10月20日  (土)  0917  0925 0919  0927  0921

人類は猿類から「進化」したという。
その過程で二本脚で歩いたり、手を使ったり、火や言葉も使うようになった。
でも、どうして夏も冬も自分で寒暑から身を守れる天然の毛皮まで捨てたんだろう?
アダムもイブも服なんかは着ていなかったはずだ。
毛皮を捨てたのは何か行けないものを喰った罰なんだろうか。


 第三土曜日は天津日本語教師会である。
 天気もよかったので
 今まで通ったことのない
 通りなどを
 30分ほどかけて
 ぶらぶらと歩きながら
 行った。路上にも
 店があふれていて、
 なかなかいい感じだ。

教師会、今日のテーマは「スピーチ指導」についてである。
三人が提案する予定だったが、一人が体調不良で欠席、
二人がパワーポイントを使って発表。(その内の一人は私である)
それともう一人、先日の「青年教師教学基本コンクール」に出場した若い先生が
自分の発表ビデオを映写して授業方法について参加者から意見を言ってもらう、という発表をした。
これは盛り上がったな。

そのあと近くの賓館で食事会をして散会。







10月19日  (金)  0917  0925 0919  0927  0921

中国に住んでみて気がついたことだが中国人は髭を生やしていないな。
昔は孔子も老子も杜甫も関羽も李鴻章もみんなみんな髭生やしていたよな。
どうして止めたんだろう? 
毛沢東が「髭はやしているヤツは反革命的だ」とか言ったんだろうか?


老人大「篆刻」2回目。
先生が前の一年間授業の最後の時に写した写真をくれた。
授業はまだ石に彫るところまではいかない。


昼は餃子を買ってきて喰った。
6種類、各4個ずつで計24個
12元だ。旨くて安い。

篆刻から帰って伊勢丹と
新鮮館に買い出しに。
勢いで「日本風の蟹」
198元を買ってしまった。

いつもの天津なら秋は3〜4日、夏からいきなり冬という感じなのに今年は秋が長い。
いいんだけど、何かちょっと気味が悪い。異常気象というのでなければいいのだが・・・。









10月18日  (木)  0917  0925 0919  0927  0921

盲導犬のDVDを見た。関西盲導犬協会というのもあるそうだ。
でも、言葉の上では今は「盲人」はいないんじゃあないの? 
視覚障害者とかになったんじゃあない?。「盲導」はそのままでいいのかい? 
なんかこんなこと前にも書いたような気がするが、思い出せない。
こういう私を「ボケ」と言ってはいけない。例えば「記憶障害者」とか言わねばならないのだ。
「言霊さきわう国」だもんなぁ。もうちょっとしたら「久下症候群」なんて診断も出るかもね。


「白秋」 伊集院静 著 読了。きれいな小説だ。
花籠から垂れるようにこぼれ出した花を真也は見つめていた。
月明りと居間から洩れる灯りに、ちいさな萩の花は白くほのかに浮き上がっていた。
まるい受け皿のような複葉に、萩の花は蝶がとまっているように可憐に映った。
花籠の敷台が萩のしだれた先端と微妙に調和をとっていて、
あと少しで廊下の板につきそうなところで花弁は風に揺れている。
まだ蕾の花もあるが、花弁を開いた花ははじけたようにひとつひとつがしっかりと咲いている。
白レい萩の花はどこかはかな気に見える。先日のすすきに合わせた桔梗の花もそうだった。
彼女が好んで白い花を選ぶのは、純白があの人の好きな色彩なのだろうか、と思った。
真也はそっと花に寄って、指で花の先にふれた。こそばゆいような肌ざわりがした。
その感触があの人の指先にふれてレるように思えた。
するとひとひらの花が指の上に舞い落ちた。真也はあわてて指を引っこめた。
そうして敷台の上に落ちたその花びらを指でつまんで、てのひらの上に乗せた。
一枚のちいさな花弁が、真也のてのひらにかがやいていだ。
−−美しい白だ……。
絵具からとり出したばかりでも、こんなにまぶしい白はないだろう。
真也はその花に顔を近づけて、匂いをかいでみた。
彼はゆっくりと花を指でつまんで、自分の唇にあててみた。指も唇も震えていた。 (p78)

たくさんの花が出てくる。もう一度ページを繰って目についた花の名前を書き出してみると

せり、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな、すずしろ、睡蓮、寒牡丹、段葛、枝垂れ柳
木蓮、菖蒲、蝋梅、海棠、連翹、ススキ、桔梗、朝顔、萩、弟切草、黄櫨、吾亦紅、杜鵑草、欅
銀杏、金みずひき、三角草、白梅、薔薇、椿、侘助、山百合、紫式部、藪椿、七竈、螢ふくろ、小菊

などである。

DVD「クール」 看了。
盲導犬の物語である。
ラブラドール・レトリバー犬が
生まれてから、訓練を経て
立派な盲導犬となり、
一生を終える物語である。
子犬の頃の様子
胸がキュンとなるほど可愛い。

今日はすがすがしい小説を読み、愛くるしいDVDを見て、よい一日であった。








10月17日  (水)  0917  0925 0919  0927  0921

受動喫煙というのが問題になっている。裁判になったりもするらしい。
たばこの先から立ち上る煙もそうだが、喫煙者が口からフッーと吐き出す煙も受動喫煙の原因の一つだ。
これ煙草だから匂いがあったり味があったりして、吸わされているってわかるんだけど、
普通の呼吸だったら分からないわけだよな。隣にいる薄汚れたオッチャンの体の中を通ってきた空気、
否応なく私たちは毎日それを吸い込んでいるわけだ。 なるべく美人の横に立つようにしよう。

老人大「気功」。9月12日以降、1ヶ月ぶりである。
スクリーンを降ろしてDVD見ながら練習という新しい方法も現れる。
2時間立ち位置の気功、結構、結構と思っていたら、2時間が終わっても誰も帰らない。
9月の19と26を休みにした埋め合わせに1回が2時間半の授業になっているのだ。
それはいいんだけれども、残りの30分が座り位置の気功だ。これには参ったなぁ。


今日は日本に行っていた友人が来るという。
湯豆腐にしようと思って豆腐を買いに行ったら、どこにも売っていない。
スーパーと市場を10軒ぐらい回ったかな。
一応、中国の豆腐で間に合わせ、その他は
オクラ納豆、秋刀魚の塩焼き、
芋と筍の煮付け、野菜サラダでちょっと回転寿司の寿司も添えた。
彼は白酒、私は日本酒・辛口の冷はいつもの通りである。

その友人の話では、やはり通関はかなり厳しくなっているようで、
パソコンの中(DATA)まで調べられたということだった。
ヘンな画像などが見つかると再入国不可とかになるのかなぁ?







10月16日  (火)  0917  0925 0919  0927  0921

日野原重明という人がいる。101歳現役である。
ちゃんとネクタイをし、背広を着て人と会っている。医者だけど医薬で生きているような感じではない
この人、江戸時代に放り込んでもちゃんと裃を着て月代を剃って、101歳誕生日を祝っているだろうな。

老人大「中国茶芸」の第2回目。

家を出る前に中国茶芸のDVDを見た。
中国では普通「茶芸」と言って、「茶道」とはよばないんだけれども
このDVDは「茶道」と題している。だけではない、裏側をみると
飲茶芸術、生活芸術、人生芸術、と
どういうわけか平仮名の「の」が使われている。
あきらかに日本の茶道を意識しているんだろうな

今日はお茶が飲めると思ったんだが、2時間続けて講義
予習が効いているから、先生の話が時々耳に入ってきて
心が「茶」にひっかかって宇宙・幽玄に飛んでいかない。
茶・・・臍が茶を沸かす、お茶を濁す、お茶の子サイサイ
日常茶飯、茶化す、チャンチャラおかしい、茶髪
茶壺に追われてトッピンシャン、番茶も出花、茶柱
茶漬け、茶粥、茶飲み友達、茶の間、茶渋、茶菓子
ついにはボストン茶会事件なんても思い出した。
まあまあ、こんなことをノートに書き付けながらの2時間だった。
何しろ一番前の関に座っているので居眠りするわけにはいかないのだ。

そういえば、今日の午前は12時20分ごろまでかなりの量の雨
それが私が出かける12時30分、ピタリと止んで日が差してきた。
女(男)心と秋の空、というよりも、私の「晴れ男」ぶり健在と言うことだ。

その雨のせいか、午前中インターネット不通、テレビも映らない。
テレビの会社に電話したら夕方看に行く、と言っていたが
昼頃、試してみたらちゃんと映っていた。







10月15日  (月)  0917  0925 0919  0927  0921

「ポン酢」ってのがある。あの「ポン」はなんだろうと考えていたら、いろいろ出てきた。
ヒロポン(これは麻薬だ)、ポンコツ、アンポンタン、ジャンケンポン、ポン引き、ポンポン(お腹)・・・・
「ポン」にはどういう意味があるんだろうかね。

散髪に行った。
わりとよく行くようになったのには理由がある。
坊主にしたから目立つということもあるが、
1回30元のところを、600元のカードを買えば
6割引になると言うのでそれを買ってしまった。
考えれば50回近く行かねばならぬ勘定になる。
それまで生きておれるか、店が潰れないでいるか
それがせっせと通わねばならぬ理由である。

我が家から徒歩5分以内のところに散髪屋は7〜8軒ある。
一番大きいのが左の店であるが、よく見ると電光で
堅持”釣魚島”主権! 拒絶一切”日系美容美髪産品” 進入本店!
と広告していた。バカな店だなぁ。ここで割引カードを買わなくてよかったな。
私が行っているのは右のドハデな店である。
長髪と比べれば散髪も洗髪もえらい簡単なんだが値段は変わらない。

「終の住処」 磯崎憲一郎著 読了。
2009年の芥川賞受賞作だそうな。
「純文学」ってのは大衆文学から不純な部分(例えば面白さとか)を取り除いて
大衆的でなくなった文学のことを言うのか?

ちょっと必要があってパワーポイントのプレゼン作りをした。
驚いたことに毎日作っていたPPTの作り方も忘れてしまっている。
ちょっとやればすぐに思い出したけど、一時はびくりしたな。

「暖房費」を払いに行った。1350元。
これもころっと忘れていた。生活費の予算を立て直さねばならぬ。
私なんか庶民は赤字国債を発行して家計のたしにするというわけにはいかんのだから・・・









10月14日  (日)  0917  0925 0919  0927  0921

飛行機ってプロペラで風を作ってそれを翼に当てて浮力を作って飛んでいる。
ジェットもまあ同じようなものだ。
ということは、プロペラが作る風よりも早い追い風に乗ったら浮力が無くなってツイラクするてことだな。


老人大「太極拳42」
今日も若い男の先生だった。
もう代講ではなくて
担当が変わったのかも知れない
同級生の人たちも
いろいろ話しかけてくれるし
運動そのものも適当で
楽しくなってきている。

「奇跡のリンゴ」石川拓治著 読了
無農薬、無肥料で(こういうのは不可能と思われていたらしい)リンゴを作った男の物語である。
本としてはそれほど面白いというわけではないが、中味はすごい。
リンゴと関係ないが、その中の一節を紹介する。

ほんとに虫の世界は不思議だよ。
たとえば、本の幹に産みつけられる害虫の卵は、本の幹の色をしている。保護色なわけだ。
これがだいたい直径五ミリの塊なんだけど、そのひとつの塊に五〇個の卵が並んでいる。
それでさ、その卵の塊からー〇センチくらい離れたところに、別の卵が二個産んであるの。
これがテントウムシの卵なわけ。害虫が孵化するのを益虫が待っているわけだよな。
ところが害虫の方もただ食べられるわけじゃない。
五〇個の卵は、いっぺんに孵化しないの。まず半分が孵化して、リンゴの葉っぱを食べに向かう。
それでその半分の虫がーセンチくらいの大きさに育った頃、残りの半分が孵化する。
テントウムシはちょうどそのタイミングで孵化するの。
孵ったばかりで自分も小さいから、後から孵った半分の害虫を食べて育つのな。
先に孵った半分は、その間に葉っぱをどんどん食べて大きくなって生き延びる。
つまり後から孵った半分は、テントウムシに喰われるために生まれてくる。
先に孵った半分を生き延びさせるために、犠牲になるために生まれてくるわけだよな。
あれ見たら、びっくりするよ。
虫たちは、どんな世界に生きているんだろうとな。こんなブログラムを誰が組んだんだろうと、ものずごく不思議な気持ちになった。
私つくづくさ、自然というのは何とよく出来たものだろうと思いました。
大袈裟かもしれないけど、地球があるのもこの小さな生たらのおかげじゃないのかなってさ  (p154)

人はリンゴ(智恵の実)を食べて、葡萄の葉で体をかくしたのであったな。









10月13日  (土)  0917  0925 0919  0927  0921


アキレス腱というのは人のかかとの部分をさすが、その言葉の由来は
ギリシャ神話に出てくる勇者アキレスが赤ん坊の時母親がかかとをつかんで・・・・と知って使っている。
でも、ベンチャー企業、リムジンバス、コッペパン、パンプス、スニーカー 等々
ごく当たり前に使っているけれど、それがどこからきた言葉が知らないというものの何と多いことか。
言葉を教えている人間でありながら、こんなことでいいんかねぇ。


朝 5時に起きて一番のバスで天津師範大学に向かった。
学校までは大体順調にいったのだが、学校に入ってからまた道を間違え30分ぐらい歩いて
やっと「第十一届天津市高校青年教師教学基本功競賽」の横断幕に到着した。

コンクールは数学や科学、経済など各分野にわたって行われるが、
私の参加は勿論外国語の内の日本語教育である。
今日は14人の先生が持ち時間20分の授業をやる。(明日は4人の計18人の競争である。)
毎日の授業がこんなではないことは解っているが、それぞれ懸命の授業は聞いていて楽しい。
私はもう授業はしていないのだけれども、参考になることは多々あった。

昼はひとりで学生食堂に行き昼食。
と言っても、食堂のカードを持っていなければ買えないので、まず受付で保証金を払ってカードを購入
それで麻椒神戸肉というのを買って食べ、(これは割合おいしかつたよ。)
終わってカードを解約して残金を返してもらうもという手続きだった。

出場選手の内に私の知り合いの青年がいたので、その授業をビデオ撮影し、
終了後一緒にそのビデオを見て、簡単な反省会をして、また、バスに乗って帰った。

天気はよかったんだけれども、Tシャツとワイシャツでは寒かった。上着のいる季節になっているんだな。

トップの写真は今日のコンクールが「ドングリの背比べ」と言っているわけではない。念のため。








10月12日  (金)  0917  0925 0919  0927  0921


「時は金なり」と言うけれども
交通手段なんかは普通→急行→特急→飛行機と利用する時間が短いほど高くなる。
これは郵便の配達やビザの申請などでも一緒だ。
一方、旅館やホテル、カラオケなどは使う時間が長くなるほど高くなる。
時間の値打ちって、一体どっちなんだ?


篆刻の短期コース開講。
こちらは前に引き続いて出ている人はいない。
先生と班長だけが、えらい感激して握手攻めだった。
みんなにも久下順司という日本人だ!と大紹介。
みんな初めてのようで、
篆刻刀を初めて見たような顔をしている。
石やら篆刻刀にど持ってきていないので今日は講義のみ。
参加者は少なくて17名である。
短期コースはいろいろ理屈は言わないで、いきなり実習なので楽しみである。

かなりゆっくり起きて、
朝昼兼用の雑炊、
老人大から帰ってきて
アイロンがけをやった。
今はTシャツの上に
ガラベーヤとエプロンだが
やがてそれでは寒くなるだろうと
モンゴルの服、中国の清朝の服、中国のお坊さんの服、日本の着物を
ベッドの下から引っ張り出しての大作戦である。

夜は酒を飲みながら10日のTBSテレビ「あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル」というのを録音した。
コマーシャルを飛ばしながらというわけにはいかないので、6時ごろから始めて10時過ぎまで。

「ノーベル平和賞」ことしは該当者なし、とか言うのかと思っていたら「EU」が受賞だって!
えらい奥の手を使ったものだな。ノーベル賞の賞金で経済危機か乗り切れるというわけでもなかろうが。

13日は朝5時に起きて天津師範大学に行く。
ということで12日分のブログのアップが13日夜になってしまった。








10月11日  (木)  0917  0925 0919  0927  0921


甲骨文字。動物の骨や亀の甲に何かで(針金じゃあない)傷を付けたもので漢字の最初とされている。
その後は粘土や動物の皮などに書いたりしたようだが、残っているものとしては木簡・竹簡が有名だ。
木簡や竹簡には墨と筆で書いていたらしい。へぇ〜、墨と筆があって紙がなかったんだ!
墨と筆はどちらが先に発明されたのだろうか?
墨があって筆がないという時代があったのか、筆があって墨がないという時代があったのか?


一日中、家にいた。
DVD「車イスで僕は空を飛ぶ」看了
これも実際にあった話をもとに今年の8月
放映されたテレビドラマである。
人に助けてもらうということは
人を助けるという素晴らしい行動を
人から引き出しているということでもある。
「光武帝 下」塚本青史著 頑張ってやっと読了。

ノーベル文学賞に中国の作家 莫言 氏が選ばれた。
私としては名前を聞いたこともない作家だったが、映画「紅いコーリャン」の原作者だったんだな。 中国政府から歓迎されるはじめてのノーベル賞受賞者が出たということは大変目出度いことだ。
12日の朝刊に出ていた莫言氏の作品紹介
全体評として「以中国風格、中国精神、中国気魄走向世界」とあり、各作品は
  「蛙」・・・新中国近60年波瀾起伏的農村生育史
  「豊乳肥臀」・・・謳歌生命意義和大母性
  「生死疲労」・・・農民対生命無比執著的頌歌和悲歌
  「檀香刑」・・・再現清末山東半島反植民闘争
  「酒国」・・・表現官場酒文化的反腐小説
  「紅高梁家族」・・・高密東北郷抗撃日本侵略者英雄悲壮的舞劇
とある。
村上春樹は残念だったけど・・・・また来年があるさ。





先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。