file://kugejunjichina.workspace.office.live.com/DavWWWRoot
   5月20日  (金)


朝食は昨夜の湯豆腐の残りに冷凍のご飯を放り込んで「雑炊」、
私たちのちいきではこれを「おじや」と言っていたが。
大根、白菜は一度取り出して細切れにしてから煮込んで食べやすくしている。
隣の昆布は湯豆腐の時の出し昆布である。
なんか捨てるのがもったいないけれど、歯の都合もあってあきらめた。
その向こうの急須には昨夜の残りの日本酒が若干入っている。
普通だったらこれもぶち込んで「おじや」を作るのだが、
今日は歯医者に行く予定なので、それもあきらめる。

今日はちょっと町の歯医者さんの様子を紹介しよう。

入り口と診察台、作業台、診察中の先生、入れ歯調整中の先生である。


作業台はこんな感じ。型を取る為の準備、第一次の型(マイナス型)、
それを窓際に置いて乾かし、プラス型をとる準備


プラス型、これは上顎部分だ、歯は4本しかない。上下を合わせてかみ合わせを調べる
まるで、日本料理店で板前が目の前で魚をさばいて料理をしてくれているような感じだ。
一応,器具はこのような滅菌した使い捨てのパックを使う。
というようなアットホームな感じである。

「おいしいおしゃべり」 阿川佐和子著 読了。 面白い。 2〜3節を紹介。

 ひとり暮らしは魔物である、慣れるうちにやめられない魅力にとりつかれる、  そりゃ、ひとりゆえの不都合もある。
掃除、洗濯、炊事を誰が代わってくれるわけじゃなし、
話し相手もいない。外出から帰って玄関を開け、「ただいま−」と叫んだところで、返 事はない。
寂しいかと聞かれれば、ときたまそういう心境に陥ることもあるけれど、しかし それもつかの間のこと。
仕事と対人関係が円満であれば、落ち込んでいる暇などない。
原稿 の締め切りに追われ、せっぱ詰まってようやく書き上げ、ファックスで送る。まもなく担当 の方から、
電話あり、  『届きました。おもしろかったです」  この、一言を待ってている。
いつも褒められるわけではないが、毎回でないからこそ、なおさ らうれしさがこみ上げるのだ。 
ニマニマしながら、ようやく台所に立つ。前日のお冷やご飯が少し、何かおかずはなかっ たっけ冷蔵庫を覗く。
到末物のウニの瓶詰と京都のおつけもの。それにソーセージがあるぞ。 あとはおいしいお茶を淹れるだけ。
豪華とははど遠い、粗末な残り物のお膳だけれど、
仕事を仕上げた喜びと空腹感か相まって、どんなレストランにも負けない格別の味に感じら れる。


 子供の頃、石油ストーブに火をつけるのが楽しみだった。芯に沿ってマッチの火を近づけ ると、ひゅーっと炎が芯に移る。
すると将棋側しのようにみるみる移動して、しまいに炎の 円が描かれるところは、見ていて飽きなかった。
しかし見とれてばかりはいられない。炎が 円を結ぶか結ばないかの瀬戸際にすばやく蓋をし、
青く短い炎になるまで芯の高さを調整す る。そんな点火のコツを会得すると、少しだけ大人に近づいたような気がしたものだ。  
ガスストーブを使っていた時代もあるが、こちらは点火するとき、ボッと恐ろしい音を立 てるのが怖かった。

 初めてはめた革の手袋を、使い始めたその日になくしたのは、大学三年のときのことであ る。革の手袋は大人の女の象徴だ。
これを持っていれば、ハイヒールも真っ赤な口紅もマニ キュアも、カールのかかった髪型も、なんでも似合いそうではないか。
普段はハイソックス にかかとの低いパンプスをはき、およそ大人らしさと縁のない私が、これでようやく変身で きるような気がして、
スペイン旅行の際、思い切って買った黒の手袋だった。
バーティーに 誘われて、格別のドレスアップをし、母からワニ革のバッグまで借りて、バッグの取っ手に、 その日、初めておろした自慢の手袋を添えて出かけたのに、
どこで落としたのか、家に戻っ てきたときは、見当たらなくなっていた。  
所詮、背伸びして慣れない格好をしたのが間違いのもと。母のバッグをなくすよりはまし だったじやないか。
そう自分に言い聞かせてみるものの、ショックはぬぐえなかった。

と,こんな具合である。
比較するのは大いに気が引けるが、わたしの「思い出ぽろぽろ」とよく似ている。
「思い出ぽろぽろ」の方は「生徒朝礼の話し」に飛んでしまってしばらく休んでいるが、
早く再開したいという気持ちになった。




ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャと
 ローマ周辺 B





 これはギリシャの海辺の町、教会では結婚式が行われていた。 下段の石積みの円錐の建物群は世界遺産に登録されている。





   5月19日  (木)


一昨日が満月、昨日が十六夜、今日は立待月である。満月は気がつかなかったが昨日はいい月が出ていたな。
今夜は残念ながら立って待っていても月は出なかった。もっともこの地域だけの話しだが。
病気はすっかりよくなったように思える。 歯はよくなってはいない(念のため)

老人大学 篆刻基礎。時間を間違えて1時間ほど早く言ったため、
老人大学の中庭でしばらく読書。なかなか気分よろしい。
今日は宿題を前に出て発表させた。やってきていない人もかなりいたようだ。
なんとなくうれしくなる。
授業の終わりに先生から書いてきたか、と言われて
恐る恐る(実は「やった!」と思って)出すと、なかなかいいと褒めてくれた。
愛想のいい先生だからお世辞だろうと思うけど

蕎麦やそうめんはもぐもぐ噛まずに
するりと喉に流し込むのが通の喰い方だというのを思い出した。
これだ! と思って冷やしそうめんをつくった。
レタス、玉子焼き、ハム、海老、キュウリをそれぞれ細切りにして薬味とした。
そうめんはまずまず人並みの喰い方で喰えたのだが、
キューリはどうしても噛まなければいけないので喰えずじまいだった。

夜は湯豆腐、とろろ汁、 たこ焼き(冷凍)、アサリの煮付け、
ツナツナサラダ(レタスが少なかったのでツナが倍ほどになっている。)
まあまあ、なんとか人並みの食卓だ。
肴のDVDは「セカンド・バージン」である。

明日は歯医者の日である。きっと型を取るのだと思うが
前の抜歯以後に歯が一本折れているのでどうなることやら・・・・・






生徒朝礼での講話 28

1999.4.7.1学期始業式

  やってみよう!
  今年度の計画
1997年 4月 7日  1学期始業式

   実行できるかどうか心配するよりも前に、
こういうことをしてみたいという夢とか希望なりをまず持つことが大切です。
やろうとしたけれどやっぱり出来なかった、失敗した、挫折したという人の方が
やろうとしないで、挫折も失敗もないという人よりも
ずっと人間の幅が大きい人になれると思います。
どうか、新しい気持ちになっている今、新しい計画をも考えてみてください。
それも、なるべくなら大きい夢、希望の方がいいですよ。
どっちみち、年がいってくると現実に足を引っ張られて
夢はだんだんしぼんでくるものですから・・・・・

校長先生は4月からは週に2回、神戸のYMCAに通って勉強をします。
それと、放送大学はあきらめましたが、通信教育を一講座受講します。
運動の面では、自転車とヨットも続けるけれども、
新しくカヌーとスキューバーダイビングに挑戦して、
海の底で魚と一緒に泳いでみようかなと思っています。
ま、カヌーは大丈夫だと思うけれども
ダイビングの方は時々死んだりすることもあるので用心が必要ですね。





   5月18日  (水)


朝から天気はいい。気温は優に30℃を超している。気分は、よくない。
歯のせいかもしれない。・・・・てなこと考えるのが弱気になっている証拠かな。
頑張ってスポーツクラブに行った。が暑くてジムに行くのは嫌になってプールに直行。
プールではまあまあ機嫌良く体を動かして歩き、シャワーも快適に済ませて
長虹公園まで歩いていく。
でも途中から歩くのが大儀になってきた。
やっと公園に着きベンチに座って休憩しながら
本を読む。家の机で読むのとちがって
こういうところで読む本はまた格別なんだな。
別に閑静な公園でなくてもいい。
ケンタッキーとか駅前広場とかでも十分楽しいのである。
ところが今日はいけない。本を読み始めるととたん疲れて眠たくなってきた。
ものの30分ほどであきらめて、バスに乗って帰る。

家に帰ってからすぐ缶ビール一缶を飲みながらDVDを見始めたがそれもすぐにあきらめて寝る。
多分、こりゃあ病気だわなぁ。折れた歯も歯茎がちょっと腫れてきているように気もする。腰も痛い。

下は今の時、バス停、道筋、公園などに咲いている小さな花たちである。







ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャと
ローマ周辺 A



山の上というか

岩の上というか

そんなところに建っている館である。









   5月17日  (火)


「面白くても理科」清水義範著 西原理恵子え というのを読んだ。
内容は 慣性の法則  時間よ止まれ  地球君の履歴書 など10編である。
内容とは余り関係ないが、その内の一節
私が今、最も面白いと思っているマンガ家はこのシリーズでさし絵を描いてもらっている
西原理恵子さんだが、
なんと言っても彼女の人間性がいい。だからマンガももちろんいいの だけれど、
彼女のエッセイ・マンガ、ルポ・マンガ的な仕事は特に素情らしくて惚れ惚れし てしまう。
 『週刊朝日』の「恨ミシュラン」という企画ページ(彼女が有名料理店へ行っては、恨み度 を採点する)の素晴らしさは、
彼女の人間としてのまっとうさを感じることができる点で、 つい感動さえしてしまう。  
たとえば京都の超有名料亭へ行って”ボロい”と書ける彼女の立派さはどうであろう。
み んな実はそれが言いたかったのに、つい京都に負けて言えなかったんだよね。  
フランス料理ってふマズくねえかふと書き、親父のいばった店へ行けば”クソおやじ”と言 える西原は
人間と
して強烈に正しい。権威とか格式に決して馴されず、しかしただ反抗する だけではなく、
人間としての正直さを問題にするこの人は、実にもって上品な人だと払は思 うのである。

それからもう一つ
「美しい日本の私 その除雪」 川端康成著 も再度読んだ。
まったく、つまらない。
これが「伊豆の踊子」などの作者の講演かい?  ばかばかしい。
一休について書いている一節。 これは、そうだなぁ、と思ったんだ。
川端に対してじゃあなくて一休に対してだよ。

 一休はその「詩集」を自分で『狂雲集』と名付け、狂雲しも号しました。
そして『狂雲集』とその続集には、日本の中世の漢詩、殊に禅僧の詩としては、
類ひを絶し、おどろきに胆をつぶすほどの恋愛詩、閨房の秘事までをあらはにした艶詩が見えます。
一休は魚を食ひ、酒を飲み、女色を近づけ、禅の戒律、禁制を超越し、それらから自分を解放することによって、
そのころの宗教の形骸に反逆し、そのころ戦乱で崩壊の世道人心のなかに、人間の実存、生命の本然の復活、確立を志したのでせう。


それから講演を聞いた。上智大学名誉教授 宗 正孝 の最終講義のテープである。
テーのは「宮沢賢治、二つの愛について」という。
こいつは、ワシの中・高校時代の同級生だ。
ワシとちがって、真面目で頭のええヤツだった。
卒業以後、俗世のワシと接することなく、ひちすら神の道をあるいたんだろうが、
退官講義の写真を見ると
なんか政治家が「たいへん遺憾に存じます」とか言っているような顔している。
講演の内容もしょうもない。 ゴメン!
しょうもなくても聞きたいという人は 宗神父最終講義 ここをクリックしてください。





生徒朝礼での講話 27
1998.1.8.1学期始業式

1998年 1月 8日  3学期始業式

    校長先生はね、ま、仕事の上での計画はいろいろあるわけですが、
個人的な計画としては、今年は日本語と中国語の勉強をしようと思っています。
本当は夜間の調理師専門学校に通うことが夢なんですが、
これは時間的にも経済的にも無理があって、よう実行しません。
だから、放送大学に入学して日本語の勉強しようと思っています。
今さら日本語の勉強って何? と思うかも知れませんが、
日本語も英語も全く分からない外国の人に日本語を教えるための勉強で
これがなかなか難しいのですが、頑張ってみようと思っています。

井戸を掘ったり、煉瓦を積んだりなどの力仕事はちょっと無理だろうし、
農業や漁業などの技術もないし、
退職したら何の役にも立たない趣味だけの余生になってしまいそうなので
今の内に勉強してボランティアとしての第二の人生を夢見ているわけです。






   5月16日  (月)


「臨淵羨魚不如退而結網」宿題の10文字
二種類の文字を調べて毛筆で書いてみた。
「臨卓羨歯不如退而写字」というわけである。
左は「篆書章法」から、右は「篆書千字文」から探し出してきた。
が「千字文」には「羨」という字がない。
仕方がないので「羊」と「次」の二字で構成した。
毛筆の方は一回書いただけで、どうにも下手くそで嫌になって投げ出した。
まだまだ「退而結網」の心境にはなっとらんな。


石にも彫ってみた。こっちもよくないなぁ
彫っていて目が霞んでしまうんだよなぁ
篆刻刀を下ろすその場所が定まらないのだ。
さらに一度押印して、気に入らない所を修正すると
修正前よりもっと悪くなる。
でも、毛筆で書くよりは集中できる。彫っている時は無我無欲である。

これに続く言葉は「揚揚止沸莫若釜底抽薪」である。東電に謹呈したい。





ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャと
 ローマ周辺 @





 続いてはローマである。

 まずは有名な「円形競技場」 見せ物として人とライオンが戦った所である。
 そして背中を向けてコインを投げれば幸せになれるという「なんとかの泉」
 アラブへの侵略十字軍のメッカ(復習テロがあったらいかんので名前は伏せる)





   5月15日  (日)


歯の無い人の朝飯である。

「唇亡歯寒」と言うけれど、歯亡ぶと唇寒し夏の風ですね。
ものを喰っても歯牙にもかからんのだよ。まああと半月で入れ歯が出来る。
それまで歯を食いしばって頑張ろうと思っても食いしばる歯があらへん。
そんな境遇に歯向かうこともできん。
歯がゆい思いで歯ぎしりしようにもそれもできんので切歯は省いて扼腕している。
は、は、は、と笑うしか無いか。

老人大の太極拳。5月1日はメーデーで休み、8日は私の都合で休み、4月24日から三週間ぶりだ。
ほとんど忘れてしまっている。周りの人の動きにもついて行きにくいぐらいだ。歯車が噛み合っておらん。
学生の数も20人程度と歯が抜けたようになっている。できが悪くても歯を食いしばって頑張るぞ!!!





生徒朝礼での講話 26

1997.7.18.1学期終業式

1997年 7月18日  1学期終業式

校長先生の今年の夏は、
校長室前にも掲示してありますが、
自転車と帆船、そして外国旅行は
若い頃からのあこがれであった(今も若いですけれど)
世界の屋根、チベットに行きます。
これは旅行社のツアーをキャンセルして
一人で切符をかっての旅になりますので、
はたしてどうなることかちょっと心配はあります。

でも、自転車にしても帆船にしても、チベット旅行にしても
若い内に頑張っておかなきゃあ、と思って
今年もチャレンジを続けます。







   5月14日  (土)


朝から30℃を越す夏日だ。

天津青年宮という所に行く。
9月から日本の会社で働くことが決まっている
大学生への日本語特訓授業のお手伝い。
初めは何か話をしてほしいと頼まれていたのだけれど
   (「歯なし家」の看板がいきてきたかな?)
今日は歯無しで話しがしにくいので
ロールプレイを3つやることにする。

その内容は次のような者である。(学生たちに配ったプリントをそのまま再掲する)

今日は「近い将来、会社員として日本に行く諸君に、何か日本のことを話してください。」と依頼されていました。
一応「美しい日本の私」というテーマも用意したのですが、
この話は次回に回して(これから何回もこの授業に参加したいと思っていますので)今日は仕事に役立つ3つのロールプレイをしたいと思います。

@は「会議をする」ということです。
 日本では「意見は?」「提案は?」と聞かれることが多いと思います。
 今日はみんなで話し合ってひとつのイベントを企画・立案してもらいます。参加者は全員です。
 久下も助言者として参加します。

Aは「電話をかける」ということです。
 いろいろな連絡や確認のために 電話を使わねばならないことも多いはずです。
 言葉だけで要件や意志を 伝える電話はかなり練習をしておく必要がある項目です。
 今日の練習は@のイベントの来賓または審査員に久下を電話で依頼するという内容です。
 これは全員がというわけにはいきませんので誰かに代表でやってもらいます。

Bは「メールを出す」というものです。
 今の会社ではメールでの用件のやりとりは日常茶飯です。
 手紙や書類ほど厳格ではありませんが、文字を媒介としますのでそれなりの正確さが要求されます。
 今日の練習はAの依頼をメールで行います。
 これは全員が宿題の形で行ってください。
 提出先は kugejunjichina@hotmail.com 久下順司 宛です。提出期限 は5月22日(日)までとします。

では、第一のロールプレイです。
ロールプレイですので、実際にスピーチ大会をするというわけではありませんが、積極的に意見を出して、素晴らしいスピーチ大会を作り上げてください。

1) 大会の名前
2) 大会の趣旨 私たちが日本語の勉強を始めてほぼ1年が経ちます。またあと3ヶ月ほどで実際に日本に行って仕事をし、生活をすることになります。
        そこでこの一年間でどれ程日本語が上達したかを相互に披露し、自分でも確認すること、
        そしてこれからの3ヶ月で何をすべきかという課題を明確にするためにスピーチ大会を行い、先生をはじめ来賓の方々から指導を受ける。
3) 大会の日時
4) 大会の運営責任者(総括者)
5) 司会
6) 会場・会場準備
7) スピーチのテーマ
8) スピーチの時間制限
9) スピーチの順番
10) 依頼状・案内状の作製と発送
11) 案内状の発送範囲
12) プログラムの作成・印刷
13) 会場(座席)までの案内
14) 審査と表彰
15) 講評
16) スピーチ原稿の締切、提出先
17) 記録・写真・録音
18) 開会・閉会のあいさつ
19) 初めと終わりの来賓の挨拶
20) スピーチ大会の冊子
21) その他(アトラクションとか)

第二のロールプレイ
私(久下)は室外に出ますので、私宛に電話(1860−221−1031)をかけてください。
電話の相手の久下は4月23日に授業参観をしてあなた方の勉強については知っていますが、
今回のスピーチ大会については全く何も知らないという前提です。
電話は何人かで交互にしゃべってもよろしい。
あとで、この電話のやりとりについて反省会をします。

第三のロールプレイ
どんな前書きをするか、どの程度の自己紹介(差出人の紹介)をするか、どの程度の敬語を使うか、
依頼の内容は明確か、確認の方法は、あとがきはどう書くか、など工夫してかいてください。
メールの相手の久下は第二のロールプレイの久下と同じ状態で、スピーチ大会については何も知らないし、
電話による依頼もしていないものとします。

というものである。
第一のロールプレイに約2時間。みんな日本語でかなり積極的に意見を出し、具体案を練り上げていった。
第二のロールプレイは約1時間。電話を録音して聞き直しながら検討する計画であったが
青年宮が工事中でけたたましいドリル音がはいり、電話そのものが聞き取れないという状態で
録音はあきらめて、電話の話を思い出しながら、この箇所はどうだった? 君ならどういう?
というような話し合いをした。
第三のロールプレイは宿題である。


天津駅前の風景。



たった一本噛み合わせることが出来ていた歯が折れた。
えらいこっちゃ、入れ歯が出来上がるまで
(5月中には出来ると行っていたが)
もう何にも噛むことができない。 
さて、あと半月、生き延びていけるだろうか?




ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャの部 D

どういうわけか
ギリシャ・ローマの
写真は多い。
長期連載になりそうだ





  ギリシャの

  どこかの

  博物館

  どこかは忘れた。

  一箇所じゃあなかった。









   5月13日  (金)


おや、今日は13日の金曜日だ。
うっかり外に出て、捕まって十字架に架けられたりしたらえらいこっちゃ、と外出を控えていた。
でも、天気もいいし、やっぱりな、ということで十字架覚悟でスポーツクラブに行った。
キリストもゲッセマネかどこかに行くときはこんな気持ちだったのかな。

スポーツクラブの中庭の花。
ちょっとした広場があって低い壁に水流してある。
その水とたわむれている子供たち。
都会の夏の風景だ。
そういえば、街を歩く女性も
細めのジーパンからタイツへ。 それがストッキングになって
今日ぐらいから素足(なま足ともいう)の人も増えてきた

ハーフパンツ姿で、ぶらぶらと自転車で行ったんだが、それでもちょっと暑かったな。

帰りに町の饅頭屋であつあつの肉まんわ買って帰る。
10個6元である。値段はずいぶん違うが
神戸南京町の行列のできる豚まんとそれほど劣るものではない。
「篆書」を肴に豚まんとビールだ。





生徒朝礼での講話 25

1997.1.8.1学期始業式

  反 省

1997年 2月10日  生徒朝礼

先週の生徒集会の時には、岡山県の角山小学校の子どもたちが、
「日本海があぶない、僕たち私たちも何かしなくっちゃ!」と立ち上がっている
というお話しを紹介しましたが、
その水曜日、5日の「市報あまがさき」には
「重油流出事故被災地へ啓明中生徒会が義援金」を送ったという
記事が出ていましたね。これは君たちのお家にも皆配られている筈ですから
読んだ人もたくさんいるでしょう。

さっそく、啓明中学校の校長先生に
「おたくの生徒会もなかなかやるやん、立派ですねぇ」と電話をしたのです。
そして、いろいろ話しているうちに、
実は「私も家内と一緒に2回、三国町に重油回収の手伝いに行ってきたのです。」
とおっしゃるのです。ガツン!ときましたね。
生徒会も立派だけれど、校長先生自身がそういう行動をされている学校だからこそ
学校全体にそういう実行が自然と生れてくるのでしょうね。反省をさせられました。







   5月12日  (木)


久しぶりに老人大学「篆刻基礎」

それぞれがやってきた宿題などを提出して、先生の指導を得ている。
みんなめちゃくちゃ上手だ。
結局 私はせっかく昨日書いてきた「国破山河在=春望」の篆書も、
「久下順司」「和」「自由」の篆刻も提出できず。
多分、右端の「臨淵羨魚不如退而結網」を篆書で書いてくるというのが今回の宿題と思う。
『人のを見て、うわぁ、上手! とかいうよりも、まず自分に出来ることをやれ』という意味だよな。
ワシの今の心境、先生に見抜かれたかな。
帰ってから一応インターネットでこの句の出典が史記「漢書−董仲舒伝」であることを調べ
「篆刻辞典」や「篆書千字文」「篆書章法」などで文字をしらべた。
一応、早速に「網を結った」んだが、まだまだ魚は遠いな。



左端は昨日の夕食。 ポテトフライ、たこ焼き、ウナギ・・・・全部冷凍食品、それとツナサラダ。
中央が今日の夕食。湯豆腐、海老の甘辛煮、アサリの酒蒸し・・・今日は全部手製だよ。
酒を飲みながら、DVD「ふたつのスピカ」というのを見る。
中学生向け青春ドラマというところかな。軽くて、罪も屈託も内も無くてよろしい。
あ、これはマンガをNHKが2009年にドラマ化したものだそうな。





ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャの部 C

どういうわけか
ギリシャ・ローマの
写真は多い。
長期連載になりそうだ






上段右 ギリシャのリゾート地を浴衣で闊歩する私

中段  今日も一応ギリシャの海沿いの街を

下段左 どこだったか忘れたが儀仗兵かい?






   5月11日  (水)


このところ、なんとなくどんよりとした感じの日が続いていたが
今日はすっきりとよい天気。でも、外出は控えて一日家にいた。

明日は老人大学「篆刻」の日だ。
せっかく先生から「国破山河在」の篆書手本をもらったのに
そして、せっかく筆やら紙やら買ってきたのに少しも練習をしていない。
これでは明日は叱られるかもしれない。ということで、頑張って篆書に挑戦。
でも、どだい毛筆を持ったことなどほとんどない。
字の格好が付かないだけでなく、線がゆがむし、細くなったり太くなったり、なかなか思うようにはいかない。


DVD「Buzzer Beat」というのを見た。
例によってマンガ原作のドラマかと思ったら
これはもともとフジテレビでドラマとして放映されたものらしい。
バスケット選手とギタリストの
恋を描いたものであるが
バスケもギターの演奏も
それを楽しめるものではない。

「真実の中国4000年史」 杉山徹宗著 読了
その「まえがき」の部分を。
まえがき
 日中平和友好条約が締結されて四半世紀がたち、すでに過去の問題は全部清算がすんでいるにもかかわらず、
 いまだに戦争責任や戦後処理の問題を蒸し返し、謝罪を求めようとする中国の意図は、どこにあるのだろうか。
 一つには、これを一種の取引材料として、目本の経済援助や技術援助を引き出そうとする一種の脅しであることは明らかだが、
 それだけでは説明かつかない。
 中国は、その四○OO年の歴史において、強烈な中華意識を持ち続け、つねに周辺異民族を見下し、服属・朝貢を強制し、
 従わぬ者に対しては、容赦なくこれを侵略し、殺戮・略奪を恣にしてきた。絶滅させられた民族は、枚挙にいとまがないほどである。
 こうした”中華思想”は、漢民族の遺伝子に、いまなお深く刻み込まれている。
 ところが、こうした漢民族の優越感を大いに傷つけたのが、「日本」という国家であった。かつて朝貢国として見下していた日本が、
 大胆不敵にも一時的にせよ漢民族を支配し、馬鹿にした表現で呼び捨てにしたことは、彼らにしてみれば許しがたいことであり、
 白人に支配される以上の屈辱であったことは、想像にかたくない。

というような本である。内容は自ずとおわかりであろう。






生徒朝礼での講話 24

1997.1.8.1学期始業式

  西双版納にいきました

1997.2.3.生徒集会

  日本海に重油流失



  1月2日
  ロシアのタンカーが沈没して
  大量の重油が流失、
  福井県の海岸を汚染した
1997年 1月 8日  3学期始業式

校長先生は今年の正月は中国の南のはしっこ、ラオス・ミャンマーと接している
雲南省西双版納というところに行って、民家に泊めてもらったりしながら
おとつい帰ってきました。
また、写真が出来たら校長室前に展示しますので見てください。


2月 3日 生徒集会

おはようございます。
今日は生徒集会ですが、少しだけお話をさせてください。

重油流出事故による日本海の汚染のことです。
毎日、新聞にのっていますが、
正直なところそれほど大変なことだとは思ってなかったのです。
でも、ずいぶん深刻な事態になっているようですね。
・・・・・・
本校でも、
例えば2年生の奥間しのぶさんと平良美佳さんが
「日本海の重油の汲み取りの手伝いに行きたい」と校長室に来て話していました。
そういうことを言う人はたくさんいるし、
そんなに珍しいことではないのですが、
平良さんらは、実際にボランティアセンターに電話をして
手伝いの仕方を教えてくれるというところの電話番号を聞き、
そこが案内テープを流しているだけだったので、また電話をして……というように
実際の行動を起こしているのです。

校長先生も、震災の時にたくさんのボランティアの方々に
助けてもらった思いがありますから、
『何かしなければ……」と思いつつも
結局は思うだけで終わってしまっていました。







   先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。