6月10日  (日)    0604    0605    0606    0607    0608


今日は「時の記念日」。時間というのはホント妙なものだな。
未来のことの予告ってあり得るだろうか。技術的には可能のような気がする。
もっともその未来というのは過去にさかのぼってそこから見た現在のことである。
「JIN」とか「恋する彼女、西へ」などのドラマも結局はそういう設定だ。
アインシュタインが言った「光より早く移動できれば過去に戻ることができる」と。
今はまだそんな速い乗り物ができていないというだけのことである。
でも、そこまで戻って何か行動を起こすと知っている未来(=現在)が変わってしまうな。

いつも教師会の会場としてお世話になっている翻訳学院で「J-TEST」の説明会があった。
日中両方の言葉で説明するというので出かけたが中国語だけで全く解らなかった。
まあ、それは老人大学でなれていることなのでそれほどの苦痛はないけれどもね。

ケンタッキーで大急ぎで腹ごしらえをして、老人大学に向かう。

私は「晴れ男」。
例えば今日の例で言えば 朝から雨であったが、傘を持って出かけようとしたら最後の数滴が落ちてきて雨は上がった。
タクシーを降りて翻訳学院まで歩く間にまた数滴の雨。講座中ずっと降り続いて水たまりができるほど。
でも、終わって外に出た時には雨は上がっていた。
ケンタッキーに入ってハンバーガーを食っている時にに「わか雨」風の雨。出ると勿論やんでいた。
という具合である。

今日もまた、先生は休みで
若い先生が来た。
主に気功「八段錦」かな?
の練習を中心にやる。
でもちょっとだけ
42式も前に進んだ。
今新しい校舎が新築中
次回からはその校舎でする

帰りにカルフールによって
キャベツ、レタス、にんじん、トウモロコシ、
ブロッコリー、卵を買う。計30元だ。食い物は安い。
レタス以外はすべて温野菜にし、
自分自身も風呂に行って温人間にして
30年ほど前に公開の映画「夜叉」を見ながら酒を飲む。
この前の「海峡」が割合面白かったのでその続きだ。
酒は今日はワインが中心だ。1本200円という安物だ。





6月 9日  (土)    0604    0605    0606    0607    0608


お釈迦様は摩耶夫人の脇の下から生まれた。イエス様は処女マリアから生まれた。
アダムとイブは智恵を身につけたとたん恥ずかしくて無花果の葉で隠した。
聖徳太子も豊臣秀吉も処女懐胎とは言わないが母が夢を見て懐胎した。
魚も、猫も、馬も子孫繁栄の行為は興奮はするが、隠し事ではない。
どうして人間だけが・・・・・・?

昼、喜多方らーめんを作って喰った。工場直送とあるが、中国製である。
焼き豚がなかったのでハムにしたのがいけなかったのか、余り旨くはなかった。

午後、天津駅近くの
青年宮というところで
行われている
日本語特訓教室に行った。
この9月から日本で就職する
大学4年生のクラスである。
みんな目前にはっきりとした
目標があるので本当に真剣。

行く途中、天津駅前で左端のような女性を見た。
ここまでやるか! という程メッチャど派手。さすが中国である。

特訓クラスの授業を終えて、そこの先生と「神戸園」という日本料理店で会食。
この店は土・日はビール飲み放題、無料である。
よく酒を飲む者にとっては随分安く付く。






6月 8日  (金)    0604    0605    0606    0607    0608


も一度、体毛についてだが、
頭髪、眉毛、まつげ、鼻毛などは、必要があって退化しなかった、というのはなんとなく理解できる。
進化未熟で、鼻髭、頬髭、顎髭が残存している人はかなりいる。
動物的強さをアピールするために残している人もある。
あ、その論法で行けば男より女の方が進化が進んでいるということになるのかな。
でも、脇毛がどうして退化していないのかは、私にとっては大きな謎である。
近代の特に女性には邪魔になっているだけのように思えるのだが・・・
あ、馬にはまつげはあるが眉毛はないって知っていた?


かつての教え子から天津の日本人会に入会したいので紹介人になってほしいとの依頼があり
日本人会で待ち合わせた。ついでなので今まで借りていた本を返し、新たに11冊を借りた。
実は下の本は読み終えていないのだが、ついでだから途中で返却してしまった。

 佐々木は勉強ができた。みなりがきれいだった。体育もできた。
家は病院。そのうえ横浜だ。当然、太田派閥入りした。
whalesの帽子もすぐに虎のワッペン付きのものに変わった。
「佐々木くん」でも「タカっちん」でもなく「佐々木」もしくは「佐々木くん」と呼ばれるようになった。
「佐々木くん」ではない。「佐々木くん」だ。字で書くと同じだが、
さいしょのほうは、標準語の佐々木くんで、あとのほうは関西イントネーションの佐々木くんである。
標準語は「レ、ファ、ファ、ファ」。関西方は「ド、#ファ、#フア、ド」。
ド、#ファ、#フア、ドの佐々木くんだったが、その横浜のアーバンな威力も、太田にはかなわなかった。

気持ち悪い。隼子は、佐々木のことばづかいをそう思っていた。(子供のくせになんで標準語を)
大人が子供のきぐるみに入って子供に化けてしやべっているようなかんじがして気持らが悪い。
隼子にとって、標準語は大人が使うものであって、ケンや、カークが使うものである。
それからカークと会うときの自分か。佐々木のような半ズボンを穿いた子供が使うものではない。

「そんなに怒るなや、な、マミぃ」
英語のmammyのイントネーションではない。「ぃ」にアクセントがある。
ほかの男子がみな、かわいい彼女のことは「マミちゃん」と呼ぶのに、彼だけは同性のクラスメイトを呼ぶように「ちゃん」をつけない。
彼がマミに気があるのは一目瞭然。東小時代からずっとそうだったのも、日々の挙動でわかる。
夏目雪之丞と同じで、彼だけがわかっていない。彼は依然として小学生男子のままで、意中のマミはとっくに熟している。
「そんなに怒るとは思わんかったんや。はながみ入れを見ただけのことで」
はながみ入れ・・・・
彼の謝罪に、隼子はもういちど愕然とした。
ファスナーの半分開いたポーチから見えた生理ナプキンは、彼の目にはティッシュに映ったらしい。
かねてより同級生男子は幼稚だと思っていた隼子は、とくに坂口は幼稚だと、あらためてあきれた。

という雰囲気のほんである。

日本人会での仕事を終え、元学生の彼氏も加わって伊勢丹でおばんさん定食をご馳走になる。

今日は大学入試の日試験会場の前には大学関係者の激励横断幕もあり
保護者らしい人々もたくさん集まっていた。
大学入試だぜ、それに保護者付き添いなんて、ちょっと日本では考えられないな。


夕食後、右端のようなバタバタタクシーにのり、「天津の眼」に観光に行った。
70元。びっくりする程高い。けど、長蛇の列である。しかも、ワゴンは乗り合いだ。


景色はいいんだけれども、冷房が効きすぎで寒く、途中小便がしたくなって景色どころではなかったよ。

「天津の眼」を降りて、河原をゆっくりと散歩
   (勿論、大急ぎの小便のあとだ)。
ちいさな熱気球を飛ばすというのがあった。
気球にマジックで願い事など書いて飛ばす。
うまくいくのか、と思ったけれども
気球が小さくなって見えなくなるまで
飛んでいったのはなかなかのものだ。
この10元は安い。





6月 7日  (木)    0604    0605    0606    0607    0601


「退化は進化である」ということばがある。(反対だったかも知れん)
進化していく内に不要なものは退化させていく、ということだろう。
兜の鍬形、鯨の脚、人間の尻尾などがその例である。
猿に近かったころの人間は体中体毛に覆われていたのかもしれない。
やがて、衣服を着るようになり、体毛は退化していった。
欧米の人などはいまだに体毛が豊富である。
あるいは、日本人などに比べ進化が遅れ、猿的部分が多く残っているのだ、なんて言えば叱られるだろう。


天津の開発区にはすでに大きなイオンモールが開店しているが、
先頃、旧市街の郊外にも開店したというので見に行ってきた。
たしかに市の中心からは随分離れたところだけれども、
海光寺から一本のバスで行ける便利なところでもある。それに確かに広くて、きれいである。


腹がへっていたせいか、食堂街がとりわけ充実しているように見えた。
中華、香港、広東、西洋、ビザ、しゃぶしゃぶ、ラーメン、ケンタッキー、コーヒー、なんでもある。
日本料理もファミレス風だが、かなり立派なものだ。それに安い。
ちょっとはりこんで「式部懐石 58元」というのを喰った。


そのあと、モール内を散策、ユニクロで室内着と靴下を買って、また、延々とバスに乗って帰ってきた。

風呂に行って休憩した後、中国風焼き餃子、冷凍の刺身、筍の煮付け、じゃこおろし、ビールと酒。
おとものDVDはちょっと古いが1982年公開の「海峡」
高倉健、吉永小百合、三浦友和、小林稔侍、大滝秀治、藤田進、笠智衆、森重久弥、と豪華出演である。
吉永小百合ははじめ出てきた時は「えぇ〜!」と思ったが、終わりの方ではやっぱりきれいだったな。









6月 6日  (水)    0604    0605    0606    0531    0601


「金魚」ってよばれるけれども「金色の金魚」なんてめったにいない。
確かに最近は「金色」の金魚も見かけるけれども、やっぱり金魚は圧倒的に「赤」♪♪。
「♪赤いべべ着たかわいい金魚」だよな。金襴緞子の帯締めた金魚ってぞっとしないもんな。
ひょっとしたら、金魚の「金」は「金賞・銀賞」の金なのだろうか。

今の私の中国滞在のビザは一回の滞在が180日と限定されている。
別に再度ビザを申請する必要はないのだが、7月には一度中国を出なければならない。
今日、新聞を見ていたら左のような広告があった。
韓国7日間、1680元。足、宿、飯、観光付きである。
ひょっとしたらじっと家にいるよりも安いかもしれない。
宿も飯も観光もいいんだが、一日に2時間ぐらいは免税店、土産物店に付き合わされる。
実は一昨年の夏もこれで「出国」の実績を作ったので、観光にもそれほど魅力はないのだが、
とにかく、安いんで今年もこれにすることにした。

早速、旅行社に出向く。
7月5日発もあったが
1880元になるというので
6月28日出発にした。
外国人はビザがいらないので
1590元でいいという。
おお、結構なことだ。
これに決めた。
話し合いはえらい順調に進んでいるみたいに聞こえるかも知れないが
なにしろ海外に行く話だから、串焼きの注文のように適当にはいかない。
左端のような紙を3〜4枚使っての筆談だ。結構時間がかかったんだよ。

金も払って、商談は無事成立したが
腹もへったので近くのケンタッキーで
薯条(ポテトフライ)とコーラーで休憩
スーパーで若干の買い物をして帰った。
夜は路上の串焼き、安くて涼しくていい。
「十時半睡事件帖 おんな舟」白石一郎著
江戸時代の人間模様がよくわかる
ふんわりとした雰囲気のいい短編集だ。





6月 5日  (火)    0604    0605    0523    0531    0601


牛は色盲だと言われている。
闘牛士の赤い布、あれは人間(観客)を興奮させるためなんだそうな。
けど、蜂など昆虫はきっと色盲ではないんだろうな。
だって花があんなにいろいろな色に咲くのは虫を誘うためだろう?
人を喜ばせるために色鮮やかに進化したとは思えない。
もし、昆虫が色盲だったとしたら、花は無駄なことをやっているわけだ。

今日は一日家にいて、DVDを見たり
本を読んだり、昼寝をしたりして過ごした。

DVD「四月物語」。1998年公開の映画。
ちょっと古いし、途中で劇中劇の映画が
入ったりして面倒だったけど
描かれている画面は10数年前とは思えず
「現在」的で結構面白かった。

DVD「恋する彼女、西へ」
まぁまじめにドラマなんだけど、60年前の若者が登場するなど超自然の設定が
宮野みゆきや宮本輝よりももっと不自然で、トスーリーに入り込めない。
現在の社会に訴える、みたいなところ余分だったな。

「謎解きはディナーのあとで」東川篤哉著 読了
軽い、軽る〜いミステリー。クスッというような感じもあって面白い。
今はこういうのがベストセラーになるんだな。

神戸の娘からメールがあった。
去年からブログを書いているというので、さっそく去年からの分、ぜ〜んぶ読んだ。
今年の4月、娘の息子(私の初孫)が「脳動静脈奇形」という病気で入院したということもあり
孫のことも、娘一家のことも心配していたんだけれど、
このブログによって気持ち的にかなりたすかった。
娘の母親としての心痛思い余るけれども、ブログを書くことによって
少しは整理ができたり、落ち着いたりもできるのではないか。 そうであることを祈っている。





6月 4日  (月)    0528    0529    0523    0531    0601


「抗生物質」ってのがある。あれ何で「物質」なんだろうね。
そんなこと言ったって・・・・と言われるかも知れないが
ブドー糖を「栄養物質」とかアルコールを「消毒物質」とか言わないでしょう。
どうして抗生物質だけ「物質」って言うんだ、というのが長年の疑問。

今日は天津外国語大学付属学校というところに授業見学に行った。
位置は、以前、増産道に住んでいた時よくその前をバスで通ったので知っている。
バス路線表を見るとちゃんと「天津外国語学校」という停留所もある。
「鼓楼」で乗り換えれば行けるばす、
だったら鼓楼をしばらくぶらついてから、と思って早めに家を出た。だが、
月曜日のせいか、鼓楼は人っ子一人いないと言っていいくらい閑散としている。
それに日なたにはじっとしておれないぐらい暑い。マクドをさがして、
冷えたコーラーを飲みながら時間をつぶして、バスの乗り換えをした。

私がバスの中から見ていた
のはデコボコ道に面した
もっと鄙びた校舎だったように
覚えているが
ここ数年で改装したのだろう
こじんまりとはしているが
すごく瀟洒で
立派な建物になっている。

授業は中学3年生の補習授業である。今日の学生は7名。
中学校に入ってから日本語を習い初め3年になる。
かなり日本語のレベルは高い。
高校進学に向けて日本語を忘れないようにということで、
特別に日本語の授業をくんでいるとのこと。
はじめに二人の生徒のPPTを使った数分のスピーチがあり
ちょっと会話練習などもあって
後半の45分を私との談話にあててくれた。

補習の授業だから、そんなにカリキュラムがあるわけではないし、
また、誘ってくれるとうれしいんだがな。

そのあと、
先生の研究室と
宿舎を見せていただく。
研究室は日本人教師合同の部屋
今は日本人教師は一人なので
専用研究室である。
抹茶の道具などもあって
なかなか立派なものだ。

帰りは乗り換えなし一本のバスで帰ってきて、風呂に行って昼寝、というより9時ごろまで寝て帰る。






6月 3日  (日)    0528    0529    0523    0531    0601


考えてみれば漢字・漢文の訓読ってのはホント面白いね。
「少年易老学難成」を
「少年老いやすく学成りがたし」と読む。
「老」を「おい」と読むなんて「a boy」を「ボーイ」
じゃあなくて「ショーネン」と読むようなものである。
さすがに福沢諭吉や新島襄なども
アルファベットの英文を日本語読みしようなどとは
考えつかなかったようだけどね。

庭先にこんな花が咲いていた。
えらい真っ直ぐ伸びていて、純情といっていい程、自己主張の強い花だ。

太極拳
今日は先生が休みで
若い男性の先生が代講
休憩時間にも熱心に復習する
老年学生たち。
気功で習った「八段錦」かな
新しい所作を練習する
新築中の北校舎が全容を見せた

夕方一時さあっと雨
涼しくなったところで
成さん、馬さんとともに
1917年創業という
しゃぶしゃぶ屋に行く。

「大逆転!」高杉良 読了
銀行合併の実名小説だ。






6月 2日  (土)    0528    0529    0523    0531    0601


ニュートンはリンゴはなぜ上から下に落ちるんだろう?って考えて万有引力に至った。
私は馬はなぜヒヒーンと鳴くんだろうと考えたけれど何にも至ってはいない。

乗馬クラブ。
朝方ちょっと寒さを感じるくらいだったけど
気持ちよく屋外を走る。
待ち時間にビリヤードをやった。
この前の時には白い球にもうまく当たらなかったのが
今日は一応思い通り次の球に当てることが出来た。
が、角度が悪くてホールには落ちない。
昼食会は人数が少なくて5人。
ピザ屋さんで骨付きのでかいステーキを食った。

ピザ屋の向のスーパーで買い物をし、いったん家に帰ってから
「天津日本語教師会」の幹事会に出かける。
昼、かなりビールやワインを飲んだのでちょっとしんどい。

家を出ると車道上に大勢の人だかり
接触事故か何かだろう。
もうパトカーも来ているのだが、延々と口論は続いている。
見物の人も50人は超しているだろう。

幹事会では6月例会の予定確認。
6月は学年末に当たり、今月限りで天津を去る人も何人かいるので
その人たちの話を中心に先日のシャドーイング、スピーチコンテスト、
北京で行われる教師会連絡会議などの報告を付け加える。
それと次期幹事会の役割分担など話し合う。





6月 1日  (金)    0528    0529    0523    0531    0601


詳細わ知らないまま使っている言葉って多い。特にカタカナ語にはいっぱいある。
シャトルバスとリムジンバスってどう違うんだろう?
パンツとズロース、パンツとズボンは? 今はズボンみたいなやつをパンツっていうもんな。
シミーズとスリップは?  ま、どうでもいいようなもんだけど・・・・

今日は「更衣」。
神戸では女学校などが一斉に白い制服に変わる。
町が明るく、鮮やかなものである。

昨夜ぐらいから大雨が来そうな雰囲気であったが、結局、雨は降らずに来ている。
明日は午前、乗馬に行くのでなんとか雨は降らないでほしい。
屋内の乗馬は目が回るんだ。

朝田次郎の短編集「夕映え天使」読了。
表題作の他「切符」「特別な一日」「琥珀」「丘の上の白い家」「樹海の人」の6篇。
どれも何となく、ぼんやりとした面白さがある。
特に「特別な一日」が宮部みゆき的な面白さがあって気に入った。


「天津ドーナツ」という日本語を勉強する学生の大学横断的にサークルがある。
去る19日にスピーチ大会がおこなわれ、天津日本語教師会の多くの教師がそちらに参加し
教師会はたった5名という105回の例会史上最少人数で行うことになったのは当日のブログに書いた。

そのスピーチ大会が主催者から見れば大失敗で

3年目を迎えた今年、その目的は達成されつつあったのですが、
最後のスピーチコンテストで、その全てを根底からひっくり返されてしまいました。

1.今回の成績は、ほとんど無効です。

3.審査員会議の席で、ディベートは「論理を重んじてください」と繰り返し確認していたにも関わらず、
  結局は「揚げ足取り」「相手の良い間違いの指摘」で優劣が決まってしまいました。

9.質疑応答は、通常は複数の教師が、事前に作成したリストを基に行うというのが常識だと思います。
  一人の教師がその場の思いつきで行っていては難易度の公平性が保てないからですし、
  自分の学校の学生には質問をしないというのは、常識以前の問題です。
  まして、それが会場校の教師となると、公平性に疑問を持たれるのは当たり前です。

11.コンテスト終了後の振り返り(反省ミーティング)も行われませんでした。

総じて、今回のコンテストは、指導担当教師がスピーチコンテストの目的を理解しておらず、
「見た目に派手なコンテストを行いたい・自分たちが優勝したい・他校の先生や学生はそのための道具だ」
という欲から離れられなかったコンテストだと私は思います。

という「総評」を翌20日にインターネット上に発表してしまっている。
11にもあるように「反省ミーティング」も行われないまま、外部に発表してしまったのである。
さらには本人も「顧問(=主催者)」を辞めるとも公言してしまっている。

「3 審査員会議」「9 会場校の教師」「総じて 指導担当教師」というかたちで名指ししているが
それらの先生方はすべて現に天津の大学で日本語を教えている先生たちだ。
多くの学生が読んでいるインターネットにいきなり公表するというのは
「師弟間」の教育関係を全く顧慮していない「暴挙・暴言」ではないのかな。

そしてまた、せっかく育ってきた「天津ドーナツ」の活動を阻害する以外なにものでもないとは言えないか。

そんなことブログに書かずに直接その人に言えよ、とは私も思ったよ。
ブログの最期に 上記のことに異論がある方はぜひご連絡ください。 とあったので、でメールを出したら

実際のコンテストを見ていない方には、本当のことはお分かりにならない・・・
本当に学生たちのことをお考えになるのであれば、外部から見た意見ではなく、・・・
現在、勤務先の期末テストや来年以降のドーナツについての学生や諸機関との打ち合わせが行われており、
これ以上のことは、大変申し訳ありませんが、お時間ができたときにお答えする・・・

と言われてしまったのです。





先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。