2月29日  (水)    0227    0228    0229    0223    0226


2月最後の、そしておまけの29日である。
天津に「熱帯植物園」というのがある。ずっと前に一度行ったことがある。
気候もいいし、そこに行こうと思った。

調べてみると
私の家の近くのバス停から
植物園前まで行くのがある。
が、バス停に行くとそのバスは掲示されていない。
けれどもバス停では
掲示の出ていない系統の
バスがどんどん停まるのだ。
要するに、バス案内書も停留所の掲示もええかげんということだ。
ええかげんだから、書いていないだけかも知れないと、そこで20分ほど待ったがやっぱり来ない。
なんか近くまで行きそうなバスに乗ったら、結局30分ほど走って
終点の車庫のようなところに連れて行かれてしまった。
別に「連れて行かれた」というわけではない。
何とかなろうと思って降りなかっただけだが、何ともならなかったということだ。
仕方がないので、また同じバスに乗って戻ってきた。
うん、目的もなく、ぼんやりとバスに乗って街を眺めているのもいいものだ。
天津には二階建てのバスもあるしね。今度 一度やってみよう。

天津大学の構内を散歩のあと
近くの喫茶店で
「我らが隣人の犯罪」
宮部みゆき著 読了
著者のほぼデビュー作だ
そしてこのコーヒーが
10元。安い!

夜 劉さん来宅。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

深江の家は水着に着替えて海まで走っていける距離だった。
狭いけど白い砂浜が続いていて、
泳いだり、釣りをしたりしたものだ。
釣りなんて、背泳ぎしながら糸を流しておくと
テンコチなどが釣れたものだ。
大概は捨ててしまうんだけれど
味噌汁に入れて喰ったら結構旨かった。






2月28日  (火)    0227    0228    0222    0223    0226


「盲人あんま」に行った。2時間半 75元(900円程度)。
日本の料金と比べるとウソみたいに安い。けれども私にはかなりの支出である。
どうしようかな、と迷ったんだけど、エイ!と気合いをかけて行った。
今日のマッサージ師はヒゲの濃い兄ちゃんである。
足底、肩、背中、腰 とえらい力でしつこくやってくれる。イタイ!
それでも、足裏の時は左足をやってもらっている内に顔をゆがめながら熟睡。
起こされた時は、右足も終わっていた。ちゃんとやったんやろうかね。
肩、背中、腰 は寝るどころではなかった。
行ってよかったな。マッサージ師に20元チップをはずんだ。

「ま・く・ら」柳家小三治著 読了。
「まくら」とは落語を始める前にちょっと「え〜、ようこそお運びくださいまして、このごろは・・・・」などと
ちょっとした小話を入れる、あれのことである。
今日の「音声ファイル」にその「小話」を入れておりますので、どうぞお聞きください。
「ハハハ、と笑った一節をご紹介。
例えば、車椅子に乗った、あるいは目の不自由な方が、横断歩道を渡るとする。そのときにあたしが仮に手を引いてあげたとします。
その人は英語で「サンキュー」って言ったとすると、あたしは「ユア・ウェルカム」。
これはもう今までの法則どおりです。
それがこのごろでは、「,マイ・ブレジャー」と、こう言うんですって。
手を引いてあげた。日本語で言えば、「どうもありがとう」「いえ、あたしの楽しみですから」って、こうなるんです。 ・・・・・
「ありがとう」って言われたことに対して、「あたしの楽しみですから」って言い返すと、
むこうの〈ありがとう〉はもちろん生きるんですが、
その〈ありがとう〉って感謝の気持ちを自分は受け入れる必要はないんです。
〈これはあたしの楽しみですから、あたしも楽しましてやらせてもらってんですから、そんなお礼なんて〉っていう・・・・
お分かりになります?あたしの言ってること(笑)、そこが素晴らしいなと思うんです。 ・・・・・
そうすると、ありがとうっていう気持ちがあったかくそこに漂うし、
そこに対して「いやぁ、おれの楽しみだもん」って言われれば、もうそこはただ温かいもので埋め尽くされるではないかというのが、
この「マイ・プレジャー」のすすめなのです(笑)。
ですから、これから皆さんも外国へ行って、「サンキュー」と言われたら、
ためらうことなく、何でもいいですから、「マイ・ブレジャー」。と思っていたんです。
・・・・・
ホテルですから、洋書もちょっと扱ってる。だから、外人の客がいるあたしは、日本の本を一冊持って、カウンターで待ってました。
前の人−−−外人のおばさんが、おカネ払うのに苦労している。 店の人とやリ取りしてます。
絵はがきを二枚買う。 言葉が通じなくて苦労してる・・・ ・・・・・
で、そのおばさん。・・・・・・
本屋さんからおつりもらってやり取りが済んだことで、ホッとして、絵はがき置いて行っちゃったんですよ。
だから、おばさんの足を止めようと思ったんごすけど、こういうとっさに何て言っていいか、情けないけど出てこない。
それで、直訳だったんですね、そのオールドレディーに対して・・・・
絵はがき持って「ハイ、ハイ」って言おうとしたんです、だから、 「イエス、イエス」っつっちやった(笑)。
日本で英語習ってもしようがないってのはこういうことを言ってるんです(笑)。
そしたらその人がね、もちろん「サンキユー」て言いますよ。
ここだなって思うから、使ったんですよ、そしたら「ユア・ピース」なんか言ってんだ(爆笑)。
あたしは「マイ・プレジャー」と言おうとした(笑)。 どうしてそれがく〈あなたの平和〉になっちやうんです?(笑)
つまりね、「イエス、イエス」って言ったことでもってカーッとしちやったこともあります(笑)。
それから、ここが使いどころだなって思った喜びもありました。
それで、とっさに〈P〉が付くなって思ったんですよ (笑)。
そしたら、口をついて出た言葉が、「ユア・ピース」って言っちやった(笑)。

昨日買った本2冊、家に帰って読もうとしたら、前に買っていた本だった。ばかばかしい。

夕方 馬さん来宅。





北京語言文化大学
留学  D

2001年4月


   2001年5月の天安門広場





2月27日  (月)    0227    0221    0222    0223    0226


朝からインターネット不通である。
パソコン、テレビ、iPhone すべて稼働しない。
前は電源が抜けてたんだった。今度は電源はちゃんと入っている。

3日と4日は北京第二外国語学院で行われる「日本語教育研究国際フーラム」に行く予定。
9時開会なので7時ぐらいの列車に乗らなければいけない。
天津駅まで行って並んでいては、ちょっとやっかいかも知れん。
家の近くの「切符前売り屋」に買いに行った。
1枚につき手数料5元、えらい簡単に買えた。

その時、我が家の団地の一角に新しいコーヒー屋が出来ているのに気がついた。
一旦、家に帰ってから行ってみた。もうひとつだなぁ。

ついでに、其の隣の本屋ものぞいて本を2冊買って帰る。


夢を二つ見た。
夢をことは多いのだが、起きてからも覚えていることは希有である。
今日はどういうわけか比較的鮮明に覚えているのでそれを書きたい。

 @ 芥川賞を受賞した。私が、ではない。父がである。
   私はまだ学校に勤めていた。その授業中に電話がかかってきて知らせを受けた。
   「へぇ〜、そうなの」って対応して授業を続けた。
   たしかに「芥川賞」だった。なぜ、父なのか全く不可解。

 A 夏祭りである。御輿が出る。
   明日、私はその写真を撮しに行く。
   知り合いのおじさんからX−22番が私の息子だから
   ぜひ撮してきてくれ、と頼まれた。
   撮すけど、私のカメラは携帯だから友達にも頼んでみよう、とか言っている。
   明くる日、そろいの法被じゃなくて、そろいの祭りのトレーナーを前に
   去年のトレーナーにするか今年のにするか迷っている。
   まだ誰も着ていないけれども、今年のにしようと決めた時
   時計は午前10時だ! いけない御輿はもう出てしまっている。
   あわててカメラを(どういうわけか一眼レフになっている)を鞄に詰めて家を飛び出した。
   河があって、阪急の線路が見えた。

というのである。自分でも何だかよくわからない。

   今日の「日本語」のコーナーのクイズは難しいよ。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

大学を出て一年目は淡路島の洲本の私立学校に勤めた。
夏休みには徒歩で淡路島を一周した。
洲本のあたりは一応都会だけれども、
反対側、沼島の方に行くと道もないところが多く、
ほとんど陸の(いや島の中の)孤島であった。






2月26日  (日)    0220    0221    0222    0223    0226


徒歩でスポーツクラブに行った。
1時間、1万歩である。
初めの2枚は途中の公園である。

日曜日のせいか、
スポーツクラブも若干の人出
子供連れもいて、少々にぎわいでいる。

スポーツクラブの帰りも別の公園を歩いてみた。
上段右端の池などはまだ氷でその上で子供たちが遊んでいたが 、日差しはおだやかで
バスケに興じる若者、家族連れの卓球、親子でのローラースケート


お年寄りたちもそれぞれにたのしんでいる。



DVD「孤高のメス」看了
現職医師原作の感動ヒューマンドラマというが
なんとなく各設定が作り物っぽい感じ。

「天皇はどこから来たか」長部日出雄著 読了
もともとが雑誌に「歴史空想旅行」として連載していたもの
空想旅行に付き合ったという読後感である。





北京語言文化大学
留学  C

2001年4月


北京では毎日のように街に出た。
これは「茶館」である。

お茶を注文すると
いろんな出し物が見られる。





2月25日  (土)    0220    0221    0222    0223    0224


なかなか素晴らしい夜明けである。
朝だ、朝だよ、朝日が昇る、空に真っ赤な日が昇る
朝はどこから来るかしら? それは希望の家庭から
見よ、東海の空明けて 旭日高く輝けば
もっとも、目が覚めてベッドからパチリではちょっと申し訳ないが。

朝 早々にチャイムが鳴って新聞「毎日新報」の更新。
2013年2月末までで165元

 今日の新聞では「南京事件は無かったのでは」
 という名古屋市長の発言
 騒ぐな、騒ぐな、
 日中国交正常化40周年に水さすな、
 という論調だな。
 今は政府は日本ともめたくないらしい。

飲料水の注文。午前中は在宅しなければならない。

 「幻色江戸ごよみ」 宮部みゆき著 読了
 まあ、例によって幽霊が出たり、超能力が出たり
 それゆえに、しちめんどう臭く詮索することがなく、
 ふんわりとした気持ちで読めるのがよい。
 例えば「紅の玉」のように、
 人間の条理の中にとどまっているやつは
 ストーリーは面白くてもなんとなく
 落ち着きがよくない。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

旅行で中国に来ていた頃である。
夕方超満員のバスに乗っているとお知りのたりがごそごそする。スリだ。
はっきりわかっているんだけれども身動きできないぐらいの満員でもあり、
またスラれ初心者の私は何もできなくてみすみす金をすられてしまった。
  (お尻のポケットに入っていたのは若干の現金だけだったのでそれほどの被害感はなかった。)






2月24日  (金)    0220    0221    0222    0223    0224


 朝は、フランスパン、コーンスープ、ハムエッグである。
 昼は、「深夜食堂」の影響で
 「ソース焼きそば 目玉焼き乗せ」にした。
 玉子がなかったので近くのスーパーに買いに行くと
 えらいたくさんあったので、ついでに
 これも深夜食堂の影響で卵焼き(だし巻き)を作った。。

「星々の悲しみ」 宮本輝著 読了
 短編集で表題作の他
  「西瓜トラック」
  「北病棟」
  「火」
  「小旗」
  「蝶」
  「不良馬場」

「本の紹介」を作るに当たって、『「縮み」志向の日本人』をもう一度読み直した。
これは韓国人の作であるが、なかなか面白い切り口で日本文化を説明している。
引用が長くなって、3回に分けて紹介することにする。





北京語言文化大学
留学  B

2001年4月


同じクラスの仲間たち。

下段は日本人の仲間が発表している。

後ろの3枚は試験の様子である。





2月23日  (木)    0220    0221    0222    0223    0210


中国では今日は「龍擡頭」。龍が眠りから覚めて頭をもたげる日だそうだ。
また、一段と花火・爆竹が鳴っている。
こりゃ、もう少し寝ていたいと思っている龍も仕方なく起きるわな。
河の水はまだ凍っているけれども、うっすらと溶け始めている。
そろそろ、春の気配でもと思って「水上公園」に出かけた。


風はずいぶん暖かくなっているんだけれども
木々も芝生も全くの冬である。人はほとんどいない。
肌は春近し、を感じているけれど視覚は完全な冬である。
あきれるほど閑散・ひろびろとした水上公園であった。
そうそうに、神戸園を経て
近くのスーパーで買い物をして
帰った。


「老子・荘子」 角川ソフィア文庫 野村茂夫著 読了
「老子」はまずまずだったけれども、「荘子」は全然面白くなかった。
以下、老子のことば。

  ・富貴而驕、自遺其咎。 功成身退、天之道・・・・・ 9章
  ・五色令人目盲、五音令人耳聾・・・・・12章
  ・大道廃有仁義、慧知出有大偽、六親不和有孝慈、国家昏乱有忠臣・・・・・18章
  ・為無為、事無事、味無味、大小、多少、報怨以徳・・・・・63章
  ・信言不美、美言不信、善者不弁、弁者不善・・・・・81章

というようなところかな。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

終戦直後の味噌汁などをすくうお玉は
ホタテ貝の貝殻に割り箸のような棒をつけたものだった。
オール木製の物もあったが多分ホタテの方が安かったのではなかろうか。
アルマイト(アルミニウムとどう違うのか知らない)製のもあったが、
こちらはかなり高級品だったように思う。
今だったらどれが一番高いんだろうね。






2月22日  (水)    0220    0221    0222    0216    0210


ずいぶん暖かくなってきた。旧暦でも、もう2月1日。
日本では今年の梅は開花が遅れているそうだが、
ぽつりぽつり春を告げる花をつけているのではないかな。
天津ではなかな春を告げる梅は見かけない。
曇りというわけでもないんだが、天気はぼんやりとしている。
結構結構、春はおぼろである、かすみである、うららである。
♪春風そよ吹く、空を見れば 夕月かかりて かすみ深し・・・」
残念ながら今日は新月、風はそよ風ではない、かなりの強風である。
ひょっとしたらかすみとと思ったのは砂塵だったのかも・・・

一日がかりでDVD「深夜食堂」を見た。
こういう食べ物のDVDは大好きである。
ことに、卵焼き、肉じゃが、クリームシチューといった
家庭料理をつくっている様子と
ワンポイントアドバイスが毎編ついているのも楽しい。
どんな雰囲気か、それは文ではなく 音声 で聞いてもらおう。
そして、これから数回 トップの写真の動画をつけてみた。





北京語言文化大学
留学  A

2001年4月

北京語言文化大学はさすが首都でも有数の大学だけあって
その諸施設はなかなかのものである。
ただ、寮にはいるのにずいぶん手間取って
職員寮に入れられかけた。
なんやかんやしてやっと入れたのがこの部屋である。
ひょっとしたら「なんやかや」やっているうちに誰かを
追い出して掃除をしたのかもしれない。





2月21日  (火)    0220    0221    0215    0216    0210


神戸で貰ってきた焼酎がえらい旨くて、昨夜はちょっと飲み過ぎてしまった。
今朝は若干二日酔い気味である。
でも、頑張って天津日本人会に行き、本を10冊借りてきた。
さっそく「徳川四百年の内緒話」 読了。
著者は田安徳川家第十一代当主 徳川宗英である。 なかなか面白い話が多かったのだが、そのうち十五代将軍徳川慶喜と大奥の関係。

慶喜は将軍になると、大奥の多すぎる女たちを減らして、少しすっきりさせたほうがいいなどといだしていたので、
大奥の女中たちはリストラされるのではと戦々兢々としていたのである。
加えて、慶喜が豚肉を好んで食べるということが知れ渡っていて、
「豚を食う一橋」というので「豚一」などというあだ名まで囁かれていた。
また、十四代将軍家茂が大坂城で死んだため、大奥では慶喜が殺したのではないかとさえ噂した。
十三代将軍家定の生母である本寿院は、
「慶喜様が将軍になるようなことがあれば、わらわは自害して果てます」とまで言い切ったという。
これでは、大奥でもてるわけがないだろう。
すったもんだの果てに、大坂からもどって江戸城に入ったとき、慶喜の寝具がなかった。
そこで最初の夜は、毛布二枚だけで寝た。
翌日、大奥に夜具をかしてくれとかけあったが、「さしつかえがあるのでご用立てできません」
と断られている、あきらかに大奥の嫌がらせである。仕方なく、慶喜は一橋屋敷から寝具をとりよせたほどだった。

もうひとつ、慶喜の趣味(特に将軍をやめてからの)について。

徳川慶喜はもともと好奇心が強く、何にでも興味を持ち、自分でもやってみたくなるという性格だった。
・・・聡明であり、器用なところもある。くわえて負けず嫌いだからとことんまで熱中し、どの趣味もプロといえるくらいの領域まていった。
数ある趣味の中で、もっとも熱中したものは写真だったかもしれない。これは撮影から現像、焼き付けまでこなし、立体写真や着色写真にも手を染めた。・・・
写真コンクールにも作品を応募し、入選した実績もある。
このほか、めぼしいところをあげていくと……。
乗馬は、幼いころから好きだっただけに、幕末の京都では見事な馬術に多くの人が驚嘆した。
投網にも凝ったことがある。はじめての投網に失敗して、川に落ちて以来、庭で特訓に励み、ついには漁師も驚く見事な腕前になった。
油絵も手がけた。まだ材料もろくにそろわないころ、独学で見事な作品を完成させている。・・・
囲碁は、中川亀三郎というプロに個人教授してもらっていた。
相当強かったという大隅重信が、慶喜と対戦したことがあったが、強さ、気品、大局観に驚愕したという。
弓も好きで、毎日、矢場に出ては、百本ほどの矢を射るのが習慣になっていた。
和歌は生涯に五千首ほどを詠んだ。
外国語にも取り組んだ。幕府の軍事顧問団がフランスだったこともあり、フランス語の勉強までしていた。
このほかには・・・・・。
サイクリング。狩猟。釣り。車。刺繍。工芸。陶芸。打毬。放鷹。将棋。能。書。俳句。日本画。鶴の飼育。楊弓。小鼓。

なんぼ、金と暇があったとしても、これだけのことをやるのはなかなかのものだよね。

昼は恵比寿カレーというところで
一番辛いカレー(辛さ8倍)を喰った。
注文すると店員に「大丈夫ですか」
と聞かれたが、あまり辛くはなかった。
もつとも、汗はたらたら出た。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

このごろは「たばこ」のコマーシャルはとんとお目にかからないどころか、
この商品は健康に害があるなんて表示しながら売っている。
私の若い頃には、「たばこは動くアクセサリー」とか
「今日も元気だ、たばこがうまい」など気の利いたコマーシャルがてれびでもながれていた。
たばこを吸わなくなってからの私は「今日も元気だ、小便が白い」と言い換えていた。
今は「今日も元気だ、うんこが多い」と毎朝言っている。






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