11月20日  (火)

チリで起こった地震による津波が太平洋を渡って日本に大被害をもたらす。
ということは、だな、その時チリに荷物満載した5万tの貨物船100隻を並べておいたら
500万tの貨物が運賃なしで日本に届くということか?


清少納言は「冬はつとめて」
といったが、私は冬になってから 朝寝がひどくなった。
3時ごろ一度目が覚めて
まだ早いや、ともう一度寝ると
次に目が覚めるのが
7時半、8時ということが多い

老人大学「中国茶」短期班
今日も前半の1時間は講義、
全く解らないので、黙想の行。
試飲は「黒茶」のプーアル茶
ぷーアル茶と言っても
黒ばかりではないのだな
黒いのは「熟茶」で
白いのが「生茶」という

「慈雨の音 流転の海 第六部」宮本輝著 読了
前に六部完結と聞いたことがあるが、まだまだ完結ではなさそうだ。
熊吾の新しい商売も、ホンギも辻堂も麻衣子も中国に帰った周、北朝鮮に帰国した人々も
まだまだ気になる人々がたくさんいる。
「事実は小説よりも奇なり」というが、まったくの創作ではこれだけの幅は出てこないだろう
表紙帯には「作者自らの父と子を描くライフワーク」とあった。
時代も皇太子と美智子さんのご成婚、安保闘争、オリンピック決定と
「ALWAYS」私の青春時代と重なってきている。










  11月19日  (月)

この間の教師会の食事会で「心中」って中国語で何というんだろうという話になった。
電子辞書で調べてみると「情死」となっていた。が、何か違う感じだな。
心中物語は日本では掃いて捨てるほどあるが、中国ではちょっと見あたらない。
祝英台や孟姜女など一方が死んだのを悲しんで自殺するというのは間々見かけるが
約束して一緒に死ぬというストーリーはあまり無いようだ。
項羽と虞美人の例もちょっと違うような気がするし・・・・


東京では昨日「木枯らし一号」が吹いたらしい。
天津はもうかなり前から冬になっていて
街路傍の花壇の花もかなりくたびれてきている
22日、北京の「日本語教育講座」に行くための切符を買いに行った。
駅で当日券を買うと時によっては1時間、2時間待ちというようなことになるので
いくらかの手数料を払っても前売りを確保しておくことが必要なのだ。
列車の切符購入には身分証(パスポート)が必要。
一緒に買いに行った友人はそれを忘れていて、結局また出直しということに

今日の朝飯である。なんかごちゃごちゃとあるのは、
鶏の唐揚げ、竹輪、はんぺん、レバー、キャベツを 玉子で炒めたもの、
ぜ〜んぶ、昨夜の酒のあての残り物(写真右)である。
パンは4日ほど冷蔵庫に入っていたもの。
スープは一袋2元ほどのインスタントコーンスープ
昨日はそれにトンカツ、刺身、しめさば、貝の佃煮
などが付いていた。朝、夕とも満足できる。


トップに出していた 日本語、音声ファイル、中国語、物の世界、本の紹介、のロゴ
いずれまた復活するつもりで残しておいたのだが、ちょっと目障りなので、ページの下辺に移した。
また、発信メールの後ろに付けていた署名欄の電話番号が違っていたのを訂正した。
この二つの変更プログラムもすっかり忘れてしまっており、数々の試行錯誤・・・・








11月18日  (日)  0917  0925 0919  0927  0921


明日星出宇宙飛行士が地球に帰ってくる。
メダカの骨が無重力空間ではどうなるのかという実験と観察をしてきたそうな。
宇宙船の中で星出さん自身もふわふわ浮いているやん、メダカは水と一緒にふわふわ浮いているんかな?


老人大学「太極拳42」
今日も練習前は、ご婦人たちが
「太極扇」の練習をしていた。
今日はちゃんと整列をして入場からの練習だ。
23日には発表会があるのでそれに出る練習だろう。
われわれ「42式」の方はまだまだそれどころではないが
それでも3班に分かれて、練習し
班内発表会のようなことをやってお互いに拍手し合った。


「流転の海 第五部 花の回廊」 宮本輝著 読了。
  第一部 流転の海
  第二部 地の星
  第三部 血脈の火
  第四部 天の夜曲 を
一気に読み終えてから大分時間が経っていたので
最初はちょっと戸惑ったが
すぐに小説の中に呑み込まれていく。おもしろい。

例によって何ヶ所か抄録する。


「朝鮮が南北に分れて戦争したとき、北は南の兵隊だけやのうて、一般人も無理矢理誘拐していぎよったんです。
はっきりと北へ誘拐されたとわかってる一般人の数は八万人くらいやと言われてますけど、
行方不明になったままの人は三十万人を越えてるそうです。
それとおんなじことが、日本でも起こるんやないかと私は心配ですねん。
北は人口が少ないから労働力がないんです。戦争は、結局は数の勝負でっさかい。
兵器も兵隊の数も多いほうが勝ちまんがな。農業にも人が要る。工場にも人が要る。
そやけど北は、南と比べたら比較にならんくらい人口が少ないんです。
昭和二十八年に休戦協定が締結されたとき、北から南へと逃げて来た人間は二百五十万人で、
それは北で生き残ったー般人の三分の一の数やっちゅうて関西の民団の幹部が言うてました。
つまりいまの北は、いかに人口が少ないかっちゅうことですねん。
日本に住んでる朝鮮人の割合も、北出身は約一割とちょっとです。九割近くが南出身です」 (p56)


熊吾は、自分は若いころ、近衛聯隊の龍山駐屯兵として一年近く朝鮮の熊山で任務についたことがあると磯辺に言った。
「そやけん、わしは日本人どもが、朝無人を犬描以下みたいに見下して、牛馬のように苦役に使うたことも知っちょる。
朝鮮人が日本人を憎んで当然じやと思う。日本人はそのことをきちんと謝罪して償わにやあいけん。
しかし朝無人も、あの突然かっとたって逆上するっちゅう癖を自己規制せにやあいけんと思うんじや。
まあ、わしは磯辺富雄と李尚基が些細なことで逆上して包1を振り廻したところは目にしちょらんが・・・」
「そんな朝鮮人としか出会わんかったんじゃろうなんて、松坂の大将にえらい気イ使わせまして、……すんまへん」
磯辺の、なんとなく落胆したような、それでいて剽軽な言い方に、熊吾は笑い声をあげ、
「そうでない朝鮮人にわしは初めて出会うたんじゃ。磯辺富雄っちゅうお方じゃ」
と言べ自分の煙草の箱を差し出して一本勧めた。
「日本にいてる朝鮮人は、みんな鬱屈していきてまっさかいなァ」
磯辺は熊吾のピースの箱から一本抜き取り、それに火をつけながら言った。
「親しいにつき合うてくれる日本人も、
腹の底では、こんなチョンコに親切にしてやってる自分はなんてええ人やろっちゅう思いがあって、
さぞかし気分がええに違いないって、逆にそんなふうに考えてしまうんです。
蔑まれても腹が立つ、親切にされても腹が立つ……。
そういう鬱屈が、ちょっと酒でも入るといっぺんに噴き出るんです。
就職の問題、結婚の問題、進学の問題、まあとにかくありとあらゆるところで、
日本にいてる朝鮮人は差別を受けてまっさかいに」 (p60)


客たちの話題は、来年から全国で実施される「メートル法」へと移った。
「うちは大忙しや。メーカーは泣いてるわ。
定規とか巻尺はなァ、とりあえず表がメートル法、裏は従来どおりの尺と寸で表示することになったから、
これまでのもんは全部廃棄して、新しいのを作り直さなあかんのや」と文具屋の店主は言った。
「味噌百匁は二百七十五グラムらしいで」
「五寸釘っちゅうのは何センチ釘になんねや?」
「坪はどないなんねんな。たとえば十五・二坪は、何平方メートルになるんやろ……」
房江は、きょう黒門市場で役所の者たちが配っていたチラシをひろげた。
それには、一匁が何グラムで、一寸が何センチでと細かく印刷されてあった。
「うちの商売は、メートル法ではどないにもならん。
一反、二反、一尺、二尺の世界や。織物量も染物量も、そない簡単にメートル法に変えられるかいな。
大工もお心なじやで・・・八寸角の柱とか、三間幅の床の間を、メートルで言えっちゅうても、
そんなややこしこと、大工が、ああそうでっかっちゅうてお上の言うとおりにするはずがない」呉服屋の主人はそう言って笑った。 (p122)











11月16日(金) と 17日(土)


16日夜は、急遽 明日の日本語教師会で「日本語能力試験聴解対策」のPPTを作ろうと思い立ち
そのためにブログ原稿(ブログは原稿とは言わんだろうな)を書く時間がなかった。
そして、17日は朝5時半に起きて、飯を炊き、弁当作り
ということで16日と17日合併。


16日、老人大「篆刻」
今日は未完成ではあるが、「愚骨頂」というのをひとつ彫った。



17日、天津博物館講座の日である。
友人も一緒に行くというので、早く起きて弁当作り
ちょっと早く着いたので少々博物館周辺を散歩して
パスポートを提示して入場券をもらい入場しようとしたら
その友人、リュックの中に白酒の小瓶が入っていたのが
レントゲンチェックでみつかり、一悶着あり。
近くの図書館まで行ってそれをロッカーにあずけて
やっと入場したと思ったら、目的の講座は取りやめ!
ふつう「何だ!」とか思うよな。
でも、しょうがないから博物館の展示をずっと見て回った。
写真は博物館に展示されていた天津ゆかりの人物の像とレリーフである。

中に一点、「豊田自動織機」の実物が
展示されていたのが、興味をそそった。
博物館4回の展望の言いロビーで弁当を広げてたべる。
係の人はいるが、これは何も言われない。
その後、バスに乗って
「天津日本語教師会」そして食事会。
さらに、その友人宅に寄って白酒。
9時頃帰宅して、また飲み直す。








11月15日  (木)  0917  0925 0919  0927  0921


日教組、国鉄労組、社会党、解同、大きな声を出すヤツはやっぱり声が嗄れるんだろうな。長続きしないな。
日本の軍国主義も声がでかすぎた。愛国も反日もえらくでかい声出しているから、余り長続きはせんだろう。
ところで何で「嗄れる」という字は「口偏に夏」なんだろう?
口偏に春は? 口偏に秋は? 口偏に冬は? 


午前中に銀行に行き、日本行きのためドルから日本円に両替。
これに40分、窓口で本を数十ページ読んだよ。
夕方からは散髪と風呂。
散髪も2週間に1回は、と思っていたが
結局一ヶ月ぶりということになってしまった。
寒くなってからは風呂にも遠ざかっている。
この間買ってきた天津甘栗で
栗ご飯を作って食った。

15日、今まで低温運転だった暖房が今日から本格運転になる。
どんなに暑くなるんだろうと思ったが、別段変化なし。








11月14日  (水)  0917  0925 0919  0927  0921


中国の時代劇を見ていて、いつも奇異におもうことは、皇帝、貴族、士大夫たちの帽子である。
実にさまざまなデザインがある。まあ、トップの写真のように日本の踊りでもいろんなものをかぶるけど・・・
まな板にスダレを垂らしたのは皇帝を意味するみたいだけど
その他はなんかそれぞれの役職によって決まりがあるんだろうか?
今日 決まった習近平はほんとうだったらやっぱり「スダレ組」なんだろうかね。似合わんなぁ。


老人大「気功」。
今日は先生は休み。
学生が恋人連れで現れたよ。
女の子の方も
PPTの操作をしたり
列の間を回って
注意をしたりして
悪くはなかったな。







11月13日  (火)  0917  0925 0919  0927  0921


ホント久しぶりにストーリーのはっきりした夢を見た。何かを意味しているのかも知れない。
ちょっと長いけど、占ってみてください。

若い頃だった。10数人のかなり綺麗に着飾った男女の友達が談笑している。
誰か女の子が、みんなでパーティーをやろう、と言い出した。
みんな、やろう、やろう、と盛り上がって
その内の一人の女の子が、すごくいいとこ知っている、と言い、行こう、行こうと言うことになった。
それはすごく急な山道を登った上にあって、私は後ろから4〜5番目を登っていたが、
途中の分かれ道の所で前の人が見えなくなり、どっちに行っていいのか判らなくなった。
迷っているとリーダーっぽい男性が笑いながら顔を出して、こっち、こっち、と呼んでくれる。
山道はますます厳しくなって、手で岩をつかみながらよじ登って行かねばならないほどになった。
しかもその岩がぐらぐら動いている。体重をかければ岩ごと転がり落ちそうだ。
私は動けなくなってしまった。後ろから数人が私の動きを待っている。
私は、ちょっと休むから先に行って、と言って道から少しずり降りたところに体を滑らせて休憩した。
先に行った人も心配になったのか何人かが戻ってきた。
その時だった。リーダーっぽい男性がずるずるっと滑ってすごい勢いで谷に転がり落ちていった。
谷底には大きな岩がごろごろしている。
頭!、と思ったと同時にその男性はうつむけのまま頭をいわにぶつけて川に落ちた。
その後、何人も何人もが滑り落ちていった。
川はすごく急流で落ちた人の体を吸い込んだり、吐き出したりしている。
気がつくと私は河のすぐ近くまで滑りおちていて、
堤というかあぜ道みたいなところに飛び降りて立ち上がった。
横に小さな広場があって救急車が何台か来ていた。
テレビだろうか、救急車のスピーカーだろうか、14名中10名が遭難した、と伝えていた。

以上です。ちょっと気持ち悪いくらいはっきりしているでしょう?


老人大「中国茶」。今日は「紅茶」だ。といってもヨーロッパの紅茶とはちょっと違う。
祁門紅茶(安徽)、金駿眉(福建)を飲む。

夜は、ちかくのしゃぶしゃぶ屋へ。








11月12日  (月)  0917  0925 0919  0927  0921


意志や存在の伝達で最も大きな役割を果たしているのはやはり音だろうか。
言葉ほどはっきりしていなくても、動物や鳥の鳴き声にも慣れればそれなりの意味・感情が聞き分けられる。
母親などは赤ん坊の泣き声だけでかなりの要求を聞き分けられるそうだ。
文字は勿論だが、螢の光やら獣の爪痕なども視覚を通じて得られる情報だ。
嗅覚は? 平安時代の貴族は香の香りで個人を特定できたそうだし、香水文化やいたちの最後っ屁なども。
触覚は距離的な制限が強いため、キスとかセックスとかぐらいに伝達の手段としては限られている。
味覚はどうだろう? 料理というのは素晴らしい文化だけれど、意味や存在の伝達といえるだろうか?


図書大厦に本を買いに出かけた。
12月2日の「日本語能力試験」に目前に
日本語コーナーではその対策本が
平積みで並んでいる。
教室での授業が無くなってからは
こういうものには余り興味が行かなくなったな。
私が買うのはCD付きの読まなくてもいい本だ。
主に雑誌や精読教科書の類にそう言うのは多い。
帰り、図書大厦の前の「小宝栗子」という店で
天津甘栗を買った。500g 20元。
ここは有名店でごらんの通りの行列である。
それから、フランスパンを買うために
伊勢丹地下2階のパン屋に行った。
ついでに伊勢丹の食料品売り場を眺めてみると
何と! ポン酢が出ているではないか!
喜んで4本も買い込んでしまった。

「暗愚なる覇者 小説・巨大生保 上・下」高杉良著 読了。
例によって、サラリーマン物語というか、
会社経営の内幕ものである。
今回は「日本生命保険相互会社」がその舞台である。
私は公務員、それも学校のセンセイだったので
このような会社内部の修羅場は想像を絶する。
校長ってもただの調整役に過ぎなかったような気がするが
教育委員会だとか、役所ではやはりラインの厳しさはあったんだろうな。

買ってきたCDを iPod に入れる。
中に1枚パソコンで読み取れないものがあった。
時々、ドラマなんかでも再生できないものがあったりする。
他の機器では再生できるので、パソコン側の問題なのだろう。
他の機器で再生してその音声を mp3 で録音し、iPod に入れるという余計な手間をかけている。









11月11日  (日)  0917  0925 0919  0927  0921


「女」という言葉が追放されるかも・・・と言った昨日の続きだが、
「女偏」の字も危ないな。
奴隷、嫉み、妬み、妄りに、姦しい、妖しい、奸佞、嫌い、妨げ、など
女性に限ったことではないのに「女偏」を使っているのはけしからん、
という主張が出てくるかも知れん。


今日は昨日と打って変わっての好天気。でも、風があって冷たい。
昼頃に外に出たんだが、ご覧の通り「つらら」が下がっている。
昼の12時過ぎでこれだから、
朝方なんかはもっと本格的な「つらら」だったんではなかろうか。
老人大「太極拳42」。午前の授業の居残り練習だろうか。
扇を使った太極拳(太極扇?)をやっていた。
扇を開いたり閉じたりする時に音も出るし、色もあるし、
なかなか華やかなものである。
太極拳の方も、習ったところは大体出来るようになっているし、
みんなそれぞれ自分なりに没頭できて楽しく出来るようになってきている。
 

これもまた、昨日の続きで「ALWAYS 三丁目の夕日 '64」看了。
前作は昭和34年だったが、今回は5年後の39年。
私が公立中学校の先生になった年だ。
ほんと、懐かしいなぁ







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