のコーナーは芥川龍之介の「トロッコ」を3回にわたって。

去年の今日は中国全土117都市で半日デモが行われ、騒然とした一日であった。
今日は危ないから出歩かない方がいいかな、とも思ったけれども
作務衣だけはやめてカッターシャツとハーフパンツと中国の若者風の装いで出かけた。
この前と同じ天津勧業場の
「天華景劇院」
水曜日は京劇ということで
楽しみにして行ったんだが
京劇のど自慢大会の様なもの
悲鳴のような大音声の中で
日本酒をちびちびやって
居眠りをしながら2時間ほど

家に帰って散髪に行った。
丸坊主だから5分ほどで終わる
昔、裏千家で先生をしていた人が
天津に遊びに来ている。
その歓迎会をするというので
今度は作務衣ででかけた。
料理は旨かったが会話がほとんど中国語なので
途中退屈、居眠りしそうになってしまった。


昨日に続き「古事記」のはなしだが、
アマテラスの弟スサノオは大人になっても母イザナミを恋しがって泣き続け仕事はしなかったという。
えっ? スサノオは父イザナギから生まれたので母は自分が生まれる前に死んでいたんじゃあなかったの?
血のつながり(というのもヘンだが)もないし、当然会ったこともない。 どうして「母恋し」なの?








 


9月17日  (火)  0916  0000  0911  0000  0715
                   「日本語」のコーナーは芥川龍之介の「トロッコ」を3回にわたって。

一日、降ったりやんだりといううっとしい天気。
これを言い訳にまた家にこもっていた。

中国のインターネットでは twitter を見ることはできない。
別にそのことを不便とも感じていなかったんだか、
最近 twitter で「久下順司さんを招待」というのが来ることがあって
VPN接続というのを試みてみたが、うまくいかない。
一番のネックは支払い方法だ。私はカードを持っていないので、
やっと申し込み完成となったところで支払いが出来なくて断念ということが多い。
こんなことで午前中をボヤボヤと過ごしていた。
夕方、雨の合間をぬって野菜の買い出しと銭湯に行く。

「外国人が覗き見た中国人社会の話」方剛著 読了。
天津にやって来た外国人を中国人がインタビューした記事。
そうそう、私も昔そう感じた、そんなことあるある、そうなんだよなあ、という話である。
中国社会に存在する間題、交通問題、環境問題、資源や古跡保護の問題、
さらにはもっと敏感な制度や人権間題に対する外国人の見方は、歴史とイデオロギーに属した問題である。
中国は発展しつつある国家であり、そういう国家に対しては
発達した国家が到達した繁栄のレベルで評価することはできない。
どの国家であれ、発展の段階を通って豊かになっていったが、
その過程では、今日の中国に存在するような多くの問題が西側の国家にも存在しただろう。
汽車の切符がなかなか買えない、交通が発達していない、経済のレベルが低い等々とか。
私が理解できないことは、中国に来た多くの外国人が中国が現在おかれているレベルを往々にして忘れ、
ある面だけを取り出して自分の国よりよくないからといって中国を否定することだ。中国の発展は非常に速<、
大胆に構想してみれば、数十年から百年後にいくつかの面で西側の国家を追い越しているかも知れないが、
そうなったら西側の人はどんな感想を持っだろう? 
彼らも自分の国がある面で遅れているからといって祖国をひどく憎むだろうか。
そうですよねぇ

DVD「火炎 北の英雄 アテルイ伝」
今年の初めNHKが4週にわたって放映したドラマでる。
BS大型時代劇とあり、CD4枚組なので
長時間を覚悟して見始めたが、なんと45分が4枚である。
要するに一般のDVDと比べて値段が4倍していると言うだけのことである。
東北の蝦夷(えみし)とヤマトとの戦いの物語で
桓武天皇や最初の征夷大将軍 坂上田村麻呂など、
時代的にも特異で面白かった。(まだ@Aを見ただけだが)


昨日に続き「古事記」のはなしだが、
イザナギはイザナミから逃れて黄泉の国から脱出、汚れを落とすため、禊ぎをした。
そして、右目を洗った時にアマテラスが、左目からはツキヨミが、鼻からはスサノオが生まれた。
そうか、アマテラスやスサノオは男から生まれた私生児(はは無し子)だったのか! 
知らんかったなぁ。私生児も母からではなくて、男からというのは奇抜だよな。








 日本では「敬老の日」である。 高齢化社会を考える日、というわけではない。


9月16日  (月)  0916  0000  0911  0000  0715
                   「日本語」のコーナーは芥川龍之介の「トロッコ」を3回にわたって。

今日も一日家にいて、
自らの老に敬意を表していた。
DVD「望郷 サンダカン八番館」看了
1974年作というから、
40年前の映画なんだな。
うん、なかなか見応えがあったよ。
おサキさん、
実在した人かどうかは知らないけれど
こういう生き方もあったんだよな。


今、NHKのEテレ 100分de名著は「古事記」である。これがなかなか面白い。
国作りを始めたいざなぎ、いざなみであるが、いろいろなものを生み出した後
いざなみは「火」を生んだ時、その火にやけどをして死んだ
そして人類もいろんなものを作った後、原子力を作ってその火にやけどをして・・・・・








 


9月15日  (日)  0909  0000  0911  0000  0715
                    

一昨日13日の金曜日の夜の雨、
「夜はえらい勢いで雷雨があった。」とだけ書いたが
すごいことになっていたようだ。
五大道では大木が倒れ、中山門では屋根が飛び、電台道は川となった。
日本では毎年の台風でこの程度では驚かないが
天津では大変なことだ。やっぱりなんか以上だわな。
日本の台風18号もかつて経験したことがないほどの大雨だとか・・・・

昨日、今日は晴天だのに蒸し暑い。
これも天津らしくない天気だ。
ちょっと喫茶店にでもという気持ちはあったんだけど
やめて家でコーヒーと読書。
安くてくつろげていいんだけれども
ついつい居眠りをしたり、うろうろ歩いたり
喫茶店と違って読書に集中しにくいのが難点だな。

「まぶた」小川洋子著 読了。8つの短編集。
内田康夫や石田衣良の短編とちょっと似ているんだけれど
どれも話の途中でフッと終わってしまうような物語で
きりが悪いような感じだ。
文章としての吸引力もいまひとつ。
そういうことも原因のひとつだろう
途中でガスレンジの汚れを思い出して
大掃除にかかった。(左右を比較されたし)


子どもの頃のある人の顔や名前、言った言葉などを突然フッと思い出すことがある。
何十年間、全く忘れていたことがらだ。
ということは思い出さないだけで、記憶には残っていたわけだ。
いったい私の頭にはどれくらいの記憶が詰まっているんだろう? 恐ろしいくらいだね。








 月見も近いなぁ


9月14日  (土)  0909  0000  0911  0000  0715
                    

年末ビザの更新のために日本に行かねばならぬ。
天津→7時間→上海虹橋(2泊)→新鑑真号(2泊3日)
→神戸港着(8泊)→大阪港から新鑑真号(2泊3日)
→上海(1泊)→7時間→天津、という日程を考えてみた。
この日程の難点は12月の年金支給前に出発しなければ
ならないという点だ。
ひょっとしたら金がたりないかもしれない。

「太極拳42」、まずまず楽しくできました。

「約束」石田衣良著 読了。

親友を突然うしなった男の子
リストラに晒され、息子にイ侮蔑されながらも日常に踏みとどまり続ける父
不登校を続ける少年が出会った廃品回収車の老人、
女手一つで仕事を抱えながら育てた息子を襲った思いがけない病・・・・
苦しみから立ち上がりもういちど人生を歩きだす人々の姿を鮮やかに切り取った短篇集。
たくさん泣いたあとは、あなたの心にも、明日を生きるちいさな勇気が戻っているはず。

という心温まる短編7編。

夜、友人から誘いがあって日本料理店で食事、そのあと久しぶりにバーで一杯飲んだ。


青空の広がる日、地面に映る自分の影をじっと見つめて、パッと空を見ると青空に自分の影が見える。
最近読んだ全く違う二つの本にこんな遊びが書かれていた。私は初めて聞いた話だが
みなさんはこんな遊びをしたことがありますか。
機会があったら一度やってみよう。天国から見下ろす私がみえるかもね。







 実りの秋。   13日の金曜日、特にこれと言って大凶事はなかったようだが。


9月13日  (金)  0909  0000  0911  0000  0715
                    

「勧業場」というデパートの6階にある
「天華景」という歴史ある演劇場に行った。
行き先ははっきりしているので、その方向に向かって
細道を選んで好き勝手に辻を曲がりながら
街を楽しんで歩いた。
マクドで昼飯15元、その内のポテトは残して
演芸場で持参の日本酒のアテとする。
これもまた貧乏人の贅沢の楽しみである。
金曜日の出し物は「天津市評劇」という京劇天津版というようなものかな。
京劇と同じような化粧と衣装で2時間45分の大熱演である。
これがテーブル付きの特等席で15元だから安い。
隣のおじちゃんが「ホー74歳か、すごい。わしは71だ」とか話しかけてくる
向日葵の種をかじったり、お茶を飲んだり、おしゃべりしたり
客席も庶民的だ。写真を写したらいかんというのはちょっと残念だったが・・・
帰りにインクを買った。260元というのもあったがそのとなりの58元で我慢。
ボールペンじゃなくて万年筆で書くと何か「作家」という感じがするではないか

夜はえらい勢いで雷雨があった。

エデンの園には喰っちゃいけない木の実があった。
伊弉冉尊は黄泉の国で伊弉諾尊に絶対に覗かないでくださいと言った。
浦島太郎、鶴の恩返し・・・・・・み〜んな やっちゃうんだよな。
いつ開けるんかな、核戦争というパンドラの箱








 はぎ 花札に出てくるのと一緒だな。イノシシが足りないが・・・


9月12日  (木)  0909  0000  0911  0000  0715
                    

今日は「庄王府」で本を読もう
本を読もうかと思って
ぶらぶらと出かけた。
ここは昔の王族の屋敷跡
みたいなところで
縁日でもない限り
人も少なく静かな所である。
入場料がいるんだが
70歳以上は無料である。
行ってみるとどういうわけか
休館だ。わけ解らん。
仕方なく例の長虹公園まで
足をのばした。約一万歩。
予定外だったのでちょっと
疲れも感じたが折角なので
約1時間余読書して帰る。

DVD「BUNGO」 全6編中の後編3編 看了
 C 岡本かの子 「鮨」 
 D 坂口安吾 「握った手」
 E 林芙美子 「幸福の彼方」

これは映画版なんだけれども、別にテレビ版もあるようだ(右端)。
太宰治「黄金風景」 芥川龍之介「魔術」 梶井基次郎「檸檬」
谷崎潤一郎「富美子の足」 森鴎外「高瀬舟」 太宰治「グッド・バイ」
こっちもおもしろそうだよ。見てみたいなあ。DVDになっていないのかなあ。

「紫の人 殺人事件」内田康夫著 庄王府にて読了。
内田康夫の本は「自作解説」で自作をほめあげるのが面白いのだが
この本なんかは本文中で
  「そうなんですね。内田先生は、私みたいな者のお願いを、ちゃんと聞き入れてくださったんですね。
  ご迷惑かなとは思ったんですけど、どうしてもそうしなければいられなくて・・・・
  浅見さんには、ほんとうに申し訳ありませんでした。
  でも、内田先生って、すばらしい小説をお書きになるだけじゃなくて、人間的にもすばらしい方なんですね」
ときちゃったよ。
これだと、どの出版社から出しても自作ほめあげが実現するわな。

もうひとつ、主人公の浅見光彦はルポライターということになっているのだけれども
そのルポも紀行案内としておもしろい。
「自作解説」に
  網代の町の風物にいたっては、ほとんど原寸大で書いています。
  〔さつき寿司〕というのは本当にあって、「オミスっぼい」美人のおかみさんもちゃんといます。
  網代駅前の〔瀬賀和〕のモデルになった和菓子の店は〔間瀬」といい、作品中でも紹介したように、知る人ぞ知る名舗です。
  〔月照庵〕らしき店も実在し、上品な「月照尼」もいるけれど、競争倍率が高くなると困るので、これはどこにあるか教えません。
とある。


「寺」というのはどういう意味の広がりを持った言葉なんだろう。
ヤマイダレで「痔」というのはなんとなく解りやすい。
侍、待つ、持つ、特に、時、詩、等しい、
難しいところでは峙つ(そばだつ)、恃む(たのむ)などもある。
これら「寺」となんの関係があるのだろう? まさか檀家というわけではあるまい。








 栗は天津だ!  二百二十日  尖閣諸島を国有化(昨年)


9月11日  (水)  0909  0000  0911  0000  0715
                    

気温もほどほどだし、風も爽やかで、昨日に続き絶好の外出日よりである。
今日も外に出なければ天気が機嫌悪くなさるだろう。この間からちょっと気になっていた
「静園(清朝最後の皇帝 愛新覚羅 溥儀の天津での住居)」に行ってきた。
街中にあって比較的ひっそりとした住まいである。
参観20元はちょっと高かったけれども、それのおかげであろう人も少なく、
光も風も素晴らしくてとても良かった。
柚子茶などいただきながら庭で1時間余ぼんやりしたり、本を読んだりして過ごした。


そのあと、濱江道に出て勧業場6階の演芸場をチェック、伊勢丹地下でパンを買って帰った。
静園付近の街は静かで落ち着いた雰囲気である。 (「共産党好」の看板は海光寺付近のものである)


香港は普通話ではシャンガンだが、南方(広東)方言ではホンコンという。
皇帝は普通話ではファンディだが、東方(日本)方言ではコウテイという。
「かな」があったからこそ、「かな」のおかげで
日本語は中国語の一方言にならずにすんだ、といえるかも知れないな。








先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。