東京大空襲(1945)   平安遷都(710)     写真はハノイの花売り娘である。


  3月10日  (日)  0304  0219 0306  0307  0308

 
マウス(無線のUSB部分)が壊れた。有線のマウスでなんら問題ないのだが、
やはり無線に慣れるとちょっと重たい感じがして不便だし、机上に線がもう一本増えるし・・・
天気もいいことだしマウスを買いに出た。ついでにそのまま長虹公園まで足を伸ばす(歩いた歩数17740歩)
樹木はまだ枯れ枝のままだけど、体感はもう完全に春、うっすら汗ばむくらいだ。
右3枚は街の果物屋。サトウキビ、椰子、パイナップルだ。


長虹公園もまだ花はほとんどなかった。人出も多くはなかったが
ローラースケート、シャボン玉、凧揚げ、独楽、太極拳、卓球、バスケ、有料・無料の遊具など楽しんでいた。


長虹公園では休憩がてら
日だまりのベンチに座って
しばらく本を読んだ。
じっと座っているとやはり寒い
その後地下鉄の駅まで歩き
伊勢丹に行く。
ちょっと腹が減っていたので
回転寿司を喰う。
別にまずくはなかったのだが、これは失敗だった。
ちょっと足を伸ばすとこの間準備中だった、亀岡 釜揚げうどんが営業をは始めていたのに・・・・
ま、これはこの次の楽しみということにしよう。

家に帰ってマウスをセットしてみると全く作動しない、明日はまた、鞍山西道まで行かねばならぬ。








 


  3月 9日  (土)  0304  0219 0306  0307  0308


 
老人大学「太極拳42」今年度の開始である。
私はこの「42式」だけでも3年目だ。
その前に24式もかなりやった。
でも、教室に行かないとやらないものだから
自分のためお金を出して通っている。
今回は人数も50人近くと多いし、
先生、学生、事務の人すべて知らない人ばかりだ。
ちょっと寂しい気持ちがする。
この横縞服の若い男性が先生、でも任課教師の名前は4人挙がっていたのでたぶんいろいろ変わるんだろう。
今日は最初なので長々とした講義・説明を覚悟していたが、そんなことはなくすぐ実技がらみの話になった。
たぶん「太極拳をやったことのある人」とか聞いているのであろう、学生が挙手をするのだが
何を聞かれているのか解らないもので、どの質問にも手を挙げられない。
来週は日本語教師会のため出席できないので、出席簿に「欠」と書いてきた。

山崎豊子著「二つの祖国 上」を読んだ。
日米開戦時、強制収容された日系二世たちの苦難の物語である。
「日射病だ! すぐ手当てをしてくれ」
「先にスプーンだ粒隠した場所を云え、そうしたらすぐ担架で運んでやる」
「そんなものは誰も隠し持っていない、全員を早くバラックへ入れろ! 死んでしまうぞ!」
もはや体力の限界に来ていた日本人たちは、その間にも五、六人がばたばたと倒れた。
賢治は、監視塔を見上げた'有刺鉄線に沿って設けられている監視塔からは
機関銃が向けられ裸の列がばたばたと倒れて行っても、中止の命令も出さない。賢治の眼に、怒りが沸った。
一体、この軍キャンプに敵国人として収容されている日本人たちが、何をしたというのだろうか、
移民としてア士メリ力へ来て以来、荒れ果てた不毛の地を営々と四十年、五十年耕して、沃地に変え、
働き詰めに働いて来た善良な市民ばかりではないか。
たまたま、日本人の親陸団体や県人会の世話役や長老であったとぃうだけで、敵性外国人として逮捕されているのだ。
賢治自身に至っては、アメリカに生れ、アメリカ合衆国の国籍を持つ日系二世であるにもかかわらず、
邦字新聞の記者だということで違捕され、軍キャンプにまで収容されたのであるだが、
同じ敵性外国人の立場にあるドイッ系、イタリア系移民は、戰時捕虜として捕えられることを免れている。
これがアメリカの正義と民主主義であり、人道というものなのか・・・・
そうなんだよな、国だ、国境だ、国益だ、領土だと叫ぶときはいつもこういうのがその国の
「正義と民主主義であり、人道というもの」となってしまうのだ。
「国」というものがある限り避けて通れない不条理なのかもしれない。
薩摩と会津がそれぞれ「国」であった時には今から見れば同じ日本人同士で戦争があった。
EUは一歩そこから抜けようとしている感じかな。

「本の紹介」のコーナー、先週は「朝鮮併合」の新聞記事、今週は「シベリア出兵」の新聞記事である。
「国」が語ることの野蛮さと、「人」が語ることの温もりとを見ることが出来る。
先週の「朝鮮併合」の新聞記事の一節をここに再掲する。

隣人との交わりははただ愛が結ぶのである。軍政や圧追が人と人を結ぶと誰が思い得るであろ。平和を愛する者は絶えず微実むであろう。
怒号がいつどこで平和をもたらした場合があろうか。その古墳を発き、古芸術を集める人はあるかもしれぬが、
それによって朝鮮に対する愛の仕事を果たした人は、一人もいないようである。
日本は多額な金と軍隊と政治家とをその国に送ったであろうが、心の愛を贈った場合があろうか。
凡ての朝鮮人は金よりも政治よりも軍隊よりも、ただ一片の人情に、より多く飢えているのである。
か弱い彼等をなお苦しめたのは昔々の租先であった。
『朝鮮征伐』は古代の武士が征服欲を満たすために企てた罪深い行いであった。(中略)

総督府が朝鮮人の学校で歴史を教えない事実も、右の罪が吾々にあるからである。
反抗する彼等よりも一層愚かなのは圧追する吾々である(中略)

彼等には略奪者と見えた者を、最も尊敬せよ、と言われるのである。
朝鮮の全民が骨身に感じる所は限りない怨恨である。憎悪である。

独立が彼等の理想となるのは必然の結果であろう。
朝鮮の人々よ、私は御身等の芸術を愛し、人情を愛し、その歴史がなめた経験に尽きない同情を持つ一人である。

吾々の国が正しい人道を踏んでいないという明らかな反省が、吾々の間にあることを知ってほしい」。
                               1919年 五月二十日 読売新聞  『隣人との交わり』 柳宗悦









 中国の「婦人節」・・・別に休みになるわけではない。


3月 8日  (金)  0304  0219 0306  0307  0308


 
DVD「生きてるものはいないのか」看了。 なんか雰囲気はあるんだけれど、意味はわからんかった。
この映画のホームページには
 これはパンクか!?
 ただのギャグか?!
 人間の【生と死】を
 パンクで オフビートな世界に凝縮し
 スクリーンが爆発!
と書いてあったが
この言葉自身が解らん。

夕食の準備をしていたら突然の停電。外を見ると廊下の電灯はついている。
我が家のヒューズが飛んだかなと(今はヒューズって言わないんだな)
ブレーカーボックスをあけてみたが異常ない。 あっ、そうか、
電気がなくなったんだ。配電室に行くと残量10kw となっている。
購入残量が10になると警告停電するのだ。
もう一度スイッチを入れると10kw 分だけつく。
10kw 分といっても何時間分かわからないので
夜中に電気を回に走り出た。ま、いろんなことがある。

ビザの件だが、尖閣がからんでいるわけではなかろうが、なかなか一筋縄ではいかないようだ。
じっとパスポートを見ていて、ふと気がついたことがある。
ビザの有効期限は7月の14日、私が最終入国してから滞在期限の180日は7月4日、
有効期限というのは「その日までは何回でも入国できます。1回の入国期間は180日です」
という意味ではないのか! だとしたら7月4日までに出国して14日までに再入国すれば
来年の1月初頭まで今のビザでOK何じゃあないか。  一度旅行社に確かめてみよう。





 


3月 7日  (木)  0304  0219 0306  0307  0302


 「大地震」・・・なぜ「おお地震」と湯桶読みにするのかな。「だい地震」でいいじゃあないの。
 「盛り土」・・・なぜ「盛りど」 と湯桶読みにするのかな。「盛りつち」でいいじゃあないの。


老人大「篆刻」の授業開始。
去年の教室かと思って早めに行って座っていたら
どうも様子がおかしい。ここは篆刻ではないの?
と聞くと「絵画」だという。調べてみると確かに違う。
あわてて408の教室に行くと412に変更と書いてある。
やっと教室にたどり着いたら、なじみの先生がいて
ここにすわれ、と一番前の席を指定された。
今日は講義ばっかり、内職も出来ずにしんどかった。

帰りに日本食材店に寄った。「淡麗辛口鬼ころし」が何と50元。(但し中国製)
「松竹梅」は宅配では75元だったが65元だ。持って帰るの大変だけどね。

現行のビザがまだちょっと先だが7月4日で切れる。
航空券などは早く買うと割安になるそうなのでそろそろ準備を始めた。
航空券62000円、ビザ35000円、ホテル40000円といったところ。
生活費・土産その他を含めて20万円ほどかかるかな。
その他7月には家賃の更新もある(1年分約60万円)。節約せにゃあ!!!







 


3月 6日  (水)  0304  0219 0306  0228  0302


 
明日から老人大学「篆刻」の授業が始まる。
それに備えて今日は「篆刻ノート」を作った。
ただのノートにプリントした表紙を貼り付けただけであるが・・・・
表は今までに彫った印をプリント、
裏表紙は篆書の「般若心経」である。
出来映えも、見栄えもあんまりよくないけれども
プリント原稿を作るのも、
それをうまく「のり」で貼り付けるのもなかなか大変だった。

DVD「The Lucy One 一枚のめぐりあい」というのを見始めたが
日本語字幕がほんとうにむちゃくちゃ、途中で止めてしまった。





 第12期全国人民代表大会開会。 習近平共産党総書記が国家主席に就任する。   「啓蟄」 虫も這い出してくる頃


3月 5日  (火)  0304  0219 0303  0228  0302


 
「あなた」 乃南アサ 著 半読。途中で面倒くさくなって読むのを止めた。
「我在中国的日子」 谷口恵 編 読了。
 日本語教師、企業の駐在員、留学生として中国に来た人たちの
 2012年現在の感想記。私も同じ立場だから、
「そうそう!」と共感できるところがたくさんあった。
 その内のいくつかを下に紹介する。
 昼過ぎに銭湯に行って、一時間ほど昼寝をした。
 「あさりの酒蒸し」を作ったが砂が多くて失敗。

「我在中国的日子」から5編ほど紹介

ああ、こういう子いたなあ。なるほどそういう背景か! という話。
お茶碗を生れてこの方、洗った事のない学生、掃除をした事がない学生と出会い、
お茶碗をどのように扱うのか、洗うのか、拭くのか、清掃はどのようにするのか、というところからのスタートとなり、大変驚きました。
毎日、学生達と授業や食事をともにして、日常生活、日本の印象、そして茶道の印象など様々な事を話し、学生を理解するよう努めました。
そうすると、学生たちは、子供の頃から勉強に忙しく、両親が勉強に集中できるように
掃除、お茶硫洗いなど家事をしなくて 良い環境で育った学生が多かったのです。
                              「中国で茶道を指導して」 茶道裏千家大連駐在講師 山崎愛

「反日」とかよく言われるけれど、私もこの人と同じ経験、感想です。
大学院のクラスメートだけでなく、アパートの住人や大家さん、ショップやレストランの店員さん、近所のおじさんゃおばさん、
タクシーの運転手など、多くの方が日本人である私にとても好意的であった。
ある日、お店のレジで会計を待つていた時に私の後ろに並んでいた南京人の年配の女性の方が声をかけてきたので、
少し緊張したが、日本人であることを伝えた。
その方は、私が日本人であることも意に介さず、笑顔でおしゃべりを続けた。
同じアパートに住んでいるおじさんは、会うといつも笑顔で声をかけてきて、日本の話や世間話がはじまる。
                              「我が『青春』中国ライフ」 南京在住 留学生 福重一成 

うん、確かにそういう人もいるわ、という話。
他人に自分のノウハウや知恵を教ぇることがないために全て一から始めなければいけない状況や
人育成が出来ない現状も間の当たりにした。
さらに社内では自分を守るために建前ばかりで本音を話す習慣が少ないために
結果として問題を先送りにしてしまい顧客の信頼を失ってしまう瞬間にも出くわした。
最後に日本を含め外国に留学したり、外国でその国の企業に勤めたことのある人々が、
そのような経験のない中国人をバカにする発言を多くすることに非常に驚いた。
                              「大連IT産業の発展に向けて」 日本能率協会チーフコンサルタント 高橋豊

えっ! これ、ついこの間 私が書いたことやんか! という話
■再見とさようなら この国の代表的な別れの言葉は「再見(zaijian)」、頻繁に使われます。
日本語ではご存知のように「さようなら」。
英語ではGood-bye、「神があなたと共に居ますように」、
フランス語ではAu-voir 「また会いましよう」という意味であると確か学校で習った記憶があります。
言葉の意味を見ると、 日中では大きな差異のあることが分かる。
「再見」はまたお会いしましょう、片や「さようなら」は再会を必ずしも想定しない、別れの言葉。
                              「大連の街角にて」 元日系企業副総経理 大嶋登

天津で10年以上住んでいるけれど、これは知らんかったなぁ、という話
白酒のマッサージというのは、初めての経験なので戸惑うと同時に、大きな興味を掻き立てられた。
最初は何をされているのか分からないままに先ず額から始まって、頭のトッペンから足の裏まで、白酒を手のひらにつけながら、
有無を言わせず全身をこすり上げていくのである。
しばらくすると、ほんのり白酒の香りが漂う。30分ぐらいで、熱っぼいけだるい身体が、
このマッサージのお蔭でしゃんとなるような気分がして、終わったあとは、爽快さを感じた。
軽い風邪なら、これだけで治ってしまうそうである。
                              「中国で風が吹けば桶屋が儲かる治療した体験」 大連ITクラブ会長 牛島五郎








 「流し雛」 雛人形は3日が過ぎるとすぐに片付けるのが決まりだ。 人形に自分の「厄」を移して川に流す。


3月 4日  (月)  0304  0219 0303  0228  0302


 
午前は飲料水の宅配を待って
昼からヤマダ電機に出かけた。
天気もよく、気温も15度を超している。
服もダウン風のコートから
ウインドーブレーカー風のに替わっている。
先日 図書大厦で買った「一番日本語」を iPod に入れ
それを聞きながら歩く。
気分は春である。
月曜日はヤマダ電機 「高野山」はラーメン全品19元、そして3月中は焼きギョーザが10元である。
それを食べた後、お隣の cafe resto でコーヒーを飲みながら読書。
ここで無料情報誌「天津テレビ3月号」「JIN」などをもらう。
人も少ないし、静か、コーヒーもまずまず旨いし、景色もよい。


「あなたには帰る家がある」 山本文緒著 読了。
今日はその本文ではなく、関口苑生の「解説」の一節を。
夫のほうは、
「いいか。君には小さい子供がいる。
だから働けない、だから僕が働いてお金を貰ってきていた。
それが僕の役割だからだ。じゃあ、君の役割は何だ?
一日家にいたくせに、どうしてろくに食事も作れないんだよ」
と妻に言い、のちに自分がく〈主夫>という役割に立ったときには、
「男に生まれて、男として育てられた。
だから自分は一生働き続けるのだと何となく思っていたが、
考えてみればそれはどうしてだろう。
真号は女に生まれて、女として育てられた。 だから結婚して自動的に"奥さん"になった。
けれど彼女は"奥さん"であることを拒否しようとしている。楽なのに、何故?」と自問する。
一方、妻のほうはと言えば、
「女であるというだけで、主婦という職業を押し付けられてしまう風潮に、勝ちたいと思った」といった具合に反撥する。
これなども、どこにでも見られるょうな対立構図であるかもしれないが、子細に読み込んでいくと双方の意見には大きな開きがある。
つまり、男側は役割論でそれぞれの立場を説明しようとし、女側は職業論で対抗していこうとするのである。
けれども、普通、男が考えるときに主婦が職業であるのか?という思いが先立っことと思う。
だが、われわれ男は知らない。パスポートの職業欄に〈主婦>と書いて、そのまま罷り通ってしまう現実をだ。








 ひな祭り(桃の節句)  桜田門外の変(1860)のあった日   耳の日でもある。


3月 3日  (日)  0225  0219 0303  0228  0302


 「耳の日」というのは「ミミ」の語呂合わせかと思っていたら
 「3月3日是全国愛耳日活動主題是”健康聴力、幸福人生−関注老人聴力健康”」というメールが来た。
 へぇ〜、中国でも3月3日は「耳の日」なのか。

日本人の友人から、自分の誕生から60歳までの前半生を描いた
長〜い、長〜いメールが届いた。丁度DVDを見ていたんだが、
そのメールを読み始めると途中ではやめられない。
DVDは「最後の皇弟溥傑と嵯峨浩」の一生を描いたものだが
やはり知人の人生の方が引きつけられる。
さぁ〜て、かかった時間は1時間だったか、2時間だったか・・・
  夕刻より別の日本人の友人と日本料理店(神戸園)で会食。
  写真の写りはよくないが、ヒラメの活け作り、おいしかった。







 WBC(ワールドベースボールクラシック)開幕


3月 2日  (土)  0225  0219 0227  0228  0302


 分かれるときの挨拶
 日本語では「さようなら」、中国語では「再見」である。
 日本語の意味は「それでは、この辺で・・・・」と済んだことに目が向いている
 中国語では「また会いましょう」と先のことにめが向いている。
 こんなところにも日中の考え方の差があるように思える。
 英語での「グッバイ」は「神ともに」かな?

図書大厦に本を買いに行った。月刊雑誌2月号である。
中国では日本のように2月号は1月末には出ているということはない。
だいたい2月の中旬以降に店頭に出る。
私が買う本はほとんどが朗読CD付きであるが
今日はめずらしく活字だけの本を買った。
「我在中国的日子」ごくごく普通の日本人40人の中国滞在記である。
まだ全部は読んでいないが、目線が同じなのでおもしろそう。
日中両語で書かれているので、また折を見ていくつか紹介したいと思う。
図書大厦の1・2階にケンタッキーが店を出している。
ついでだから、休憩がてらハンバーグとフライドポテト、ホットコーヒーを飲んだ。

そのあと、晩飯の材料を買いに伊勢丹へ
近く伊勢丹の地下2階に「丸亀 釜揚げうどん」の店が出来るようだ。
うどん専門店、これもまた楽しみだな。

6時から「天津日本語教師会」の幹事会。
これは私が住んでいるビルの2階のコーヒーショップで。
3月の講演会の運営と4月、5月の予定などを話し合う。







 きょうから「やよい三月」


3月 1日  (金)  0225  0219 0227  0228  0301


3月になった。
3月といえば♪♪・・・弥生の空は 見渡すかぎり 霞か雲か 匂いぞ出ずる・・・♪♪ であるが
現今の天津ではこの歌詞の何と悩ましいことであるか!
それでも今日は昨夜来の強風が幸いして、
臭い空気はどこかに(日本でないことを祈る)吹き飛ばされたようで
すっきりとした青空になっている。
パソコンの部品を買いに5000歩ほど外を歩いた。
そして、DVDを2つ看た。
一つは「エンドロール〜伝説の父〜」
ストーリーははちゃめちゃなんだけど、しみじみと見せ、突然に爆笑がくるというおもしろい映画だった。










もうひとつは「明日にかける愛」
去年の4月公開の「日中友好40周年記念作品」
「日中同時公開」とあるけれども、できたんだろうか?
丁度4月に石原東京都知事が尖閣諸島を東京が買うなどと言い出して
尖閣問題が発生しだした頃だけれども、
それ程ではなかったのかも知れない。
でも、ロンドンオリンピックが済んだ頃からは、
「戦争」なんて言葉も飛び出す過激ぶりになってしまった。
夜、フライパンで魚を焼いたらめちゃくちゃになってしまった。が、喰うには支障ない。
尖閣だって、お互いに利害も歴史も教育も違うんだから、フライパン上でぐちゃくちゃになることもあろう。
でも、それを本当に焦がしてしまったら、喰えなくなっちゃう、
そんなことみんな解っていることなんだけどね。






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