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   6月20日  (月)

ビザ更新のための手続きを一応完了させる。
といっても、旅行社に航空券と東京の旅行社の手配の依頼をしただけであるが。
元来はホテルの予約もセットになっていたんだが、
どうも高すぎる感じがしたので、自分で探すことにした。
それでそんなに安くなったわけではないが、露天風呂付きのホテルを予約した。

その他はメール日本語塾の課題の解答例を作製、送付
22日の老人大学での授業の準備
これは、かつて私が執筆した会話教科書の一部を使うことにした。
コピー屋に行き人数分コピー、授業展開の詳細と板書、音声などの準備

昼からプールに行く。
いつものとおり30分ほどプール内でストレッチをしたあと
プールサイドで1時間ほど本(「1Q84」)を読んで帰る。





     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

六甲山に牧場があって、そこで時々「乗馬学校」が開かれていた。
毎週土曜日とか日曜日とかで3ヶ月ほどの講習だったと思う。
講習だからただ乗って遊ぶのではなくて調教師のような人がついて厩舎から馬を引き出したり、
鐙を外してバランスだけで乗ったり、いろんなことをやる。
1,2ヶ月通ってかなり上手になったと思っていたが、
ある時、その調教師の先生がいなくなるとトタン馬が言うことを聞かなくなった。
おれじゃあなくて調教師の遠隔操作だったんだ。





   6月19日  (日 父の日)

「父の日」ってアメリカでは国民の祝日になってるんだってねぇ。へぇ〜
少なくとも口先だけでも「親孝行」を念仏のように言っている中国にも
「父の日」「母の日」は祝日化はされていないようだな。

太極拳、前期最終日。夏休み中ひとりで練習できるように一生懸命やった。

まだ、自習し始めたばかりだけれども、今日はひとつ「中国手話」のご紹介を。




男と女も親指と小指ではないんだね。
haizi はこどものこと。
「愛人」はふつう妻のことを言うんだけれど
ここでは「妻」とは別に出ているね。


家族はみんな「口」なんだな。そう言えば中国では家族のことを「一口人(イーコーレン)」というなぁ。

はい、今日のお勉強はここまで。






World Saile

2000.4.9〜5.9.

  セイルトレーニングは
  今までに
   2010年12月 7日
   2011年 2月 1日
   2011年 3月23日
   2011年 3月30日の
  4回にわたって掲示
  している

  そして今回は
  定年退職して10日目
  太平洋横断の旅である。


  まずは出港の風景から










   6月18日  (土)

天津日本語教師会。今日の内容は
 @ 次期幹事と代表者の決定
 A 出席者の自己紹介
 B 「私の授業」実践紹介
 C 休憩
 D 議事「天津ドーナツ」からの依頼事項
 E 「私の授業外活動」実践紹介
 F 場所を移して食事会
である。

先週 参観させてもらった天津老年人大学の日本語教室の先生から
来週(22日)の代講を頼まれた。
教壇を引いた身に時々こういうのがあるとホントうれしいね。




     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

サイパン島に「バンザイ岬」というところがある。
記録映画で見た覚えがあるのだが、第二次世界大戦でサイパン島陥落の時、
米兵に追われて多くの日本人が、ほとんどは婦女子だったみたいだが、ここから飛び降りて自決したそうだ。
私が行ったのは1972年のことだったが、空も、海も、波も、崖もほんとうに美しい。
そう、悲しいくらいに美しい。





   6月17日  (金)

今日は結構忙しい日だった。
銀行に行って年金の受け取り。
これが、待ち時間と処理時間にずいぶん時間がかかった。
待ち時間で本が50ページぐらい読めたかな。

それで腹が減って、帰りに粥屋に寄る。
田園粥9元、焼き餃子16元、とちらも旨くない。
たしかに焼き餃子なんだけれども、油でべとべとしている。
これも出来るのにずいぶん時間がかかって30ページくらい本を読む。

昼過ぎ、例の残疾人連合会の人が
中国手話の本2冊持ってきてくれる。
私が取りに行く、と言ったんだが
どうしても私の家に来たかったらしい。
本代もとらない。要するに日本語の
個人教授をして欲しいということのようだ。

ほんの内容はまだペラペラとめくってみただけだけれども、結構おもしろそう。
なるほど、という手の動きもあるし、日本とはずいぶん違う動きもある。
男、女、ありがとう、なんか全く違う表現なんだ。

そのあと、国際大厦の日本人会に行って、
東日本震災チャリティーコンサートのチケットを購入

そしてついでに本を7冊借りて帰る。ここの本にはほんとうに重宝している。
例えば今日借りて帰った本だけでも定価ほぼ1万円だ。
一年にすれば10万円以上の節約になっている。

そしてまた、その帰りにDEVD屋さんに寄って、DVD 10タイトル購入
これだって日本で買えば何万円もすること間違いない。

それから14日の赤い花、あれは曼珠沙華じゃあない、立葵という花
15日のは葡萄じゃあない、ヒルガオだとのご指摘をいただいた。
14日のは私も適当に言っただけだけど、
15日のはてっきり葡萄だと思っていたなぁ、葡萄の花なんて見たこと無いもんなあ。

くれぐれも私のブログを見て花の名前を覚えたりなさらないように。





雲南・花博 J

1999.9.22〜26.


 トンパ博物館

 翌2000年には
 兵庫県淡路島での
 花博開催である。
 その一年前ということで
 昆明まで出かけた



 これで雲南花博は終了

 次は

 「帆船太平洋横断の旅」

 となる。






  昆明の民族園とトンパ博物館






   6月16日  (木)

銀行に行って若干の金を卸してから、郵便局で電話代を払う。
そして、帰宅してみるともうちゃんとインターネットはつながっていた。
やっぱり資本主義中国ではちゃんと現金を払わないと何事も成りゆかん、現金なものだ。

午前中に篆刻をひとつ彫りかけた(「和敬清寂」)が
銀行や郵便局などに行っていたため、完成せず。
今日は先生が私の前に座って
宿題を見せろという。
今まで彫ったのを出してみせると
う〜ん、グーとか親指を立てたりする
外国人は一人だけなので他の学生も集まってくる
穴があったら入りたい気持ちだ。
お世辞の使い方が下手だな。

今日貰った老人大の新聞を見ると、なんと夏季短期コースの受付はもう10日から始まっている。
しまった、もう、間に合わないだろうと思って篆刻の授業が終わるとすぐに事務室に駆け込んだ。
ああ、茶芸の短期コースなら東楼の4階に行けといわれて、そちらに向かう。
もう、この時点では多分ダメだろうとあきらめの方が大きかった。
せっかく、日記帳に書いたのにまた何日たぶんも線を入れて消さねばならんなぁ、とそんなことを考えていた。
が、言ってみるとすんなり受付成功! よかった。 ほんとによかった。
帰りのバスの中から寝るまでの間に「ホントよかったなぁ」となんど口の中でつぶやいたことか!
こういう満足感って不思議なもんだね。




     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

大学出てからず〜っとガッコウの先生をしてきた。
もうすぐ退職というころになって、ほんとうになれるとは思っていなかったけれども、
ほんとうになりたいなあと思っていた仕事は大工、ペンキ屋、みどりのおばさんだった。
ガッコの先生はそりゃあ聖職だけれど、大工さんは「あれは私が建てた家」と指させる、
ペンキやは腕を一振りしたところからはっきりと綺麗になっていく、
みどりのオバサンはどうしてだったかな?





   6月15日  (水)

朝からインターネットがつながらない。
パソコンがつながらないだけでなく、iPod でも iPhone でもつながらない。
今までにも何度かあったことなので、そのうち直るだろうとタカをくくっていたがいっこうに直らない。
メールが読めないし、このブログ14日の分からもUPできない。
昼、老人大学に行ったとき、 iPhone でメールチェックをするとちゃんと読めた。
ああ、直ったんだと思って詳しく見ないで家に帰ってみるとやはりインターネットにはつながっていない。
まあ、とにかくいろいろやってみた。
多分 DNS と IPアドレスの関係みたいに思うというところまでは行き着いたが
どうすればいいのかは全くわからない。

老人大学では日本語の教室も開かれている。
今日はそれの見学に行った。
見学といっても初めの1時間は
私が自己紹介を含めて何か話しをする。
今日は「日本の古典文学」について話した。
万葉集、古事記、竹取物語、源氏物語、枕草子
平家物語、徒然草、方丈記、御伽草子
琵琶法師、能、狂言、歌舞伎などであ。
ちょっと難しかったかな?
写真@は授業の後半、今日は「男の人が台所に立つことについて、どう思うか」というテーマでの話し。
写真Aは老人大の入り口横のベンチの所で見つけた葡萄の樹である。
青い実がつき、花が咲いている。
葡萄畑で葡萄を採って食べたことはあるが、花をみるのは初めてだ。

さて、これは何時になったらUPできるのか?
今の私の生活でインターネットが使えないというのはかなり大きな障害だ。

話しは非常に簡単。
電話会社に電話したら、電話代が払えていないのではないか、とのこと。
でも、ちゃんと電話かけられるよ、というと
電話代とADSLとは別になっているかも知れない、という
じゃあ、ということで電話代を払いに行って、帰ってきたらインターネット復活していました。




雲南・花博 I

1999.9.22〜26.


 昆明の民族園

 翌2000年には
 兵庫県淡路島での
 花博開催である。
 その一年前ということで
 昆明まで出かけた




  昆明の民族園。ここはそれぞれの民族の人が出稼ぎか出張かでやってきて、売り子やガイド、踊り子などをやっている。






   6月14日  (火)

今日はまずまず結構な一日でござった。
・午前中に昨日の続きの篆刻完成。
 完成といってもうまくできたというわけではない。
 押印してまずいところを修正すればするほど悪くなる。
 いい加減なところで、まあ、こんなもんかと
 彫り止めなければ、結果どんなことになるか分からない。

・昼は「真剣」にていつものとおり「寿司定食」25元
 ここのお昼の定食はなかなかいい。

それから徒歩で、「東方の珠 洗浴中心」へ
入浴(30分ほど)、乾サウナ、あかすり、蒸気サウナ、入浴
マッサージ、足療、昼寝(2時間ほど)、乾サウナ、入浴と
5時間ほどいて帰った。

道ばたの花もカンペキ夏の花になった。
♪赤い花なら曼珠沙華・・・という歌があったけど
これはなんという花なんだろう?

その横の人だまりは卒業試験を終えた高校生が本や参考書などを門前で売っているのだ。
手書きのノートをペラペラめくって見せながら売っている者もいる。授業内容は変わらないのかなぁ。
大学ではよく見かける風景だが高校でもやるんだな。
中には二代、三代にわたって後背へのメッセージがつづられていたりもするそうだ。
それと大学と違う点は、構内ではないこと、買い手に大人(2年生の保護者なんでしょうね)もいることだ。

いったん家に帰ってから、こんどは日本料理店のバイキング夕食に出かける。
喰い飲み放題で68元は安い、と思ったのだが、まあまあ、並べられている料理もその程度で・・・・
それほど十分満足という感じじゃあなくて、そこを出て口直しにスタバでアイスクリームをくって最終帰宅。




     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

私は6年制の中高一環の私立学校に通っていた。
もちろん中学を卒業すると自動的に高校へ進学する。
したがって中学の修学旅行もないし、卒業式も通常の朝礼で済ませたように思う。
でも何人かの生徒にとっては「自動的に」ではなかったのである。
他の友人は中3三学期の通知票に「進級」とか書いてあったのに
私の欄は空白でこの間に2回、保護者呼び出しを受けている。
一つは「成績につき」で一つは「素行につき」であった。
二つともは親に渡せないので一つは親に内緒で兄に頼んで行ってもらった。
ま、結局は高校には進学できたんだけど・・・・





   6月13日  (月)

特に何ということもない一日。
・朝、飲料水を注文した。午前中に配達すると言ったが午後1時になっても来ない。
 電話で催促(中国語だ!)して、実際に来たのは午後の2時。
・インターネットテレビ、12月27日までの契約の筈が、あと13日で契約切れになりますと表示される。
 電話をかけると(日本語だ)大丈夫、使えるから気にしないで!という。
・市残疾人連合会に電話(日本語)、中国手話の本、水曜日か木曜日に持ってきてくれるという。
・香港の旅行社から電話、東京でビザを取るための手配をしました、という
 日程中に土・日も含まれているので大丈夫か、と確認すると、あ、やっぱりダメですという。
 ホテルが一泊8000円と高いので、もっと安いところを探してくれと注文。
・土曜日の日本語教師会の出席者の確認(メール)
・スポーツクラブに行く。暑くてジムやスタジオはやめてプールに直行。
 公園に行って本を読もうなんて気もおこらない。

・家で「1Q84」村上春樹 読み始める。

・篆刻。  宿題は「篆書」だけでよかったんだろうと思うけど
 石に彫ってみることにした。
 「両袖清風 一身正風」
 めっちゃ硬い石で親指が壊れそうになった。
 それに砂が入っていてところどころポロッと欠ける
 一応 字は彫ったけれど未完。また明日だ。




雲南・花博 H

1999.9.22〜26.


 中 甸 の風景

 翌2000年には
 兵庫県淡路島での
 花博開催である。
 その一年前ということで
 昆明まで出かけた










  中甸の草原で遊ぶ子供たち。

  土産物屋の娘さん。






   6月12日  (日)

日曜日は「太極拳」の日である。
この講座も前期は次回で最終、2ヶ月の夏休みに入る。
前回ぐらいからかなり真面目にDVDなどで予習をしていくのだが
なかなか思うようにはいかない。
きっと中国人にもむそういう人が多うんだろう、
今日なんかは定員の半分 20人ぐらいしか来ていなかった。

この頃はどうも気合いが入らない、というか精気、元気がない。
何かをしなければいけないという必要感がなく、
やってもやらなくてもいいことを何となくやっているという生活感である。
太極拳も篆刻もどうしてもしなくてはならない、どうしてもしたいというわけではないし
比較的頑張って書いているこのブログだって、いつ消えても何と言うことはない。
そんな感じ(不必要感)がつきまとっている。
「隠居」「隠遁」「晴耕雨読」「事能知足心自安」とか
いうけれども、社会とは切り離して自分自身の中で
自分自身の必要感を生成していくという修行はまだまだできていない。
社会とは切り離した所で「神様」というようなものを措定して
神に対して、或いは神からの要請で自分の必要感を生成させるという手もあろうが
そんなことを「手」と感じている者にはそれもあまり効果は期待出来なかろう。

「理由」やっと読了。

本作品はフィクションであり、登場する人物、地名、団体名等は実在するものではありません。

とあるが、そのぼんやり性に現実味が感じられる作品で面白かった。






     ・・・・・・ ぽろぽろと思い出すままに記す老いの繰り言のようなものである。同じことを繰り返していることもあるかも知れないが、お許しを。 ・・・・・・

終戦後しばらく、白衣に戦闘帽、松葉杖をついてアコーディオンを持った「傷痍軍人」というのがいた。
時に演奏をしたりもするんだろうがあまり聴いた覚えがない。
市電なんかにも乗り込んできて寄付をいれてもらう箱を人の前に突き出したりする。
もちろん私はまだ子どもだからそんなことをされた筈はないのだが、
なにかこういう人たちがいると怖くて嫌な感じがしたのを覚えている。





   6月11日  (土)

一日中在宅していた。
本(「理由」宮部みゆき)を読んだり、
その間に42式太極拳のDVDを何度も見た。
でも一人でやるところまではいかない。
もうすぐ、老人大も夏休みに入るので、
今の内にひとりで練習できるようにしておかないと・・・・
と、若干焦っているところもある。

夕食はレタス、キャベツ、トマト、
じゃがいもを買ってきて(7.3元)
自分で作って冷凍しておいたハンバーグ、
それと焼き魚(秋刀魚とししゃも)
それにとろろ汁とツナサラダである。
茹でたじゃがいもとゆで卵、とろろで余った韓国海苔、チーズ
まずまず豪華である。

夕食の魚に「告白」というDVDを見た。
女教師・森口悠子の3歳の一人娘・愛美が、森口の勤務する中学校のプールで溺死体にて発見された。
数ヵ月後、森口は終業式後のホームルームにて「私の娘はこの1年B組生徒二人に殺されたのです」と衝撃の告白をし、
ある方法にてその二人の生徒に復讐する。
そして4月、クラスはそのまま2年生に進級。犯人のひとりAはクラスのイジメの標的になっていた。
そして、もうひとりの犯人Bは登校拒否し、自宅に引きこもっていた…。
という、なんか、陰気な感じで気分に合わなかった。
面白くなかったというわけではないと思うが・・・


私の中国滞在ビザが7月で切れる。ビザ申請の調査と手続きを開始。
今回は香港ぐらいで安く、と思っていたが、
香港では一回の滞在が30日というヤツしか出ないみたい。
つきに一回外国へ、と言うのでは経済が持たない。
東京では2年マルチ、一回の滞在180日というのがとれそうだ。
予定よりずいぶん高くつくんだけれども、なんとか日常を節約してこれにしようかな。




雲南・花博 G

1999.9.22〜26.


 中 甸 の風景

 翌2000年には
 兵庫県淡路島での
 花博開催である。
 その一年前ということで
 昆明まで出かけた






  中甸はほとんど

  チベットに近い町(?)である。












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