3月31日  (土)    0326    0327    0328    0329    0330


3月31日、年度の終わりである。
2000年のこの日、わたしは公立中学校を退職、めでたくその日から年金をもらえる生活に入った。

「旅の思い出」の写真をいろいろ探していたら、このころのことを記録しているCDが出てきた。
その中に「校長だより」というのがあった。1997年1月から出している。最後の号が2000年3月号である。
懐かしかったので、ちょっと長いが今日のブログの最後に引用しておくので、暇があったら読んでください。
冬至の公立中学校の年度末の感じというのが解っていただけるかとおもう。

DVD「一枚のハガキ」新藤兼人監督 を見た。
やっぱり映画はテレビよりしっかりしていると思わせる作品である。
戦争が一般の人々にもたらす悲哀を美談にせず
その中で生き続けている人々。
もっとすごいのが
監督の新藤兼人だ。
この作品を撮った時
98歳という。すごい!

おもわずメイキングDVD、撮影記録も見てしまった。


夜はある人にチケットをもらって
南南大学東方芸術楼に
「古琴音楽会」を聞きに行った。
席の関係で主演の姚亮さんは簾をかかげても、
香炉台の影になって写っていないが
「古琴」を単独で聴いたのは多分初めてだ。
静かな、閑かな、雪が溶けて見ずになっていく
そんな感じの音楽である。

終わった後 Gang☆Gang に行って食事をして帰った。

冒頭にも書いたが、
今 「旅の思い出」の写真探しに大変だ。
ここまでの分は「紙版」が中心なので
限定的ではあるが手元にあるものも多い。
デジカメ以後の分で記録媒体の曖昧なものは探せない。
今後 以下のようなものが増えるだろう。


  2001年5月 三峡下りから帰り、6月には深せん、広州、香港に行った。

  そして、7月から、日中技能者交流センター西尾研修所で一ヶ月間の中国派遣のための宿泊研修に入った。

  残念ながら、現在、この二つとも手元に写真がない。




冒頭に書いた2000年3月、「校長から地域の皆さんへ」とした最終号である。

こんにちは。
えらいもので、3月の声を聞いたとたん暖かくなって参りました。
暖冬かと思いきや、特別に寒風吹きすさぶ寒い日があったり、
また、突然に暖かくなったりと気候的には忙しい2月ではありました。

2月の啓明中学校は、生徒たちは入試で、職員は人事関係で終始したような感じの月でした。(当然、私個人の感じです。)

まず、入試の関係では2月4・5日と私立高等学校の試験があり、
約60名が受験。3名が不合格となりましたが、
それぞれいわゆる1.5次を再受験して全員合格しております。
公立高校推薦入試も、伊丹北高の総合学科、市尼高の体育科はじめ、
稲園高の単位制、商業・工業、高専等、それぞれに何名かづつ
合格を出しています。(市内の他の中学校と比べるとかなり良かった感じです。)
あと、16日に行われる公立一般入試に60名ほど(尼崎西高校に42名)受検いたします。
また、この他に昨年の卒業生も二人、定時制高校を受験します。

職員の人事の方は、まだ確定ではありませんが、
だいたいの線が固まってきたようであります。
私と教務主任の好岡先生が退職(これは確定しています。)
その他に4名の先生が転出、2名(校長を入れれば3名)の先生が転入。
木村教頭がそのまま内部昇格で本校の校長になってくれれば
一番良いのだけれど、そううまくいくかどうか・・・・・
27日(日)に事務の田中さんの結婚式が北野の六甲荘で行われました。
おめでとうございました。これからは井筒さんとおっしゃいます。

その他、目立った行事としては、
17日(木)に授業参観と新入生保護者説明会。本校の保護者の方で参観にいらっしゃった方はほとんどいなかった
(0人ではなかった・・・・こんなことでホッとしても仕方がないが)が、
小学校の保護者の方々は5〜60名お見えになって熱心に説明を聞いて帰られました。
去年から、生徒の活動は生徒の口で説明をしようということで、生徒会執行部の子たちが、
大変緊張しながらも堂々と要領よく説明をしてくれました。(2月21日の生徒朝礼の話参照)
19日(土)は、中学校区健全育成の行事として「家庭教育講演会」を実施。
元尼崎の中学校の先生であった本田先生のお話を聞きました。
なかなか歯切れの良い、面白く、また考えさせられることの多い内容で
お話にグングン引き込まれていきました。
小・中学校の育友会の方々の他に
神川さん、横谷さんも来てくださってうれしかった。
そのときのレジュメの一枚を同封いたします。

23日(水)学校保健委員会として、産婦人科医で性教育の専門家でいらっしゃる土肥先生を招いて
「中学生の性教育〜〜生きるってどういうこと?」を全校生徒と共に聞きました。
中学生・高校生の問題行動は「暴力」に始まり、やがて「いじめ」のように陰湿化し、
そのあとは「閉じこもり型」へと推移していっていますが、
おそらく次の問題行動パターンは「性」に関わる問題になってくると思われます。
テレクラ、援助交際、「愛し合っている」「誰にも迷惑をかけていない」・・・・
というような 行動や言葉に対して親や教師がきっちりと話が出来、説得ができる自信と技量が必要になってくると思います。
また、大人の問題としてもエイズの問題が身近に起こったときに冷静に対処できる心構えがあるかどうか、
などもこれから問われるところでありましょう。(保護者の出席たぶん一人だったと思います。大丈夫ですかねぇ?)

3月1日(水)三校連絡会。
西・若葉小の校長先生も、これからの子どもたちの健全育成に地域との連携が欠くことの出来ない重要事と強く訴えておられました。
今は、子どもたちの健全育成のために、ということになっていますが、
これから10数年もすれば、実は老人のために(すなわち今の私たち自身のために)こそ地域の力が必要になってくると思います。
孤独死というのは特殊な例としましても、地域社会が育っていなければ
老人は家に引きこもり、テレビに守をしてもらいながら会話もなく老後を過ごすことになってしまうのでは・・・・・
子どもたちに声をかける大人がいない社会は、15年もたてば老人に声をかける者もいない社会であることを約束しています。
地域社会を、コミュニティーを育てるのは子どもたちのためだけではない。
(尼崎未来協会主催の「地域の特徴を生かし新産業を育てる」講演会のチラシを同封いたします。時間があれば聞きに行って下さい。)

私個人の2月は、いわゆるアフターファイブの忙しい月でした。
映画を9本も見ました。「季節の中で(ベトナム)」「シュリ(韓国)」「チンパオ(中国)」
「神様への贈り物(イラン)」「枕の上の葉(インドネシア)」「ジーンズ(インド)」
「地雷を踏んだらサヨウナラ(カンボジア)」「ガラスの脳(日本)」「エイミー(米?)」
*(  )内は制作国ではなく舞台となっている国です。
演劇は4本。「二十世紀(兵庫県舞台芸術)」「冬の虹(ピッコロ劇団)」
「消えてしまった海の上で(ピッコロ劇団)」「風花(近松創造劇場)」
その他コンサート1,講演会5,中国語の勉強8,日本語教師養成講座8
といった具合でした。学校が終わってすぐに家に帰ったのは17日と23日の2回だけでした。

で、3月は
まず、9日(木)に「あすなろ賞授賞式」。
3年間クラブ活動を頑張った子たちを表彰いたします。クラブ活動で何度もやめたくなったとき、
この「あすなろ賞」がひとつの励みとなって続けてこられたという生徒も多い賞です。
案内状を同封いたしますので、拍手のひとつも送ってあげて下さい。

13日(月) 卒業式
昨年は来賓ひとりひとりを紹介するかどうかということで瀬尾会長を苦しめていたことを思い出します。
今年はどうするのでしようか?(ワシに聞くとやっかいなことになりそうなので誰も聞かない。)
くふうして全員の方々のお名前を紹介させていただくことになるのかな?
(どっちみちそんなにたくさん来られないとタカをくくっているということなんでしょうかね。それなら残念ね)
今年は卒業生がトライやるウィークでお世話になった企業・商店の方々にもご案内をお出ししています。
16日(木) 公立高校一般入試。
21日(火) 公立高校合格発表。
22日(水) 西・若葉小学校卒業式。
24日(金) 修了式
31日(土) めでたく退職。

ちなみに、退職後の私の行動予定は(3月6日の朝礼の話でしゃべっていますが)
4月9日、大阪舞洲桟橋出港。帆船で太平洋を渡って5月6日ハワイ・ホノルル着。
数日ゆっくり休憩して5月11日、飛行機で帰国。
(12日に中学校を退職する8人の校長の合同送別会をしてくれるというので、それにあわせての帰国です。)
5月12日〜20日まで日本にいて、
5月21日神戸発、22日東京・晴海埠頭出港。豪華(?)客船オリビア号(ウクライナ船籍・15065トン)で世界一周の旅に出ます。
はじめ、当然のことながら奥さんと一緒に二人で申し込んでいたのですが、
奥さんがどうしても行けなくなって、残念ながら私の一人旅となってしまいました。
こちらの方は掃除・洗濯・食事・酒・各種イベント付きの旅ですから、
3カ月間、8月19日まで、何者にもせかされない、まるでガンジス川のほとりで座っているような(だいぶ違うかな?)
ゆっくりとした気分で楽しんできます。
9月いっぱいは、休養と勉強です。
10月になると、週に1回だけですが、大阪の女子大で「教科教育法」の講義に出向きます。
(そのネタを9月いっぱいで仕入れようというのだからちょっとドロナワなところもある。)
そして、9月から翌年1月まで、日本語と中国語の勉強。
1月には「日本語教育能力検定試験」に再挑戦。
3月には中国のどこかの大学に約1カ月ほど「語学留学」
そして、希望としては来年の4月以降、中国のどこかで日本語の先生になる。
それがうまくいかなければ、中国の雲南で鶏を飼うか、モンゴルで羊を追っかけるか、
はたまたガンジスのほとりで反省をするか・・・・・
女房はどうするのか!? うん、それが問題なんですよねぇ。
トラさんは結婚してなかったもんねぇ。なかなか彼のようにはいけないわナァ。

今号の付録に生徒の芸術作品を数点
いずれも今、職員室前の廊下に掲示されている作品です。

もひとつはわたくし特製の煎餅です。
遊びもここまでやるとなかなかのものでしょう。ひとつ笑って食べてみてください。煎餅自体は
亀井堂の煎餅なんでおいしいと思いますよ。
この煎餅の絵、今校長室の歴代の校長の真面目な顔の横で笑っています。
生徒には「こりゃあかんで、もっと真面目にやりィ!」と不評判です。

どうも最後の最後までまじめなお手紙にならなくてすみませんでした。
長々とおつきあいありがとうございました。
これで、最終号とさせていただきます。
ホッ!(私のホッ!ではなくて皆さんの代弁です)
                   2000.3.6.   久下 順司






3月30日  (金)    0326    0327    0328    0329    0330


朝一番、と言っても10時なんだが、
散髪に行った。
我が家の近くの道筋100m ほどの間に
散髪屋(美容院)が5軒ある。
そのすべてを体験して、
今日は2巡目で「永h」というとろに行った。
10時開店ということだが、
10時から10分間ほど店員のダンスがある。
別にショーというわけではなくて、朝の体操のようなものなのであろう。
頭を洗って、散髪して、もう一度頭を洗って、30元。
どんなみすぼらしい店も豪華な店も丸刈り30元である。ひげそりはしてくれない。
雲南にいる時は、ひげも剃って、按摩もついて5元だったがなぁ。

午後、天津駅近くの「青年宮」というところで
大学生や大学院生が
今年の9月から日本企業に就職する。
その事前研修のような授業が行われている。
1日に6〜7時間の授業だ。
学生も疲れるだろうということで
ときどき、別の日本人が雑談にということで
お手伝いに行っている。
こういう授業のお手伝いをさせてもらうのは、今の私にはとても楽しい。

帰りのバスが満員で、暑く、汗をかいた。そのせいかな、家に着くとなんか脱力、
缶ビール一缶のんだだけで、寝床にもぐり込んでしまった。



3月29日  (木)    0326    0327    0328    0329    0323


あいさつに「春本番」という言葉が登場し出した。
天津でも昨日来の最低気温が8.6という暖かさである。
でも室温は21度ぐらい。
真冬時は24度ぐらいだったからちょっと寒い。

「クロスファイア 上下」宮部みゆき 読了
「念力放火」という特殊能力が主人公である
ということ以外、宮部作品としての面白さはない。
DVD「最高の人生の終わり方」全10話 看了
今度は葬式屋さん物語である。構成・ストーリーは荒っぽいが、結構おもしろい。

暖かくなってきたのに、なんか生活に気合いが入らない。
「♪春なのに 春なのに ためいき一つ」って歌があったな。


3月28日  (水)    0326    0327    0328    0322    0323


老人大「気功 十二段錦」  三回目。
行くと先週はどうした? と何人もの人に聞かれた。
やはり唯一の外国人だから目立つんだろう。
あぐらについてはかなり練習していったんだが、やっぱりダメ。
前、拷問と感じたところはなんとか通過したのだが
今日新しく練習したところになると、痛くて痛くて脂汗が出る。
と言っても、下のようなことで、一見何ともないようにみえる。
おそらくたいがいの人にはなんでもないんだろう。
上半身はいいんだ。手を上げたら後ろにひっくりかえりそうになるのを何とか支えねばならぬ。
まあ、まだあと一年ほどあるんだから、そのうち悠々と気功が出来るようになるんだろうて。


夜、タイ料理を食べているので
食べに来ないか。
との誘いがあって喜んで出かけた。
以前バンコクで食った
トムヤンクンはホント辛かったが
今回は申し訳程度に辛いというくらいで
そんなに辛いものではなかった。





3月27日  (火)    0326    0327    0321    0322    0323

きのうの神戸は「雪」だったそうである。
天津はもう夏(初夏)である。自転車で走っていても手袋がじゃまになる。
春はいつ来る? もう終わっちゃったのか? って感じである。
天津の春、夏は短いものとは知りながら、なおうらめしき・・・って感じである。

夕方から また Wellington Callege に
ミュージカルを見に行った。2回目である。
それほど上手とは言えないのだけれども
直に音楽を聴くというのはやはり楽しい。
私の左耳はほとんど聞こえないのだけれども
劇場とかで音楽を聴くとステレオになるから不思議だ。
それに2回目だと批評感が消えて
ただ音だけを受け入れているという楽しさがある。
そうそう、1回目はどうしても舞台に注意がいって、音楽はBGMって感じだったが
2回目になると音楽が中心で舞台はそれを引き立たせる大切なものという感じで座っておれる。


物忘れが激しくなってきている。
きのう見ていたDVDのあらすじが思い出せない。
親しい人の名前も度忘れしてしまう。
きのう食ったおかずの2つは思い出しても3つ目が出てこない。
完全に忘れているのではない。
あれっ、なんだったっけ、あれ、あれ、う〜ん、
あきらめずにう〜んとやっているとふぃっ思い出す。(まるでウンコだな)
痴呆か、認知症か、アルツハイマーか、自分ではまだ診断がついていない。

その内に あれっ、私の家はどっちだったっけ? とか 
なんでここにいるんだい?
私は誰? ってテーマで、
う〜ん、あっ、そうだ! てなことやるようになるのかも知れない。



3月26日  (月)    0326    0320    0321    0322    0323


ホント久しぶりに自転車に乗ってスポーツクラブに行った。
自転車はほぼ半年ぶりだ。ちゃんと地下駐輪場に入れてあるので
ホコリをかぶっている程度できれいなものだが、空気はほとんど抜けていた。
スポーツクラブはちょうど一ヶ月ぶりである。
行って体を動かすと結構気持ちがいいのだが
どういうわけか、いろいろ理屈をつけてさぼる。
夕食は鯵と白身魚のフライ、包子、イカ納豆、ハムステーキ
温野菜(キャベツとブロッコリー)中国漬け物と塩昆布である。



3月25日  (日)    0319    0320    0321    0322    0323


老人大学「太極拳」の日である。
日本語を習ったことがあるという腹の出たおじさん
日本で10年間ほど住んでいたという
日本語の下手なおばさんなどが、
私のそばに来ていろいろと話しかけてくれる。
今期は前期よりも雰囲気がやわらかい。
やっていることは初歩の初歩の繰り返しだけれども
間違って覚えていたことが何カ所か分かってきた。
おじさん、おばさん、と言っているけれどもなんせ、老人大だから
おじいさん、おばあさん、と言うべきところをちょっとお世辞を使っている。

DVDを2つ見た。
ひとつは「遠い日のゆくえ」
「送り人」というのがあったが
「特掃」というのもあるんだな。
これはなかなかしっかりしたストーリーで
心を込めて見ることが出来たな。

もうひとつは「魔法少女を忘れない」
荒唐無稽、ドタバタ的、罪はない。





・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

糸を巻いている木製の糸車
あれの縁をナイフでギザギザを入れ
穴の両端に割り箸をかませてゴム輪でつなぐ
ぐるぐる回して床に置くとゴトゴトと動く
糸車戦車である。
こんなんで結構喜んでいた。






3月24日  (土)    0319    0320    0321    0322    0323


乗馬の日である。乗馬は月に2回、土曜日に行く計画である。
8時30分天津中心に集合、車に分乗して9時30分馬場到着。よい天気である。
今日は私たちメリーゴーランド組3人を含め全10人、一斉に馬に乗る。気持ちいい。
かなり出来ると思っていた女の人が乗っている馬が暴走した。
相手は生き物だから、こんなこともある。
私はまだまだ当分はコーチ付きメリーゴーランドでいこう。
ちょっとは上達したかな。でも早足になると私の尻と馬の背が激突する。



市内に帰って全員でGang☆Gang で昼食。ビール、ワインも入って昼間からいい気持ちになった。
全員日本人。そして現役の会社員である。
車の中でも、食事中でも話の内容は教師会の人々の場合と全然違う。これも新鮮でおもしろい。

家に帰ってちょっと昼寝をしてから
Wellington College にミュージカルを
見に行く。少し時間があったので
近くの「水遊館」で温湿度計画買った。

学校の中を見学して劇場へ
劇場の 2/3 が招待者席である。
一番に入場したのだが、席はかなり後ろの方だ。
劇は熱演ではあったが、やはり素人臭さが目立つ。でもそれがいいところでもあるのだが。
来週の火曜日にももう一度見に行くことになっている。感想はまた、その時に。






三峡下り  E

2001年5月

 北京留学からそのまま
 三峡下りの旅に出た
 ダム建設で景色も変わり
 旅行できなくなると
 聞いたからである。



  建設中の三峡ダム

  三峡下りシリーズは

  これでおしまい。








3月23日  (金)    0319    0320    0321    0322    0323


午前中は印利用水を注文したために禁足ということもあったが、
午後はスポーツクラブに行く「決心」だった。
が、天気がおかしい。ヘンな雲が湧いてきて空が薄暗くなり、風が吹きすさんだ。
うん、わたしの神さんは「やめとけ!」と言っている。信心深い私にはこれはさからえない。
結局、ずっと家にいて神のみむねのままに、本を読んだりビデオを見たりで過ごした。
「食堂かたつむり」「恋する弁当男子」 ともに食い物系のDVDである。

  

夜 劉さん来宅。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

家に金網で囲ったニワトリ小屋があった。
もちろん、愛玩用ではない。
卵を産ませ、肉を食べるのである。
イタチに襲われるのを防ぐため
金網にアワビの貝殻をくくりつけていた。
根拠と成果はあるのかどうか知らない。






3月22日  (木)    0319    0320    0321    0322    0309


国際大厦・日本人会に行った。
11冊の本を返却、新たに10冊借りてきた。

国際大厦フロントに
「添上一片緑葉、
 許下一個緑色承諾環保点滴、有爾有我」
との掲示板があったが、なんのことなんだろう?
帰り道、DVD屋の前を通ったので、ついDVD10タイトルを買ってしまった。
連続テレビドラマ4編、単発物6編であるが、テレビドラマの方は
「家政婦のミタ」今年の4月18日、DVD発売予定というものである。
「南極大陸」も「ナサケの女」も昨年12月まで放映されていた物であるし、
「最高の人生の終わり方」などは、なんと今年の3月15日に最終回が放映されたというものだ。
すごいものだ。でもあさってまた新しいのがはいるから、といっていた。
これ以上新しいものって有り得るんかい?って感じだが・・・・

いつもは「真剣」で「すし・うどん定食」
30元が決まりなんだが
今日はちょっとはりこんで、伊勢丹「橋場」で。
橋場では「おばんさん定食」が決まりなんだが
今日はまたちょっとはりこんで
「海鮮丼・天ぷらそば定食 66元
写真は地下の野菜売り場、びっくりするぐらい高い。
市場では5〜6元のレタスが45元とか言うよ。

「死の雑学」は今朝方読み終えて返却した分である。
長年 監察医をしてきた人の死生観というか死体観というか。たしかに「雑学」。

「日中はなぜわかりあえないのか」今日借りてきた本だが、もう、読み終えた。
よくある中国の悪口ではなくて、日本が考えなければならないこと
視点を変えれば・・・ということが書かれていて、参考にはなるが
もひとつ納得しにくい論点も多い。
要は文化の違い。相手の文化を素直に受け入れられるか、ということだ。

消えていた携帯電話の着信音を作成した。
グループによって「雀の学校」「一休さん」「妻を娶らば」「買い物ブギ」「ちび丸子」「お祭りマンボ」
などの着信音で区別するというわけだ。
つまらんことに時間をかけているが、つまることばっかりやっとれば人生つまらんもんな。





三峡下り  D

2001年5月

 北京留学からそのまま
 三峡下りの旅に出た
 ダム建設で景色も変わり
 旅行できなくなると
 聞いたからである。



  長江(揚子江)沿岸の風景。 河原への着岸  河原の露店  船上の商店






3月21日  (水)    0319    0320    0321    0308    0309


今日は老人大学「気功」の日であるが、休んだ。
商業大学で同時間に
「日中友好人材育成振興機構大連」の
山口隆道先生の就職マナーの講義があつたためである。
多分、「気功」の先生は
「あの日本人、もはや音を上げてギブアップしたか」
と思っていることだろうな。
来週から拷問にも負けない大和魂を見せてやらにゃあ!

商業大学の日差しと風はすっかり春だったが
風景はまだまだ完全な冬。
久しぶりに大学の学生食堂で昼飯を食う。
これだけで19元、高くはないが2年ほど前だったら10元少々だったと思う。
学生食堂も値上がりしているんだなぁ


就職支援講座は、日本語を勉強した学生が、その日本語をどう使うか、という
「話し方」「表現」付帯する「マナー」など普段 大学の講義ではあまり触れられることのない内容。
私自身にとっても勉強になること多かった。

会場に着いてから、講座の後、商業大学1・2年生のスピーチコンテストが行われることを知った。
もちろん、そまのの傍聴させてもらう。
審査員にと請われたが、どちらも予定していないことだと、丁重にお断りして、
15人のテーマスピーチ「あきらめない心」と
即席スピーチ「20年後の私」を最後まで聞かせてもらった。
楽しかった。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

家の隣の空き地に柿の木が植えられていた。
登ってはいけないと言われていたがそんなこと聞くわけがない。
登っているのを見つけられて、降りてきなさいって言われたのを
「あかんべー」とか言っていたら、座っていた枝が折れて
下の溝にすっぽり落ちてしまったことがある。






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