6月30日  (木)

6月もきょうで最後、「みそか」である。もっともこのごろは31日でも「みそか」と言うが・・・

長野で震度5の自身があった。どうも気味が悪いな。
天津も今日はいい天気だな、と思っていたら
突然暗くなって土砂降りの大雨
30分程の間で幹線道路が幹線河川になってしまった。
傘なんか持っている人は誰もいない。
ビルの影に避難して座り込んでいる。
が、この狂ったような大雨も30分ほどでまたカラリ
ヘンな天気だけれども、ヘンな地震よりもずっとましだ。

「中国茶芸」4日目である。
今日のお菓子は「緑茶虹(虫編に下=蝦のこと)仁」手作りだ。
私もいつも日本酒を飲んでいる白磁の杯を持参した。
お茶をいただいている間に先生がやってきて
明日、日本の茶道の実演をやってくれ、と頼まれる。
まあ、そんなに本格的なものでなくてもよかろうと
簡単に引き受けたが、家に帰ってから準備が大変だった。
でも頑張って中国語でレジュメを作ったよ。
ま、こういうことをやっていると、日本語の代講だけではなしに、茶道の紹介なんてのもレパートリーに入って
どこかから呼んでもらえるかもしれないなぁ。

昼は回転寿司に入った。一皿6元、7〜80円というところ。
まあまあ、その程度の味だ。

右の写真は各種切符売り場というか
代行店である。
試験が終わって帰郷できるようになった学生たちで
毎日、長蛇の列である。

今朝、NHKの「朝いち」を見ていたら「熱中症」の話しもでていた。
偏頭痛みたいに頭が痛くなって、元気がなくなるんだって。
なんだ、2〜3日前のオレは「熱中症」だったんじゃあないか!

ま、冷たいビールでも飲んで、明日の茶道パフォーマンスがんばろう、おぅ!




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

電話のつづき。
このころの公衆電話もやはりダイヤル式ではなかった。
ハンドルをぐるぐる回すと局の人が出て、「なんばんですか」と聞かれて口で番号を言う。
つながると「お金をいれてください」と言う。
電話ボックスの中に設置されている賽銭箱みたいな箱にお金をいれて、
「はい、入れました」というと通話ができる、という仕組みだった。
あれ、紙切れでもよかったんじゃあないだろうか。





   6月29日  (水)

「茶芸講座」の第3日目。
今日は玄関前で受講者全員の集合写真を撮した。また、出来上がったら紹介する。


日航ホテルの裏になかなかいい公園を見つけた。


ロンジンの腕時計が動かなくなった。
パイプ椅子のパイプに思いっきりぶつけてやったら2時間ほど動いたが、またとまってしまった。
体罰は一時的な効果はあるが、本質を直すことはできないという教育則は時計にも通じるのだ。
去年の10月10日に100元で買ったものだ。まあ、よく頑張ったというべきかな。

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( 2)   2010年 5月25,26日

船の仲間たち


この船旅でも、金を払った客として、与えられる楽しみではなく、 自分たちで楽しみを作り出して楽しむ ・・・・本当に見ていて気持ちがいいよ!
多くの若い人たちは、何年間かピースボートのビラ貼りなどアルバイト (賃金は船賃の軽減として支払われる)をして金をため乗ってきた人たちである。 出航前から船旅を作ってきているのだ。
何人か愉快な若者たちを紹介しよう。

この日は、暗くなったデッキで『女装大会』というのが楽しまれていた。
えっ〜っと思われるようなアイデアが 即 実行に移されるあたりも若者的だ。
デッキチェアーでくつろいでいるのは全部男の子である。驚きでしょう!
若い人たちは本当に元気で遊び上手である。

部屋は4人部屋で、2段ベットが2つ。
定年直後の年配2人と20代の若者2人の
4人組である。
私は若干の差額ベット代を支払って、下段ベットを確保してもらっておいた。これから、きっと
毎日 思いっきり飲むだろうから、そのあと上段ベットによじ登るのはかなりきついと思ったからである。
幸い同室の人たちは皆 気さくで節度のあるいい人たちばかりでたのしい船旅が予測された。
  この欄の上の2枚は旅行中ほぼ毎日プリントして私の部屋の前に掲示したものである。GPSとプリンターと早起きが威力を発揮している。
  下の小さな写真はその時々のスナップである。説明や感想は左欄につけれたらと思っている。長旅だが、どうかゆっくりとお楽しみください。










   6月28日  (火)

「茶芸講座」の第2日目。
今日は「花草茶の薬理作用」についての説明である。
・・・ということは板書に書かれるので解る。
また、百合、薄荷、陳皮とこれも板書されるので解る。
ただ、どんな薬理作用があるのかは高等での説明だから
さっぱり解らない。
家に帰ってからインターネットで調べるのである。
その点、毎日の授業というのは復習に追われる。
中に板書が読めないものや、日本名の解らないものも多い。
という板書の中で
などは読むことが出来ず、
インターネットでも
調べられなかった。
は「紫夢蘭」と読むのであろうが
インターネットではヒットしなかった。
「馬鞭草」や「金銀花」なんていうのも聞き始めの名前だ。

授業を終えてからカレー専門店に寄り、辛辣さ度8まである内の6というカレーを食った。
食えないことはなかったが汗が出、そのうちに鼻汁もでてきた。
コーヒーを飲んで東方之珠洗浴中心に行き、
風呂、乾サウナ、あかすり、ウエットサウナ、風呂、昼寝、風呂と約5時間いた。
辛いカレーのおかげで気分が元気になってしまって、
なんか気合いを入れて風呂に入っているようなヘンな気分だった。




・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

私の家に電話が初めてついたのは、篠原本町に移った時、私が小学校4年生の時だった。
もちろん壁掛け式で受話器は太い黒いコードのついたもの、
送話器は電話本体に朝顔の花のように突き出している。
電話をかけるときは電話機についているハンドルをぐるぐる回して発電し(?)、
局の人を呼び出して相手の番号を言って繋いでもらうのだ。






   6月27日  (月)



老人大学夏季講座「茶芸教室」の始まりである。
やや年配の可愛い女性の先生、
班主任は太極拳42の班主任で知り合いである。
みんなに「日本人だ」と紹介してくれたり、
まえの方に席を作ってくれたり
・・・色々便宜をはかってくれる。
一回目だからお話ばかりを覚悟していたが
さすが短期講座だ、一回目からちゃんと
お茶も出るし菓子も出る。
話しも、まあ三分の一ぐらいではあるが大体の内容はつかめる。
ま、なんとかうまくやっていけそうな感じ。

それよりも問題は「地球一周の旅」だ。
一応、下のような感じで作ってみたが、さてどんなもんやら・・・・ロ




( 1)   2010年 5月22,23,24日

さあ、出発だ!

「案外小さな船だと思った」と言う人もいたけれども、その直前まで小さな帆船に乗って太平洋を横断してきた私には、まるで城のように巨大な船に見えた。
デッキはまるでプール付きの公園のようだし、バー、カジノ、映画館、図書館、グランド、サウナまである。

22日の朝 自宅発 新幹線で東京に着いてタクシーで晴海埠頭へ。荷物はすでに託送しているので身軽なものである。
簡単な出国手続きをして線内に入る。タラップでは簡単な楽隊が音楽を奏で、美しいお姉さんが笑顔で出迎えてくれる。
案内された部屋にはもう荷物が届いていた。
90日の旅である、と言ってもほとんどは船内で調達できるので、そんなに荷物は多くない。
パソコンとプリンターが一番大きなものである。
  この欄の上の2枚は旅行中ほぼ毎日プリントして私の部屋の前に掲示したものである。GPSとプリンターと早起きが威力を発揮している。
  下の小さな写真はその時々のスナップである。説明や感想は左欄につけれたらと思っている。長旅だが、どうかゆっくりとお楽しみください。


 





   6月26日  (日)

今日も一日、ウダウダと過ごした。
わけがある。昨日のつづきである。
昨日は何もする気がないまま、夕方6時ごろに飯喰って酒飲んで寝てしまった。
だ、もんで深夜12時ごろに目が覚めてしまって、地球一週の旅の写真の整理
午前6時ごろにはそれも嫌になって、また酒を飲んで寝る。
そりゃあ、よ〜ないとは解っているけれど飲まなきゃあ寝れないしね。
で、次起きたが真昼の12時、頭がズキズキする。
でも、やっぱり何か喰わなきゃあな、と思って「粥屋」に行って
そこで長い間本を読んだ。「1Q84」である。

「食事を作ろう」と天吾は言った。
彼自身も朝からほとんど何も食べていなかったし、空腹を感じていた。
それから食事を作る以外に、とりあえずやるべきことが何も思いつけなかったということもある。
 天吾は米を洗い、炊飯器のスイッチを入れ、炊きあがるまでのあいだにわかめとネギの味噌汁を作り、
鱈の干物を焼き、豆腐を冷蔵庫から出し、ショウガを薬味にした。大根をおろした。
残っていた野菜の煮物を鍋で温めなおした。かぶの漬け物と、梅干しを添えた、
大柄な天吾が動き回ると、小さな狭い台所は余計に扶く小さく見えた。
しかし天吾自身はとくに不便を感じなかった。そこにあるもので間に合わせるという生活に、長いあいだ慣れていた。
                                         (BOOK2 p261)
なんだ、オレと同じようなこと書いてじゃんか。

そのあと、八百屋に行って豆腐、大根、人参、トマト、レタスを買って帰る。
今夜もまた、湯豆腐、大根おろしに野菜サラダである。 ・・・・・ ほれ、村上春樹と比べてそんなに見劣りはしない文じゃんか

地球一周の旅の方は準備になかなか手間取っている。
写真を見てぼんやりと思い出にふけってしまう時間もかなり長い。
さて、明日にUPできるのかどうかは自信はない。

明日からは老人大「中国茶」の短期講座が始まる。楽しみである。




     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

今でもアイスキャンデーを食べるといつも思い出す言葉がある。
「これを食べると一瞬でも汗がひくねぇ」といつも母が言っていた。
なんのこともない言葉であるが、
不思議に70越した今でもアイスキャンデーを食べる毎に思い出すのである。
なんでだろうねぇ。





   6月25日  (土)

特に何をするでもなく一日在宅。
本(「1Q84 Book2」)を読みながらうたた寝をしたり(これも読みつづけていると結構引き込まれる)、
鍋焼きうどんを食いながらDVD(「大切なことはすべて君が教えてくれた」)を見たり、
その合間には「太極拳42」の練習、我が家のDVDは日本円2000円強で買った最廉価品だけれども
A〜Bを繰り返し再生する機能があることを発見、これを使って同じ動作を巻き戻しなどせずに
何回も何回も繰り返し見て覚えることが出来る。

それと、どうしようかと一日悩んでいたのが、このブログの「旅の思い出」である。
今回の「ワールドセイル」は2000年5月7日ハワイ・ホノルル着、3日ほどハワイで遊んで
5月10日、日本着。そして22日からはピースボートによる地球一周の旅に出ている。
地球一周93日間だ。これだけで2〜3ヶ月はかかってしまう。
雲南留学、玉龍雪山、女人国、三峡下り、ハルピン、平遥古城などいろいろあるのになぁ
どうしようか。
ま、やっぱり順番でやっていくか、などと考えてしょうもない一日を過ごした。





tabi201106/worldsaile/

World Saile

2000.4.9〜5.9.

  セイルトレーニングは
  今までに
   2010年12月 7日
   2011年 2月 1日
   2011年 3月23日
   2011年 3月30日の
  4回にわたって掲示
  している

  そして今回は
  定年退職して10日目
  太平洋横断の旅である。


   ハワイ到着
   イルカの大群のお出迎え
   送別と入港のセレモニー
   上陸後の生活 など





  帆船あこがれシリーズはこれでおしまい。次回はいよいよ地球一周93日間の旅の思い出である。





   6月24日  (金)

午前中は宅配の配達を待つ。
買ったのは日本酒、焼酎、ビール、コーラー、
天ぷら油、米、ティッシュである。
スーパーから持って帰るのがカサ、重量の面で
やっかいというものは宅配してもらっている。
レトルトカレーも頼んだんだが、
放射能検査のため入荷していないとのこと
こんなところにも福島さんの
影響があるんだなあ。
午後、盲人按摩に行く。
按摩は2時間半、前にやってもらった人は
もういなくなっているので
新しい人に頼んだが良くも悪くもなし

帰ってきてから小型のパソコンを取り出して調整
東京行きに持参の予定。
別にビジネスマンのような
仕事をするわけではないが
一応、これでインターネットと
メールのチェックが出来る。
夕食は赤貝の刺身と湯豆腐(豆腐、白菜、もやしのみ)、冷凍の蛸わさびである。

「現代中国小説選2」というのを読んだ。
     はじめに
   ここに収録した十三編は、一九七九年から八三年にかけて『人民中国』に掲載したもので、
  社会的テーマをもった作品を集めました。
  もちろんこれですべてを包含できるわけではありませんが、
  日常のささやかなできごとを通じて、十年の悪夢からさめたばかりの、
  中国の社会の一隅を描き一定の時代的特性を反映しています。
   理非曲直の顛倒した十年の動乱中の、人びとの姿と感情またその後遺症を主に描いたのが
  「弦上の夢」「結婚」「結納金借用証」などですが、
  これを読んで、中国人は、あの十年がやっと過去のものになったのだと、ひと息つきました。
   角度を変えて、十年の動乱が残した弊害にメスを入れ、乱れた風潮を深くついたものが「工事費」「壁」などです。
   また、家庭のありふれたことしか描いていないが、じつは社会のさまざまな不合理に触れているものとして
  「刺しゅうのシーツ」「報償金」などがあります。
   この時期の作品に描かれた社会の弊風は、一九七八年の党の第十一期三中総会以来、すでに克服糾正され、
  またはされつつあります。小説に描かれた中国人のくらしから、読者の皆様が、こういう人びとを理解し、
  親しみを持って頂ければと願っています。            編者
という本である。考えてみれば魯迅とか老舎とか、以後の中国の小説って読んでいないなあ。
日本で言えば夏目漱石、芥川龍之介ぐらい、せいぜい川端康成どまりかな
中国では「文革」なんて口にしたらあかんのかと思っていたら
ちゃんと「文革」を主題にした小説が発表されていたんだね。
もっとも、扱い方はやや教条主義的で政治臭がただよっているが・・・・
そういう政治臭のうすい「牡蠣を売る女」という小編が一番面白かった。




     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

中学・高校とカソリックのミッションスクールに在学しており、
中学校の頃は「公教要理」の講義を受けたりもしていたが、
高校の頃からプロテスタントの教会に通い始めた。
女学院や啓明、親和、山手などの女学校の生徒が来ていたからである。
教会の高等部では「ぶどうのき」というガリ版刷りの月刊誌を発行していた。
私は多分その編集長とかになっていたと思う。
毎月発行前になると教会に泊まり込みでガリ切りなどをした。女子高生も一緒で楽しかった。





   6月23日  (木)

昨日は私は雨にはふられなかったけれども、ときどき激しい雨まじりの傘が手放されない一日だった。
今日も今にも降り出しそうな湿度の高い一日だったが、夜になって本格的な雨。
天津も日本並みの梅雨をおぼえたのだろうか。
気温も15〜6℃ぐらいまで下がったように思う。それなりに過ごしやすくはあるが・・・・

午前中銀行に行く。
途中、散髪屋さんの開店(新装開店ではない)
毎日の始業の儀式で、全従業員が
道路に整列してバデに踊っている。
大概は整列をして訓辞みたいな事があって
合い言葉みたいなのを叫んで終わり
というのが多いのだが、時には
並んでランニングをしたり、
ここのように踊ったりもある。
近所の人も椅子を持ち出して楽しんでいる。
道路の占有ということはあるが、結構、市民サービスになっている点もある。
見物の方は車道まで占有して、警官がなごやかに整理に出たりもしているからね。

銀行の帰り、また粥屋に寄った。
今日は海鮮粥と海老シューマイのようなもの
これは両方とも結構旨かった。
これだれで22元は悪くはないんじゃあないかな。

午後は篆刻。今期最後の授業である。ほとんど、授業内容はなし。
ただ、後期の授業日程変更の相談があった程度。
木曜日の午後にやっていたものを金曜日の午前にするという。
何人かは仕事(上班)があるとか言っていたようだが、結局はそのようになる。
木曜の午後ということで応募した筈なのに、そんなこともOKなのかなぁ。
まあ、「老人大学」だからいつでもヒマと思っているのかも知れないが
金曜の午前に他の講座を受講している人はどうしてくれるんだよね。

授業らしいことはなかった割にかなり長文の宿題(だろうと思う)が出た。
でも字が上手すぎてというか日本には無い字などもあって筆写に苦労する。
家に帰ってからインターネットで調べたら 劉禹錫という詩人の「陋室銘」という短文だった。
中国ではかなり有名らしいが残念ながら私は聞き始めである。
ついでに文章も紹介しておこう。
  山不在高,有仙則名。水不在深,有龍則靈。斯是陋室,惟吾コ馨。苔痕上階香C草色入簾青。
  談笑有鴻儒,往來無白丁。可以調素琴,?金經。無絲竹之亂耳,無案牘之勞形。
  南陽諸葛廬,西蜀子雲亭。孔子云:「何陋之有?」
板書からだけではなかなかこの文章作れないよね。
まず、板書には句読点がないのでどうしても「名水不在・・・」と読んでしまうし、
「有仙」の「仙」の字も全然違うし、板書の「栞」が実は「琴」だったり・・・・
    注 これは先生が間違っているのではなく「琴」のことを「栞」と書くんであったり、「仙」のほうが俗字だったり、なんです。
ま、とにかく苦労する。






World Saile

2000.4.9〜5.9.

  セイルトレーニングは
  今までに
   2010年12月 7日
   2011年 2月 1日
   2011年 3月23日
   2011年 3月30日の
  4回にわたって掲示
  している

  そして今回は
  定年退職して10日目
  太平洋横断の旅である。


   船内の生活

   洗濯、デッキやトイレの掃除

   クラブ活動もいろいろ












   6月22日  (水)

きのう、来客があってついつい酒を飲み過ぎた。ビール、ワイン(白と赤)、白酒のはしご
で、今日は二日酔いというほどの重症ではないが、気分と腹具合すぐれず、
でも、午後は老人大学での日本語の授業だ。

午前中、戸外は雨
出かける前はちょっと水色気分だったが、
出かけようとすると雨もサッと上がって
傘のいらない天気
授業中はまたかなりの雨が降っていたが
終わって外に出ると雨はあがっている。
バスに乗っている間、再び驟雨
バスを下りるときにはまた晴天
結局雨の一日でありながら
傘は一度も使わないで済んでしまった。

授業は二日酔い気分なんか、すっとんでしまって気持ちよく快調
聞く、読む、話す、書く、考える、相談する等総動員の授業で
学生のご老人のみなさんの評価も上々(何人もがわざわざ褒めに来てくれました)

帰宅後、リバウンドあり。また気分が低下気味
紅茶を飲みながら本を読んだり、 ビデオを見たりしていたが
明日は篆刻の前期最後の授業だと思い出し
元気を奮い起こし、ひとつ印を彫ることにした。
「和敬清寂」
彫っている間はいやでも集中するので気分の悪さなんか吹っ飛んでいる。
授業とか篆刻とか集中できるものが元気の源なんだな。




     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

    (前回のつづき)
馬っていうのはかなり背の高い乗り物だよ。
ポコポコと並足で走っていて、突然、馬場の草など喰われるとホントびっくりするよ。
目の前にあった柱(馬の首)がフッと無くなって、
手綱を持っている手が前にグイッと引っ張られる。
これで馬の前に転がり落ちた人もいる。(私ではない!)





   6月21日  (火)

村上春樹「1Q84 Book1」
稲葉俊彦「十五億人を味方にする」読了

「1Q84」はノーベル文学賞をとるかな
という噂などもあって一度読んでみようとは思っていた。
読み出しはそれほどおもしろくもなかったが
読み進むにつれてそれなりに面白くなってきた。

「十五億人」の方はおもしろい。
著者が天津伊勢丹の社長として赴任したのが
わたしと同じ2001年、そしてずっと伊勢丹には通ってきた。
だからその時の天津の様子の記録が
うんうん、そうそう、と頷けるところが多い






World Saile

2000.4.9〜5.9.

  セイルトレーニングは
  今までに
   2010年12月 7日
   2011年 2月 1日
   2011年 3月23日
   2011年 3月30日の
  4回にわたって掲示
  している

  そして今回は
  定年退職して10日目
  太平洋横断の旅である。


  船の食事や大運動糧の様子









   先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。