10月31日  (水)  0917  0925 0919  0927  0921


A,B,AB,O そう、人間の血液型である。その他にRHの+、−というのもあるらしい。
A型は慎重勤勉、Bは楽天的等と性格まで決まっているそうだ。
ところで同じく血液が流れている猿もパンダもやっぱり血液型ってあるんだろうか。
パンダなんて貴重動物だから怪我したりしたら輸血ってこともあるんじゃあないか? 
その時は血液型が不適合だったらダメだろうから、
ちゃんと上野動物園のはA型、王子講演のはB型とか登録されているんだろうな。
魚にも血液型みたいなものはあるんかな。楽天的な魚とか、勤勉型の魚とか研究すれば面白いかも・・・



「気功」 何も考えずに周りの人に合わせて体を動かしておれば
それはそれで結構気持ちよくもある。
周りの人も同んじようなもんなんだろうな、
左右やタイミングも人それぞれで真似ている方が混乱してしまうことも多い。
だんだん進んでくると素面では格好悪いようなポーズもでてくるよ。

明日は「篆刻」だ。先週、授業中に彫ったのを一応完成させた。
般若心経の篆書のボールペン書写も新たに書き直した。

今日のハローウィンで10月も終わり、明日から11月だ。
アメリカでの大統領選、中国の人民大会・・・日本は衆議院を解散する・しないで国会がストップしている。







10月30日  (火)  0917  0925 0919  0927  0921


私はデジタル人間である。特に睡眠についてはそう思う。
朝、5時に目が覚めたとする、すぐに考えるのが、さて、昨日は何時に寝たんだっけ? ということだ。
10時頃だった、そうすりゃあもう7時間ほど寝ているから大丈夫だ、起きよう! ということになる。
いや、昨日は12時過ぎだったな、もう少し寝なきゃあ、となるわけだ。
寝足りたかどうかは自分の気持ちではなくて、時間で決めている。
智恵や知識が身についたかどうかを点数で決めているみたいなもんだな。


「中国茶芸」第4回目。
今日は講義は全くなし、お茶を飲むだけだった。
飲んだ茶は「西湖龍井」「峨眉山毛峰」「得雨後茶」
4つ目のは名前が解らない。
今日飲む杯は自分で持参、家では酒を飲んでいる杯だ。 途中、先生が来て、筆談で「味はどう?」って聞くので
いつも一洗目だけを飲むので味が薄い、って答えると
以後は各茶 2洗目も淹れてくれるようになった。



老人大に行く前にすぐ近くの
厨具城というところに行った。
ペッパーミルを買う為だ。
右の写真の右側 20元
左のペットボトルカバーは
次から次に老学生寄ってきて
大人気だった。

そのほか、この間買ってきた「般若心経」の筆写も少しやった。
まず始めたのは、ケ 石如という人が書いた篆書(?)からだ。
中国清朝中後期の最も傑出した書家・篆刻家だそうだ。
文字も見慣れないし、細かいところはにじんでぼやけているし、 なかなか困難なので、毛筆はあきらめ、まずはボールペンで字の形を写し取っていくことにした。
そのほか、篆刻印(氏名印)の補正もやったし(まだ未完である。)
気功のビデオも見て、 iPod に録画もした。








10月29日  (月)  0917  0925 0919  0927  0921


何十年も前の、全く忘れていた光景を突然鮮明に思い出したり、夢に見たりすることがある。
思い出さないだけでちゃんと記憶はしていたんだ。(これは以前に書いたことがあるな)
私の思い出し得る一番古い記憶は何だろう? と何時間か考えてみた。
春日野道から立ち退きで宮本通に引っ越し、そこで空襲にあって丹波に疎開、上筒井4丁目に帰ってきて終戦
そのあたりはかなりいろんなことを覚えている。問題は春日野道のころだ。
防火訓練は見た気がする。空襲警報で阪急電車の高架下に逃げたのもかすかに覚えている。
友達と喧嘩して泣いたのも・・・もっともこれらは後から人に教えられて知ったのかも知れない。
大体4歳後半から5歳ぐらいのことだ。  「少年H」を読んでそんなことを考えた。


午前中はトイレの水漏れ修理にずっと付き合っていた。
付き合うと行っても
その横に坐って本を読んでいただけである。
2時間程かかって今度は完全に治った様だ。

昼飯はご飯を炊いて五目寿司の素を
混ぜ込んで、ちょっとにぎやかに五目寿司。
写真はトイレと並べにくいので左右に離しました

「少年H 上」妹尾河童著 読了。
私の住んでいた所よりはちょっと西よりだけれども
ふんだんに神戸の地名が出てきておもしろい。

妹尾河童 1930年6月 神戸市に生まれる。
久下順司 1939年8月 神戸市に生まれる。
やっぱりこの9年の差は大きいな。私は戦前の記憶はほとんど無いものな。
下巻になるとかなり私の記憶と重なってくるところがあるんじゃうないかな。楽しみである。

街やデパートにはハローウィンの飾りがいっぱいである。
神戸ではハローウィンはそんなにメジャーに祭りではなかったように思うが
中国では10年前からかなり大々的で、大売り出しなんかもやっているから
仮面をかぶったり、仮装をしたりなどもしているんだろうか。見たことがないけど








10月28日  (日)  0917  0925 0919  0927  0921


数字の区切りというのもおもしろいな。
何かの開始の合図は1,1,3!だし、駆け足の停まる時は1,2,3,4!だったように思う。
体操の場合は大概は8までで次に進む、でも気功の場合は6で次に進むことが多いな。
それぞれに生理学的というか、運動学的にというか、理由があるんだろうかね。


昨日は博物館で食事をした後、おとなりの美術館に行った。
西安の碑林の拓本展、これは墨一色で素人にはあまり面白くない。
もうひとつは「書法・篆刻展」これはおもしろかった。

 美術館のショップを冷やかしていると「歴代名家書写心経」というのがあった。
 般若心経を王 羲之、欧陽詢、蘇軾、趙 孟○(ちょう もうふ)、文徴明
 董其昌、傳山、康熙帝、乾隆帝、ケ 石如、成親王、弘一法師の12人が
 書いている紺紙金泥の書だ。高かろうから買うつもりは無かったが
 ついでだと思って、係員を呼んで「いくら?」って聞くと
 「イーバイアール(120元)」という。えっ、結構安いじゃないか
 それでもしばらく悩んだ末、結局銀行カードを使って買ってしまった。
 家に帰ってカード明細を見ると「スーバイアール(420元)」だつた。
金欠の大陸浪人がえらいものを買ってしまったなぁ、との後悔はないではないが、
でも気に入っていることは確かだ。これからは毎日違った名人の書を見ながら
般若心経を唱えることにしよう。

その後、オペラ座の1階でやっていた子ども向けの音楽教室をのぞき(写真左)
ロッテ百貨店にも寄った。まだ営業していないところもあったが、凄いゴージャス(写真中2枚)
そこから古文化街(写真右)まで行き、ちょっとした買いものをして帰宅。


そして、今日、日曜日は「老人大 太極拳」である。
どうも体調があまりすぐれないので、粥を食って出かけた。
多の人もそうなのだろうか、今日は欠席が多くてあまり盛り上がらなかったけど、
丁寧に復習をやってくれたので、曖昧にやっていたところが、すっきりと解った気がする。







10月27日  (土)  0917  0925 0919  0927  0921


「百聞は一見にしかず」と言う。
いろいろ効能を聞かされるより実際の体験が・・・ということだろうが、
全く説明なしで百見しても、それもまたなあ・・・・この頃の実感である。


朝から天津博物館に
講演を聴きに行った。
「一次難忘的考古実践与探索
北辰張湾沈船遺跡発掘紀略」
というテーマである。
勿論全部中国語なので
ついていけるかどうか
心配はあったけれど
スライドもたくさんあり、
漢字の説明もついていたので
なんとか、解った? かな?
発掘した文物よりも
磁気やレーザーで調べ
船を堀出し、記録を
とっていく・・・
その過程が主題だったかも。

そのあと、ゆっくりと時間があったので、
ショップでちょっと買いものをし
食堂で42元のお勧め定食を食べてから、
1階と2階の展示を見て回った。


1階は書画展だったけど、
あんまり大したことはない。
老人大の展示の方がましだ。

体験教室のようなものもあって
こどもたちが見本を見ながら
色を塗ったりしていた。

続いて、美術館、ロッテ百貨店、古文化街と行ったが、報告は、また明日ということにする。

とにかく今日は体調は余りよくないのに、歩きすぎて疲労困憊。
博物館で一度、美術館で一度、緊急トイレ(大)に駆け込んだ。







10月26日  (金)  0917  0925 0919  0927  0921


ドラフト会議があった。あれがどうして人権無視、法律違反にならないのか不思議に思っている。
プロ野球株式会社というのがあって、そこに巨人部、阪神部があるというのなら
新入社員をどのような方法で、どの部に配置しようがいよ。
でも、巨人も阪神も独立した会社だろう。社員の給料も福祉も違うはずだ。
電車の運転手になりたいという時、電鉄会社が話し合って、
おまえは近鉄の電鉄会社には以外には就職できない、なんい有りなんだろうか?


朝、4時前に目が覚めてしまった。
目が覚めてしまったらしょうがない、
起きだしてメールをチェックしたり、ブログを書いたりしていたが
やっぱり眠たくなって7時のNHKニュースを見て、7時にもう一度寝た。
7時のNHKニュースは中国では6時にやるんだよ。
さすが中国だろう?
今度は目覚ましで昼前に起きて
ぼそぼそとうどんを作って喰う。

2時から「篆刻」の授業なので、1時に老人大学に到着し、書の展覧会を観た。
これもよく解らないけれども、かなり立派なような気がした。
意味が解らなくても、読めなくてもなんか良さそうにおもえるところはやっぱり東洋人だな。

 そして「篆刻」。今日からは実技に入った。
 私は家で石に布字してきていたので、いきなり彫りだしたけれども
 他の人は石に裏向けに書くのに一生懸命。先生もあちこち大忙しである。
 まずは上から2つ目のを彫りだしたんだけど途中で石がポロッと欠けておしゃか。
 2つ目は上から3番目のヤツに挑戦。まあまあ、一応は彫った。後は押印して補正だ。









10月25日  (木)  0917  0925 0919  0927  0921


私が行った(お参りした?)ことのある大きなお墓。
世界一はやっぱり中国・秦の始皇帝陵だろう。軍隊までいるものね。
十三陵墓もせせこましいな。毛沢東記念館(あれは墓?)などはずいぶん小振りだ。
クフ王のピラミッドもでかい。でも、王家の墓となるとなんか集合墓地って感じもある。
ヒンズー教徒は墓は作らないみたい。タージマハールは墓じゃあないんだろう?
パゴダとかアンコールワット、青のモスクなんかはどうなんだろう?
キリスト教もでかい墓はつくらないみたいだな。バチカン宮殿の一室に棺桶が置いてあったりした。
さて、日本では仁徳天皇陵が面積では世界一だそうだ。
骨格しか残っていないけれども石舞台も墓だとすれば全容は大きいものだったろう。
日光東照宮も墓といえるのかな? 明治神宮は墓じゃあないだろう。

朝、トイレの修理に来た。
2時間ほどかかって、なおりました、
と言って帰ったけれど
一度完全に乾かして2時間ほど経って見たら
やっぱり水たまりが出来ていた。

夕方、ちょっと買い物に出た時の
小学校の校門前。ものすご〜い出迎えの人たち。


「中国に学ぶ」宮崎市定著 読了。

  本書の元版が編集・印刷された一九七一年後半は、
  中国における文化大革命(一九六六年5月〜七六年十月)の真最中であったというだけでなく、
  世界的に中国フィーバーが巻きおこり、
  わが国でも各界を問わず中国へのなだれ現象が生まれつつあった特筆すべき時期である。
  すなわち七月にキッシンジャー米大統領補佐官が秘密裏に中国を訪問し、ニクソン大統領の訪中計画が発表され、
  十月には国連総会で中国の国連復帰が決定された。
  そのような時期であったので、とくに報道機関において中国キャンペーンが盛んとなり、
  中国に対する多少とも批判的な言辞は敬遠される気配が濃厚であった。
  中国政府の逆鱗に触れはしないかと、余りにも神経過敏だったのである。
  本書には、随筆的論説「馮道と汪兆銘」が人物の部に、
  同じく「歴史からみたチベット国境問題」が時事の部に入れられる手筈になっていたが、
  異常事態の煽りをうけ、困惑気味の編集者の要請をいれて割愛されたのである。
というような時期に書かれた本で、そういう意味で面白い。
その内の一編、
「V 人物編 乾隆帝から毛沢東へ 〜続羨不足論」(昭和42(1967)年6月 初出)
の一部分を紹介。

 中国においてこそ本当の共産王義を樹立したい、というのが毛沢東の念願で、今度の文化大革命も本当のねらいはそこにある。
 それにしては言うことが余りにむつかしすぎる。
 それを説明してくれる日本の学者たちもまた言うことが余りにむつかしすぎる。
 何でもないことをわざとむつかしく言わぬと感心されないのが後進国に共通の現象と見える。悪いい癖である。
 日本軍が敗退したあとを追って、延安の山奥にいた中共軍が、一躍して文化の進んだ北京、天津の主人公となると、
 忽ち中共幹部の間に好ましくない風潮が現われだした。
 これを中共流に言えば資本主義化し、修正主義化して、ソビエトのようになりかけたのである。
 これではいかぬ、と毛沢東が手綱を引き締めたのが、整風運動であり、三反・五反運動であった。
 どんなに絶えまなく共産主義を叩きこんでも、人間誰しも弱点をもっているので、
 外界から強い誘惑の手がのびると、知らず知らずのうちにその中にひきこまれる。
 特に中国社会は数千年の長い歴史をもち、その間に鍛えぬかれた階級文化であるから、
 道心堅固な共産党員でも、やがて身も心もとろかさねばやまぬ不思議な魅力をもっている。
 中共幹部の中には今まで攻撃していたブルショア階級のお嬢さんと恋愛関係に入って結婚することが一種のはやりになり、
 劉少奇もその一人であったという。毛・劉の思想的対立は実は両者の生活態度から発しているのであって、
 その前ぶれはすでにこの時から現われていたのである。
 さて中共政権が安定し、、経済建設に取り組む段取りとなったが、様子を見ていると、
 どうやら中国はソビエトの二の舞をしかねない兆候が続々と現われてきた。
 これは放っておけない、自分の目の黒いうちに何とかしておかなければ後世に対しても相済まぬ、と思って立ち上ったのが、
 今度の毛沢東の文化大革命である。
 もし中国がソビエトのようになってしまうなら、国民政府に対して革命した中共政権の存在の意義がなくなるからである。
 名目だけの共産主義でなく、本当の共産主義を実行して見せるぞ、というのが毛沢東の決心で、
 それには並々ならぬ覚悟をきめてかかったはずである。
 そしてその理想にははなはだ墨子の主張に近いものがある。
 それだけに、人情に近くない、という危険性を一方にはらんでいる。
 人民の上に立つ指導者が、一切の特権を要求しないで、本当に人民と同水準の生活を守る社会が果して出現できるかどうか。
 これは実に大きな実験である。もし中国がそれを完成できたなら、これは全世界を動かす原動力になりうる。
 根が事大主義の日本などは、それこそ一ぺんに参ってしまうであろう。 (p132)

「文革」も毛沢東もずいぶん持ち上げられていたものだった。


おいおい、石原慎太郎が都知事を辞めて、国政に転ずるって! またまた、キナ臭いな。
でも、自民党には戻らないというから、その他大勢組ということで、
その発言で日中関係をそれほど脅かすことはないのではないのかな。
ま、そうあってほしいよ。








10月24日  (水)  0917  0925 0919  0927  0921


お茶が西欧に伝わったのは何と17世紀のことだったそうだ。
中国では陸羽が「茶経」をあらわしたのが758年。千年程も遅れてお茶を味わったということになる。
な〜んだ、エリザベス1世もルイ14世もお茶飲んだことなかったのか!


昨日が「菊の節句」だった。
老人大学でもちっさな「菊花展」をやっていた。
私は趣味も知識もないので「へぇ〜」で済んだが
帰って神戸の友人が送ってくれた
京都府立植物園の菊の写真(トップの写真)を見ると
老人大の菊はかなり立派なものであるかも知れんなあ。
日本ではまだ、菊人形なんかもやっているんだろうか。
菊の酒は飲まなかったが、菊花茶を飲んでみた。

老人大「気功」
今日は「導引養生功十二法」という本を買わされたよ。DVD付きで16元(約200円)
神戸で買ったのは2000円くらいしたと思うから安いことは安い。
気功もちょっと楽しくはなってきたが、それにしても2時間半は長すぎるな。
終わりごろになると時計ばっかり見ている。


「必笑小咄のテクニック」 米原万里 著 読了。
小咄の本ではなくて、テクニックの本だから、ま、次のような具合だ。

 ○ 当館の訪問音数はあまりにも少ない。
   世界的にも希有な歴史的遺購や遺物を数多く展示しているというのにもったいないことです。

       ↓
 ○ 当博物館は世界的にも大変貴重な、希有ともいえる歴史的遺構や遺物の宝庫である。
   なかでも最も珍しいのは、訪間者である。


 ◎ 劇評家が演出家に嫌味を言う。
  「昨晩は君が演出した舞台を見たけれど、退屈で居眠りしちまったよ。おかげで夜はー睡もでぎなかった」

       ↓
 ◎ 劇評家が演出家に。
  「昨晩は君の演出した舞台を見たせいで口供は一睡もできなかったよ」
  「うれしいこと言ってくれるね。シニックな君の心をそこまで揺さぶったとはねえ」
  「いやあ、単に劇場でぐっすり眠れたおかげなんだけどね」



夕7時、トイレの水漏れ修理に来るはずだったんだけれど、部品がそろわないとかで明朝に。
工事人をいきなり清朝の服装で迎えたらびっくりするだろうから
人が来るとなると、それなりの服装に換えておかねばならぬ。面倒なんだよ。







10月23日  (火)  0917  0925 0919  0927  0921


イー アル サン スー ウー リュー チー パー ジュー
いち にー さん しー ごー ろく  ひち はち くー
と並べてみると、確かに日本の数は中国語から来ていることは分かる。
その中で2だけが中国語の真似ではないみたい、「にー」というのはどういうところから来たんだろうか?


日本ではあまりメジャーではないけれども、旧暦9月9日「重陽の節句」である。
『一両三叢乱菊花 秋風吹老破籬笆 客来閑坐無他供 磔砕数枝聊點茶』
「中国茶芸」の日であった。
今日から講義に合わせて
喫茶が始まる。
今日は緑茶の体験である。
碧螺春 黄山毛峰 西湖龍井
の三種のお茶を楽しむ。

老人大に行く前に天津博物館に立ち寄った。
博物館、美術館、オペラ座、図書館と広大な庭園がある。
「天津文化中心」として再開発されたところで、身分証を出せば入場は無料。これだって凄いことだよ。
私は土曜日に行われる講演会のチケットを貰いに行っただけで、今日は展示は観ないで、
館内のミュージアムショップと食堂に立ち寄っただけだったが。

さすが、博物館内の食堂だけあって、おちついた雰囲気でなかなかいい。
真っ白な皿にソースがかかったフランス料理風、こういうのここしばらく
喰ったことがなかったのでいい感じだった。
食後、コーヒーを飲みながら
「誰よりも美しい妻」 井上荒野著 を読む。
ストーリーとしては特に何もないのだが、
伊集院静風の感じのよい文体で好きだ。
一節を紹介する。

「俺が指を切断するとかどうとかして、ヴァイオリンが弾けなくなったら、あんたどうする?」
と惣介はよく−―たいていは、ひどく酔っぱらったときに−―聞く。
周囲に他人がいるときならば、
「さあ、どうかしら、そのときになってみないとわからないわ」などと園子は答えて、
みんなを笑わせ、惣介を嘆かせもするけれど、
実際には−―惣介だってよくわかっている通り指の切断など何程でもない。
なぜなら、自分はもう、惣介がこういう音を紡ぎだす男だいうことを、知ってしまっているのだから。
まったく私は、惣介を愛さずにはいられない。
それは恐ろしいことだけれど、幸いなことでもある、と園子は思う。
私にとっても、夫にとっても。
私が夫を愛することをやめたら、夫は廃人のようこなってしまうだろう。
すくなくともヴァイオリンは弾き続けられないだろう。
それは、それほど夫が私を愛しているからではない。
私が夫を愛しているからだ。
私が自分を愛し続けることを、惣介は信じているからだ。宗教のように。
そういえば彼はよく言う。「あんたは俺の神様だ」と。   (p80)








10月22日  (月)  0917  0925 0919  0927  0921


日本に何ヶ所か「久下神社」ってのがある。
祭神は久下さんじゃあないと思うけど、もしそうだったら大変だな。
オレは神さんの子孫だ!
ちょっと気になって、google で検索してみたら
何と462万件と出たで。

午前中、またインターネットテレビが映らなくなった。
業者に電話したら午後に看に行くというので、
ずっと家にいて、土曜日の教師会の記録を作っていました。
業者が来たらこれと言って何もしないのに、フイッと映るようになりました。
「あんた、何かした?」った聞くと「いゃあ〜」とか言っていた。

夜は、ホレ! ホレ! ホレ! 日本の蟹だ!
その他は夕方に風呂に行っだけです。神様の子孫も大変です。







10月21日  (日)  0917  0925 0919  0927  0921


「野菜」って言う。「野」の「菜」のことだろう。
ガラスのケースの中で育てられた菜っ葉も「野菜」と言ってもいいのかなぁ?


老人大「太極拳42」。 バスで出かけた。どういうわけかバスはガラガラに空いている。
同系統が2台か3台連なって走っているせいだ。
私の乗ったバスは3駅ほどで、乗客が私一人になった。
運転手が「ナー シャー?(どこで下りる?)」って聞くので「老人大学」って答えると
いきなり路線を無視して勝手な道を走り始めた。私も通ったことのない道だ。
ところが、バスの運転手が道が分からなくなって引き返すという一幕もあり、それはそれで楽しかった。
結局ノンストップで私を老人大まで送り届けてくれたんだけど、その間バス停で待っていた人は完全無視。
中国のバスの運転手はホント自由の気に満ちている。

太極拳では若い先生がデモンストレーションをやってくれた。
これは「太極拳」ではなくて「気功」のような気がしたけど・・・


帰り、バスに乗っている間に雨、降りてから家まで5分ほど傘をさした。
傘はいつもリュックに入っているが、さしたのは何年ぶりだろう?






先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。