5月20日  (日)    0514    0515    0516    0517    0518


ブログをいつものとおりUPしたのに、表示できない。何なんだ! 一体!
それも何人もの人からメールをいただいてやっと解ったのだ。
メインとなるプログラムがどういうわけかUPされていないのではなく、削除されてしまっているのだ。 一晩考えてやっと理由を究明、復元可能になった。
でも原因はよくわからない。
老人大学「太極拳」
蒸し暑くて、なんか元気のでない
皆さんの様子だった。

花だけは元気に咲いている。

夜、南開大学「東方芸術楼」に「古琴音楽会」を聞きに行く。
「古琴」というのは日本の箏と比べ、かなり短めの琴で
唐や漢の時代に杜甫とか李白とかが弾いていたヤツである。
「心随天籟 穆如清風」といわれても孔子、杜甫ではない身
感動とはかなりかけ離れたもので
途中休憩の時に抜け出して帰ってきた。





5月19日  (土)    0514    0515    0516    0517    0518


「天津日本語教師会」5月例会(通算105回)である。
今日は「天津ドーナツ」という会が各大学日語科選抜のスピーチ大会もある。
天津の日本語教師はそっちの傍聴と審査にかり出されて
教師会の出席はわずか5名。
それでもきっちりと発音指導について3時間弱話し合った。
・アクセントは東京アクセントに矯正するか、どうか。
・が行鼻濁音に直すかどうか。
・「あそこ / あすこ」「間違い / 間違え」などは訂正するか。
・「〜んです」「〜ていうか」「〜じゃん」などの言葉、「ら抜き言葉」などの扱いは?
等々話し合って、最期には大学生や高校生の発話テープを聴きながら発音指導の実習もした。

「十時半睡事件帖 出世長屋」白石一郎著 読了
超能力・超自然・推理探求などの出現しないおだやかな事件帖である。
  またか、と思われるでしようが、その中に出てくる食べ物の紹介が面白くて・・・・

「ところで腹が空った。三太夫、何か喰いたいが、おぬし日頃はこのあたりで何を喰う」
「はあ、それがしなどは懐も豊かではありませぬ。昼餉ならば十二文のふっかけ蕎麦、
ちょっとおごって鰻飯、ふだんはもっぱら麦とろといったところでござる」
「麦とろ……それは何か」
炊きたての熱い麦飯にとろろ汁をかけ、生醤油で味つけしてかきまぜて喰うというしろものでござる。
総目付さまにはとてもおすすめできませぬ」
「熱い麦飯にとろろ汁か。旨そうじゃ。そこへ案内せよ」

「あり合わせのもので相すみませぬ。昼餉はすぐに調えますので、しばらくお酒を召しあがってくださいな」
と女はいい、半睡たち三人の客の盃に一杯ずつ酒の酌をして座敷を出ていった。
「これは手早いことじゃ」
食膳を見ると不意の来客というのにほどよい燗酒、胡瓜の酢のもの、白身の魚の刺身、枝豆などが手際よく並んでいる。
あっという間に酒肴の支度をしたのだろう。

当りさわりのない世間話で酒を飲んでいるうちに、お蓮という女が昼餉を運んできた。あっという間に支度してしまったようだ。
炊きたての熱い麦飯と茄子の味噌煮、蛤の吸物までついていた。
「おそれいります。それにしても手際のよいことじゃ」

翌日の朝だった。半睡が庭本の手入れをすませて座敷へ戻ると、早くも朝餉の膳を勘平が用意して運んできた。
串刺しの鰻の蒲焼が膳に載っている。吸物の蓋を取ると鰻の肝のようだった。
「ほう、朝から鰻とは」
蒲焼には山椒がふりかけられ、ぷーんと香ばしい匂いがする。
箸をつけるとほどよく焼いた鰻は柔らかく、こってりと脂がのって、とろけるようだ。

「せっかく持参した火酒じゃ、飲もうではないか」
と三郎助に言われ、又七郎は階段を駈けおりて台所から湯呑み茶碗を二つ取ってきた。
「肴が何にもありませぬが」
「肴は持参しておる」
三郎肋は懐から紙にくるんだ焼芋二本を取り出し、一つを又七郎にすすめた。
「江戸ではこれに限る、国もとより安くて旨い」
冷えた焼芋をかじりながら湯呑みの酒を□にする。
又七郎も湯呑みをいへ運んでみると、酒ではなくて焼酎だった。江戸では焼酎を火酒というのだろう。

江戸総目付の十時半睡は早朝の散策をすませたあと、朝餉の膳に向っていた。
食膳には浅蜊の味噌汁、鯵の干物、それに蕗と筍の煮物が並んでいる。
浅蜊はお仙が鉄砲洲から持参した穫れたてのもの、江戸湾の潮の香が匂うような新しさだ。

「よろしいか。江戸見物に出歩く折には倹約が第一じゃ。外出の喰いものは蕎麦と定めるがよろしい。
かけ蕎麦なら一杯十六六文ですむ。江戸の蕎麦は口ざわりはよろしくないが汁の味は格別に旨い」
三郎助は蕎麦を喰ったあと、蕎麦湯を何回も注文し、醤油をたらして何杯も飲んだ。どの店でも蕎麦湯は只である。
「な、これで腹はくちくなる」
又七郎もその真似をして、なるほどと感心した。江戸詰め四年ともなればこういう知恵もわくのであろう。

お夏が親戚の娘たちを集め、柏餅をつくっている頃だ。
白米五升を臼で粉にひき、それを水でこねて餡を入れ、拾い集めてあった庭の柏の葉に包んで蒸しあげる。





5月18日  (金)    0514    0515    0516    0517    0518


一日、家にいた。 
あ、風呂には行ったけどね。今日の風呂はよくなかったなぁ。
湯は汚かったし、頼みもしない液体をふりかけられて10元余分に取られたし・・・

その他、世の中、じゃない家の中だな、すべてこともなし。
というのではあまりにもなんだから、石をして語らせよう。
            神戸の友人から届いた北条羅漢寺の写真である。クリックして大きくすると何かが聞こえます。






5月17日  (木)    0514    0515    0516    0517    0504


5月も中旬をこえた。
5月病というのに罹ったのかな、なんとなく調子が良くない。
ひょっとしたら「睡眠時無呼吸症候群」というやつかもしれん。
一応日本のテレビを見ているせいで、こんな病名も知っている。
保険はないし症状説明も出来ないので、医者には掛からないので
病名は自己診断だ。別に医師法違反なんて言われないだろう。
街の花はそんなことにお構いなく元気で華やかだ。

天津日本人会に行き、11冊の本を返し、13冊借りてきた。
日本語教師会5月例会の発音指導に関するレジュメのようなものを作成。
まとまった本がないので十数冊、あっちを引っ張り、こっちを写しでなかなか大変だ。
そうこうしているうちに風呂にも行きそびれて、そのまんまDVDを見ながら酒を飲む。
DVDは「飯と乙女」。なんか沢山の賞を受賞しているえいがだが、
私にはあんまり面白くはなかった。というより、5月病+疲れ+酒 のせいなんだろう。申し訳ないことだ。








5月16日  (水)    0514    0515    0516    0503    0504


老人大学「気功」 11回目。
今回もお尻をちょっと高めにしているんだが、それでも足の痛さは変わらない。
教室の雰囲気はずいぶんと慣れてきたというか、たるんできた?

今度の「天津日本語教師会」で発音指導の話し合いをするので、
関係の本を探して読んでいる。

リモコンヘリの操縦練習もやっている。

「奇貨居くべし」宮城谷昌光著 全5巻1800ページ 読了。
紀元前200年ぐらいの男(呂不韋)の物語である。
日本では、縄文土器から弥生土器に移行するころ、稲作が始まったころの話である。
「史記」「韓非子」「呂氏春秋」などを自在に読み、疑問を投げかけながら独りの人物と時代を
描き上げているのはすごいと思う。
「解説」によると著者は「史記」を読んだのではなくて
全部書き写しながら考え込んだのだという。
西のぼるの挿絵もおもしろい。





5月15日  (火)    0514    0515    0509    0503    0504


河北工業大学に授業参観に行った。
ずいぶん遠いところにある大学だ。
地下鉄の西の終点「劉園」というところで降りて、
タクシーでさらに西へ西へと行く。
もうそろそろゴビの砂漠でも出てくるんじゃあないかと
思われるあたりに、広大な大学が展開している。
来るのは地下鉄の駅前からタクシーだからいいが
帰りはどうなるんだろうと心配した。

参観した授業は
2年生の「会話」と3年生の「写作(作文)」である。
若い先生の授業は溌剌としていていい。
ほとんどが1対1の会話の積み重ねなんだけど
先生の質問と学生の応答に笑いがあるので
クラス全体がその1対1の会話に集中している。
「笑い」に乗り遅れたくないんだ。
そういう形でクラスが一つになっているのもいい。

帰り、途中下車をして「大悦城」に寄り、
「吉野屋」で牛丼を食べる。
マクドやケンタッキーのマニュアルは
日本と同じ味を生み出しているが
吉野屋の牛丼は神戸のと比べるとずい分まずい。
ここのスーパーで大きなフランスパンと
大辛のレトルトカレーを大量に買い込んだ。
多分今の天津で日本製のレトルトカレーはここだけだ。

風呂屋に行って、ゆっくりと休憩した後
露天の焼き鳥屋に、と思って出かけたが
近くに「火鍋屋」があったので、そこで煙突状のナベをつつく。
このところ、ちょっと外食が多くなっているな。 反省。


「奇貨居くべし C 飛翔篇」宮城谷昌光著 読了。






5月14日  (月)    0514    0508    0509    0503    0504


梅江会展中心というところで「第一回世界茶業博覧会」といのをやっていると新聞で見て
とおいところをタクシーに乗って見に行った。
「世界」と言っているけれども、東アジア地域だけ。日本の煎茶、抹茶、玉露などはない。


「茶業博覧会」の方はまあまあだつたんだけれども、
常設なのかいろんな展示即売みたいなのもやっている。
これが結構面白くて、そこで無線操縦のヘリコプターを買ってしまった。
ちょっと試してみたら、上昇・下降、前進・後退、右旋・左旋などできるようだ。
そのあと、はるばる歩いて
梅江の中心部に行き
「広東料理」の店に行って
ちょっとビールを飲んで帰ってきた。






5月13日  (日)    0507    0508    0509    0503    0504


「天津日本語ゼミ(仮称)中間発表会」というのに参加した。
「○○大会」「○○コンテスト」という発表会は多数有り、
企業の後援などもあってますます派手になっているが、
このようなゼミ形式の研究途上を発表して、意見交換をするという試みはまれである。
まして、1大学だけではなくて、
今回は商業大学、河北工業大学、師範大学のの3大学4グループが一堂に会している。
これは天津ドーナツという組織の好影響である。
6月にまた、本発表がある。まことに楽しみである。


会場がわが古巣ともいうべき天津商業大学であったので、ちょっと早めに出かけ
図書館の喫茶室でコーヒーをのんで休憩してから会場に行った。

発表@ 「奥の細道」2年生ゼミ生14名の大世帯である。よく読み、よくまとめている。
    発表は4グループを通じて唯一の男子学生が行ったのだが、「発表文」はうまくできているのだが
    早口で内容的にも慣れていない他の学生にはとうてい理解できなかったであろうと残念である。

発表A 「論文の書き方」ゼミ生5人がそれぞれのテーマについて発表する。
    中国語での発表だったので私には全く理解できなかった。
    多分発表@を聞いていた3つのグループのゼミ生はこんか気持ちだったんだろうなとは理解できた。

発表B 「日本の青年の恋愛観」 楽しいPPTを使い、聞いていて面白かったのだが、
    ちょっと「学問」「研究」という範疇には収まらんかも知れないな。

発表C 「日本語の曖昧さ」おもしろいテーマであるだけに、今までに聞き慣れた事例がほとんどで
    新鮮みには欠ける。一番始めに原因として「島国」「集団主義」「和の重視」と上げていたが
    この辺をもうすこし掘り下げてみるのも一方法かな。


曖昧表現ということでちょっと思ったことがある。

@ 「そのりんご3つほどくださいな」とか
  誘われて「あっ、今日はちょっと・・・」などが曖昧表現の代表みたいに言われているが、そうだろうか?
  日本人の表現としてはこれははっきり「3つ」であり、はっきりと「今日はダメ」と断っている。
  そのまま中国語に訳すと確かに「あいまい」だろうが、
  それは極端に言えば「こんにちは」を
  「今日は・・・・」と訳して、「えっ、それでどうしたの?」と言っているみたいなものじゃあないの? 
  これを「ニーハオ」と訳せば全然あいまいではない。

A 言葉遊びみたいだけれど、もともとあいまいなものをあいまいに言う。これは曖昧ではない。
  「この料理どうですか」の問いに「うん、まあまあだな」の答え。
  「おいしい」「まずい」の二者択一、あるいは「おいしい」の答えだけを求めている者にとっては
  「どっちなんだ? はっきりせぇ」と思うかも知れないが、
  はっきりしないものをはっきりしない表現で答えるのは曖昧表現とは言えないのではないか。

B 日本語での「あいまい表現」を論ずるとき、
  よく政治家などが使う「善処します」「前向きに検討します」などの表現方法
  これと同様なものが日常生活に使われていないかを探してみることも面白いかもしれないな。


終わって急いでバスに乗って帰宅。
劉さん来宅。夕食を共にする。





5月12日  (土)    0507    0508    0509    0503    0504


朝、5時45分、目覚ましで起きると、窓外は雨である。
さて、雨でも乗馬クラブはあるんだろうか。
電話をして聞いてみる。
屋内でやりますからありますよ、との答え。
あわてて出かける。
雨といっても傘をさしてもささなくてもという程度だが、
半袖で飛び出してきたので少々寒い。
さすがに私たち11人の他に客はいなかった。

例によって紐につながれた馬に乗ってぐるぐる回るだけなんだが、
外と違って視野が狭いので、ちょっと早足になると目が回る。

市内に戻り「一心亭」というところで昼食会。前に一度行ったことのある店だ。
前はトンカツ定食を食った。今回も多くの人がそれを注文していたが、
誰か「天ぷら定食」って声が聞こえたので、私もそれにした。
ところが、トンカツが来、みんなが食べ終わって10分以上経っても天ぷら定食は来ない。
なんと居心地の悪いことか! もうこの店にはこないぞ!

みんなと分かれて、DVD屋に寄り5タイトルほど購入してバスで帰宅。
天ぷら定食待ちにかなりビール飲んだので、その疲労感あり。
家でちょっと本を読んだりした後、風呂に行く。
今日は足療は休みということで、入浴だけ7元で丹念にシャワーで体を洗って、昼寝をして帰ってきた。

そのあと友人宅を訪問。
私を含めて6人で奥さんの心づくしのごちそうを戴きながら楽しく歓談。

「奇貨居くべし B 黄河篇」宮城谷昌光著 読了。
この人も人生訓めいたことを言う人で、まあ、そんな一節を
人を肯定することは、自分と他人とを肯定し、乱世で殺しあっている人をも肯定することである。
兵も人である。人を殺したくないとおもっている人が
武器をとらされて戦わなければならない現実を認めるということが肯定するということであり、
現実の一部を肯定し、一部を否定するという、自分の都合で実行者になったり批判者になったりする人は、
真の現実を自分のなかにかかえこめない。
矛盾をも肯定する。そうでなければほんとうの解決は得られない・・・・・(中略)
人が生きてゆくことは、つらく、苦しい,それを肯定し、
そのつらさ、その苦しさを反転するほどの勇気をもって生きぬくことが、努力とよばれるものであり、
それこそが、つらく苦しく生きることである、と同時に、つらさと苦しさを忘れて生きることでもあろう。 (p300)






5月11日  (金)    0507    0508    0509    0503    0504


今日は「盲人按摩」に出かけた以外、特になにもなし。
5月1日以来たまっていた新聞を全部読む。
もちろん、ほとんどは題字のみの流し読みだ。
きのうの新聞には、麗江がこの三ヶ月雨が少なくて
水源の黒龍潭が干上がっているとの記事が載っていた。

連絡のメールと電話が3つ。
その一つ、明日の乗馬クラブの連絡。
このごろ混み合っているので時間を早めようというので、7時半集合となった。
いつもは翌日の朝、ブログをUPするのだが、
明日はそうもいかないようなので急遽当日中に書き上げた。
やや、粗製乱造気味がある。まぁ、いつものことだが・・・・

二つめ。曲阜に言っている友人から電話。
明日の夕方から他の友人も誘ってちょっとにぎやかに一杯やりましょうとのお誘い。
楽しみだな。

三つめ。
「天津日本語ゼミ」というところから日曜日午後2時から「中間報告会」をするので来てくださいとの案内。
日曜日は「太極拳」の日だが、せっかくだから太極拳は欠席して「ゼミ発表」聞きに行くことにする。
3大学4つのゼミが発表をする。
各テーマは「奥の細道」「論文の書き方」「日本青年の恋愛観」「日本語の曖昧さ」である。

「奥の細道」、なんとなく知っているようで全編をしっかりと読んだことがない。
これはちょっと恥ずかしいかも知れぬと思って、
ビギナーズと銘打った文庫本ではあるが、とにかく読み始めた。
表紙の帯には

単なる日記を超えて、風雅の誠を求め、真の俳諧の道を実践し続けた魂の記録であり、俳句愛好者の聖典でもある。

とあるけれども、私には俳句はべつとして、
「日記」にあたる部分がそんなに優れているとは思えなかった。

南部道遙かに見やりて、岩手の里に泊まる。小黒崎・みづの小島を過ぎて、鳴子の湯より尿前の関にかかりて、
出羽の国に越えんとす。この道旅人まれなる所なれば、関守に怪しめられて、やうやうとして関を越す。
大山を登って日すでに暮れければ、封人の家を見かけて宿りを求む。三日風雨荒れて、よしなき山中に逗留す。
  蚤虱馬の尿する枕もと

小学生の日記でもこれくらいは書くんじゃあないの、
なんて言えば、その道の人からはめちゃくちゃ馬鹿にされるんだろうな。
なんか「裸の王様」って童話を思い出したんだけど・・・・
ま、不敬罪で逮捕されるということもあるまい。

まだ、半分だ。続けて読みます。

書架には「えんぴつで奥の細道」というのもあった。
いずれいつの日か、そういう時があればだが、硬筆の練習もしよう。





先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。