11月20日  (日)    1114    1115    1116    1117   1118


太極拳 第10回目。
24式も42式も通しでやる時は一応音楽に沿ってやるんだが、
だ〜れも音楽に合わせようとしていない。
最初の出だしはまあまあ同じ動きをしているのだが、
しばらくするとみんなそれぞれ勝手な動きになってくる。
途中クスッと笑い声が出たり、おっとっと(中国語訳省略)といったり、結構なごやかなものだよ。

今週の金曜日には「太極拳(剣)の学習成果発表会」がある。もちろん、私たちの班は関係ない。

来週に来年度のカリキュラムが発表されて再来週に金をはらって申し込みをするとのことだ。
まあ、カリキュラムを見ての話だが、もう一度「篆刻」と「太極拳」を履修するつもり。
もし、評価ちゅうもんがあれば明らかに「落第・再履修」の評定だし、
なにしろ説明が判っていないのだから、
人が1年でやるところを3年ぐらいかけてやって丁度とんとんだろう。

「片眼の猿」 道尾秀介著 読了
「だまされた! と叫ぶ快感」
「どうぞ、目一杯期待して読んで下さい。そして驚いて下さい。」
というコピーに期待して最後までほとんど一気に読んだんだが
別に「だまされた」と驚くところなにもなし。
女だと思っていたのが男だった、とか、味方だと思っていたのが敵だったとか
あるけれども、そういう伏線が引かれていて、
あとで、ああそうだったのか。
「だまされた!」と言うんじゃあなくて
ただの設定変更、眉につばを付けようが
トンボの眼鏡をかけようが見えるものではない。
「だまされた」と叫ぶ対象は著者じゃあなくて編集者のコピーだよ!





雲南大学への
語学短期留学 C

2001.2.26.〜4.3.

 日本語教師として
 中国に行くことが
 決まって一ヶ月の
 雲南大留学をした


  雲南大学には食堂ってあつたっけな?
  私は毎日朝・昼・晩と街に出て喰っていた。
  これで見ると、そのころすでに雲南の町に「回転寿司」があったことがわかる。






11月19日  (土)    1114    1115    1116    1117   1118

朝からスッキリといい天気である。
昼前になってぶらぶらと歩いて天津日本語教師会の会場に向かう。
気の向くままに歩いていたら道を間違えて
かなり遠回りをしたが、それはそれで楽しかったのである。
会場近くの露店でDVD(TVドラマ)8タイトルとスプーン一つを買う。

教師会の方は申し込みの時点では今回は出席者は少なそうだという予想だったが
それでも25名ほどの参加で、かなり盛り上がった話し合いが出来たと思う。

その中でちょっと面白かったのが、人名の読み方である。
出席者に「ちんさん」という人がいた。名前の文字の説明で「沈」と説明すると
ある日本人がそれは「ちん」ではない、正しくは「しん」というのだ、と訂正をした。
家に帰って辞書を引いてみると(ちん、しん、じん)の読み方があり、
中国の有名人の人名ではなるほど「しん」が多いみたいだった。
けど、日本語の熟語としては圧倒的に「ちん」であり、
「沈○」を「しん○○」と読ませる例はほとんどない。
普通に自己紹介しても「しん」ですと言って「沈」さんと思う人はいないんじゃあないかな。
もっと面白かったのは「あなたは自分の名前を間違っている」と言われて困惑しているご本人の様子だった。
「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳(?)を思い出した。

あと食事会をしてこっちも楽しく盛り上がって散会。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

以前のカレーライスは必ずソース(ウスターソース)をかけて喰ったものだ。
中学以後になってよその家でカレーをご馳走になった時、
当然のようにまずソースをかけてたしなめられたことがある。
そのころからカレーにソースをかけなくなったな。
以前のカレーは味が薄かったんだろうか。
でもあのソースカレー旨かったな。














11月18日  (金)    1114    1115    1116    1117   1118

今日も雨。明け方はかなりまとまった雨。
昼過ぎまで傘をさそうかさすまいか
という程度の雨が降り続いていた。
天津にしては珍しい秋雨前線の停滞である。

早朝(と言っても8時前だが)かなりの雨の中を
傘をさして「篆刻」に行く。
今日はずっと説明続きで眠たかった。

いったん帰宅してカレーを食べ
今度はそぼふる雨の中、傘はささずに「盲人按摩」
今日は年配の本物の全盲(違った、全視覚障害者)の人だったが
あまり上手ではなかった。

そのあと銀行へ。
厚生年金が1ヶ月遅れで米ドルで振り込まれていたので
それを日本円に換金して受け取るだけで1時間余
新人銀行員の練習台になったようなものだ。

次いで、明日の日本語教師会の発表資料のコピーに。
これも3回目だ。時期が変われば内容もちょっとずつかわるので
前のをそのまま使うというわけにはいきにくい。

帰宅すると、ほどなくお誘いがあって、またGabng★Gangで食事会で痛飲。
そのまま我が家に戻ってきて二次会。

ということで、今日の「旅の思い出」はおやすみ。という一日でした。






11月17日  (木)    1114    1115    1116    1117   1111

夜来風雨の声。またる街路にはポプラの落ち葉が散り敷いたことだろう。
一日中、やみそうでやまない小雨が降り続いた。
と言っても、傘をさす人に混じって、傘を手に持って歩く人もいる程度の雨である。

一日、家にいて昼頃から今日はウィスキーをちびちびやりながら
DVD「苦い蜜」をみる。
これはおもしろかった。舞台はあるバーの一個所だけ。登場人物の入れ替わりも全くなし。
ストーリーの進行も、セリフの口調も、演技の身振りも新劇そのままである。
まるでオリエンタル劇場とか県民劇場とかにいるみたいな雰囲気。
気がつけばウィスキーは三分の一がなくなっていた。


それとは別にこの間から読んでいた「星宿海への道」宮本輝 読了。
なにしろ、舞台がウィグル、タクラマカン砂漠、カシュガル、ウルムチ、
そして、大阪、西宮、尼崎とくる。関西弁の魅力だけじゃあなくて、こりゃあやめられんわな。
下の写真はわたしがカシュガル等に行ったときのもの。本文とは関係ありません。

私は去年の秋、中国・新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠の西端をそうやって五百歩はどツきました。
それから約五十キロ南のカシュガル郊外の小さな村で、
兄を見た最後の入物であるウイグル族の長老と逢ったのです。
丸い帽子を頭に載せた長老は、村の真ん中の回教寺院からカラコルム渓谷ヘと延びる道を指差し、
お前のお兄さんは、わしの孫の自転車に乗ってこの道の向こうへ消えて行ったのだと言いました。 P4
・・・・・・・
私はカシュガルで二泊し、翌々日、飛行機でウルムチヘ行き、
そこからまた別の飛行機に乗り継いで北京へ飛び、北京で一泊したあと、日本へ帰ったのです。
帰国してすぐに、私は兄が勤めていた尼崎市の《タツタ玩具》を訪ね、
カシュガル郊外の村まで兄と一緒に旅をした江藤範夫さんと、社長の竜田健介さんに逢いました。 P6
・・・・・・・
職人街というのはカシュガルの中心部にあって、まさしくその名のとおり、
ありとあらゆる職人が集まっているところで、およそ生活に必要なすべての品物を作って売っている。
鍋、釜、バケツ、力−テン、瓦、水道の蛇口、水道管、電灯の笠、ネオン管、電気器具用ソケット、
家具、額縁、絨毯、窓枠、板ガラス、靴、サンダル、鞄・・・等々。
列記すればきりがないほどの品種と、それらを作ったり、加工したりする職人やその徒弟たちが、
職人街にひしめき合って、早朝から深夜まで賑わいつづけている。
そこに作物を積んだロバ車やリヤカーやトラックが火事場騒ぎのように行き来していて、
初めて足を踏み入れた者は、店先の道にまで並べられた商品と、行き来するロバ車などに
ぶつからずに歩くことなどできそうもない混乱ぶりにどぎもを抜かれる。 P212


夕方になって、明日が「篆刻」の日だということを思い出した。
もう、ウィスキーも飲んでしまったし
今から「刻印」というのも無理なので
この間の「老子 道徳教」から何節かを篆書。

第 1章 「無名天地之始 有名萬物之母」
第44章 「知足不辱」
第54章 「以身観身」
第81章 「信言不美」 の4句である。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

終戦直後のことである。
板で箱を作り、内側の回りに銅板をはる。それに電気を通すのだ。
手製のパン焼き器である。危ない話だ。
パンと言っても当時小麦粉(メリケン粉)は無かったので
トウモロコシの粉(ナンバ粉と言った)を練っていれる。
バサバサとしていて片方を持つと崩れてしまうようなものだけれど、
結構ふっくらとパンらしいものが焼けた。






11月16日  (水)    1114    1115    1116    1110   1111

  きのう、思い切り昼寝をし、夜も早めに寝たせいで
  午前3時すぎに目が覚めてしまった。
  起き出すにはちょっと早すぎるとは思ったけれど
  もう寝る気がなくなって起き出した。
  しばらくパソコンをいじったり、
  本を読んだりしていたけれど、それにも疲れて、
  昨夜の残りと、ソーセージ・ハム・ビールで
  DVD「海の上の君はいつも笑顔」を看る。
  とは言ってもいつもの通り途中でうとうと
  結末はわからないまま、なんとか寝床にもぐりこんだ。

昼前に起き出し、ちょっと買い物の都合もあって「Gan★Gan」というレストラン兼小スーパーで昼食。
喰ったのは「酢豚黒酢あんかけ定食」ちょっと油濃い感じもしたが、まずまずおいしかった。
そのあとコーヒーを注文して、ここでも1時間ぐらい本を読んだ。
  
午後は、改装工事のため休館していたスポーツクラブが今日から再開しているというので出かける。
浴室を改装と聞いていたので故障中のサウナが復活するのかと楽しみにしていたが、
残念! どころか、いくつか壊れていたシャワーも直ってはいない。
ただロッカーだけが見た目格好良くなっていたが、前と比べてちょっと小さくなって使いにくい。

今日一日で道を聞かれたり、話しかけられたり・・・・
午前、バスを待っているとおじさんが633のバスがきたら教えてくれ、よく見えないんだ。
午前、道を歩いていると若いおばさん、○○はこの先ですか。
スポーツクラブでシャワー中、おじさん、何を言っているのか判らないがしきりに話しかけてくる。
スポーツクラブ、更衣室、別のおじさん もう泳ぎは終わったのか。
帰りのバスを待っている時、お兄ちゃん、この道は○○通りか。
どの場合も回りにいっぱい中国人がいるのに、どうしてわしなんじゃ?
それからタクシーを待っていたら電話、これは商売なんだけど一方的に中国語でまくしたててくる。





雲南大学への
語学短期留学 B

2001.2.26.〜4.3.

 日本語教師として
 中国に行くことが
 決まって一ヶ月の
 雲南大留学をした


   雲南大学にいたのは一ヶ月余であったが、毎日夕食をとる店は決まっており
   店員と客という以上の付き合いがあった。
   ラーメンを注文しても特別サービスで鳥の足がそのままの形で2〜3本入ってくるのには往生した。





11月15日  (火)    1114    1115    1109    1110   1111

どうも二日酔いの気分である。昨日の白酒が残っている。
でも、約束だから午前の教室参観には行かねばならん。
何も喰う気にもならず、服を着て出かけた。
エレベーターに乗ろうとした時、電話がかかってきて午前の授業はなくなったので、
参観は午後にしてほしい、とのこと。
頭もスッキリはしていないし(そんなこと言やぁいつものことだけど)丁度よかった。
で、昼前、こんどはどこかでちょっと何かを喰ってから行こうと思って
例の Spot Coffe でサンドイッチとコーヒーを注文し、喰いながら本を読んでいたら
又、電話。午後も都合が悪くなったとのこと。
なんだ! という気持ちよりも よかったという気持ちが先に立った。
天津大学の構内を通って家に帰り、ゆっくりと昼風呂に入って缶ビール一缶をのんで昼寝。
夕方の6時ごろ、普通の人に戻って目覚めた。





・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

子供の頃は上段に氷を入れてそれで中野ものを冷やす冷蔵庫だった。
箱も扉も木製でずいぶん威厳があった。
氷は4貫目。
人力車に大きな氷を積んで運んで来て、家の前で目の粗い大きな鋸で切り取ってくれる。
氷が無くなると買いに行かされた。2貫目、
藁縄で縛ってぶら下げて帰った。重たかった。






11月14日  (月)    1114    1112    1109    1110   1111


昼、ラーメンでも喰おうと思って時代奥城にむかった。
バスに乗ったんだが、そのバスがとんでもない方向に行ってしまって
どこにいるのか判らないというところで下車、
ま、いいか、と闇雲に歩いていると自然博物館、迎賓館などに出た。
さらに交通事故の現場にも出くわしたり、・・・・結局タクシーにに乗って時代奥城へ

時代奥城の中をぐるぐるまわって、「大勝軒」というラーメン屋でラーメンを食べ
そのあと、隣のコーヒー屋でアメリカンコーヒーを飲みながら1時間半ほど本を読む。

夜はさる日本語学校の経営者と白酒。
明日の午前、その教室を見学することになった。

「火車(かしゃ)」 宮部みゆき著 双葉社 読了。
火車【かしゃ】 火がもえている車。生前に悪事をした亡者をのせて地獄へ運ぶという。ひのくるま。

宮部みゆきの場合、多くのストーリーは奇想天外に近いのだが、例えば

 「しかし、たいへんですねえ」
 ボケットをあちこち探り、やっと取り出した煙草に火をつけながら、男は言った。
 本間が名刺を差し出すと、くわえ煙草をして、
 また大騒ぎしてポケットを叩き、だが今度は見つからなかったらしく、
 「あたしの名刺は切れてるみたいだ。紺野といいます」ととって、ひょいと頭をさげた。

の緑字のような表現が楽しくて読み続けている。
これが「ポケットから煙草を取り出し・・・・」だったら読まないだろうな。

例によってストーリーとはあまり関係のない部分ら一節 (p254)

 「いつか、亭主が言ってたことがあった。
 うまいこと言うなあと思ったわ。
 あのね、蛇が脱皮するの、どうしてだか知ってます?」
 「脱皮っていうのは・・・」
 「皮を脱いでいくでしょ?
 あれ、命懸けなんですってね。
 すごいエネルギーが要るんでしょう。
 それでも、そんなことやってる。
 どうしてだかわかります?」
 本間より先に、保が答えた。
 「成長するためじやないですか」
 富美恵は笑った。
 「いいえ、一所懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、
 いつかは足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。
 今度こそ、今度こそってね」
 べつにいいじやないのね、足なんか生えてこなくても。
 蛇なんだからさ。立派に蛇なんだから。
 富美恵は呟いた。
 「だけど、蛇は思ってるの。
 足があるほうがいい。
 足があるほうが幸せだって。
 そこまでが、あたしの亭主のご高説。
 で、そこから先はあたしの説なんだけど、
 この世の中には、足は欲しいけど、
 脱皮に疲れてしまったり、怠け者だったり、脱皮の仕方を知らない蛇は、いっぱいいるわけよ。
 そういう蛇に、足があるように映る鏡を売りつける賢い蛇もいるというわけ。
 そして、借金してもその鏡がほしいと思う蛇もいるんですよ」






雲南大学への
語学短期留学 A

2001.2.26.〜4.3.

 日本語教師として
 中国に行くことが
 決まって一ヶ月の
 雲南大留学をした


  雲南大学中国語科初級のクラスメートたちである。
  私は全く授業にはついていけなかったんだけれども
  飲み会で久下さんは中国語がよく出来てうらやましい
  と言われて心底びっくりした。
  要するに人のことはわからないものなんだ。






11月13日  (日)    1107    1112    1109    1110   1111
日付前の季節の写真は神戸の友人 安嶋氏の撮影によるものです。11月13日、日本で一番長いという天神橋商店街。・・・・・・・・・・


バスを途中下車してケンタッキーで昼食(15元)をしてから
 
太極拳に行く。いつもは30分前には着いているのだが
今日は15分前くらいになった。でもまだ誰も来ていない。
どころか定刻になっても先生はやってこない。
十数名しかいない学生はそれぞれ勝手に練習を始めている。
そのあたりは悠々たるものである。
15分ほど遅れて先生到着、別に悪びれた様子はないし
学生の方も、ああ、よかったという態度でもない。

「話のネタ」 毎日新聞社 PHP文庫 読了
本書は、歴史、宇宙、スポーツ、ギャンブノレ、動物、食べもの、暦など、
あらゆるジャンルから、学校で教えてくれない占今東西のおもしろ知識を紹介。
他の本では決して読めない、雑学の醍醐味を昧わえる一冊。
ということで12章から各3項ずつを紹介

@ 知って驚き、こんなエピソード
   ・赤ちゃんの「オギャー」を英語では?   ・1ドルはなぜ360円だったのか   ・ズボンの折り返しはなぜあるのか

A ものの始まり、おもしろ起源
   ・CMソングの第一号とは?   ・一週間はどこから始まった?   ・ボーナスを初めて出した会社はどこ?

B 不思議な宇宙&自然の科学
   ・どこからどこまでが宇宙なのか   ・「一時晴」の「一時」とはどれくらい?   ・人間の体はどんな元素で出来ているか

C 動物たちの謎解き雑学
   ・サルの尻が赤いわけ   ・オウムはなぜ物真似をするのか   ・金魚も風邪をひくことがある?

D ホントにホント、植物の奇妙な生態
   ・仲間を毒殺する植物がある   ・ササとタケはどう違うのか   ・レンコンにはなぜ穴があいているのか

E やっぱり日本史はおもしろい
   ・「元寇」の勝利の真相とは?   ・八丈島へり流人第一号の生活とは?   ・日本ポルノ史の名作とは?

F 興味しんしん、世界史の意外な事実
   ・スフィングスの最大の謎とは?   ・アフリカにあった古代日本?   ・結婚式で完全ヌードになった王女

G 暦や習慣のびっくり常識
   ・雛祭りはいつごろからあるのか   ・平安時代にもあった「日曜日」   ・嫌われる贈り物はなにか

H 知るほど楽しい、交通・乗り物百科
   ・明治にあった婦人専用車   ・風呂つきの列車は存在したか   ・信号の色はなぜ世界共通なのか

I スポーツ&ギャンブルの笑える話
   ・プロ野球契約選手第一号の年俸は?   ・試合で相手を死なせたら罪になるのか   ・日本初のギャンブルとは?

J 心と体、未知なるものの神秘
   ・人間にはなぜ交尾期がないのか   ・ヘソは汗をかくのだろうか   ・食欲を増進させるのはどんな色?

K はなしで満腹、食べ物の話
   ・うどんとそうめん、どっちが古い?   ・しらたきと糸こんにゃくはどう違うのか   ・WhiskeyとWhiskeyの違い

さっそく明日UPの「日本語」のコーナーのクイズに使わせてもらいました。

A 「擬音語・擬態語」です。英語で「クックドゥードゥー Cock-dodle」を日本語で言えば「コケコッコー」となります。
   では次の英語を日本語で言うと何というでしょう。

ということで16個の擬音語・擬態語の英語 → 日本語の問題を載せています。
興味がありましたらどうぞ、明日の「日本語」のコーナーまで。
 




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

小学校の頃、勉強をしたという記憶はほとんどない。
そう言えば中学校でもそうだな。
自分の勉強机もあって勉強したには違いないと思うんだが、
その姿を思い出すことができない。
ただ、大学入試の前、一ヶ月ほどは
学校にも行かずに朝から晩まで「生物」の勉強をしたのを覚えている。






11月12日  (土)    1107    1112    1109    1110   1111
日付前の季節の写真は神戸の友人 安嶋氏の撮影によるものです。11月12日、有馬の紅葉です。・・・・・・・・・・


冷蔵庫2つ(勿論冷凍庫も2つ)の掃除をした。
奥に張り付いている氷を外すだけでもなかなか大変。
さらに野菜等の残りを漬け物にしたり、ゆでたり、
サラダにしたり、こっちもなかなか時間がかかる。
二つの瓶になっているケチャップを一つにまとめたり・・・
ま、今夜の食い物は残り野菜ということになりそうだ。
昨日は外食の焼き鳥だつたから、ま、しかたがないか。



DVD「Flowers」看了
時代があっちに飛んだり、こっちに飛んだり、女優の顔も区別が付かなくて
なかなかストーリーについて行きにくいところがあったが、まずまずいい映画だった。






雲南大学への
語学短期留学 @

2001.2.26.〜4.3.


日本語教師として
中国に行くことが
決まったので急遽 中国語学習のため
一番好きな雲南に
留学することにした。


    2000年12月の伊勢参りのあと、すぐに2001年1月にはまたネパールに行っているが以前にまとめてUPしたので省略する。

  まずは雲南大学の建物・施設のご紹介から。なかなか立派な寮である。
  ここは部屋が3つあったかな。庭で太極拳なんかもやっていた。





1月11日  (金)    1107    1108    1109    1110   1111
日付前の季節の写真は神戸の友人 安嶋氏の撮影によるものです。11月10日の六甲山の紅葉です。・・・・・・・・・・


2011.11.11日である。1が6個も並ぶ日。目出度いのかどうかはわからない。
中国では11月11日は独身者の日
韓国ではポッキーの日だそうだ。
日本では東日本大震災8ヶ月目の日だ。
久しぶりに朝早く起きて「篆刻」に行く。
別に何をするわけでもない。
ぼんやりと座って、ぼんやりとしている。
ふわぁ〜んと「思い出の記」のネタが浮かんできて、
メモしたりしている。
それにも退屈するとぶらぶら歩いて
先生が篆刻を彫っているのを眺めたりしている。

夜は「鳥内会」という焼き鳥屋に行く。
客は全員日本人という店で
日本の居酒屋と全く同じ雰囲気。
上司の悪口よりは同じ境遇の
出張の日本人を見つけ
中国人の生活をあげつらうのが肴のようである。
なんか歌を歌いたくなって退散した。

街路樹の紅葉が思いっきり散る
さすが中国だ。ハンパな散り方ではない。
ただその散りゆく場所が路上駐車の上であったり
どぶ川と化した衛津河の川面であったりするので
流れもあへぬ紅葉となっているけれども
もし竜田の川などに散れば紅葉の錦と言われように。
たったひとつ遅れて咲いた花(多分「月季」)が美しい。
遅れて自分をあらわしてくるという控えめの美しさだ。

DVD「女子大生会計士事件簿」看了
ああ、こういう犯罪もあるんか、という程度で何もない。
・・・・何もない、というのも悪いことではない。

「名著にある美しい日本語」鵜川昇 PHP研究所 読了
天津日本人会で借りてきた本である。

舂(うすづ)き、揣摩(しま)、蠢爾(瞬時)、
闌(た)けて、蹌踉(そうろう)などという難しい漢字が
いまも生きているんだなぁ、とびっくり。
約60個ほどを用例・出典とともに記録した。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

私が小学生の頃、家族旅行で「椿温泉」に行ったことがある。
覚えているのは母と手をつないで温泉街らしいところをブラブラと歩いたこと、
トイレが水洗便所だったことぐらいである。
子供が小学生の頃、家族旅行で「指宿温泉」に行ったことがある。
屋上に露天風呂があって人が誰もいないのを幸いに
家族みんなで(混浴で)騒いだこと以外は覚えていない。






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