3月10日  (土)    0305    0306    0307    0308    0309


東京大空襲。戦争だから仕方がない、とは言うもののずいぶん非道いことをするものだ。
広島も長崎も南京も別な無もコソボも・・・・
戦争だから仕方がない、とは言えない心性は動物である人間には無理なのか?

馬に乗りに行った。
8時30分 天津中心で待ち合わせ。
8時ごろに着いたので近くのケンタッキーで朝飯。
乗用車に乗せてもらって約1時間。
ずっと前に一度来たことのある馬場に到着。
私たちのグループは合計9人である。初心者は私ともう一人、若い女の子。
先輩諸氏のむ騎乗が終わるまで、クラブハウスで約1時間ほど待って
コーチの紐つきの馬に乗ってとぼとぼと1時間弱歩く。
実は昔六甲山牧場の馬場で開かれた教室に参加したこともあるし、
内モンゴルに行った時には3日ほど、一日中うまに乗っていた経験者だが、今となっては全くの初心者である。

まず馬の背によじ登るのが大変。これだけで初心者決定だわ。
内ももで馬の腹を締め付けて・・・なんて前から知っていたけれど
もう、ワシの内ももにはそんな力ありゃあせん。
馬から下りたら、もうガニマタでよろよろ歩く様だ。
しばらく休憩して、また車に乗せてもらって天津の街へ
水上公園の近くでみんなで食事をして、解散。
私はそのまま、水上公園を散歩してから帰った。
馬(コーチ付き)1時間150元、食事割り勘 50元。安い。

DVD「八日目の蝉」看了。

孫から初めてメールをもらった。
その文章を 撫でさすりたいぐらいにうれしかった。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

六甲山牧場で乗馬教室が開かれたことがあった。
多分10回ぐらいのコースだったと思う。
これは厳しかったよ。
ズボンの縫い目で足が怪我するからズボンは裏返しにはけと言われた。
鐙を鞍の上にあげて足は宙ぶらりんのまま走る練習をしたりした。
でも、乗馬は自転車や水泳のように一度出来れば一生できるというものではないな。






3月 9日  (金)    0305    0306    0307    0308    0309


一日中 家にいた。 いやさ、風呂じゃあない、プールに行くつもりだったんだけど
なんとなく、昼頃になると気怠くなって、ウィスキーの水割りなど飲んで昼寝をしてしまったのだ。

本を読んだ。宮部みゆき「震える岩 霊験お初捕物控」
例によって私の好みの部分を一節
 いつもながら佐原屋は賑やかに混んでいる。お初たちと同じ縁台の右側には、商いの途中であるらしいもぐさ売りが、荷箱をおろして一服つけている。
 お初と背中あわせに腰をおろしている若い娘は、どこかのお店の娘であるようだ。参拝帰りなのだろう、お札を大事そうに胸に抱いている。
 父母らしい男女が一緒で、お供の男をー人つれている。先はどから何やら頭を寄せてひそひそ話しているが、悪い話ではないらしい。
 時おり、娘がちらと歯をのぞかせて笑っている。きっちりと結い上げた髪から、ほのかに椿油の薫りがする。
 派手につくってはないが、紅珊瑚のひとつ玉のかんざしが目を惹く。

 大川もこのあたりは下流のほうだから、川幅もいちだんと広く、永代橋は大川にかかる橋のなかではいちばん長い。
 川面を見おろすと、材木をつないだ長い筏が下ってゆく。
 このあたりを行き来するのは、木更津や行徳あたりから荷を積んでくる船や、沖合の廻船から荷を受けてきた艀のような小舟など、商い一方の船だ。
 日本橋川や小名木川へと群れ急いで舳先を向けてゆく忙しげな船の動きは、江戸の町の活気をそのまま映している。
 永代橋を佐竹町のほうへ降りて、さらに西へ。
 富岡八幡に参拝する人、帰る人たちの行き来するなかに混じって歩いてゆくと、捨て鐘三つに続いて、七ツ(午後四時)の鐘が聞こえてきた。
 富岡八幡宮は、お許しを得て、その境内で時の鐘をついている。ごく近く聞こえるのはそのためだ。

新聞も1週間分ほど読んだ。
その中で、ちょっと面白かったのが中国のお札のモデルの話だ。
今は一元以上は
みんな毛沢東なんだけれども
少し前までは
少数民族の肖像だった。
その一元札のモデルになった
トン族の少女の物語。
詳しくは左の文章をクリック
してみてください。
私も翻訳できるほどの力はないけれども、なんとなく
1978年 16歳の時、トン族の盛装をして街に行ったところ、
そこで男性に声をかけられて絵を描いてもらった。
その後 そんなことはすっかり忘れ、23歳の時、結婚、今は孫もいる。
2009年の調査でこの人がモデルだということが判った。
その時は大勢の人が一元札をもって彼女を見に来て、まるで彼女の家は展覧館みたいになった。
今回 彼女を見つけるのは非常に苦労した。彼女は出稼ぎに出て村には居なかったからである。

と、まあこんな程度で私は新聞を読んでいる。

ぼけっと家にいるとしょうもないことを考える。
「細腿 ほそもも」ってあるんだろうか。
大脳・小脳、目頭・目尻、親指・小指、上顎・下顎、前歯・奥歯 とみんなセットになっているのに
どうして「太腿」には「細もも」というセットがないんだろうか。




北京語言文化大学
  留学 I



    北京語言文化大学で学んだ時の同級生である。    北京留学は今回でお終いです。





3月 8日  (木)    0305    0306    0307    0308    0302


中国では「婦女節」である。
日本では「一雨ごとに春めいてまいりました」などとあわれる時季であるが、
中国では雨が降らない。
日本のテレビで「近畿地方は夕方から雨」などと言うのを聞くとうらやましい気持ちになる。

国際大厦にある天津日本人会に行って本を10冊返し、11冊借りてきた。
地下のスーパーを偵察、中国のスーパーは品揃えが不安定なので、しょっちゅう偵察が必要なのである。
大概は何も買わないのだが、ころっと新しい商品が入っていることも多い。
今日は、檸檬と青檸檬のエキスがあったのでそれを買った。

次ぎに図書大厦に足を伸ばし、雑誌一冊と天津市の2012年版地図を購入。
今まで使っていた地図ではバスの経路がだいぶ変わっているようなので最新版に買い換えた。
と言っても8元なんだけれどもね。

そのあと、図書大厦の隣の
「Cat's eye 猫眼」という喫茶店でコーヒーを飲む
壁中の落書きが「売り」なんだろうけれども
なんとなく、ゆっくり本を読める雰囲気ではなかった。
早々にそこを退散して「海信広場」地下のスーパーを「偵察」。
かなりたくさんの輸入商品を扱っている。
国際大厦で19.7元で買った檸檬、ここでは16元で売っていた。
だから「偵察」任務はおろそかには出来ない。

今日、日本人会で借りた本の中から<「大人のパズル」芦ケ原伸之著 読了。
いろんなパズルやお話が出ていたけれど(お話の方が結構面白かった)
その中から数学パズルを3題ほど

    次の□に1〜9の数字を一度だけ使って入れて式を完成させなさい。

      (□/□□) + (□/□□) + (□/□□) = 1 

      □□□□□ − □□□□ = 33333

      □□分□□秒 × □ = □□分□□秒

どうですかい? いちどお試しを!




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

終戦直後のことである。
ほんと食べ物がなかったな。
芋のつるを細かく切って鍋で煮て喰っていた。
繊維とビタミンはあったかも知れんな。
でも、子供心にも「不味いなぁ」と思ったものだ。






3月 7日  (水)    0305    0306    0307    0301    0302


「老人大学」開講。
今日は1時から「健身気功十二段錦」である。
気功を学ぶのは初めてである。
12時半に教室に行くともうかなりの人が来ていた。
前半1時間は講義。まったく解らない。
途中 時々「日本朋友」なんて聞こえて
みんなが私の方を見るが、
何を言っているのか全くわからない。
後半は実技。
いやぁ、股関節が脱臼するんじゃあないかと思ったよ。
終わったときに、私はなんとか立ち上がったけれども、
自力では立ち上がれなかった人も何人かいたから、まあまあ、なんとかついて行けるんじゃあないか。

日本国際交流基金が
「震災を乗り越えて〜日本から世界へ〜」
と題して3月に東北の民俗芸能等を
国連本部、パリ、北京ほか世界8ヶ所で一斉開催
とのメールが届いた。内容は
東北民俗芸能(湧水神楽/黒森神楽/臼澤鹿子踊)
鬼太鼓座& Musicians 3ヶ国公演というものである。
3月14日、北京国家大劇院でも公演される。
おもしろそうだ。早速チケットの入手方法を問い合わせるメールを出した。
後日案内を開始したら連絡するということだったので、待っていたが連絡は来ない。
再度、問い合わせると
  当センターHP上で、以下のとおりご案内を出したのですが、
  すぐに用意しておりました枚数分が埋まってしまいました。
  今回は小生のミスに端を発しておりますので、
  通常のご案内とは別途、久下さま分を14日の本公演チケットを
  1枚留保させていただければと存じますが、如何でしょうか?
との返事をいただいた。
何かちょっと申し訳ない気もしたけれども、行けるみたいなので、うれしい、楽しい。

「花の降る午後」宮本輝 著 読了
特に推理とかミステリーとかいうのではないが
ストーリーに引き込まれてしまうおもしろさがある。
作者の「あとがき」によれば

私の小説の中で、せめて一作ぐらい、登場する主要な人物が、
みな幸福になってしまうものがあってもいいではないかと思い姶めたのです。
だから、『花の降る午後』は、作者のきまぐれのお陰で何人かの登場人物の《幸福物語》として幕をおろします。
善良な、一所懸命に生きている人々が幸福にならなければ、こ世の中で、小説などを読む値打ちは、きっとないでしょうから。

というものである。
それに、神戸、三宮、北野、岡本 といったロケーションとたっぷりの神戸弁。

典子が営むフランス料理店アヴィニョンは、神戸の北野坂から山手へもう一段昇ったところにあり、
右隣に黄健明貿易公司の事務所、左隣に毛皮の輸入販売を営むブラウソ商会が並んでいる。

ペルシヤ美術館よりもさらに坂道を昇ったところにあるアヴィニョンヘ行くためには、三ノ宮からタクシーに乗り、
北野坂から北野通りへ出て右折し、不動坂とつながる道をさらに昇って行かなければならない。
その道は車も通れる幅はあるが、二台がすれちがうだけの余裕はないので、
タクシーの運転手の多くは、北野通りと不動坂との四つ角で車を停め、ここから上は歩いてくれと無愛想に言うのだった。
良子でさえ、北野坂からアヴィニョンヘの坂道は息が切れた。夏など、休なながら昇っても汗ぐっしょりになるくらいに急な坂なのである。



北京語言文化大学
留学  H

2001年4月

今から12年ほど前の天津商業大学の構内風景である。
上段右端のビルは学生寮で、今もあるが
その隣の商店街のようなものは今はない。
下段の池ではボートに乗ったりしたが、
今は埋め立てられ巨大な校舎になっている。
下段右端は「外国分岐用専家・留学生寮」とあるので
ここに住むのかと思ったらここは裏千家だけだった。







3月 6日  (火)    0305    0306    0229    0301    0302


中高の同級生が一人亡くなった。
糖尿だったそうだけど、直接その病気ではなくて、酒を飲んでひっくり返って頭を打ったんだそうだ。
誰にでも、私にでも、そして明日にでも、ありそうなことで身につまされる。
若干 自分に対する気持ちも含めながら「黙祷 !」

今度の土曜日、馬に乗りに行く。
今朝方電話で申し込んで受け付けてもらった。
落馬して頭打ったりせんように気をつけにゃあいかんな。
もっとも、今までの人生「頭打ち」は何度も経験しているが・・・

バスに乗って、GANG☆GANG という店に骨付きの牛肉など買いに行く。
ついでにそこの2階のレストランでコーヒーを飲みながら1時間ほど本を読む。
「花の降る午後」宮本輝。

夜、宮さん、馬さん来宅。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

初めて自分の家を持った時、
借金して土地だけを買い、その土地を担保にプレハブ住宅を建てた。
家だけだ。
河から丸い石を一つずつ拾ってきて、それを積んで塀をつくった。
公園予定地から雑草風の野芝を抜いてきて庭を造った。
今だったらとても出来ないかな。






3月 5日  (月)    0305    0228    0229    0301    0302


情報誌に出ていた
WWLLINGTON COLLEGE
INTERNATIONAL TIANJIN という
大学の学生たちが演じる
JOSEFand the AMAZON
TECHNICOLOR DREAMCOAT
のチケットを買いに行った。
内容も今ひとつよく解らないが、
「夜空に煌めく花火のように、文字、音楽や色彩の融合」だそうだ。
内容もよく解らなかったが、大学の場所も分からなくてずいぶん歩き回って、やっと探し当てた。
次は言葉の壁だ。守衛も受付ロビーの人も日本語は全然通じない。
でも、私は中国語は勿論英語も一切使わずに日本語だけでチケット購入に成功した。
それでこそ、インターナショナルカレッジだろうが・・・・
英語でやりとりするのがインターナショナルだと思ったらあかんぞ!



ついでに近くの新しくできたショッピングモールを散策
ひとつは「水遊城 AQUA CITY」
もうひとつは「大悦城 JIY CITY 天津」である。
いつも行っている伊勢丹とか時代奥城、
オリンピックなどとはまた違った
一段と華やかなショッピングモールが広がっている。
この二つで2時間ぐらいはうろうろしていただろうか。


ついでに、近くの二つの「清真寺=イスラム寺院」
と言っても「清真寺」は教徒しか入れてくれないので
外から、周辺の見物ということになる。
今日は何か特別な行事があったんだろうか
白装束の人が多かった。
それから「門前町」のにぎわい。
この牛の頭は売り物なんだろうか。
牛の目玉は迫力があったな。 

今日はホントよく歩いた。1万4000歩。
天も感動してか、帰りにはハラハラと粉雪が・・・
これが「名残雪」「戻り寒」ってやつかな。
もうこれからは暖かくなる一方なのかも知れん。
3月15日には暖房が切れるので
それまでには暖かくなってくれなきゃあ困るという人間側の都合もある。

「淋しい狩人」宮部みゆき著 読了





北京語言文化大学
留学  G

2001年4月


  これから先、5年間は 外国文教専家として
  あと、3年間は非常勤の講師として
  そして、現在に至るまでなにかと関係深い
  天津商業大学(当時 天津商学院)を初めて見た瞬間である。
  今、学内を歩いている学生は、まだ小学生だったころの写真である。





3月 4日  (日)    0227    0228    0229    0301    0302


4日は「流し雛」である。
一年の穢れを「雛」につけて流すのだと言う。
雛人形も3月3日を過ぎて飾っていると嫁入りが遅れるという。
なんか「楽しゅうて やがて悲しき 雛人形」ってな感じだな。


  朝、DVDではなくて
  録画番組再生から
  「蝶々さん 最後の武士の娘」を見る
  オペラの「蝶々さん」
  とはちょっと感じは違うんだが
  さぁ、どっちがいいのやら。

「八日目の蝉」というのが日本アカデミー賞の何部門かを独占したというニュースを見た。
そう言やぁそんな名前のDVDをもっていたなあ、と探し出して見始めた。
アカデミー賞は映画で私の持っているDVDはテレビドラマの方だった。
また、見終わるのには数日かかるだろう。

天津の情報誌
  ヤマダ電機5階のcafe restoでは、
  3月より毎週日曜日の18・30から中国&日本交流会を開催する。
  日本語学科で学ぶ中国人学生と、
  天津で暮らす日本人が集まり、交流をはかる。
  留学生、会社員、奥様、となたでも大歓迎!
  参加費無料(要ワンドリンクオーダー)、
  3月中のみ、参加者は一杯目のドリンク半額!
  参加希望の方はお店まで
と言うのが出ていた。
3月1日発行で今日は4日だから、そんなに人は来ていないだろうと思っていってみたら
3〜40人ほども集まっていた。情報誌を見て、というのではなくて
ある一つの大学内での口コミで集まったんだろうと考えられる。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

小学校の頃、給食もあった筈だが、
弁当を持って行っていた記憶もある。
白いアルマイトの弁当箱で
梅干しの入る真ん中の部分が
酸にやられて爛れたようになっていた。
真鍮色で花の絵などが印刷されているのは上等品だった。






3月 3日  (土)    0227    0228    0229    0301    0302


「ひな祭り」

5時半、久しぶりに目覚ましで起床。
6時過ぎに家を出て、天津駅から新幹線で北京南駅へ。
そこから地下鉄を3本乗り換えて、北京第二外国語学院に9時ちょっと前に到着。
北京は大概の所なら地上に出ることなく目的地に行ける。便利は便利だが、地下都市にいるみたい。

「日中言語対照研究と日本語教育研究国際フォーラム」に参加。
次の11本の発表を聞いてきた。

 @日中語における対象移動表現体系の比較
 A中国語のVおよび日本語のV連用形の意味と語彙概念構造との関係
 B「殺人的(Φ・な・の・に)+X」におけるXの共起条件と「殺人的」の意味機能について
 C複合動詞「V+きる」の意味変化ルート
 Dサ変動詞と共起する対象を表す格助詞「に」「を」の交替現象について
   昼休み
 Eモノダの文法化
 F三項動詞の構文条件と項の生起に関する日本語・中国語・英語の対照研究―「買う」を手掛りに―
 G対格残存受身文と有題文の関わり
 H「目的語残存受身文」における目的語残存の条件について―日本語と中国語との対照という視点から―
 I二字漢語の構造と意味解釈−「快報」「早計」「拙速」をめぐって−
 J翻訳における基本的意味の確認


残念ながらその一つも理解できなかった。
「共起条件」「三項動詞」「対格残存受身文」等々、テーマそのものも理解しにくいが
その発表の内容は、あらかた次のようなものである。(ほぼこの通りの言葉で早口しかも小声である)

  使役性を作う対象移動動詞は有界であるので、起点と着点を取ることができるが、
  働きかけ動詞(結果性を伴わない他動詞)は有界性を持たないので、起点と着点を取ることができない。
  また、対象移動と動作主移動の相違点が、直示経路表現の生起に見られるという指摘がある。

聞いて解りますかい?
午前が終わって、「どうぞ、どうぞ」と「えら〜い人」たち連れられて豪勢な中華料理をご馳走になった。
きっと、どこかの教授かなにかと間違えられたんだろう。
で、逃げ出すわけにも行かず、午後の発表にも付き合ったんだが正直辛かった。
明日の切符も買っていたんだけれども、や・め・た !
天津駅でかけあったら、すんなり払い戻しをしてくれた。

あしたは日曜日だ! ま、いつも日曜日だけど・・・・

劉さん 来宅





北京語言文化大学
留学  F

2001年4月

北京留学中に
商業大赴任の打診があった
次の土曜日にすぐに天津に飛んだ。
初めての天津、
タクシーで「安い宿に」と言うと
連れて行ってくれたのが「中国飯店」
豪気な名前だ。





3月 2日  (金)    0227    0228    0229    0301    0302


今朝はどういうわけか
ずいぶん早めに目が覚めた
もう少し寝ていようかと思ったが、
何かすっと寝付けなかったので4時過ぎに起き出してしまった。
それでテレビの「過去番組再生」から「ためしてガッテン」を見る。
(どのチャンネルも一週間分ぐらい録画されている・・・これは便利だ)
29日放送の「寝相、寝言、夢」・・・・面白かった。
続いて同じく29日放送の「歴史ヒストリア・ヘレンケラー」も見てしまった。

それだけじゃあない。
この間から見ていたDVD「タイヨウのうた」も終わりまで看了
映画版とドラマ版とがあるようだが、これはTBSの金曜ドラマ版である。
「色素性乾皮症(XP)」という奇病にかかっている少女の物語だ。
太陽を浴びると重篤な症状を発症し、
そうでなくても神経萎縮や肢体の変形なども出て20歳を超すのは稀という病気だ。
いろんな病気があるものだな。
この間読んだ「我らが隣人の犯罪」では「突発性味覚減退症」であった。

もひとつ「本当の自分に出会う旅」 鎌田 實著 というのも読んだ。
こっちは現職の医者が書いたものだから、病名豊富である。
「鎌田實とハワイに行こう」とか「鎌田實と温泉に行こう」といった
バリアフリーのツアーのボランティアを買って出た、とか
ドイツでは、チェルノブイリでは、イラクでは、と
何か自己顕示みたいで感じよくなかったのだが
患者や施設や登場するもろもろを褒めちぎる。
こっちの方は読んでいて気持ちがよかったよ。


午後はスポーツクラブに行く予定だったが、
昼過ぎから横になったらそのまま2時間ほども眠ってしまった。
人生、何事も予定通りには行かないものだ。

しょうがない、シャワーを浴びて、
今から、伊勢丹1階で友達と待ち合わせて、一献傾けに行く。
帰ってきたらすぐに寝てしまうだろうし、
明日は北京に日本語の勉強に行く。
「日中言語対照研究と日本語教育研究国際フォーラム」てのだ。
6時過ぎには家を出なければならないので、ブログアップは無理だろうから
ちょっと早いけど・・・・・




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

中学の頃、丁度テレビが出始めた頃ということもあったんだろう、
プロレスが大人気だった。
私の家にはまだテレビがなかったので
学校帰りに電気店の前に立ち止まってプロレスを見入ったものだった。
人気は何と言っても力道山。
大相撲の時なんかは15日間毎日電気店で立ち止まっていた。






3月 1日  (木)    0227    0228    0229    0301    0226


弥生 3月である。川面の氷もほぼ溶け、さざ波が見られるようになっている。
天津も天津なりの春が来た。
「春のうらら」とか「さくらさくら」とか「山に来た里に来た」といった雰囲気ではないが
その気になれば「春風そよ吹く空をみれば」「ようよう白くなりなりゆく春の曙」を
天津でも感じることはできる時季である。

「避暑地の猫」 宮本輝著 読了
なんというか、かなり本格的なストーリーという気はするんだが、
筋立てに引っ張られて、次は? 次は? と引きずり回されるようで
あんまり私の好みではないな。

伊勢丹に買い物に行って
肉豆腐、明太子、野菜サラダ、サーモンの焼き物、イカ納豆
DVDは「タイヨウのうた」をみながらだ。





北京語言文化大学
留学  E

2001年4月


  北京留学中は、ほんといろんなところに行った。

  これは学校の主催で「雑伎」見学に連れて行ってもらった時

  最初の2枚は2001年の王府井である。






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