11月10日  (土)  0917  0925 0919  0927  0921


「めくら」「つんぼ」などは差別言葉だからつかってはならない、というのは心情として解る。
でも「めくら判」「つんぼ座敷」もダメとなると、ちょっとなあ、という気持ちだ。
さらに「盲学校」「聾学校」もダメとなるとやり過ぎじゃあないか、という気がする。
「女のくせに」「女子供は」と使われている背景があるから、
そのうちに「女」も使ってはいけないとなるかもな。
以前、尼崎市では「婦人会館」というビルを差別的だとして「女性会館」と書き換えたこともあるよ。


今日は天気予報では一日中 雨。
私の周りでは一滴も降らなかったけど、
いつ降り出してもおかしくないという大曇りの天気だった。
天津博物館の講座に行く予定にしていたが
まあ、天気も悪いことだし・・・・
ということで一日在宅。天気はいつも私の味方、天気とは争ってはならんのだ。
午前中は、ちょっと用事もあってパソコンの前に。パソコンは私の友達だから。
午後 包丁を研いだ。庖丁人とは言わないが、料理も私の趣味の一つだから。

午後はいくつかのテレビの録画番組を見て
ちょっと早い目の時間から、酒を飲みながら
DVD「ALWAYS U 続・三丁目の夕日」を看る。
昭和34年、私の青春時代だ。
   (私は昭和33年4月、大学に入ったのだ)
そんなにストーリーやセリフが
素晴らしいとは思えないけれど
やっぱり、グッと来るものがあったなぁ
もうひとつ「三丁目の夕日'64」というのも一挙に看るつもりだったが
なんとなく、満足感があって、これは明日以降に持ち越すことにした。








11月 9日  (金)  0917  0925 0919  0927  0921


「赤」と「紅」はどう違うのかな。日本ではちょっと違う色のような気もする。
紅顔の美少年と赤面するは違うだろうし、運動会は赤勝て白勝てだが歌合戦は紅白だ。
日本は白地に赤くで、中国は五星紅旗だし、赤十字は中国では紅十字となる。
赤い血潮の予科練の若者はああ紅(くれない)の血は燃える。


老人大学「篆刻」短期班第5回目。
授業が始まる前から勝手に彫りだし、そのまま講義は全くなし。
彫ったり、休んだり、人のを見て回ったり、人の感想を聞いたり、良い時間だ。
自分が買ってきた石を先生に「鑑定?」して貰っている人も多い。
中には左のように大きな石を持ち込んだ人もいるよ。

7階展示室では美術班の学習成果の展示が行われていた。
前の「書」といい、今回の「絵」といい、なかなかすばらしいものだ。


 今日の行きしなだった。
 前に坐ったこのおっちゃん
 横を向いて道にピッと唾を吐いた。
 が、ガラス窓が閉まっている。
 ガラスに唾がびちゃとひっついた。
 あわてて、指で消していた。
 面白かった。
       右は今日の私の夕食だ。










11月 8日  (木)  0917  0925 0919  0927  0921


鴨だったかな、生まれて最初に見た生き物を自分の親と思いこんでしまうらしい。
場合によっては私を親と信じている鴨がいるかも知れないということだ。
馬鹿にはできないよね。
人間だってそういう思いこみに支えられて「文化」が出来ているのかもしれない。


天津日本人会に行って、本を19冊返し、14冊借りてきた。
帰り、地下のスーパーで
カセットガスと無糖コーヒーを
買う。1リッター11元。
これは水より安いかも。

伊勢丹の「板得」で昼飯
「橋場」から名前が変わって
初めて行った。
いつもは「おばん菜定食」だが、今日はちょっと張り込んで(と行っても44元が66元になっただけだけど)
「天ザルと海鮮丼定食」 うん、よかったよ。

明日は老人大学「篆刻」の日だ。
前は「姓」だけだったのを今度は「名」の方を彫ってみる。
姓は朱文、名は白文である。
もちろん、白文の方が彫りやすかろうと思ったからであるが、そうではないな。
白文はいったん彫ってしまうと、もうほとんど修正不能だ。

書斎(というほどではないけど)の暖房の前に置いていた荷物を片付けると
部屋がずいぶん暖かくなった。半袖シャツでも過ごせるくらいだ。

共産党大会での胡錦涛の演説では「汚職の多発」に触れていたが、そうではなかろう。
汚職の「摘発」が多発しているのだ。汚職自体は前はもっともっと多かったはずだ。
貧富の格差拡大、これは確かにそうだろう。でもこれだって
普及したテレビで金持ちの家の中までのぞけるようになったから意識が拡大したことも理由だろう。

中国の暖房は「社会主義」的だ。どの家もみんな同じように暖かい。
そのために誰もいない部屋でも24時間暖房し、石炭を燃やし続けている。







11月 7日  (水)  0917  0925 0919  0927  0921


日本(清酒)、中国(白酒・老酒)、韓国(マッコリー)、イギリス(ウィスキー・ジン)、カリブ(ラム)
フランス(ワイン・ブランデー)、ドイツ(ビール)、ロシア(ウォッカ)、メキシコ(テキーラ)・・・・
アメリカ( ?? ) ・・・・・ 多民族国家だから何でもありというところか?


老人大学「気功」第7回目
後期の7回目だから
通算ではもう25回目だ。
このごろになってやっと
単なる柔軟体操じゃあなくて
気功」をやっている
という気持ちになってきた。
まあまあ、いいもんだぜ。

DVD「RAILWAYS」看了。
富山電鉄だったかな、綺麗な風景の中を電車が走る。
ストーリーもなかなかいいし、三浦友和もなかなか男前だ。
「ALWAYS 三丁目の夕日」の姉妹編のようなもの。


「可愛いピアス」伊集院静著。
小説でもエッセーでもない。ま、言えばブログのようなもの。
酒飲みすぎて二日酔い、競輪・競馬のばくち、徹夜麻雀・・・・
週刊文春に「二日酔い主義」というコラム連載されたもので
とにかく身の回りのことを実名を上げてあれこれ書いているだけ、面白くはない。
楽しみに最後にとっておいた本なのにがっかりだ。
でもまあ、その内の一節を。
これはベトナム・ホーチミンでの話だ。

こちらの大晦日の夜にホーチミンの街中を徘徊した。
ホテルを出た途端にモーターバイクの群れに囲まれた。
「この間来た時より、バイクの数が増えたな。もっと自転車が多かったのに」
グラビアーノ君が隣りで言う。
街のメインストリートに入ると、数少ない信号のある交差点では、対向車線に人の頭が何百と見える。
その人たちが全員バイクに乗っている。ほとんどが二人で乗っているが、
家族連れなどは50ccのバイクの上に父、母、祖母、子供二名と五人で乗っているのもいた。
曲芸のようである。その人たちが街の中心のロータリーを爆音轟かせて千台近くぐるぐる追っている。
異様な光景である。接触して転ぶ人がいないから驚く。
「新年の祝いなのかね?」
いや前もそうでした。家にいても冷房もなくて暑いでしょう。
それで夜中じゅうこうして走り回ってるって話ですよ」(本当かね)
何かに似てるな、この光景……。
そうか子供の時の初詣はこんな感じだった。ともかく大人も子供も皆お参りに出かけていたあの風景だ。
女性が美しい。顔かたちもそうだが、ベトナムの女性には清潔感がある。
長い髪もいかにもよく洗ってある感じだし、アオザイと呼ばれる衣服も洗濯したてでまぶしい。
ひと昔前に街のあちこちで見た日本の女性とよく似ている。
ベトナムと日本にはずいぶんと共通点がある気がする。 (p172)

次はパリでの話だ。

たまたま出かけた時期がゴールデンウィークと重なったせいで、どこへ行っても日本人の旅行者と出逢った。
こうして休みを取って海外へ出かけるのはとても良いことだとは思うが、どこか何かがおかしい気がした。
何かおかしいのだろうか?
そう思って日本人旅行者を見ていると、他の国々から来ている人だちと比べてとにかく日本人旅行者は目立つのだ。
最初私が彼等をすぐに日本人とわかるせいだと思った。同じ肌の色をしていても中国・台湾・韓国の人だちと日本人は微妙に違う。
上手く説明できないがこれは誰でも感じることだろう。
今挙げた国の人が日本の街を歩いていて、彼等が日本人とどこか違っていると何となく感じるのと同じことだ。
たしかに最近海外で日本人以外の東洋人旅行者に逢うことが多くなった。
彼等と比較をした時に、日本人が目立つ理由がわかった。
日本人旅行者は騒々しいのである。まず公共の場所で平気で大声を出すし高笑いをする。
これが決まって団体旅行の客たちである。それを見て他の国から来た旅行者は驚いている。
日本人旅行者だとわかると冷やかな目で見る人もいる。
公共の場で大声で話すのが下品なことは子供の時に教えられているはずだ。
ところがよく見るともう五十歳を越えている女性たちも騒々しい。
元々その位の年齢の女たちは五月蝿いものなのだが、それでも旅へ出れば周囲に迷惑をかけないように会話をしたものだ。
ともかく日本人は礼儀作法がまるでなってない人種ですよと宣伝して歩いているようなものだ。
いつから日本人はこんなに下品になったのだろうか。いや元々そういう氏族だったのかもしれない。  (p226)

アメリカの大統領選挙 オバマが再選された。
前の時は確か「CHANGE」だったが、今回は「FORWARD」だ。
「前進」というよりは「継続」に近い感じがする。
すくなくとも「躍進」ではなさそうだ。

明日から中国共産党大会。
こちらは胡錦涛から習近平に変わることが決まっている。
でも、こちらもなんとなく「継続」の雰囲気か?
愛国教育の江沢民勢力が完全に失墜、
その線上でで「CHANGE」だったら大歓迎なんだが・・・・







11月 6日  (火)  0917  0925 0919  0927  0921


「茶色」ってどんな色なんだろう?。
中国茶の分類では、緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶の6大分類があるが
「茶茶」はない。でも「茶色」を日中辞典でひくとやはり「茶色 chase 」だけど・・・
「紅茶」は英語で言えば「黒茶」だ。
「茶色」って言葉はいつ頃から使われるようになったんだろう?
日本に茶が伝えられた頃の茶の色のイメージは「緑」に近いのじゃあないの?
茶色をした茶ってあんまり高級品じゃあないみたい、
みんなが安物の茶を飲み出した江戸中期以後、明治になってからの言葉かな?


老人大学「中国茶」
はじめ30分ほど講義、
中国語のBGMを
聞きながらぼんやりと
上記のようなことを
考えていた訳だ。
英語ならただ聞き流すだけで
ぺらぺらになれる
という商品もあるのにね。
赤い袱紗に白磁の杯は自分で持参したものだ。
上の雑誌と下の記事は天津の情報誌「JIN」の今月号から。
今日飲んだお茶は「君山銀針」(黄茶)と「白毫銀針」(白茶)の二種である。


DVD「新少林寺」看了

ストーリーは何でもよくて、カンフーを楽しむ映画かな。
今も「少林寺」には何千という人がこういう武術を学んでいるんだそうだ。
寒山寺、白馬寺、香炉寺等いろんなところに行ったが
この少林寺には行ったことがない。
いつか機会があれば行ってみたいものだ。

本来は11月15日からなのだけれど、サービスで今日から暖房が入った。
暖かい。ここ一週間ほど室内でもジャージを着用していたが
もう、その必要もなくなろう。

アメリカの大統領選挙開始。結果は明日の夕方には判明する。







11月 5日  (月)  0917  0925 0919  0927  0921


「♪おうまのけいこ ハイシドウドウ ハイドウドウ」金太郎の歌である。
犬だと「お手、お座り」と人間語なのに、
どうして馬は止める時はドウドウ(動々)、動かす時はシー(止)なんだろう?
サーカスを舞台にした映画「恋人たちのパレード」では象も人間語で指示していた。
ハイシドウドウは馬にはなじみやすい音なんだろうか。イギリスの馬はどうなんだろう?


一日中、在宅。
宅配便を待っていた他、溜まっていた新聞、半月分ほどをまとめて読んだ。。
大きな見出しを眺めるだけだが、これといった記事もない。
とは言え、ページをめくっているだけでもかなりの作業だ。

久しぶりにDVDを看る。これも半月ぶりぐらいかな。
「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」
大英帝国唯一の女性首相の公的、私的、認知症前後の物語である。
物語とは関係ないかも知れないがその中の一節を。

最近は考えより気持ちね。
「どんな気持ち?」
「なんだか気持ち悪いわ」
「すみません、我々の気持ちとしては」
これは今の時代の大きな問題ですよ。
人々は感情にばかり支配されて
考えやアイデアなんかはどうでもよくなっている。
ほんとうに面白いのは考えとかアイデアなのに。

もう一つ、どうぞ。

自分の考えが言葉になる。・・・言葉に気をつけよう。
それは行動になる。・・・行動に気をつけよう。
それは習慣になる。・・・習慣に気をつけよう。
それは自分の人格になる。・・・人格に気をつけよう。
それは自分の運命になる。
考えが人間をつくるのよ。

それはそうと、ダライ・ラマ 今 日本に来ているのか。
知らなかったな。14日まで日本に滞在なさるということだ。







11月 4日  (日)  0917  0925 0919  0927  0921


ニュートンはリンゴで引力を、ウィリアムテルは息子の頭に載せて的にした、
アダムとイブはこれを喰って楽園を追放された。島崎藤村は優しく白き手からこれを受け取った。
白雪姫はこれを喰って眠りに落ちた。私は「赤いリンゴ」が戦後初めての歌だった。
リンゴと人間史、あなたとリンゴはどうか?


寒くなった。万里の長城では積雪の為、日本人が遭難している。
天津でもうっすらと雪の積もったところがあるそうだ。
我が家の周辺は雪空の風情はあるが、降雪は無かったみたい。
♪ きょうも雪空、日が薄い・・・という感じかな。

老人大 太極拳。
どういうわけか、今日はまた女の先生だった。
先生が違うと、準備体操でやる「気功」のようなものが変わる。
この先生の「気功」も慣れていたんだが、今日やってみるとまた忘れていた。
「42式太極拳」自体は変わらない。
今一番の課題は、人のまねをしてやらないということである。
ついつい、人の動きやテンポに合わせてしまって自分の気持ちよさを失ってしまうのだ

しばらく伸ばしていた髭を剃った。すきっとした。
寝ていても鼻の下がもぞもぞして気持ちが悪い。
髭面も人知れぬところでいろいろ苦労をしているんだな
右端は私の友達だが、今回改めて敬意を感じた次第。







11月 3日  (土)  0917  0925 0919  0927  0921


人類にとって「蛇」ってどんな存在なんだろうか。
日本では八岐大蛇、娘道成寺、蛇蝎の如く、とあまりいいようには感じられていない。。
ユダヤ・キリスト教圏でもイブをだまして智恵の実を食わせ、
神から地面を歯って歩きすべての人から嫌われよ、との罰を受けたとされている。
  (それまでの蛇は立って歩いていたんだ!)
エジプトでは杖に巻き付いて王権の象徴みたいだ。
中国の皇帝権力の象徴「龍」はなんか蛇の親類みたいだし、「白蛇伝」などでも肯定的な感じがする。


今日は文化の日。今年はまだワシに勲章はくれないらしい。住民税を納めていないからかなあ。

天津文化中心に行った。
博物館が開くのは9時、8時半ごろに着いてしまったので、旧博物館のあたり散歩した。
このユニークな建物は今は使われていないが、
内部で工事をしていたのでいずれ何かに再利用されるのであろう。
朝の時間帯なので、周辺では太極拳、気功、ダンス、ランニング、ローラースケートなど
それぞれに楽しんでいた。


今日は博物館の講座である。内容は「聆聴水下文明的声音 〜我們一起下潜〜」
スライドがふんだにあって、海底作業の様子などはよく解った。
音の再現もあったのだが、これはもう一つであった。


そのあと、レストランでコーヒーを飲んで館内を散策。2階以上に上がったのは初めてだ。
「お〜っ!」と声を出しそうになるくらい、すごく立派。


展示は玉とか陶器とか絵画とか・・・
玉なんか石ころとどう違うんだとしか思っていない私には豚に真珠、猫に小判だ。


玉で作った衣装。多分、死装束だろう、こんなもん重たくて冷たくて着とれんわな。
金さえかければ立派だと思っているなんて馬鹿みたい。
墨は中国の文化だけど、ここに展示されている墨は
どれも作るときから磨り減ることなんか考えていないみたい
使えない意味なんて泥の固まりといっしょじゃんか。

人の生活の感じられる展示はやっぱり面白い。

そのあと、バスを乗り継いで
国際大厦、吉利屋、伊勢丹、Cafe rest と回った。
Cafe rest は天津日本語教師会の幹事会である。
写真は伊勢丹7階の男子トイレである。
全部壊れている。こういう状態を呈するようになると
その店は先が長くない。でも伊勢丹が無くなるとちょっと困るなぁ。

今日もまた、傘を使った。ほんとうに今年の天津は雨が多い。









11月 2日  (金)  0917  0925 0919  0927  0921


「おいしい」というのは味覚ではないわな、甘い、辛い、苦い、渋い、等が味覚で
それを感じたときの判断がおいしいとか不味いとかであろう。
「美しい・綺麗」というのも同じように視覚ではない。明るい・暗い、赤、白、黒、などが視覚だ。
音の振幅の大きさと周波数が聴覚として受け止められる。
問題は嗅覚だ。「臭い」というのはおいしいとか美しいなどと同じように「判断・趣味・文化」だろうから
その判断基準となる「嗅覚」にはどんなものがあるのだろう?



今日は確かに老人大 篆刻」の日である。
教室に行くと係の人がわざわざ教室に来て、
昨日はご苦労さんだったなぁと声をかけてくれた。
講義がほとんどないものだから、
クラスの人たちともいろいろと話をするようになってきている。
右の書写をみて、えらい感心してくれたのはいいが
420元で買った品物をみて、「これお前が書いたんか?」と聞かれたのにはびっくりした。









11月 1日  (木)  0917  0925 0919  0927  0921


菊の御紋章というのがある。当然天皇家の家紋だ。
日本のパスポートも表紙は菊の御紋章だ。
でも「菊」という字、訓読みがないのよね。ということは日本には無かった花であるわけだ。
どうして天皇家は菊を紋章にしたのだろうかね。


今日は老人大 篆刻」の日である・・・・(はずである。)
短期班の登録カードを見ていただければ分かるように
今日 11月1日は篆刻(刻名章)の授業日である。
ところが教室には鍵がかかっている。
先生が遅れるなんてそう珍しいことではないので、
教室の前で本を読みながら待っていた。が、誰も来ない。
事務室に聞きに行くと「篆刻の授業は金曜日だよ」という。
「でも11月1日って書いてあるやんか」というと
「あっ、それは間違ってるね」でおしまいだ。

ちょっと文句はいったけれど、他の学生たちは誰も来ていないのだから
知らないのは私だけ、ちゃんと連絡はあったんだろうな。
それとも、こんなカード誰も注意せず「篆刻は金曜日」で済んでいたのだろうか。
昼は昨日の鍋の残りで雑炊を作り、それを喰って篆刻に出かけた。

「少年 H 下」妹尾河童著 読了
神戸の町が舞台であるとともに、下巻の部分になってくると私の記憶と重なるところが多くて楽しい。
上巻の一部分である。

「今日から尋常小学校が”国民学校〃に変わります、
名前が変わるだけではなくて、みなさんは”少国民〃と呼ばれることになりました。
いまは子どもでも、これからの日本を背負っていく大日本帝国国民として成長することを期待されているからです、
学校での勉強も、お国のために役立つ子どもになるためのことを、いままで以上にたくさん学ぶことになります。
教科書も変わりました。一年生が最初に勉強したのは、サイタ、サイタ、サクラガ、サイタ、でしたが、
新しい国語の教科書は、アカイ、アカイ、アサヒ、アサヒ、になりました。
みなさんは、新しい気持ちで勉強してください。そして立派な強い少国民になりましょう」  (上 p202)

「国民学校」は昭和22年4月から「小学校」となるのだが、 私は戦後の21年4月入学なので、1年間は「国民学校」に通っていて、「少国民」だった時代があるのだ。

次は下巻である。

そろそろB29の爆音が聞こえてもいいはずだと思っていた頃、戦闘機の爆音が聞こえた。鷹取山の頂上すれすれに飛んでいる姿が逆行で見えた。
敵機が山側から現れるわけがなかったので日本軍の戦闘機だとすぐにわかった。しかもそれは最新鋭機の”鍾馗”であった。
鍾馗は零戦よりも後にできた要撃用の優秀な戦闘機だったからHは「そうか、今日はB29を迎え撃つつもりだな」と頼もしく思った。
そう思ったとたん、戦闘機は反転して急降下してきた。空気を切り裂くような爆音が迫ってきたと同時に、ダダダダッという音が響いた。
Hは仰天してその場にひっくり返って伏せた。超低空で頭上を通リすぎたのは、味方の戦闘機ではなく敵機だったのだ。
飛び去っていく姿をみながら、”グラマンF6F艦載機″であることに気がついた。
こんなに間近で敵機の機影を見だのは初めてだった。   (下 p133)

小学校に入る前だったのでHのような観察はないが、
私も道で遊んでいて艦載機に機銃掃射された経験がある。

その他、この本を読んでいて私自身が経験した事項を書き出してみよう。

神戸大空襲、焼夷弾、焼け跡、防空頭巾、防空壕、横穴式巨大防空壕(神戸一中)、防火用水、
リヤカー、荷馬車、大八車、玉蜀黍入りパンの自家制電気パン焼き器、足踏みミシン(シンガー)、
食べ物配給の行列、ゲートル、落下傘、焼けた缶詰、赤チン、窓から乗り込んだ汽車、闇市、
少年倶楽部、リンゴの歌、鞍馬天狗・・・・・などなどである。
この本には出なかったけど
カルメラ、もんぺ、となり組の歌、二部式授業、DDT、まくり、回虫、蚤、虱・・・などなど。








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