11月30日  (金)

Eテレ 100分de名著「アインシュタイン 一般相対性理論」というのを見た。
光は一定で光を越える速度はない。ところが巨大な質量があると時間や空間がゆがむ。
ブラックホールのような巨大な質量のところでは光の歪みがどんどん大きくなって
360度を越して自分のところに帰ってくるということも起こり得る。
とすると自分の背中、過去が見えると言うことも起こり得る、とアインシュタインは言っているそうだ。
タイムトラベルである。でも、自分が過去に行ってそこで自殺でもしたら・・・と矛盾がおこってしまうので
科学者たちは「過去には行けない、=アインシュタインの理論は間違っている」
ということを証明するのに必死になっているそうな。
なんでそんなことに苦しまんなんのか。過去が見えることと過去で行動することとはちがうなろうが!


今日で11月もお終い。
いよいよ明日から12月、師走だ。忙しくなるぞ!
  私もセンセーだもんな、走らにゃあ
このところ毎日、トップの写真で関西各地の紅葉を見ていただいているが
目を足下に向けると、道ばたの落ち葉も、盛大に積み重なっている。

老人大「篆刻 短期班」も今日が最後である。
先週は太極拳・気功・ヨガの表演の見学のため、
篆刻を欠席したので、今日 教室にはいると
何人もの人から一斉に
先週はどうしたんだ? と声をかけられ、
「太極拳 見に行った」というと
太極拳が出来るのか、等々 質問攻め
ここでは日本人も仲良くしてくれている。
先生の話を聞いていても解らんので、内職風にこそこそと彫ったのが「寂滅為楽」
ふと気がつくと、もう授業は終わっていて学生の半分ぐらいはいなくなっていた。
印の出来上がりよりはこの集中がいいんだよな。でも、ちょっと失敗だったな。

左はセブンイレブンの寿司、16元、これは旨くない。
解っているのに、また買ってしまったというわけだ。
こんばんは豚肉のスープ(昨日の残り)
焼き秋刀魚、海老フライ、鰺のフライ、明太子、
キャベツとキュウリ、トマト、たこ酢、
大根おろし、貝の煮付けで飲む。
ご相伴のTVは歴史ヒストリア












  11月29日  (木)

水は天から降って大地に注ぎ、集まって川となる。
時によって氷と固体に姿を変えて地上に留まることもあるが、やがては川となり海に着く。
海で熱せられて水蒸気(気体)となって天にもどり、また・・・・と循環している。いずにせよ水の変形だ。
子供の頃やったことあるんだけど、電気を加えれば水素と酸素という全然別個の物体に変化する。
じゃ、自然界のどっかで水素と酸素が結合して水を「創生」しているところがあるんだろうか?


24日の新聞に左のような記事が載っていた。
「面向市民免費開」とあるから
これは面白そうだと思って見に行った。
かなり探し回ってやっとたどり着いたのが上段の写真だ。
3つ目の赤い扉の家の筈だが、
何の表示もないし鍵もかかっている。
ベルを鳴らし続けると左端のおじいちゃんが顔をだした。
鍵を開けてくれたので中にはいると確かに「博物館」の表示
でも、一般公開はしていないと言う。
え〜、新聞に「免費開」と書いてあるやんか! そりゃウソだ、え〜!
おまえ何人だ? 日本人。どっから来た? 海光寺、わざわざこのためか? うん。
などと話して、やっと館長はいないけど、まあ入れと、やっといれてくれた。



「ツキコの月」伊集院静著 読了
なんとなくストーリーだけが走っていてせわしないというか
伊集院らしい滋味がない感じがした。もひとつだなと思った。
うしろの解説で東山紀之が

−−闇を照らす月光のように、けなげに美しい人々の物語    東山紀之

 伊集院先生の作品は、鎌倉が舞台の凛とした野の花のような味わいのある恋愛小説『白秋』をはじめ、
どれも、その情景だけでなく、香りまで漂ってくるような文章で、僕は昔から、その美しさに惚れ込んできました。
そんな先生の作品の中でも、この『ツキコの月』は、僕にとっていろいろな意味で、とても特別な作品です。

 まず、この作品が誕生した経緯が特別なものでした。
はじまりは、山下達郎さんと竹内まりやさんが作曲作詞された『月夜のタンゴ』という曲でした。
この曲は、「月」と「タンゴ」をこよなく愛する女優の森光子さんのためにつくられたものなのです。
そして、この曲がきっかけとなり、先生が、アルゼンチンで育った姉弟の芝居の原作をお書きになられました。
つまり、森光予さんという一人の稀有な女優のために、音楽界、小説界と、まさに日本のトップの才能が結集し、
その時間とエネルギーを惜しげもなく注ぎ込んだ作品が、この『ツキコの月』であり、
それを原作とした舞台『ツキコの月そして、タンゴ』なのです。

とあり、ああ、この間90何歳かで亡くなった森光子を書いたものだったのか、と知った。
解説を読んでから、へぇ〜っと見直したようなところがあった。
で、東山紀之って誰? とインターネットで検索すれば
いきなの「東山紀之 森光子の関係」というような表題が出てきたのだ。
その中で東山の書いているメッセージ

少年隊の東山紀之(46)が15日、「僕の人生を照らし続けてくれた光が消えてしまいました」と
10日に亡くなった女優・森光子さん(享年92)にお別れのメッセージを発表した。

森さんは東山のことを「友達以上、恋人未満」と茶目っ気たっぷりに表現し、
東山もまた「母であり、恋人」と常々口にするなど、2人は“永遠の恋人”“心の恋人”と呼ばれた。

東山は自分の人生に大きな影響を与えたかけがえのない存在だった森さんについて
「僕の人生を照らし続けてくれた光が消えてしまいました。偉大で美しい光に導かれ、
僕は自分の道を見つけることが出来ました。全てが森さんのおかげです。
感謝してもしきれません。森さんが僕に教えてくださった表現者としての美学と
志は僕の一番の財産にもなりました。

天国にいる森さんに、これからもずっと温かい気持ちで見守ってもらえるよう、
僕は日々の努力を怠らず、常に精進していくようにします。森さん、本当にありがとうございました。
どうかゆっくり休んでください。僕は、森さんの優しい笑顔を絶対に忘れません」









  11月28日  (水)

「香港」のことを中国語(北京官話)ではシャンガンと読む、これが広東方言になるとホンコンだ。
北京官話でイン(桜)のことを、サクラと読んでもそれは日本方言の範囲かもしれないな。
インとサクラでは全く通じ合えなくても、桜と書けば通じ合えるという「表意文字」はすごいな。


老人大学「気功」。
最初に次期開設講座表と仮申込の用紙が配られたので、みんなそっちにかかりっきり、授業が始まらない。
私の場合は私の場合は「太極拳42」はこの仮申込で受け付けてくれるが、
「篆刻」の方は「健身系」ではないので、自分で「書法系」の事務所に行って申し込めということのようだ。
「気功 導引養生功十二法」というのが最後まで到達した。


月曜日の宅配で日本酒が1本しか来なかった。
その1本も火曜日には空っぽになってしまったので老人大の帰りに買い出しに。
酒2本、醤油(濃口)、納豆、明太子、竹輪、蟹蒲、鰺ふらい、蝦フライ、しめ鯖
リュックに詰めて担いで帰ったのだが、ホント重たかったな。
経費も656元とこれも重たかったね。

下の「日本語」「中国語」等のコーナー12月から再開のつもりだったが
間に合いそうにない。来年1月からに延期することにした。














  11月27日  (火)

中国のお金の単位は一体どれが正式なんだろう?
一般的には「元(ユェン)」が使われているが会話ではほとんど「塊(クワイ)」である。
紙幣には「圓」と記載されているし、領収書などでは「人民幣」と書かれている。
「人民元」という言い方もよく聞かれる。ローマ字表記は「RMB」である。


老人大学 中国茶芸短期班 最終回。
今日は「青茶」ということで、烏龍茶、鉄観音、大紅袍 の三種のお茶をいただいた。
「英雄先生」
東直巳著 読了
580ページを一日
で読んだんだから
読みやすい本だ
とは言えようが
内容は荒唐無稽
何もない。











  11月26日  (月)

なぜか解らないが、人に見られているような気がする時がある。
影も姿も見えない、音も聞こえないし、匂いもしない、のに、
はっきりと人の「気配」を感じるときがある。
これって、何なんだろうね。


午前中指定で、宅配と飲料水の注文をした。
宅配は一応午前中には届いたのだが、
注文していた日本酒が欠品ということで
1本しか届かない。
飲料水の方は午後4時ごろになってやっと届く。
その間は外出することも出来ず、
ずっと家で待っていなければならぬ。
結局はちょっとした買いものに出た以外ずっと家にいた。

昼はうどん、竹輪、揚げ、かに棒、椎茸、玉子、何故か人参まで入っている。
晩はちょっと豪華そうに見える、鯛のあら炊き。
鯛の頭は中国人は喰わないし、出張者の奥さんも料理が面倒なのだろう、
あまり売れないからだろう、これだけ10元と安い。
「ふっくら卵焼きだし」を入れて焼いただし巻き、
レタス、キュウリ、ニンジン、ハムの野菜サラダ(ぜ〜んぶ残り物整理だ)
里芋の煮付け(昨夜の残り)、トマト(これは今日買ったものだ!)

「流星たちの宴」白川道 著読了。宮本輝と高杉良を足したような風合いの小説でおもしろい。
また、作者を選んで読む楽しみが生まれた。
前(11月20日)、宮本輝の「慈雨の音」の時の感想で
  「事実は小説よりも奇なり」というが、まったくの創作ではこれだけの幅は出てこないだろう
  表紙帯には「作者自らの父と子を描くライフワーク」とあった。
と書いたが、この「流星たちの宴」のあとがきで白川道(「とおる」と読む)は
 この小説は一部の事実を基にした完全なフィクションである。しかし、登場入物には限りなく本人に近いモデルも存在する。
 この小説により、もしその方々に誤解を生じさせるようなことがあるとしたら、
 私の筆の末熟さが理由ということでお許し願いたい。

と書いてある。やっぱりそうやろうなぁ。











  11月25日  (日)

   サインバイノー  ハイルララー(モンゴル)、  チャオオン  カムウン(ベトナム)、 サワデー  コープウン(タイ)
   ドープラエウートラ  スパシーバー(ロシア)、 アーユーボーワン  ストゥーティー(スリランカ)
   ナマステ  ダンニャバード(インド・ネパール)、アッサラームアライクム  シュックラン(エジプト)
いずれも「おはよう・こんにちは」と「ありがとう」である。
「おはよう・こんにちは」は解りやすいが、
「ありがとう」が感謝の意味で使われるようになったのはいつの頃からなんだろう?
中国の「ニーハオ」なんてのもきっと最近使われ出した言葉じゃあないかな。
「チーハンラマ(ご飯食べた?)」「チュイナーリ(どこ行くの?)」の方がずっと中国らしいよね。
ハイルララーとかアーユーボーワンとかの元々の意味を知りたいものだ。


老人大「太極拳42」。今日は練習後、集合写真を写した。
それと2013学年度の「招生簡章」というのが配られた。全665の班があるそうな。
一般募集は12月25日からであるが、在校生は12月3日から受け付けてくれる。
私は来年度も「太極拳42」と「篆刻基礎」を申し込むつもりだ。どちらも3年目だ。
習うと言うよりも自分一人ではしないから班に入って体を動かしたり、彫ったりしようということだ。
でも、学費は今年度220元だったものが260元に値上がりしている。
今年度の様に外国人は2倍といわれたら(きっと言われるだろうけど)
2科目で1000元を超してしまうね。 痛い! けれども仕方がない。













  11月24日  (土)

NHK教育テレビ「100分de名著」というのを見ている。今月はアインシュタイン相対性理論だ。
それによると、光の速さは秒速約30万q、
上から見ても横から見ても、動いている人から見ても停まっている人から見ても同じで
しかもそれを越える速度はあり得ないのだという。・・・・ということは「絶対」なんだろう。
30万qって限度がある絶対っていったいなんだ?


天津博物館講座に行くつもりだったが、
「志丹奉宝 談天津収蔵家捐献文物展」という題を見ている内に
まあ、いいかという気になって行くのを中止。
いろんな人が寄付してくれたいろんな宝物を見せてくれるのだろうが、
統一性の無いものを中国語だけの説明に着いていける筈もない、と思ったからだ。

衆議院議員の比例代表と小選挙区の投票用紙を神戸市の選管に請求する手紙を出す。
尖閣がこんなに問題になっている中、その中国に生活している者として
一票を投じて意見を申すのは「義務」だなと思ったからである。

「中国はいま。」丸紅広報部編 中藤隆之著 読了。
天安門事件のころ、中国にいた人がどのように感じたかを
ごく普通の人の目で書かれているので、そうなんだろうなぁと共感できる。
ただ、この「いま。」は20年前の「いま。」だけれどもね。
92年 日中国交正常化20周年を迎えたその「いま」と
正常化40周年を迎えた今の「いま」
10年後の50周年を迎えたその時の「いま」は
今の「いま」をどう振り返っているのだろうか。

文中、たくさんの中国語の熟語・成語が出てきたので、その内のいくつかを紹介しよう。

官倒  鼓腹撃攘  法不責衆  禍不単行  大難不死必有後福  天高皇帝遠  鞭長莫及  一過山話不同  一盤散砂
馬上封侯  不管黒猫白猫促住老鼠就是好猫  六害(売春 人身売買 麻薬 エロ 迷信 賭博)  有飯大家吃 大家有飯吃
来者是勇敢的去的是明智的留者是堅強的  引鳥築巣 築巣招鳥 鳥帯巣来  上海人不怕家裡起火怕結r  婦女半辺天
馬不得夜草不肥  打破三鉄(鉄飯碗 鉄交椅 鉄工資)  陽奉違陰  勝不驕敗不餒細水長流売買不成仁義在  放就乱収就死
ケ小平二四言(冷静観察 穏住陣脚 沈着対応 韜光養晦 善於守拙 絶不当頭)  穏定圧倒一切  ?着一隻眼閉着一隻眼

などである。
全部の意味が解ったらかなりの中国通だろう。











  11月23日  (金)

文化とは
「社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体」(大辞林)である。
この「人々」を「生物体」と改めれば、猿にもライオンにも「文化」は認められるのではないか。
「文化猿学」「文化鼠学」「文化蜂学」なんてものも十分成立可能だ。
もうちょっと進めてこの「人々によって」を「生命体によって」と改めれば
「文化稲学」とか「文化とうもろこし学」なんてのも研究できるかも知れぬ。
こんな研究が進めば「人間」にとっても得るところ大であろうに・・・・・


今日は「篆刻」の日だ。
まず、篆刻の教室に行って先生を待ち、
「老人大 健身班の表演」に行きたいので
休ませてほしいとの許可を得て健身班の成果発表会を見に行った。
太極拳、太極剣、太極扇、気功、ヨガの学生の演技である。
まあ、私から見ても決して上手とは言えないが、ま、和やかではある。
男性のヨガが一段と下手だけれど、これが一番よかったな。
ヨガに男性班もあるということは初めて知った。でも私には無理だけど・・・



帰り、夜の酒のあてを買うつもりで
「大悦城」まで足を伸ばしたが
ここには日本酒向きの即食物はあまり売っていない。
ちょっと腹もへったので、
安物のファミレスに入り、オムライスを食った。
外のウィンドーで見るとえらく旨そうで
ふらふらと入ったんだが、旨くなかったな。
パンとカレーお茶何種類かを買って帰る。











  11月22日  (木)

本を読もうと思って電灯を点ける。わずか5〜6m 離れるともう暗くて読めぬ。
それが何万光年も離れているところまで光が届くというのはどういうことなのか?
ものすごく力があるのかと思ったら、板きれ一枚で堰き止められてしまう。
堰き止められた光はどうなるんだ? 消えて無くなるのか?


ぼんやりとした天気の中、友人と待ち合わせて家を出た。
日差しが無いせいか風がつめたい。
バスの窓からぼんやりと外を見ていると新彊の飾り物売りが道に坐っている。
こんなメインストリートに坐っていて儲かるのだろうか。なんとも寒そうな。
新幹線、地下鉄と乗り継いで、北京日本文化センターへ
新幹線は切符を買う時もパスポートが必要だったが、
改札を入るときにも再度パスポートの確認がある。
安全対策というよりは多分ダフ屋対策なんだろう。

北京文化センターの展示は、真夏とお正月がまぜこぜで季節感がない。
やっぱの寒くなると、それにあった着物の展示が必要だろう。日本は「季節」を売り物にしている国だぞ。

日本語教育講座2012第二回講座
「中国人学習者のための日本語教育文法と第二言語習得研究」
                大阪府立大学教授 張麒声
内容は日本語教育とはほとんど関係なく
第二言語習得研究の話、要するに研究の仕方の話だ。
まったくしょうもない! 研究方法じゃあなくて
研究成果を話せっちゅうんだよ。

そのあと、近くの中華レストランで教授を囲んでの食事会。参加者 10人
教授とセンターから二人を除けば7人だ。
私は話(大部分中国語)に参加する気持ちはなく、にこにこ笑いながら
黙々と飲み食いに専念。北京のレストランで100元の元は十分喰ったかな。
帰りの新幹線の切符も購入済みだったので、食事会も最後まではつきあえず途中で失礼
家に帰ったのは10時半ごろで、また飲み直して寝る。











  11月21日  (水)

昨日、津波の力で荷物を運ぶ、ということを書いた。そしたら

  いい事考えるね。しかし残念賞だ
  波は振動が伝わるだけで、水は同じ場所で上下しているだけだ

とのご教示をいただいた。
へぇ〜、そうなんだ(と言っても何ひとつ解っちゃいないんだけど)、
チリの波はさすがラテンの気質で横着なんだな
湘南海岸の波なんて、ちゃんとサーフボートを運んでくれるんだがね。


老人大学に行ったら、写真班が展覧会をやっていた。
ちょっと時間があったので、そっちを見てから「気功」に行くことにする。
とにかく、すごい数の写真だ。
もう年だし、車はちょっと、という人たちが使っているカメラだ。
きっとすごい機材を使っているんだろうな。
その精魂込めた写真を iPhone で転写だから
申し訳ない気がするけれども、まあ、こんな写真がありましたという程度で。


「気功」の方は相変わらず
ずいぶん慣れてきたんだが
準備体操やストレッチの続き
のようなもので、なかなか
「気」を感じるという
ところにはいかない。
今日は久しぶりに坐ってやる
気功もやった。

DVD「ソン・ガンホ 青い塩」看了。
どういうわけかパソコンで再生できなくて
小さなDVD再生機で見たことと
言語は韓国語で字幕を見なければならなかったことなどで
途中でくたびれて居眠りをしてしまった。
画面は美しく、(プサンにはまだあんな塩田風景が広がっているのか!)
そして、韓国語もただ音を聞いているだけでは音楽的でうつくしい。
それゆえに、また眠たくなるわけだけど。







先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。