7月 4日  (水)    0618    0619    0620    0621    0622
                              韓国旅行のため今週と来週(6月25日〜7月8日)は各コーナーは休載します。

たった今、韓国旅行から帰ってきました。
旅行中もブログを更新するつもりで小型パソコンを持参したのですが、
これではどうしてもインターネットにアクセスすることができませんでした。
また、明日にでも6月28日から7月4日の分をまとめてUPしてみたいと思います。
ま、旅行記というほどのものではなく、自分の記録だけのことですが・・・・





6月27日  (火)    0618    0619    0620    0621    0622
                              韓国旅行のため今週と来週(6月25日〜7月8日)は各コーナーは休載します。

そうだ、銀行に行って金を卸してこなければ、と出かけた。
予定していた金が昨日のインターネットテレビの機械の付け替えでなくなってしまったのだ。
ついでに若干の韓国ウォンもいる。ところが銀行には韓国ウォンは無いという。
この近辺、韓国人の方がずっと多いのに何故だ? と聞いても「さぁ」というだけでおしまい。
仕方がないので預けていたドルの内100ドル卸した。そしたら手数料0.4ドルいるという。
私の通帳にはドルで入っているんだぜ。両替する訳でも、送金するわけでもない。
何故だ? と聞いても「さぁ」というだけでおしまいだ。

水曜日、昼どきというのに大通りはまるで縁日のにぎわいだ。
私も「包子(豚まん)」10個(8元)と「焼餅(シャオピン=右端)」2個(3元)を買って帰った。



明日は早い目に家をでる。
もうすぐ風呂に行って、今日は早めに寝よう。

明日は船中泊なので、ブログは明後日まとめてUP(うまくいけばの話だが)となります。





6月26日  (火)    0618    0619    0620    0621    0622
                              韓国旅行のため今週と来週(6月25日〜7月8日)は各コーナーは休載します。

一日中、ずっと在宅。
まずは、飲料水の注文と宅配のため来宅。
ビール・日本酒・米の宅配来宅
インターネットテレビ iHome への切り替え差額受け取りに係員来宅。
いずれも、時間予約なんてないもので、外には出られない事情もあった。
その間に教師会のメールアドレスの整理や
韓国行きの準備。
持って行くべき服を考えて、あっそうだ、と洗濯を始める始末。万事この調子である。
ま、明日一日ある。なんとかなろう。

夜はまた近くのしゃぶしゃぶ屋で。





6月25日  (月)    0618    0619    0620    0621    0622
                              韓国旅行のため今週と来週(6月25日〜7月8日)は各コーナーは休載します。

韓国旅行の準備を始めた。これが結構大変である。
そりゃ、そうだはな、もう三日前なんだから。
今日はテストで携帯用のパソコンからUPしてみている。
そのためには常用のパソコンから最低限必要なデーターを携帯パソコンに移さねばならない。
これもなかなか・・・・うまくいくか、どうかよくわからない。

「ノモンハンの夏」半藤一利著 読了
関東軍の秀才参謀がいかにうぬぼれており馬鹿であったか、全編これのみ。

小型のパソコンで文章を打ち込むというのも、大変だ。
違う字ばっかりタイプしている。
本当に旅行中にこんなことができるのか?





6月24日  (日)    0618    0619    0620    0621    0622

私たち普通、久下さん、田中さんって呼ばれる。
あれは「私」を呼んでいるんではなくて「久下家」「田中家」を呼んでいるわけだ。
もちろん、家の中や恋人同士の間では個人名で呼ぶのが増えるが
お父さん、お姉さんと地位名で、あなた、君などと一般名詞で呼ぶことも多い。
どうして、個人を指す呼び方は好まれないのだろうか。
諸外国語の場合はどうなんだろう? なんとなく同じような傾向があるような・・・・・・
とは、昨日の「日本語ゼミ」のある人の質問から・・・・


老人大「太極拳42式」 前期最終日。
次回は9月9日である。
これから二ヶ月間、個人練習をしなければならない。
でも、そういうことするだろうかね。あまり自信はない。
  DVDを iPod touch に入れようとして、
  その入れ方を忘れてしまっていて大変だった。
  まあ、なんとかなりそうなところまでもっていけたが・・・
太極拳からいえに帰り着いたつたん、大雨、神様が待っていてくれたのだな。


「雄気堂々 下」城山三郎著 読了。 後半は明治政経史みたいであまり面白くなかった。
その中で、西郷、徳川慶喜、大久保、井上らの人物評を。
世間では、西郷を「公心」の持ち主だといっている。度量が人きく、とくに天下国家のこととなると、私心がなくなる。
その「公心」を、目のあたりに見た気がした。栄一を高圧的に叱った大久保とは、同じ薩摩人でも、まるで性格がちがっていた。
この西郊を慕って、後藤、板垣、江藤、副島などといった高官たちが結集し、政府内で最も強力な一派をつくっているのも、当然と思えた。

「慶喜公は、このごろ、どぎゃんおすごしてごわすか」
「静岡からのたよりては、たいへんお元気な御様子です。
毎日、大弓をひかれますし、ときどきは、近郊から清水港あたりまで、鷹狩りにもお出かけになります」
 西郷の目が、警戒するように光った。栄一は、あわてていい足した。
「弓でも狩りでも、前様は的をねらうとか、獲物をどうとかとはお考えになって居られません。
あたろうとあたるまいと、気にされません。その気分をたのしむというやり方なのです」
「なるほど。さすが王者のあそびでごわすな」
「あそび?なるほど、あそびではございますな。・・・・しかし、前様はなかなかに勉強熱心なお方で
この前、参上したときには、こんな話もうかがいました」
ある日、慶喜は供の者をつれ、舟にのって川面へ出た。投網漁の見物のためだが、何事にも興味を持つ薩喜は、自分にもやらせろと、見よう見まねで網を打った。
ところが、その網といっしょに自分の体もとんで、川の中へ落ちてしまった。濡れねずみになって、供の者たちに舟へひき上げられるというていたらくであった。
そのことがあってしばらく後、慶喜は、また投網漁に行くといい出した。舟にのって、網を打つと、今度はみごとにひろがり、魚をとらえた。
船頭たちはびっくりしたが、それというのも、慶喜か最初の失敗を口惜しく思い、それから毎日毎日、居間の前庭で網を打つ稽古をしていたためめであった。

参議筆頭で近衛都督を兼ねる西郷は、新政府の文武の実権をー手ににぎる輝かしい身分である。
だが、西郷には、それが少しもありがたくも、うれしくもない。むしろ、ひっそり、趣味に生きる慶喜の境涯がうらやましい。
維新後、西郷自身、一度はそうした生活に足をよみ入れかけた。
彰義隊掃蕩で、西郷はまた心がけのめざましい指揮をし、ついで北越に転戦してから、兵とともに鹿児島へひき上げた。
兵士を文弱にしないためなどと理由をつけたが、すでにこのとき、水戸や大村益次郎ら長州派との対立かおり、いや気がさしたためであった。
すでに幕府を倒すという宿願は達した。今後は中央政府だけでなく、藩の役人にもなるまいと思った。
そのため、髪をそって坊主頭になり、鹿児島から離れた日向山温泉にひきこもり、犬だけを友にする田夫野人の生活をはじめた。
木綿の筒袖を着、古畳の上にひじ枕をしてねころび、ひとを訪ねず、客もことわっての悠々たるくらしである。
そうした生活が、西郷には、いちばん性に合っているように思えた。

同じ薩摩人の大久保は、変り身が早く、また、いち早く官僚臭を身につけていて、親しめない。
木戸派とは、ことごとに衝突した。西郷は、大隈、井上らを「俗吏」と呼び、欲の深い濡れねずみにたとえた。
岩倉一行の洋行にあたり送別宴が聞かれたが、その席で西郷は井上に盃をつきつけ、
「三井の番頭さん、一杯いかがじゃ」と、からかったほどであった。





6月23日  (土)    0618    0619    0620    0621    0622

木の葉がキラキラと輝いている。それを見て思ったんだが、木の葉の形
桜のような形、楓のような形、椿のような形、いわば千差万別である。
でも、そのような形に進化していったには、何か理由があるに違いない。
葉っぱは自分の形をもって何かを語っているんだ。
さて、その葉の言葉を聞けるものはいないのか?


今日は天津商業大学で「日本語ゼミ」の発表会がある。
行きがけに途中のケンタッキーで昼飯でも食べてと
かなり早めに出かけたのだが、
なんとそのケンタッキーが改装(?)工事中
仕方がないので大学の図書館までタクシーを飛ばし
ここでサンドイッチとポテトフライ、アメリカンコーヒー
大学にもこういった立派に喫茶室がある。
40分ほど、ここで本を読みながら時間を過ごした。

発表の前半は2年生の「奥の細道」講読、
14人が4つのグループに分かれ、
そこに3年生とわれわれ教師が混じって討論をする。
代表が全体発表と若干の質疑のあと
3年生5人のシンポジウム形式の発表に移る。
テーマは@日本語のあいまいさ A日本の鬼神観について
B日本の家族について C細かい日本人
D日本の環境教育 である。
これはそれぞれについて、2年生からも先生からもかなり突っ込んだ質問や意見が出された。
今日は旧暦5月5日ということで、2年生のバズセッションの途中
担当の先生から中国の「ちまき」が配られるなど、暖かくてたのしい雰囲気である。
内容的にもやはり、5月13日に行われた「中間発表」からはかなり進んでいるといえる。 (5月13日の項参照)

残念なのは中間発表では「ドーナツ」主催の会として師範大学、河北工業大学も参加して
大学の横断的な活動として行われていたものが、
その中心的な指導をしていた先生の独断的宣言でつぶされてしまって
商業大一校の発表となってしまったことである。 (6月1日の項参照)
幸い、2年生は9月以降もこのゼミ活動を続けるということだし、新たな2年生ゼミも開講するという。
できれば、他の大学の仲間がどんな研究をし、活動をしているのか、
交流できる形に発展していけばいいなぁ、と切に願っている。

発表会終了後、「打ち上げ会」をするので
先生もいかがですか、と誘われて
喜んで同席させてもらった。
が、会場が回転寿司ならぬ「回転しゃぶしゃぶ」の店
わたしはこういう店は初めてなので面白かったんだけれど
「打ち上げ」としての話し合いには全く向いていない。
で、近くのコーヒー店に席を移して二次会。
ここでは思いっきり、いろいろとしゃべりあった。








6月22日  (金)    0618    0619    0620    0621    0622

も一つアメリカから。
私たちの言うアメリカはユナイテド ステート オブ アメリカ=USAのAだけを言っているわけだよね。。
アメリカにはカナダやメキシコもあるのに・・・、中国をアジアって呼んでるみたいなもんじゃあないか。
アメリカ人は自分たちのことをアメリカを省いて「US」と言うことが多いみたい。
日本でも昔「帝国国民」とか「帝国陸軍」とか言ったみたいなものか。
「US」のことを日本では「合衆国」って言っている。どうして「合州国」じゃあないんだ?
帝国と言えば大英帝国、あれは「王国」だよな。
自分たちのことを何と呼んでいるんだろう? イギリス? ブリテン? UK?


「神様の女房」から私のうっすらとした記憶にある日本の風景特集

@我が家は旅館をしていたので個人別の膳はなじみがあった。 A姉様かぶりと言ったかな。
Bご飯を食べるときは必ず合掌だよな。  C痩せた人のことを洗濯板って呼んだっけなぁ
D終戦直後はこういう井戸まで水を汲みに行ったものだ。  
E小中学校の頃にもこういう「おくどさん」があった  F私もそろばん塾に通っていたよ
Gランプのホヤを磨くのは私の仕事だった。 H私たちは「ベッタン」って呼んでいた。
I木の「しゃもじ」でねぇ J電灯、真空管もこんなんだった K二股ソケット





午後3時 大家来宅。家の賃借契約の更新。ほぼ有り金のすべてをはたいて一年分の家賃を払う。
     これで来年の7月18日までの住まい、ねぐら、空中の巣かな、を確保した。
午後5時 インターネットテレビの業者来宅。このところ日本のテレビの映りが悪く、
     録画番組の再生もほとんど出来なかったのだが、新しい機械に買えてよく映るようになった。
     けど、月に20元ほど余分にかかるらしい。BS,CSも映るというし、ま、しゃあないか。
午後7時 風呂屋に行く。今日は風呂だけ、7元。
     湯船に浸かって鼻歌を歌い、シャワーで体を洗って、ベッドで昼寝、7元で十分だな。
午後9時 録画番組「家族にカンパイ」「ためしてガッテン」を見ながら酒を飲む。
11時  就寝。
規則正しい生活だ。





6月21日  (木)    0618    0619    0620    0621    0611

アメリカ合衆国の首都はワシントン。
多分、初代大統領の名前をいただいたんだろう。ま、兵庫県に「久下村」があったみたいなもんだな。
ニューヨークも故郷ヨークを懐かしんだものかな。ま、京都に対して東京というみたいなもんか。
サンフランシスコはどうだろう。聖フランシスコ、
アメリカに渡ってきたのはイギリスで宗教的迫害をも受けたピューリタンたちだろう? 
それがなぜ「聖○○○」なんて名前をつけたんだろう。

韓国旅行まであと一週間になったが、旅行社からは何も言ってこない。
集合時間も場所も、観光地もわからないままである。
念のため、と思ってバスに乗って旅行社まで出かけた。
やっぱりというか、25日か26日にガイドから電話でしらせる、と言う。
天津港集合、天津港解散である。
天津港にはタクシーなんかいないから、正確な着時間を知らせというと
それが二転三転する。
ま、結局は出発の2〜3日まえにならないと分かんないってことか。


今日は旧暦では5月3日、中国では「端午節」は旧暦行事なのでスーパーもバスの横っ腹も
「ちまき」の宣伝満載である。(クリスマス同様一月も前からである)
中国の「ちまき」は多種多様、日本とは大分違う。

街を歩いていると写真のようなカードをくれた。裏を見ると病院の宣伝カードだが、
人工流産400元、処女膜再生800元などとある。日本と違うのは「ちまき」だけではない。

夕方、飯の用意をすませてから風呂に行った。
今日のお供はDVD「神様の女房」。神様とは松下幸之助のことである。
三話ある内の二話を見終えたあたりで家が震えるほどの大雷鳴とともに大雨。
神様とその家族の話は中断して、ベッドにもぐり込んだ。
本は渋沢栄一、ドラマは松下幸之助でそれほど面白くもなかったが
大正から昭和にかけての風景・文物などが面白かった
また、もう一度再生して、風景などをメモしておこうと思っている。
それは明日のことだ。





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