8月31日  (金)  0827  0828 0829  0830  0821

二百十日。
今風に言えば「台風の特異日」ということだろう。
でも台風で言えば9月26日が特異日なんだそうだけど・・・

今日もまた蒸し暑い日になっている。
窓を開けると0.1mぐらいの小さな虫が目の前を飛び交うし、
人を食う虫(多分蚊なんだろう)もえさを求めて足下をうろうろする。
で、蚊取り線香を買ってつけてみたが、蚊の方も進化しているんだろう、あまり効果はない。
昼は蚊取り線香購入のついでにスーパーで回転寿司を喰った。


「昭和史七つの謎 Part2 」保阪正康著 読了
  @ 東条英機に利用されたゾルゲ事件
  A 明かされる「大本営発表」の歪みと嘘
  B 「陸軍中野学校」の真の姿をさぐる
  C 吉田茂が描いた国家像とは
  D 昭和天皇に戦争責任はあるか
  E 「A級戦犯」は戦後なぜ復権したか
  F 田中角栄は自覚せざる社会主義者か
の7つの「謎」であるが、正史ではないしのでそのまま信じるというものでもないし
裏話としては盛り上がりに欠け、中途半端。斜め読みで終わる。

DVD「火の魚」 看了。
全54分とドラマとしては小振りな作品だが
絵がきれいし、ストーリーも会話も
詩的というかも雰囲気がいい。
室生犀星の原作だったんだなぁ、なるほど・・・





8月30日  (木)  0827  0828 0829  0830  0824

「南海トラフ大地震」というのが近々起こるそうだ。
ひどいところでは30mを超す津波がくるという。
何もしなければ30万を超す死者が出るという。
そりゃあそうだろう。神様もそろそろ堪忍袋の緒が切れるところにきているよ。
この際、みんながノアになろうなんて厚かましい。


「水の手帳」 伊集院静 著 読了。 巻末の村上由佳氏の「解説」に
   昔、まだ小さかった私が、お祭りの夜店ですくってきた金魚を水槽の中へ放してやろうとした時だった。
    母は私の手を押しとどめ、金魚の入った透明なビニール袋ごと、しげらく水槽に浮かべておくように言った。
   そうすれば袋の中の水がじんわりと水槽の水と同じ温度になって、金魚は新しい世界に気持ちよくなじむことができるのよ、と。
    伊集院静氏の小説の書き出しを読むと、私はあの時の金魚になったような心地がする。
   筆者は冒頭のほんの数行で、読み手をその小説世界の水温にすんかりとなじませ、ずっと昔からそこでたゆたっていたかのような気持ちにさせてしまう。
   何げたくみえる描写の文章にも独特の温度があり、「たたずまい」とでも言うべき凛とした何かが漂っていて、それが読者を心地よく誘ってくれるのだ。
とある。うまいこと行っていると思う。私も同感である。
そういう中の一節(私は佐久間氏のような人生ではなかったし、そんな感想とも遠いが)を紹介。
 「この頃、秋が淋しい季節ということがよくわかる気がしますよ。いずれまた春は来るのでしょうが、
 秋から冬にかけての季節のうつろいを見ていると、冷たい世界に行ったきり二度と戻れないのではと思うことがあります。
 冷たい闇に包まれてしまうようで……。
 年老いて行くということは何かを失うことではなくて、何かが見えなくなることかもしれないね」
 ブランデーグラスを両手で揺らしながら佐久間は独り言のように言った。
 「お孫さんのことで弱気になってらっしゃるんじゃないんですか。佐久間さんらしくありませんよ」 間島が明るい声で言った。
 「励ましてくれるのは嬉しいが、どうも近頃、私は自分の歩んで来た道に疑問を感じる時があるよ。
 私の人生はずっと誰かとの競走だった。前を走るものがいれば追い抜して来たし、
 横から自分を抜こうとするものがあれば蹴落として来た。
 若い時は抜かれた者や倒れた者が弱かったのだと思えばそれで済んだのだが、
 そんなにまでして勝ち得たものが今私かいるこの場所だとしたら、
 ただ寂寞とした孤独な場所に佇むために生きて来た上うな気がする……」

DVD「ニライの丘」 看了。
「地域」と「映画」と「吉本興業」の新しいカタチ(地域発信型映画第一弾)
とある。基地、戦闘機、米兵を使わずに沖縄を感じさせる点が
いいなぁ、と思った。
副題が「a song of gobdola」である。
そのゴンドラの中でオヤジのほろ苦い独白を

   カテエモンの独白  をお聞き下さい。





8月29日  (水)  0827  0828 0829  0823  0824

鯉(鮒でも金魚でも鯛でもいいんだが)には「耳」はあるんだろうか。
目は確かにある。鼻もなんか有りそうだ。しかし耳は見たことがない気がするな。
でも、池の鯉は手をたたくと集まってくる。やっぱり聞こえているんかな。
とすれば魚の耳は本来何を聞くためにそなわっているのだろう?
まさか人間の拍手を聞く為じゃぁあるまいし・・・。会話してるんかい?
えっ? 魚には舌はあったっけ?

朝から天気はどんよりとしていて、湿度が高く暑い。
この頃の天津は天候の面で言えば日本化はなはだしい。
以前の暑いけどスカッとした天津はどこに行ったのだ?
やがては天津人の話し方も、
日本人のようにぼんやりとしたものになっていくのかも・・・・
昨日の「音声ファイル」は秋の虫の声だったが
夜になってこのような虫が入り込んできた。
この虫もやはり日本人が懐かしいと思ったのだろうか。

DVD「ステキな隠し撮り」看了
小さな小さな短編を12話ほどつなげたもの。
頭から何も考えないで楽しんでくださいという感じで
それはそれで、私のようにそのヒマが十分あるものには
楽しく時間がつぶせるというものだ。
というのも各編の演者に
それぞれ主役を張れるぐらいの
役者を配しているからでもあろう。

夕方、銭湯に行き、垢擦り、足療をして、1時間以上も昼寝をした。
番台のおじさんによく寝ていたなぁと笑われた。

    昨日、今日のトップの写真は8月28日 京都 法金剛院の蓮である。明日もつづく。




8月28日  (火)  0827  0828 0822  0823  0824

「焼夷弾」ってのがある。東京や神戸の大空襲に使用された爆弾である。
木造家屋が密集する日本を攻撃するために特別に開発されたとも言われている。
でも、何故この爆弾の日本名が「焼夷弾」なんだ?
「夷」って「征夷大将軍」の「夷」、野蛮な異民族というような意味でしょう?
野蛮人=日本人を焼き尽くす爆弾なんて、日本人がつけるべき名前じゃないだろう!

在中国日本大使の車がいたずらされたということで、領事館から在留邦人に緊急注意あり。
  最近の日中関係の動きに係る注意喚起(その2) (2012.08.28)

  1.尖閣諸島を巡る問題に関し、主に週末に中国の一部で反日デモが行われました。このような状況は沈静化に向かいつつあると考えておりますが、
    27日には、当館大使車が何者かに停車させれられた上、日本国旗を持ち去られるという事件が発生しました
   (本件については、中国側に抗議し、中国側から事件の再発防止、在留邦人、日本企業の安全を確保するとの応答がありました。)。

  2.このような事件は、個別の案件であると考えておりますが、中国にご滞在の邦人の方々には、
    引き続き、以下の諸点にご留意の上、ご自身の安全には十分ご留意ください。
     ○反日デモ等が行われている場所には近寄らない。
     ○公衆の場での言動や態度に注意する。
     ○日本人どうしで集まる場合も、刺激的な行為は慎む。
中国での新聞の扱いはかなり小さいもので、
政府が東京都の尖閣上陸を不許可にしたという見出しの下に
ちょろっと出ているだけだ。
まあ、これは「愛国行動」とも言えないしね・・・・
というわけでもにいが、
午前中は日本酒やビールの宅配を頼んだおかげでずっと在宅待機。
午後は近くのスーパー2軒に買い物にいく。
途中、喫茶店にでも寄ってと思って家を出たのだが、
面倒くさくなって家に帰って洋酒をちびちびやりながら
「親鸞 下」五木寛之著 を読む。
上巻で忠範から範宴になった親鸞は
下巻で綽空、善信、となり最後の数ページでやっと親鸞となった。
これは、伝記というよりは一種の冒険物語に近いかな。
それより、2008年9月1日から2009年8月31日までの一年間
北海道新聞、東奥日報、岩手日報、秋田魁新報、山形新聞、福島民報、新潟日報、山梨日日新聞、東京新聞、
中日新聞、北陸中日新聞、県民福井、京都新聞、神戸新聞、奈良新聞、大阪日日新聞、日本海新聞、山陰中央新報、
山陽新聞、中國柄聞、山口新聞、徳島新聞、四國新聞、愛媛新聞、高知新聞、西日本新聞、琉球新報
の27新聞に連載されていたというからすごいな。




8月27日  (月)  0827  0821 0822  0823  0824

「絶対零度」って? Yahoo!百科事典 てのを見ると
  考えられる最低の温度で、絶対温度の0K(摂氏温度の零下273.15℃)のこと。
  統計力学から、気体分子の運動エネルギーは気体分子の速さの2乗に比例する量である。
  したがって、絶対零度とは、気体の運動エネルギーがゼロの状態であり、
  気体分子の運動速度もゼロのとき、すなわち気体分子の存在しない温度として定義される。
とあるが、世の中にこんな説明を聞いて解るヤツがいるって不思議。
すべての気体が液体となり、さらに固体となった状態、ということか?
じゃ、今すでに固体である目の前の本とかパソコンとかは絶対零度になっても平気で存在し続けるわけか。

空咳が出て、ちょっぴり寒さも感じる。
体調はそんなに悪くはない。食欲もあるし、ウンコも元気だ。

本当に久しぶりにパソコンとの中国将棋に勝った。
多分、1勝100負ぐらいの戦績だとおもう。
証拠の譜面だ。

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」看了。
どういう訳か、パソコンでは見れなくて
畳に寝ころんでテレビで見た。
これが空咳の原因かも知れない。
「親鸞 上」 五木寛之著 読了 まだ、親鸞は登場しない。
忠範が比叡山に登り範宴という青年僧になったところだ。
多分、こいつが親鸞になるんだろう。






8月26日  (日)  0820  0821 0822  0823  0824

「時」・・・時間と言ってもいいのだが・・・について考えるのは自然科学の分野に属するんだろうか。
それとも哲学とか宗教とかの課題なんだろうか。。
広辞苑第六版では「過去から現在へ。さらに未来と連続して、とどまることなく過ぎゆく現象・・・」とあった。
へぇ〜「時」は現象なのか? いったいどんな「象」が「現」じているのだ?
「はじめ神天地をつくりたまえり」とあり、ついで「光あれ」と言って光をつくったが
「時」は作っていないみたいだね。天地が出来る前、神さんだけがいたという時があったはずだが・・・

「赤鼻のセンセイ」 看了? って言えるのかな
あまり面白くはなかったので全10話ほどある内、
1,2,3話からいきなり最終話に飛んで
看了、ということにした。

「WAYA」看了。
「実在の商店街から生まれた物語」
とあるけれど、荒唐無稽。

家の近くのコーヒーショップに行った。
ちょっと「薄汚れた」って感じはあるけれども
ゆったりとしたソファーもあり、
コーヒーもまずまずである。
ここで昨日から読み始めていた 「ダライ・ラマ自伝」 山際素男訳 読了
ダライ・ラマ自身が言ったものと信じて
少々長いけど部分的に紹介する。

対中国は「敵」である。
 夏の最中にカムとアムド全地域が公然たる戦闘状態に突入した。
コンポ・タシという指導者に率いられた解放戦士は日に日に数を増し、中国側に対する襲撃は大胆さを強めていった。
中国軍も容赦なく反撃し、町や村は爆撃、砲撃によって広い地域が廃墟と化した。
そのため数干にのぼろ難民がラサに逃げこみ、市の外の空地にキャンプを張った。
人びとのもたらした空恐ろしい話の数々は、あまりに残酷で何年も信じる気になれなかったほどだった。
一九五九年に、国際法曹家委員会が出した報告書を読み、わたしの耳にしたことがやはり本当であったことをやっと受け入れたくらいだ。
磔、生体解剖、腹を裂き内臓を暴き出す、手足の切断などざらであり、打ち首、焙り殺し、撲殺、生き埋め、馬で引きずりまわして殺したり、
逆さ吊り、手足を縛って氷った水に投げ込み殺すと言った残酷さは枚挙にいとまがなかった。
処刑の最中に「ダライ・ラマ万歳」と叫べないように舌を引き抜いたりもした。

 だが、現実には、チベットの独立問題よりももっと緊急の事態がわれわれを待ち受けていた。
わたしたちがムズリーに着くやいなや、大量のチベット難民がインドだけでなくブータンにも流れ込んでいるという報に接したのである。
わかしはただちに何人かの役人を、インド政府が大急ぎで設けたキャンプ地に派遣し、人びとを迎えさせた。  
これらの新しい入国者から、中国はノルブリンカ離宮の砲撃につづき、ポタラ宮殿とジョカン寺院に鉾先を向け、数千人の民衆を殺傷したという報せを受けた。
両建築物は甚大な損害をこうむり、チャクポリ医学校は完全に破壊されたという。
この大量殺戮によってとれだけの人間が殺されたかだれにもわからなかったが、
後にチベット解放戦士が入手した人民解放軍文害は、一九五九年三月から一九六〇年九月にかけての軍事作戦で
八万七千人の死者が出たことを確認している(この数宇には、自殺者、拷問による死亡者、餓死者はいっさい含まれていない)。

1967年秋、訪日したときの印象は
 東京に着いて、人間性の良い面に触れて嬉しかった。
最初に目についたのは、驚くほどの整頓ぶりだ。何もかもがこんなに身ぎれいなのはかつて見たことがない。
やがてこの外観上の身ぎれいさは、なんとも優美に差し出される食物にまで及んでいることを知った。
日本人の感性にとって、盛付けの見かけのほうが味より大事なのではないかとすら思えてきた。
また着いてすぐ目についたのは、日夜、人や荷物を連ぶ道路に連なる自動車やトラックの洪水である。
日本は大きな物質的発展を遂げたが、一方でその伝統的文化や価値観を失わずに達成しているということにとくに心を魅かれた。
このことは、近代技術の活用に大きな可能性のあるこをわたしに印象づけてもくれた。

197年、訪米したときの印象
 最初に足を踏み入れたのはニューヨークで、たちまちその自由な空気に強い印象を受けた。
会った人びとはまことに友好的で開けっぴろげな、くだけた態度だった。
と同時に、その町のあちこちがなんとも汚く乱雑極まりないのが目についた。
建物の陰に塒を求める浮浪者、ホームレスの人たちのなんとたくさんいたことか。
かくも裕福で富み栄えた国にこんなにも物乞いがいるのに目を丸くした。
かつて共産主義の友人が、”アメリカ帝国主義の張り子の虎”の不正義、いかに金持のために貧乏人が搾り取られているか
といったことを話していたのを思い出した。
もう一つの驚きといえば、多くの東側の人がいっていたように、アメリカはたしかに自由のチャンピオンではあるが、
チベットの運命について知る人の少なさである。
この国を知るにつれ、アメリカの政治制度はいろいろの面でその理想とずいぶんかけ離れているのを感じはじめていた。

197年、訪米したときの印象A ダライ・ラマの英語
 とはいえ、最初の訪問がつまらなかったとか、感勤しかものなどなかったといっているのではない。
学生に講演したときなどとても楽しかったし、いつも彼らの善意を感じつづけていた。
  わたしのブロークンな英語に対しても−−どこまで理解してくれたかはわからないが−−つねに温かく応えてくれた。
おかけで公開の場で英語を使う気恥ずかしさがなくなり、自信がついてきたことを心から感謝している。
だのに、その友情に応える意味でももっと英語をマスターしようという気が失せてしまうのは何故だろう。
そうしたいと思う気持は山々なのに、ダラムサラに帰るとそんな決心などどこかへ飛んでいってしまうのである。
で、わたしは今でも、わたしの英語同様ブロークンなひどい訛のあるドイツ人、フランス人
その他諸々のヨーロッパ人と話すほうが気が休まって好きなのである。
なかでも、イギリス人と話すのが苦手だ。きっとたいていの人があまりに控えめで形式ばっているからだろう。

197年、訪米したときの印象B 西欧文明について
 全体としては、西欧社会にはいろいろと印象深いものがあった。とくに、その活力、創造性、旺盛な知識欲には頭が下がった。
が一方では、西欧社会の考え方にいくつかの疑念を抱くこともある。
その一つは、物事を”黒と白”、”あれか、これか”で考え、相互依存性、相対性を無視する傾向である。
つまり二つの観点の間には灰色の部分が必ずあるという目が欠けているように思われる。
 またこうも思う。大都市で便利に暮らしている人びとの多くは、実際には大勢の人間から孤立して生きているのではないか、と。
これけど物質的に恵まれ、近隣の何干という人間のなかに暮らしていながら、猿や犬にしか心を開くことがてきない人がなんと多いことか。
どこかおかしい気がする。これは心の貧しさを意味するのではないだろうか。
またもうーつには、これら諸国の厳しい競争社会、そこから生み出されるおそれと人生への深い不安感があるように思う。

チベットの将来への危惧
チベット人が個別の民族として存続してゆけるかどうかの最大の脅威、つまり中国人の人口移住に間するものである。
一九九〇年代中頃までに、中国政府が計画的中国化政策を推し進めていることが明らかになった。
これはある人びとが秘密の”最終的解決策”と呼んでいるものである。
彼らは土着のチベット人口を取るに足らないものにし、自分たちの母国で権利を喪失した少数派にしてしまうことによってこの政策を現実化しつつある。
これはただちに止めるべきである。このような中国人の大量移住は、ジュネーヴ協定第四条の明白な違反である。
この結果、東チベット地区では今や中国人の数がチベット人を大幅に上まわっている。
たとえば、わたしが生れたアムドも含む青海省では、中国側の統計によると、二百五十万の中国人に対しチベット人はわずか七十五万にしかすぎない。

チベット人が一民族として生き残るためには、この人口移住策を中止し、中国人移住者を本国に戻すべきである。
さもないと、チベット人はやがて観光客用のアトラクションか、栄光ある過去の遺物になり下がってしまうであろう。





8月25日  (土)  0820  0821 0822  0823  0824

中国のテレビドラマはおおむね3パターンである。
一つは軍営もの、も一つは韓国のホームドラマ、そして清朝宮廷ものである。
清朝の宮廷に登場する女性であれば、大部分が「纏足」をしていたのではないかと思うんだが
そのような女性はほとんど出てこない。これはどうなんだろう?
ほとんどが纏足だろうという私の理解がまちがっているのか、テレビが纏足を省略しているのか?

昼は冷やしうどんを作って喰った。
かなり立派なものだ(左端)。
中央のスパゲッティー専門店の
サラダと比べても見劣りしない。
スパゲッティーは長いこと
待たされたもので写真写すのも
忘れて喰ってしまった。
座席配置も壁面装飾も
かなり変わった店だけれども
さらに料理が出てくるのが
遅いんだけれども
スパゲッティーは旨い。

ベッドサイト用のライトを買った。
時計も便利だが
ライトの部分がおもしろい。
ちょっとさわるとライトがせりあがってくる。指ですっとなぜてやると光量も自由に変化する。
右端は携帯用のスピーカーである。小型だけれども音がなかなかいい。

写真の暗さが雰囲気を表しているんだが、帰り道、家の近くの小公園の様子である。
ストリートダンス風のグループ、社交ダンス、体操風の3グループが楽しんでいた。
いずれも退職後の年配の男女で毎日やっている。。
新しい恋が生まれるのはいいが、結構家庭争議も起こっているんじゃあないかな。






8月24日  (金)  0820  0821 0822  0823  0824

旧暦「七夕」である。中国では「情人節」として中国版バレンタインデーと宣伝している。
天の川に白鳥座がかかり、その両翼に彦星と織り姫がいるという
天体ショーは新暦では味わえないものである。
もっとも天津では旧暦であっても天の川なんてお目にかかれないのだが。
それと、「タナバタ」という言葉の本来の意味は何?

DVD「學」 看了。
倉本聡脚本のWOWOW開局20周年記念番組だそうだ。
カナダの大自然の中で、生きることの原点を・・・
まぁ、確かに遠景にはカナダの大自然は映っているが
実際のドラマの舞台となっている場面は
六甲の裏山でもOKなんじゃあないか。
「學」という少年のサバイバル冒険も、
なんかボーイスカウトの思い出みたいな程度でしょうもない。

それはそれとして、もう8月もあと一週間だ。
宿題をし損ねた小学生のような気分がある。
そういゃあ、今月12日のブログで
篆刻も、太極拳も、気功も、リモコンヘリも、毛筆と硬筆の書写も、
「そのうちに」やる筈のこと随分たくさんあるな。 俺の人生で間に合うんかなぁ。
と書いていたが、さしあたって「42式太極拳」のDVDをかけてはみたら
あ か ん !! ぜんぜ〜ん覚えとらん。
あすから特訓だ! ホンマか?

お昼過ぎ、近くに住む友人、ぶらりと来宅。
酒なしで、コーヒーを飲みながらしばらく話して帰る。
ご近所の友達というのはこういうのがいいんだよね。




8月23日  (木)  0820  0821 0822  0823  0810

漢字を見ていて思った。耳と口の王様が「聖」なんだな。
女と口と心では「怒」となるのは納得できますか?。
耳と心で「恥」となるのはどう説明するんだろう?
他にもこういう字もありますが 「聒」「囁」「聟」「括」どんな意味なんだろう?

DVD「五日市物語」 看了。
平成7年に、五日市町と秋川市が合併して生まれたあきる野市
合併15周年を記念して制作したドラマ。
登場する旅館や豆腐屋、醤油屋、呉服店なども実在するようだし、
「あきる野市」という新市名もおもしろいな。
五日市の歴史や人物も折り込みながら
美しい景色も十分堪能させてくれる。
なかなか好感度高い映画だった。

「『今の中国』がわかる本」 沈才彬 著 読了。
この本は珍しく、中国側の立場・感情も率直に書かれていて、
その点がちょっと新鮮である。例えば

 明治維新以降の日本の歴史は、海外拡張と戦争の歴史といえる。
 唯一負けた戦争は第二次世界大戦末期のアメリカを相手にして戦った太平洋戦争たけて、それまでは常に戦争に勝ってきた。
 ところが中国は逆の立場で、アヘン戦争以降、次々と侵略を受け、ことごとく負け続けた。
 このことが、日本人の加害者意識の欠如を生み、中国人の被害者意識を一層強くさせている原因でもある。
 日中戦争後、中国は日中友好のために賠償金を請求することもなかった。
  これは日本の一般国民に負担をかけないための中国側の配慮から決断されたものだ。
 一方日本の場合、日清戦争後に締結された下関条約で、中国から3億5000万円もの賠償金を受け取っている。
 こうした歴史的な経緯も、中国人の反日感情が収まらない一因となっている。
 たしかに中国を侵略したのは日本だけではないことも事実だ。
 しかし、1894年の日清戦争に始まって、1931年の満州事変、1937年の日中戦争と、日本は中国を侵略した時期が最も長い。
 さらに、当時からあまり時間が経過していないことや被害者がまだ生きているということも反日感情がなくならない要因である。
 また、中国人の反日感情のもう一つの理由としては、数々の列強との戦争の中で、日中戦争による被害が最も大きかったということがある。
 中国人には、日本の残酷さや貪欲さは他国の比ではないものとして記憶されている。
 靖国神社問題や教科書問題などの歴史認識が表沙汰になるたびに、中国の反日感惰がエスカレートしてしまうその背景には、こうした歴史か潜んでいるのだ。

トイレ・浴室に水漏れがある。
もう、半年以上前からなのであるが、大量でもないし、汚水でもないので
家主には連絡はしたがそのままになっていた。
今日の午後、家主と工事人が来て、点検したが修理には2〜3日はかかり、
その間、水が使えなくなるということなので、
年末年始に私が日本に行っている間に直して貰うということで
しばらくはそのまま、ということに落ち着いた。


天津日本人会から次の連絡あり。
  先日、NHK交響楽団天津公演のお知らせを配信させて頂きましたが
  お盆中でご帰国中の方もいらっしゃいましたので、再びご案内を配信させて頂きます。
  この度、日中国交正常化40周年を記念して、NHK交響楽団の中国ツアーが行われます。
  天津公演は以下の通りです。
   2012年9月2日(日)19:30  天津大劇院
   チケット価格: 1680, 1080, 680, 480, 280, 180
なんだよ、落語会は中止でこれは決行かい。
どちらも日中国交正常化40周年記念行事、天津大劇院、日も似通っているのに・・・
そりゃあ、無料と1680元の違いは大きいけれどもね。
とは言え、ほんま、ええかげんなやっちゃなあ。




8月22日  (水)  0820  0821 0822  0809  0810

尾籠な話だが、うんこというのは健康のバロメーターであることに間違いはあるまい。
ピーピーはよくないが、過多すぎるのもよろしくない。健康もやはり中庸か肝要ということだ。
水洗だと、色と太さも健康と気持ちよさのためには大切な観察対象だ。
昨日 気がついたんだけれども浮かぶのと沈むのがあるね。どっちが健康的なんだろうか?


イオンモールに行って昼飯を喰った。「王記厨房」ってところで、焼き餃子と焼売、麻婆豆腐だ。
王記厨房という店は天津にはいろんなところにあるチェーン店だが、入ったのはここが始めただ。
味も値段もねそしてサービスもまずまず合格だ。(麻婆豆腐が来るのが随分遅れたが)
これから他のモールのこの店も試してみよう。
  

夕食は時代奥城の宝ふじラーメンで冷やし中華を。
ここは何度か来たことがある店だで、冷やし中華ははじめて。
「まあまあ」というところかな。
イオンでは1階の食品売り場をかなり時間をかけてひやかしたが
結局はチーズひとつとおかき、ポッキーなどの
間食用乾物を少し買っただけ。


10元ショップでは「結束バンド」というのを買った。
ダイソーの商品で、こいつは便利なものだ。

それとちょっとはりこんで「腰枕」をひとつ買った。
これは勿論中国製だと思うけど
展示場で寝ころんでみると結構気持ちよく
腰にも無理なく効いてきそうな感じである。

「父のことば」 宮本輝 篇 読了。
10代から70代までの男女33人が語る父の物語。
ついつい語られる側の立場で読んでいるのだが
う〜ん、考えさせられるところも多かったな。

DVD「大人になった夏」 看了。
中学1年生の女の子の、ひと夏の物語。
何ということはないのだが、真面目な作りで感じがいい。

昨日の写真、クリックして拡大するとメチャ大きくなってしまって、かえって見にくくなってしまう。
どこかで設定を変えてしまったんだろう。これをもとの状態に戻すだけで数時間悪戦苦闘したよ。
これもボケ防止には役に立ってはいるんだろうけどね。






8月21日  (火)  0820  0821 0815  0809  0810

「年」は中国語読みでは「nian」である。だから日本に伝わって「ネン」になったのはよく解る。
日本の「トシ」を中国では「ネン」というのだな、というわけである。
じゃあ「月」はどうなんだ? 中国語では「yue」である。
それが日本にツタをツタ時には「ゲツ・ガツ」になってしまっている。
どんな聞き取りをしていたんだ? と思わないか?


昼頃から街に出た。
日陰を歩いていると
本当に秋である。
花もまた生き生きとしている。
ヤマダ電器5Fの「衆楽港」で
昼飯を喰った。
パンに入ったスープはまあまあ。
コーヒーはインスタントだった。

日本人会に行って、本を16冊も借りた。
早速にその中の一冊 「空の画廊」 伊集院静著 読了。
え〜っ? この人もこんな小説書くんか!と驚いた。
著者のあとがき
この十二の掌編は、私が作家になる以前に書いたものです。
若い女性向けの雑誌が刊行され、編集長のS氏が突然訪ねてみえて、
少女の話を執筆してもらえませんか、と言われました。
正直、私には、少女のことはわからないと、お断りしました。・・・・・
事情があって連枝は打ち切られ、払はまた元の暮しに戻り、数年後に作家の道を歩むことになりました。
という本で、それなりに面白い。


24日(金)に予定されていた
「日中国交正常化40周年記念 中日文化交流プロジェクト 林家三平落語講演会」
   主催 天津市河西区人民政府 等
が「主催者側の都合により、急遽中止となりました」との連絡があった。
「主催者側の都合」って「尖閣問題」だろう?
そんなことで「中日の文化交流」をストップするかなぁ?
中国も世界の大国と称しながら、かわいらしいくらいに子どもっぽいなあ。


今日も昨日に続きNHK教育テレビから「モタさんの言葉」そのC

「人生の満足度を上げるコツ A」





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