file://kugejunjichina.workspace.office.live.com/DavWWWRoot
   5月31日  (火)

今日で5月もおしまいだ。
5月といえば「風薫る・・・」といった感じだが
天津では5月1日からもう30℃を越えていたものね。
それと私にとっての5月は歯を使わぬ(使えぬ)一ヶ月であった。
これは暑さよりもキツかったな。
ま、歯も入ったし、5月最後の日を記念して、盲人按摩に行ってきた。
今日の担当はよかったな。
痛くなかったし、首も腰も丹念にやってくれて
ポキポキと首や腰の骨も鳴って、ずいぶん気持ちよかった。

続いて、プールにも行こうと思って
準備はして出たんだけれど
按摩がひどく気持ちがよかったのと
夕方から雨がふるという天気予報だったので、
それを言い訳にスポーツクラブは止めて帰ってきた。
天気予報を見ると確かに17時 雨 となっている。
でもその隣は16時の空なんだよ。
この予報の画面には出ていないけれども
今日の24時間の降水量は0となっていた。
いったいどういうことなんだ?
17時、確かに一天かき曇って、雷も鳴った。
けど、雨は一滴も降らなかった。降水量0は当たっているんだ。
しかも「雨が降るな」という実感はあった。
さすが、中国の天気予報だ!

家に帰ってメール日本語塾の課題の正解例を作ったり、新しい課題を作ったり・・・・こういうこともしているんだ。
それから、「西太后」はやめて「溥儀 清朝最後の皇帝」 入江曜子著 岩波新書 を読み始めた。




生徒朝礼での講話 最終回


 長い間

 「思い出ぽろぽろ」の

 コーナーで

 「生徒朝礼の話」を

 してしまいました。

 6月から

 「思い出ぽろぽろ」に

 戻そうと思っています。

 どうぞよろしく。
2000年3月13日 卒業式

  これから君たちが生きていく21世紀は今よりももっともっと
機械化・自動化が進み、より便利に、より快適になっていくことでしょう。

しかし、そのことは言い換えれば
人間が機械の都合に合わせていかねばならなくなるという
部分がより多くなることであり、
人間らしく「自由で人に優しく」ということの
実現しにくい社会になっていくということにもなりかねません。

大きな荷物を頭に載せて、20キロ、30キロの道を
自分の足で歩いて、隣の村に商売に行くインドの人々。

毎朝、谷の底まで降りて生活の水をくみ、
腰に乗せて自宅まで登っていくネパールの少女。

確かに、不便で不自由なんだけれど、
そこには私たちが失いかけている別の自由が脈々と残っている。

蛇口をひねればいくらでも水が出るという社会では忘れられがちな
水を、水源としての泉・川を、要するに自然そのものを、
大切にする心が生きている。

物をあげると、必ず両手で受け取ってくれる
スリランカの子どもたちの美しい生活態度。

自分の体ほどの大きさの子羊を一生懸命に抱えて、
風の当たらない囲いの中に運んでいるモンゴルの3歳か4歳の女の子。

知らない外国人である私を何の警戒心もなく
2階の部屋に招き入れてお茶を出してくれる中国雲南の人々。

そういう不便で不自由な社会の中で生活している人々に接して
便利で豊かになった生活の中で、
私たちが忘れかけているものの多さに気づかされます。

機械化がどんどん進んでいく社会にあって
機械に振り回された生活にならないように、

自然がどんどん失われていく社会にあって
自然な人の心まで失ってしまうことの無いように、

競争がますます激しくなっていく社会にあって
人を自分の手段したり犠牲にしたりしてしまうことのないように、

君たちが「自由で人に優しい」生活を失わないように

  自分らしく生きることの素晴らしさを求めて、
  自由を駆ける鳥となって、
  この広い大空に夢を託して
  新しい出会いの中に
  さあ!飛び立ってください。

これで啓明中学校第38期卒業生の皆さんへの餞の言葉といたします。





   5月30日  (月)

本日、この佳き日、めでたくも歯がはいりましたぜ
話すにも物を食べるにもちょっと違和感はあるけれども
慣れれば何と言うことは無いんだろう。
歯が入って30分後には寿司定食、
夕方には宅配でケンタッキーのフライドチキンにかぶりついた。
歯が無かった時と比べると、なんか歯に衣着せて、ネクタイをつけたような圧迫感があるし、
物を喰っても、奥歯に物が挟まったようなまだるっこさがあって、まだまだ快適というには遠い。

そういうこともあってDVDを3本もみた。といってもそれぞれが50分弱の短編ばかりだ。

最初は軍艦大和

撃沈された戦艦大和の悲劇残された記録をもとにその沈没場所を探索する。
太平洋戦争末期、沖縄へ向かう途中、米軍機の攻撃によって沈没した戦艦大和。
その沈没場所は永く不明とされてきた。
元乗組員のテータや証言、公開された米軍の軍事資料などから沈没場所を推理し、
探索船は遺族や生存者を乗せて東シナ海へ向かった。
軍事機密の中で建造された当時最大の巨艦・大和の誕生から沈没までを関係者の証言を交えて探る。
1980年8月NHK総合テレビにて放送

結局、これは見つからなかったということだ。
そりゃそうだ。探す場所が間違っている。
本気で探すんだったら、NASAかどっかに頼んで
イスカンダル方面を探さなきゃあ。

次は戦艦陸奥。
謎の爆沈の秘密を探る、である。

第二次世界大戦中の昭和18年(1943)6月8日、
山□県の柱島沖に停泊中の戦艦陸奥で突然原因不明の大爆発が起こり、
陸奥は乗組員1,474人とともに沈没した。
しかしその事実は極秘とされ国民には一切知らされることはなかった。
生き残った乗組員は353人、そのほとんどは再び最前線に送られた。
戦後25年を経た昭和45年(1970)、多くの遺骨とともに海底に沈んでいた陸奥の引き揚げが行われた。
元乗組員や遺族が見守る中、巨艦・陸奥が戦争の記憶とともに浮上する有様をカメラは記録した。
(1970年l1月13日NHK総合テレビで放送)

まったく、無駄なことをやっているなぁ
赤錆びた砲台を引き揚げるより
波動エンジンを積み込んで宇宙に放せばいいのに。

もひとつのDVDは「恋するキムチ」
今年の5月4日に全国放映(遅いところでは5月14日)されたNHKドラマが
もう天津ではDVDになって売られているのだからすごいものだなぁ。
私が買ったのは5月15日だものね。日本の視聴者より先に見られるということもあるわけだ。

それから「西太后」 加藤徹著 中公新書というのを読み始めたが
途中でこれは前に読んだことがあるなと気づいた。でも、まあ読み続けている。

夕方ぐらいからひどく気味の悪い空模様。明日の神戸の天気が心配だ。
明日あたりはひとつ盲人按摩にでもいってみようかな。按摩は歯に効くかな?




雲南・花博 A

1999.9.22〜26.


 昆明・花博

 翌2000年には
 兵庫県淡路島での
 花博開催である。
 その一年前ということで
 昆明まで出かけた




  昆明近くのお寺と

  昆明後背の高台の公園






   5月29日  (日)


今日こそは「歯」が入るんかと思った。
朝、電話をしてみると、未だ来ていない。
午後1時ごろになるので、昼からにしてくれという。
午後3時過ぎに電話をすると、まだだという。明日はどうなのかなあ。

昨日の食事会、ほとんど何も食えなかったので
家に帰ってから湯豆腐をして飲み直した。
例によって今朝はその豆腐を引き揚げ菊菜と冷や飯を入れて雑炊。
何か終戦直後の「菜っ葉めし」を思い出してしもうた。

早く生野菜をシャキシャキと、おかきや煎餅をパリパリと食ってみたいよ。

それでもけなげに「太極拳」の授業には出かけた。
家を出る前にDVDを見てだいぶ予習をして、解った気にはなるのだけれども
どうも自分の体の動きにはつながらない。
今日は最初の頃教えてくれた中年の女の先生であった。
初めはいままで習ったところを通しでやってみたのだが
途中から立ち止まってしまうもの続出
先生も諦めてまた復習。
でもなんとなく、動きが飲み込めたような気がしてきた。
次の日曜日には多分また駄目になっているんだろうけれども・・・・

「中国てなもんや商社」 谷崎 光 読了
私が中国に行きだしたころ(20年ほど前)の
中国を彷彿とさせる。

 ここは中国天津市郊外の縫製工場だ。
 窓の外には小学校の校舎のような縫製棟がいくつも見える。
 木の円卓を囲んで、宴会はまだ始まったばかりだ。  
 午前中に検品したズボンは工場の縫製ミスでボケットに手が入らない。
 技術者に指摘したら「没問題(問題ない)」と言い捨てて、むりやり手を突っ込もうとする。
 ピリッと音を立ててポケットの瑞が無惨に破けた。
 いつのまにか工場長や縫製スタッフも出てきて私をぐるりと取り囲み、大声で「没問題」を合唱する。
 「日本人はうるさすぎる」
 黄工場長が、ズボンをつかみながら吐き捨てるように言った。
 鋭い目付きに、聞き取りにくいダミ声。汚れた髪の毛は三百六十度に飛び跳ねている。
 黄色い歯の間から飛んできた唾を、危うくよけた。
 「その日本で売るんです。絶対、船積はできません!」
 背中にびっしょり汗をかいているのが自分でもわかる。
 思わずひるむが、エイッと腰に力を入れた。こんなものを輸入したら会社が大損になるのだ。
 クレームを出したときの、取引先の怒鳴り顔が浮かんで消えた。

ここに書かれていることみんなフムフムと納得できる。
でも、今の天津とはずいぶん違う。それだけ中国の発展がすごいということだ。

あっ、そうだ。私立学校共済組合から年金を減額するとの通知が届いた。
一方、卒業した中・高校の同窓会から70周年記念とかの寄付をせよとのメールが来た。




生徒朝礼での講話 33
2000年1月24日 生徒朝礼

実は、校長先生も昨日、朝の9時から夕方の5時まで、
1年に1回だけ行われる日本語の先生になるための試験を受けてきました。
これがまたむつかしい試験でね。
勉強すればするほど、自信がなくなってくるってたぐいのヤツでした。
だいたい音痴だから発音やアクセントはわからないし、
年寄りで頭も弱っているのでとんと暗記はできないし・・・・
受けるの、いややなと思いましたけど頑張って受けてきました。
もちろんまだ発表は無いけれど、結果ははっきりしています。
もし、私学や公立の試験で不合格になったら、一緒に慰め合いましょう。
でも、校長先生を置いてけぼりにしてもいいから、
君たちは頑張って合格をかちとって下さい。 健闘を祈ります。





   5月28日  (土)


 天津日本語教師会 5月例会
 愛知大学から先生2名を招いての講演会。テーマは「留学生と異文化適応」
 中国で日本語を学んだ後日本へ留学した学生が
 どのような問題を抱えて生活をしていくか、という内容で
 「手文化適応のメカニズム」  
 「中国人留学生の学習の動機付け」
   これは実際に日本の大学院に留学、最近帰国した元留学生の話
 「教師の学習者支援」の3つの話しがあった。
今回は日本留学を考えている学生の参加も多く教室は満員になった。

そのあと講師や留学生を囲んでの食事会。
歯の無い身にはなかなかつらいものがある。
料理はちょぼちょぼにしてもっぱらビールのみ。

左の写真は路上の散髪屋である。なかなか気持ちよさそう。
普通の散髪屋では髭剃りはしてくれないのだが、ここではありなんだな。
私の行っている歯医者はこれよりはちょっと進歩していると言えるかな。




 雲南花博
 大理・麗江

1999.9.22.〜26.


花  博





  上段は花博会場と日本園である。

  中・下段は花博開示用で行われていたショー






   5月27日  (金)


 「天気晴朗鳴れども波高し」
 日本海海戦の日だそうな。
 神戸方面は平年よりもずいぶん早く梅雨入り宣言が出たそうだ。
 天気晴朗とはいかんのかも知れないが、
 天津は晴朗、波は無い。
 スポーツクラブに行った。
 今日は長虹公園はやめて、
 スポーツクラブの庭で読書をと思っていたが
 写真のじいちゃん先をこされてしまった。

お隣の幼稚園では、お遊戯の練習。本を読めなかった分、しばらく眺めていた。


それでもまだ時間もあるし、自転車だし、ということで、散髪屋にも寄った。
中国に来て10年になるが散髪屋で待たされたのは初めてだ。
散髪代も、5元、10元、20元、30元とうなぎ登りだ。
会員になれば安くなるのだが、前、200元を払って会員になったとたん、
その店が無くなってしまったという経験があって
会員になるのは控えている。

歯医者の方は今日もまだ出来ていないという。
明日もダメで日曜日にもう一度電話してみてくれとのことだ。




生徒朝礼での講話 32
2000年1月11日 3学期始業式

去年の正月、この始業式で校長先生は、一年の抱負として
  @ 放送大学に入学して勉強する。
  A 日本語と中国語の勉強をするということを言いました。
時間の関係で放送大学は入りませんでしたが、
日本語の先生になる勉強は週に2回、神戸のYMCAに行って勉強をしていますし、
通信教育の方も何とか挫折することなく頑張っています。
そして、中国語の方も週に2回、日中友好協会などでの勉強を続けています。
やっぱり去年の始業式で発表したことが一つの励みになっていると思います。





   5月26日  (木)


少し早めに老人大学に出かけた。
天気もいいし、老人大の庭園で本でも読もうかな。
というつもりだったが、
庭園のベンチは写真で占領されている。
共産党90周年を記念して
写真教室の学生たちの野外作品展である。
なかなか綺麗でおもしろい写真が並んでいる。
それでも教室はまだ開いていないので
しばらく、石の椅子・テーブルのところに座って
昨日 日本人会で借りてきた本をよんだ。

授業の方はみなさんそれぞれに活発に動き出している。
今日は学生の一人が前に出て30分程発表
多分「国破山河在=春望」の解説のようなことらしい。
とにかく、寝るのをこらえるのに、水を飲んだりのど飴をしゃぶったりと懸命の努力。

多分歯が無いせい何であろう、何かもひとつ元気が出ない。
なるべくなら明日歯を入れて欲しいと頼んでいたので
夕方 歯医者に電話をしてみたら、まだ、出来ていないという。
歯医者が言っていたのは28日なのでしかたがないが
はたして28日にはできているのであろうか。
きっと、ダメなんじゃうないかな、という気がしないでもない。
納期なんてあってなきがごときかつての中国健在・・・じゃなきゃあいいが・・・・・




ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャと
 ローマ周辺 E

 ギリシャだったか、ローのだったか

 とにかく、街のスケッチである。

 これで、長〜いギリシャ・ローマともお別れ。

 次は、また、中国。

 雲南「花博」と大理、麗江である。







   5月25日  (水)


目に青葉、山ほととぎす 初鰹 という季節になった
ほととぎすも初鰹もないけれども、青葉だけはきらきら光っている天津である。
天津は昔から(といっても10年ほどのことであるが)街路樹、小公園、小緑地は豊かな街である。
ただ、その緑が薄汚れており、小公園はゴミだらけ、小緑地は踏み荒らされていた。
それが今は樹の緑がきらきら光っている。空気がよくなってきているんだ。
経済の大躍進にともなって街のハード面はものすごくよくなってきているが、
それを使う市民のソフト面はもう少しというところがある。
レストランで出された皿やコップをティシュで拭いてからでないと使えないと感じている市民感情である。
これらも次第に改善されてきているが、ハード面のようなスピードは望めない。

中国語の手話を勉強しようと思った。
だいぶ前から本屋で練習本を探しているのだが、見つからない。

それでは聾学校に行けば
何か判るだろうと思っていってみた。
前、修曼に勤めていたころ
近くに聾学校があったな
と思って探しに行ったのだが
すごく立派な校舎に変身していてびっくりした。
こんなところでもハード面の変革はすごい。

聾学校というのはほんとうに「静か」なんだな。こんなに大きな学校なのに物音ひとつしない。
こうして先生に写真を撮ってもらっている間も、ピースポーズをしたり、
隣とふざけたりしているけれど音はない。
これはもちろんソフト面の立ち後れというわけではない。

でも、ここでは結局ダメで「天津残疾人連合会」
というところに行ってみたら、と紹介された。
すごい名前でしょう。
聾学校ダメ、特殊教育ダメ、養護学級ダメで
今は「自立支援ナントカ」と言い換えねばならない
日本では信じられないネーミングだね。
建物のとなりには「養老院」も併設されていた。

ここで、にほんごがしゃべれる親切な職員と出会えた。
左のような本を買いたいのだが聞くと、今は無いが出版元に問い合わせて
取り寄せてあげようと行ってくれる。
また、このビルの中で手話の勉強会もやっているのでそれも紹介してあげようと行ってくれる。
どうやら、日本語を勉強したけれど使う機会がないので
私と日本語の勉強をしたいらしい。夕方、そういった旨の電話がかかってきた。
私にとっても、もっけの幸いである。

午後、
図書大厦・・・・・・mp3光盤月の本5冊購入。中国の神話、民話、伝説などを日本語と中国語で収録されている。
天津日本人会・・1Q84、西太后、溥儀など本5冊を借りる。
吉利屋・・・・・・・・DVD 17タイトル購入
伊勢丹・・・・・・・・チーズなど購入る
夜・・・・・・・・・・・・mp3 を iPod に入れる。




生徒朝礼での講話 31
1997年 9月1日 2学期始業式

校長先生はもともとは社会科の先生なんで、
今年の夏は若い頃からあこがれていたギリシャ・ローマに行って
今まで何度も何度も教えたアクロポリス、アテナパルテノン、
ローマのコロッセウム、ボンベイの遺跡などを見てきました。
社会科の授業を持たなくなっている今ごろ行ったってもう遅いってなものですが、
何かひとつ借りを返せたような気持ちです。
また、借りと言えば今度はアジアの下町ではないので奥さんもご一緒でね、
これもひとつ借りを返したということになりますかね、

それと今年の夏、はじめて経験したこと、
カヌーに乗りました。  
パラグライダーで空を飛びました。
心臓マッサージの技術を身につけて、救命技術保持者の証明をもらいました。
いろんな装具をつけて老人生活の体験をしました。
  などです。




   5月24日  (火)


宅配を注文したので、午前中は家で待機。午前中に、との約束がきっちり12時0分に来た。
待っている間にご飯を炊いて、レトルトの大辛カレーをかけて食う。これもあまり噛まなくてもいい。

午後は早々に風呂(浴池)にでかける。
今度は今までの「東方之珠」ではなくて、別の所に行ってみた。

ホテルの一階にある浴池なんだけど、入浴料金会員=10元、非会員=20元と安い。
もちろん私は非会員だから20元だ。
安いだけあって、風呂は2つあるのに、一つには湯が入っていない。サウナは電気が消えている。
あかすりは20元、まあ相場だろう。バスタオルや衣服は貸してくれて休憩室で1時間ほど昼寝した。
塩もみ、足療、按摩、飲み物等は一切断った。
サウナが動いていないような風呂屋ではロクなものはないとの判断である。

それでも、非常にさっぱりした気分で外に出て、目の前の天塔公園に行く。
いつも前をバスで走るだけだが、歩いてみると結構いい公園になっている。
塔の展望台に登るのは50元、ずっと前だけど一度登ったことがあるし、ちょっと高い。
ボート乗り場の売店のような所で腰掛けて30分程本を読む。
大変、風が涼しく気持ちがいい。




数日がかりで、「セカンド・バージン」看了
以下は、芳麗という人のブログである。

昨年末に話題になったドラマ、「セカンドバージン」。
初回はさほど視聴率が取れなかったにも関わらず、回を追うごとにどんどん上昇して、
最終回はそのワクにしては異例の高視聴率を記録、
オフィスやさまざまな年代の女子会の話題をさらっていた。その秘密はどこにあるのだろう。
「もう恋をすることはないと思っていた…」20代の頃に離婚して以来、
仕事一筋に生きてきた40代のキャリア女性、中村るい(鈴木京香)が、
17歳年下の妻のいる男、鈴木行(長谷川博己)と恋に落ちる――。
彼と運命的に出会って、惹かれあいながらも、最初は「もう恋なんて」と自分を制御しようとするけれども、
ともに時間を過ごしていくうちに、パンドラの箱が空き、ついに彼に自分の思いをぶちまける。
自分が欲しいのは、浮ついた恋でもなく安定した愛でもなく、「死のような快楽が欲しい」とつぶやく。
これまで自分の中の女性性を押さえこんで生きてきたゆえに、一度、開いた恋と愛欲の扉はとどめがたく。
一方、行の妻(深田恭子)は若く美しくも一度も社会に出たことのない世間知らず。
2人の不倫に気付いてから、無邪気に残酷な制裁を次々と加え始める……。
という、メロドラマティックな設定ながら、実は現代の女性の困難な生き様とエゴイズムをあぶりだした骨太な脚本、
役者陣の存在感と演技力の素晴らしさが受けて、掛け値なしに面白いドラマだったと思う。

ということだ。
芳麗のブログの続きを読みたい人は ここをクリックすると少々時間はかかりますが読むことができます。




ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャと
 ローマ周辺 D











   5月23日  (月)


神戸の町も夏服への衣替えが進んでいるようである。
天津では連日午前から30℃を越している。
ここ数日の最低気温は10.1℃であった。

午後は風呂(浴池)に行こうと思っていたが、
昼飯を食って、ちょっと横になったら4時近くまで寝込んでしまって
風呂行きは中止。また明日にしよう。 
♪明日があるさ、明日がある だ。・・・・あっ、今日も待ちぼうけと続く歌だったっけ

豚肉と牛肉のミンチを買ってきて手製ハンバーグを作った。
中国は豚の文化だから、豚肉のミンチはどこでも買えるのだが、牛肉のミンチを売っているところは少ない。
ボロボロ涙を流しながらタマネギを刻んだ。水洟から涙への転換である。

「中国人の発想、80の智恵」 守屋 洋著 読了
前の「真実の中国4000年史」と違って、全くの中国礼賛の書である。

日本の老人は退職して師五智からはなれてしまうと、生きがいを失い、疎外感を深くし て
精神的に参ってしまうケースが少なくないが、
この点でも、中国の老人はめぐまれてい る。
かれらには、退職しても、社会に対する奉仕活動という第二の人生が待っている。
上 海の街中や団地などで「向陽院」という看板がやたら目についたので、あれは何だと聞いてみたら、
老人のクラブのようなものだという。
老人たちはそういう拠点に集まって、町 内の子どもたちの勉強を見てやったり、街の掃除をしたり、
日本でいえば、町内活動の幅 を大きくしたようなことを活発にやっているらしい。
つまり中国には老人の社会参加を保 障する態勢がととのっており、
それが老人たちに生きがいを感じさせ、いっそうの自信を植えつけているのだ。
老人たちが過去の経験をひけらかしてはしゃぎ過ぎるのも問題がないわけではないが、
日本のように老人たちが自信喪失におちいっている社会も、けっしてほめられたものではない。

というような調子である。 日本の老人だって頑張っているヤツはいまっせ!




生徒朝礼での講話 30
1997年 5月23日  生徒朝礼

今日、国会では「日米防衛協力のための指針」
いわゆるガイドライン関連法案が成立する見込みです。
「それ、何?」っていう人が多いかと思いますが、
ひょっとしたら日本の運命・君たちの将来を
大きく変えるかも知れない国の動きにも少しは関心を持ってほしいと思います。
また、NATO軍によるユーゴスラビアへの空爆も2ケ月を超え
なんだか泥沼にはまっていくようで不気味ですね、
今、この時代に爆撃によって罪もない一般の市民が死んでいっているという
現実のあることも心に留めておく必要のあることだと思いますね。




   5月22日  (日)


ここ数日、かなり大量の水洟がでて困っている。
時に盛大なくしゃみもともなう。
風邪というわけでもなさそうで、多分「気」のものなんであろう。
例えば、昨日のスピーチ大会を聴いている時には
鼻水もくしゃみもぴたりと止まっていたから、
やっぱり気から来たはなみず=ハナミズキということかな。
花言葉は「華やかな恋」だって、まいったなぁ

昨夜は「牡蠣鍋」をして喰ったので、今朝はその残り汁に冷や飯を放り込んで「牡蠣雑炊」だ。
もっとも、入っているのは白菜、大根だけで牡蠣は汁だけである。

今日は先生が休みで、若い女の先生が来た。
生徒の方も、久しぶりに杖をついたおじいさんも来て
ちょっと人数も増えた。
休んでいた人が来た分だけ立ち往生組が増える。
私は休んでいないのに立ち往生組で、
いつも周りをまねしながらやっているのに
その周りに立ち止まられると、もうどうしようもない。

「朝日新聞デジタル版」というのを購読することにした。
しかし、申し込もうとするとカードでないと決済できないという。
考えてみれば私にはカードも運転免許証も住民票すらもない。
ホント浮浪の民だな。いや、友達はいる。
ということで、神戸の友達からカードの番号等を借りて申し込みを達成。
ただし、6月、7月は無料だ。
この2ヶ月の様子をみてほんとうに購読するかどうか決めようと思っている。

昨日の天津ドーナツスピーチ大会の件だけれど、
今日そのドーナツのホームページに次のような記事がUPされていた。

  ここに書いた以外にも、改善すべき点、はっきり言えば、途中で中止にすべきレベルのミスも少なくなかったコンテストです。
  もし、次のコンテストでも同じミスが起きたら、あるいは起きる可能性があると感じられたら、
  その時点で、コンテストを中止にしたいと思います。

  ゲストの方もおっしゃっていましたが、「同じミスを二度起すことは許されない」のです。
 (ゲストの方がそういう発言をするということは、そのミスはとても大きなミスだということです)

なんか、がっかりしてしまったなぁ
この先生が「感じたら」「中止」されてしまうようなコンテストだったのか。
すごくがんばってやっていた学生たちの活動はこの先生に気に入られなかったら
切って捨てられてしまうようなものだったのか
確かにこの先生は学生以上に頑張っておられることは疑いないし、尊敬もしている。
けど、やっぱり、ちゃうだろう・・・・・という気がする。




ギリシャ・ローマ
color="magenta"

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャと
 ローマ周辺 C






 石の建物群

 こういう町で世界で最古の商売

 売春の店があったそうな






   5月21日  (土)


今朝もまたまた、飯の話しから。
噛まずに流し込んで食える物
あった! トロロ飯だ!
なんと都合よくいっているんだろう。
冷や飯をチンして熱々にし、昨日の残りのトロロ汁をかけて食う。
おかずはこれも昨日の残りのアサリの甘辛煮とポテトサラダだ。
ワシ担当の飯の神様の心配りにはホント感謝する。

 天津市の大学日本語学科の横断的な組織である「天津ドーナツ」の
 1・2年生スピーチ大会というのに行ってきた。
 1年生でほんとうに日本語のスピーチができるのか? という疑問はもっていた。
 参加資格を見ると、日本語科1、2年生および学習暦1、2年未満の日本語学習者
    (三ヶ月以上日本に留学や滞在した経験のある人は除く)となっている。
 参加者は1年生9名、2年生9名の計18人(9大学)であった。

   テーマは以下の3つからひとつを選択
  @ 「___への告白」
  A 「 私は___ができる」
  B 「 農民工の大学生 」
 であるが、1年生は全員が@、2年生はAを選んだ2人を除いて他は@、
 Bを選んだ者はゼロだった。

 それと「即席スピーチ」というのがあって
   各大学の一年生と二年生はチームとなり、
   20分間(休憩時間)で配布したペンで紙に絵や文字などを書いて、
   二人でスピーチをする。与えられたテーマは「手」「約束」「写真」等である。
 20分で内容を話し合って、絵を描いて、というこのはちょっと無理があったようだ。
 これにこそ、日本語の実力が表れるということもできるが
 発表者に自信と達成感を持たせるためにはもう一工夫が必要かな。

 聴いて、学習暦1年以下のものでも、こんなにしゃべれるのかという驚きであった。
 もちろん即席スピーチの出来からみても、日本語力というよりは
 「演技力」に近いというべきであろうが、それにしてもすばらしいと思った。

 録音が悪くて申し訳ないが、1年生と2年生一人ずつの発表例をお聞きください。
   1年生の発表例    2年生の発表例




生徒朝礼での講話 29

1999.5.10.1生徒朝礼

 カンボジア
  アンコールワット
1997年 5月10日  生徒朝礼

校長先生はこの連休には
カンボジア(アンコールワット)に行って来ました。
人のつくった巨大な遺跡、そして何百年と密林の中にうち捨てられて、
ガジュマルの樹がその遺跡を食べるかのように浸食し、
崩れた姿をさらしている「人の作った遺跡」
なかなか見応えはありました。

すでに雨期に入っていたのですが38〜9度という高温、
2日目から下痢でね、さんざんなアンコールワットでした。
帰国の時、関空でえらい厳重に健康診査をやっていましたが、
「健康です」と嘘をついて通り過ぎました。
ただの水あたりじゃあないかも知れんと心配しましたが
今は下痢は完全に治っていますのでま、大丈夫でしょう。
  アンコールワットの写真は5月4日に掲示しました。




   先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。