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   5月10日  (火)


歯医者に行って来た。今日は紹介者なし、一人である。
どうも○○歯科といったような名前はないみたいだな。店の看板にも携帯電話の番号がでているだけだ。
多分その地域でただの「歯医者さん」で通っているんだろう。
その「歯医者さん」は昨日は白衣をきていたけれども、今日は皮ジャンみたいな服だった。
そこに座れ、と言われて座ると即麻酔の注射、
上の歯を2本抜いた。計1分間ほど。
今度は20日に紹介の人と一緒に来るようにと言われてお終い。
私の口の中は下のようになった。
ご覧の通り、
上下噛み合っている歯はひとつもない。

口をゆがめればわずかに一本だけ噛み合う歯がある。当分はこれで咀嚼するのだ。
胃袋も大変なことだとは思いますが、ま、頑張ってもらうしかない。
そのかわり、毎日酒は飲ませてあげるからね。

すぐに終わってしまったので、帰りに「天津博物館」に寄った。


飾ってあった看板たち。

帰ってきてから、2週間分ほどの新聞をまとめて読んだ。1時間半ほどはかかったかな。
前半はイギリスの王子様の結婚にまつわる記事が毎日数ページ。
中国人はこういう話題が好きだ。
後半はビンラディン殺害の記事が連日1〜2ページ。
日本の原発事故の記事は少なくなってきている。
その他、ちょっと目にとまった見出しは

29日 中国版国勢調査で中国の総人口は1339724852人
30日 天津の常住総人口は12938224人        ・・・・この中に私が含まれている!
    65歳以上の人口は 1102300人( 8.52%)・・・・この中に私が含まれている!
    男性人口      6906858人(53.38%)・・・・この中に私が含まれている!
    女性人口      6031366人(46.62%)・・・・この中に私は含まれていない!
    大卒以上      2261628人(17.48%)・・・・この中に私が含まれている!
    文盲人口       271301人( 2.10%)・・・・この中に私は含まれていない!ということだった。
 3日 5月1日からは公共の場所は禁煙・・・商店はおおむね守られているが、飲食店はほとんど守られていない。
    5月1日からは飲酒運転が処罰の対象に・・・さっそく第一号が逮捕された。
 9日 アップルの iPhone4 の国産版が399元で売り出し・・・・写真参照
10日 中国の大学のランキング
    一位 浙江大学(207.91)  二位 北京大学(200.34)  三位 精華大学(190.25)
      ・・・おかしいのではという声も
10日 電話サギ(おれおれサギ)の被害が2ヶ月で446万元に
10日 国立アニメ産業園が22日に天津で開園する。
というような記事が目についた。

晩飯は、歯の為を思って(やさしいな!)
冷や奴、玉子焼き、トンカツみたいに見えるのは海老のフライ(冷凍)である。
その下のキャベツは歯にやさしく一度「チン」をしてある。
それからグラタンのようにみえるもの、
湯で溶かすじゃがいもの粉を牛乳で溶かしてタマネギ、ミックス野菜を混ぜ
パン粉、バター、ピザ用チーズ、粉チーズを加えて焼いた物である。
酒はビールの他、「よかいち」も追加サービス。





ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.


ギリシャの部 B

どういうわけか
ギリシャ・ローマの
写真は多い。
長期連載になりそうだ





  今回は
  ギリシャの海特集です。






   5月 9日  (月)


歯医者に行った。
普通だったら決して足を踏み入れないであろう下町の個人歯科医である。
日本人の友人がここで入れ歯を作ってもらって大変調子がいいとの紹介で行った。
たしかに中国的歯医者さんだある。
歯を6本抜いて、上下とも装着式入れ歯を作るという。
費用は3000元〜7000元だという。
7000元もかかったら、喰う道具の入れ歯は出来ても、肝心の喰う物が買えなくなってしまう。
3000元だと硬式の総入れ歯風、4000元だと柔軟性のある装着式になるというから
それにするからまけてくれというと3700元になった。
医者に行って「まけてくれ」が通用するのも中国的だよな。
ま、そんなに丈夫なものがはいらなくてもいい。歯が命より長持ちしてもしかたがないものな。
今日は下の歯3本を抜いた。ちゃんと麻酔はあって痛くはなかった。右端は証拠の歯である。


「国語入試問題必勝法」 清水義範著 読了
これで、四肢選択、五肢選択の国語の問題は完勝間違いなしだ。
他に「猿蟹合戦とは何か」とか「時代食堂の特別料理」など計7編。

家の前の悪臭河の清浄化工事も
いよいよ本格的になってきたようだ。
初めの頃はバケツにヒモをつけて泥をすくっていたのが
潜水服が入り、とうとう重機も登場した。
これが中国式工法だとしたら
ワシの歯もこういう展開になるのかな?
ちょっと心配だ。






生徒朝礼での講話 23

1996.9.2.2学期始業式

四万十あったかサイクリング

シルクロードサイクリング
1996年 9月 2日  2学期始業式

校長先生は、終業式の時にお話しましたように、
5月頃から自転車に乗る練習を始めてこの夏は2つの大きな自転車旅行をしました。
ひとつは、この学校の3年生のK君と二人で四国の四万十川への合計6泊の旅です。
1日目は早朝にフェリーで高知について一日がかりで四万十の源流まで遡りました。
これはものすごくしんどかったのですが、
2日目以後はそれはそれは素晴らしい景色の中をずっと下りばっかりで
K君は田んぼにはまったりしましたが、本当に快適なサイクリングを楽しみました。
そして、最後の日には足摺岬の灯台の下にテントを張って寝ました。
来年も日程が許す限りまた、行きたいと思っています。

二つ目の旅は、校長先生がマウンテンバイク乗ろうと思うきっかけになった
中国シルクロードの自転車旅行です。
見渡す限り一面の砂漠、それも砂の砂漠ではなく黒っぽい石ころ砂漠なのです。
そこに定規で線を引いたようにまっすぐにどこまでも続く一本道
気温45度以上、日のあたっているところは60度近いという暑さなのです。
休み時間ごとに意識不明になって倒れる人が出るという状態で
本当は6日間で600Km程走る予定が、団員の健康を心配して
バス移動に変更されることが多く結局は300Km程しか走らなかったのですが
それでもずいぶんきびしい自転車旅行でした。

2つの旅行の写真などを校長室前の掲示板に掲示していますのでまた見てください。
それから、シルクロードの方はNHKの日曜スペシャルで放映されるので、
これも時間があったら見てください。
多分9月29日の午後10時、衛星第1です





   5月 8日  (日)


2時半から和平区図書館でスピーチ大会がある。
その審査員を頼まれたので、早めに出かけ歩いて図書館まで行くことにした。
天津大学から南開大学を抜けて図書館まで約1時間の距離である。
途中、Gang Gang というレストランでハンバーグ定食とコーヒーで
約1時間ほど本を読んだりして時間をつぶし図書館に到着

朝から一日中 雨という予報だったが雨は降っていない。
が、飯を食って(いや、本を読んでだ)外に出たときには小雨が降っていた。天気予報さん、おめでとう。
南開大学ではコスプレ大会でもあったのであろうか、衣装の学生たちが騒いでいた。


さて、スピーチ大会だけれども、特にウ〜ンとうならせるスピーチはなかったけれども、まずまずの水準。
右の三枚はアトラクションの部である。
おしゃべりをしながら「雪=紙吹雪」を降らせるマジック、これはよかった。

「おそろし」宮部みゆき著 読了。
まえの「あかんべぇ」の続編みたいなものである。
ストーリーではなくて作者の頭の中にある
江戸時代の人々の描写がおもしろい。

天津の情報誌「JIN」の今月の特集は
『散歩の達人』である。その一節を

   北海道・留萌の小石が教えてくれた世界観。

   学生時代、北海道をヒッチハイクで旅していたゲンさん。
 夕暮れの留萌の道を一人トボトボと歩いていると、
 行く手のアスファルトの道に、
 ぼつぽっと黒い点のようなものが続いていることに気づいた。
 「なんだろう」と思って近寄ってみると、
 それは、夕日に照ら吉れた道端の小石がつくった影だった。
 この小さな発見が、彼の世界観を変えた。
 こんな何気ないものでも、気づいただけで感激や感動が味わえる。

   歩いても、晴れないこともあれば、晴れることもある。

   それでいいじやないか。  理不尽を感じたり、忙殺されたりしている内は、まだ安心なのだ。でも、自分を責めるようになったら、危険信号が点灯している。
 散歩というのは、明るい気分でスキップしながらするものとは限らない。
 孤独を感じたり、追い詰められた思いを心に閉じ込めたまま、いたたまれない気持ちで歩くことだってある。
 何一つ悪いことはしていないのに、なてか人目を逃れるように、足早に歩きたくなる。

   物では満たされない。散歩は、それだけで、生きてることに感謝できる。

 ここへ来るのは、「心のバランス」をとるため。  今、悩んでいることを真剣に考えるには、良い場所だ,
 自分の人生を見つめなおしたり、生きている意味を考えたりする。  ホントは、たまたま生きているだけなんじやないか、とかそんなことを考えに行く。
 わずか十五分でも、生まれてきたことに感謝できるから、不思議だ。




ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.

ギリシャの部 A

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   5月 7日  (土)


天津ドーナツという日本語学科を設置している大学生のサークルがある。
今日はその会が「アフレコ大会」をするというので見に行った。
日本のアニメの画面を流してその会話の吹き替えを学生たちがしゃべる。
今回は南開大、商業大、財経大、工業大、師範大、商業大宝徳学院、師範大津沽学院の
7チームが参加。
取り上げられた作品は
「銀魂」「苺ましまろ」「クレヨンしんちゃん」「銀魂」「けいおん」
「ジャングルはいつもハレのちグウ」「さよなら絶望先生」であった。
みんななかなかよく練習していて聞いていておもしろかった。
優勝したのは商業大宝徳学院の「ジャングルはいつもハレのちグウ」。



私は次ぎに天津日本語教師会幹事会が控えていたので、途中退席の予定だったが、
大会が予想以上に早く終わり、結局最後の記念写真まで参加させてもらって
宝徳学院の先生(私の教え子でもある)に車でおくってもらって
幹事会の会場へ。
5月の教師会は講師を招いての講演会と決まっているので
特に話し合う内容もなく、ほぼ雑談で終わる。
「焼きカレー」という変わった食べ物を食った。ま、カレー味リゾットみたいなものである。





生徒朝礼での講話 22

1996.7. 8. 生徒朝礼

  たなばた
1996年 7月 8日  生徒朝

学校のそばのタコ焼き屋のおかあちゃんが七夕の笹を持ってきてくれました。
校長室の前に飾って、皆さんに自由に短冊を書いて付けてもらっていますが、
「試合に勝ちたい」「阪神大会に出場したい」「記録を出したい」などと
この大会に向けての希望を書いている人が多いですが、中には
「校長が長生きしますように」とか
「安藤先生が早く結婚できますように」と書いてくれた親切な人もいますし、
「声優になれますように」とか
「早く髪の毛が伸びますように」といった希望を書いた人もいます。
皆さんはそれぞれどんなことを書きたかったのでしょうか。

夏の夜、流れ星を見付けた時それが消えるまでに願いごとを言うと叶うと言います。
そんな短い時間にサッと口に出るほどに心に留めている願いごとなのですから
その願いごとが叶うというのはきっと本当だろうなあと思いますね。





   5月 6日  (金 立夏 鑑真さんお亡くなり)


はい、今日から晴れて「夏」です。
今まではちょっとヒンシュクだった30℃超も、
これからはどうぞご遠慮なく、というところかな。
「暦の上ではもう春・・・」とか「春は名のみの・・・」と
季節より暦が先行する言い回しが多いのだが、
天津では「幾たびも真夏日を経て立夏かな」という感じだ。

立夏を祝して辛さ20倍というカレーを食った。
ぼんやりとした体が目覚めて、夏らしい汗かおまけに付いてくる。

スポーツクラブに行った。 タクシーが来ないのでバスで長虹公園まで行き、そこからスポーツクラブまで歩く。
ここでも、そして今日も結婚野外写真をやっていましたね。
それに、何か大学の屋外授業のようなこともやっていました。

スポーツクラブでは私を見てスタジオを使うか、と聞いてくれて、頼まなくてもカギを開けに行ってくれる。
スポーツクラブの庭園の休憩所、茶道の野点ができそうな雰囲気である。
公園まで行かなくてもここで一休みして本を読んだり iPod を聞いたりもいいな。
真ん中は、クラブの帰りに始めて立ち寄った「南開公園」。
樹や水はないがお年寄りがたくさんいて卓球や中国将棋、健康遊具などやっている。
途中、小学生の校外学習の隊列に出会った。




ギリシャ・ローマ

1999.7.28.〜8.5.

ギリシャの部 @

どういうわけか
ギリシャ・ローマの
写真は多い。
長期連載になりそうだ






  まずは有名な建築群から






   5月 5日  (木 こどもの日 端午の節句)


こどもの日・端午の節句
鯉のぼり、武者飾り、菖蒲湯、ちまき・・・・どれも関係しないな。
ちなみに こどもの日は「こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」だそうな。
なぜ「父母に感謝する日」じゃあないんだ? と言いたくなるな。
中国では端午節は旧暦で祝う。ことしは新暦の6月6日がそれである。

ずっと在宅。DVDを二つ見た。
どちらも思い切り古い映画である。
「虎の尾を踏む男達」は1952年公開の黒沢明監督の映画
私が小学校を卒業した年の映画である。

「姿三四郎」となると何と昭和18年製作。
黒澤明監督の第一作だそうだ。
戦争の真っ最中にもこんな映画を作っていたんだねぇ。









生徒朝礼での講話 21

1996.5.20. 生徒朝礼

  外にでかけよう
1996年 5月20日  生徒朝

自然に親しむのには本当に良い時季ですので、大いに外に出て
自然の素晴らしさ、大きさ、こわさなどを体験してほしいと思います。
君たちは昨日の日曜日はどのように過ごしましたか。
校長先生は昨日は
マウンテンバイクで明石から神出・大久保までの往復約80kmを走ってきました。
次の土曜と日曜は芦屋浜で小型ヨットに挑戦です、

今、校長室前の掲示板には
「大型帆船に乗ってみよう」という案内と「オーストラリア旅行招待」の
広告のコピーが張ってあります。 《オセアニア協会の募集もあるようです。》
新聞などにはこのような君たちが参加できるいろんな行事の募集がありますので
選んで参加して経験を広げていってくれればいいなと思っています。





   5月 4日  (水 みどりの日)


自然に親しむとともにその恩恵 に感謝し、豊かな心をはぐくむ、という日である。
中国では「青年節」となっているが
1919年5月4日、ヴェルサイユ講和条約に反対して北京の学生たちが立ち上がり
全国的な反日運動に発展したのを記念して「節日」としたものであろう。

水上公園、長虹公園、人民公園と自然と緑に親しんできたが、
今日はあいにくと時々小雨のぱらつく日和
仕方がないので、昨日買ってきたリラクゼーションミュージックを
小型のスピーカーで鳴らしながら、読書とDVD鑑賞。
それに少々、篆刻練習も。篆刻のほうは相変わらず上手くは彫れない。
でも、出来映えよりも彫っているときは他のことは何も考えずに
集中できるのでそれはそれでいいことだなと思っている。
もっとも、しなければ何か考えることがあるのか
と言われるとこまるんだが・・・・・

読んだ本は「あかんべぇ」宮部みゆき著
お化けの出る話でストーリーよりもその構成が結構おもしろくて
ついついのめりこんで読んでしまったようなところがある。

見たDVDは2010年6月に劇場公開された「瞬 (またたき)」。
なるほど「瞬」という字、私は「まばたき」と読んでいたが、「またたく」という読み方もあるんだ。
どう読んでも意味は同じなんだろうか。
「○まばたきをする、△またたきをする」
「○またたく間に、  △まばたく間に」という感じだがな。
これもストーリーよりも景色がよかったね。




アンコールワット

1999.4.29.〜5.4.



  5月の連休にいったんだが、
  立ちくらみするほど
  暑かったのが強烈な印象だった。

  巨大な石の建造物の根っこに
  樹の根が割り込んで
  壊れかけているものも多かった。








   5月 3日  (火 憲法記念日)


昨日に比べて暑さ加減は少しはマシかな。
飲み水を注文したのでそれが来るのを待って、天津図書大厦にでかけた。
mp3付きの本を一冊と音楽のCDを3枚買う。

左の写真は海光寺付近の路上の乞食である。
横笛は割合見かけるが二胡はめずらしい。
演奏はヘタクソで振り向く者もいない。


図書大厦から歩いて「人民公園」まで行った。
人民公園の近くには何度も行ったが、入るのは初めてである。
名前から行ってもメインの公園の一つなんだろう。
確かにいい公園なんだけれども、回りをビルにかこまれていてちょっと狭っ苦しい感じがする。
♪空を身たけりゃビルの屋根、おいらさびしい・・・・てな感じかな。








生徒朝礼での講話 S

1996.4.15. 生徒朝礼

  今年度の計画


1996年 4月15日  生徒朝

今日は校長先生自身が
この1年にどんなことをしようとしているかをお話ししようと思います。

まず、学校に関することで
 校長室を君たち生徒や保護者の方々に開放すること。
 休み時間や、放課後などいつでも校長室に話しをしに来てください。ただし
 授業中に来る場合は担任の先生か、教科の先生の許しをもらってきてくださいね。
    できるだけ朝のおはよう運動に参加して、君たちと朝の挨拶を交わすこと。
 生徒朝礼の話しをプリントして校長室前に掲示して、君たちに読んでもらうこと。
   まだいつ創刊号が出せるのかわからないのだけれど、
 学級通信のような「校長室だより」を発行すること。
 これもまだいつのことだかわからないのだけれども、
 インターネットに園田東中学校のホームページを開設して
 世界中の人々に園田東中学校を知ってもらおうと考えています。
 片仮名で「ヨカクラブ」という名前で課外クラブを設立し、顧問となること。
 このクラブの内容については、このあと紹介をしますので、
 興味のある人はどうぞ入部してください。

次ぎに、校長先生個人として、今年こういうことをしようと思っていることとして
まず、文化系では
  仕事がら色々と本は読むのだけれど、
  今年は教養を高めるために「原色日本の美術32巻」
  「日本文化の歴史12巻」
  「ライフ人間の世界史21巻」
  「ライフ大自然シリーズ26巻」を読み終えようと 考えています。
  それから、「中国語会話」の教室と
  「クッキングスクール」に通うつもりです。

運動系では
  「スカッシュ」といって、壁に囲まれた中でやるテニスのような
  競技にチャレンジしてみます。
  マストに登って帆を張るような大きな外洋型ヨットには
  何度か乗ったことはあるのだけれども、
  今年はツーマンディンギーという小さなヨットの操縦を習いにいくつもりです。
  この間、マウンテンバイクを買いましたので、土曜日曜などを利用して、
  テントを積んで日本海とか紀伊半島とかに野宿の旅に出ようと思っています。
  また、中国大陸には今まで、列車で、バスで、ジープで旅をしましたので
  今年の夏休みにはウルムチ〜シルクロード間を自転車で走ってこようと思います。
というようなことを考えているのが校長先生です。
君たちもまた校長室に来て、ぼくは、私はこんなことをしたいなあと思っている
というようなことを聞かせてくれると、先生と生徒という関係だけではなくて
人と人、友だち同士のような交流ができてうれしいなと思います。





   5月 2日  (月 八十八夜)


♪夏も近づく・・・なんて生やさしいものではない。
本日の最高気温32.6℃  最低気温が25.9℃である。
すでに夏本番、かと思ったらまた、うえっ!って言うような寒い日が来たりするのが天津だ。
油断はできん

ビンラディンが殺されたそうだな。
天安門の孔子像も撤去されたそうだ。
油断はできん

スポーツクラブに行く。
スタジオを開けてもらって太極拳の練習もしたが、やっぱり42式はあやふや。
24式を何回かやって、プールへ。

そのあと歩いて「長虹公園」へ
まずまずの人出だが昨日の水上公園のようなことはない。
日陰に座っていると風がすずしく、気持ちがいい。
30分ほど本を読んでいるとちっちゃな子どもが本をさわりに来たりして、なかなかいい気分だ。


何かコスプレの練習みたいなことをやっていた。
結婚の屋外撮影は数は少ないがここでもやっていた。



お好み焼きとおでんの残りで酒を飲みながら
DVD「十三人の刺客」というのをみた。
なんと1963年公開(ほぼ50年前)の映画である。
若き日の片岡知恵蔵が主演している。
字幕がおもしろい。
参勤交代にて中山道を江戸ご出府途中・・・・・・・(鬆平在進軍途中)
尾張領木曽上松にて一泊あそばされました・・・・・・・(很多人被殺害了)
万が一にも疎そう無きよう・・・・・・・(招集了這麼多妻子)
尾張家陣屋勤めの藩士は妻や娘も加えて接待にまかりこしました・・・・・・・(為了自己的歓楽)
・・・・・・
その方、いずれの者じゃ・・・・・・・(那是什麼)
はい、尾張陣屋勤め槙野采女の家の者でございます・・・・・・・(恩是為大人爾準備的)
木曽の山の中におくにはよいきりょうじゃな・・・・・・・(很好吃巴)
という具合である。  「よいきりょう」が「很好吃」になるあたりすごいな。 




蘇州・寒山寺

1999.2.10.〜2.14.

  かの有名な「寒山寺」であるが、写真は3枚しか手持ちにない。
  疎水というか、小運河のきれいな街だったなあ。

  お詫びに中国語で「月落ち、烏啼いて・・・・」をお聞きください。






   5月 1日  (日 メーデー)


中国では連休二日目の日曜日。
我が家の温度計では最高の外気温 31.8度を記録した。もう真夏日である。


水上公園に出かけた。すごい人出だ。 確かに中国は人口が多いということを実感させてくれる。
こういう人出の中を歩くのも結構人々をうきうきした気分にしてくれるものだな。


水上公園は名前の通り水の豊かな公園である。
折しもの暑気とあって、子供たちはずぶ濡れになって水とたわむれていた。
優雅にボート遊びも行われているが、これに乗るにも多分1時間以上の行列に並んだ末である。
悠久の中国、忍耐強い!


ちょっと静かな雰囲気を求めて「神戸園」の方にいった。
さすがに走り回る子ども集団はいなくなったが、
こちらでは結婚式の記念写真集団。ぐるっと見渡しただけでもこういうのが7〜8組見える。
それが次々に移動して、また新たに現れてくるのだから、今日一日で何十組もここで写真を撮したんだろうな。
右端は、ついこの間新しく運転を始めて新式ジェットコースター。

帰りももちろんタクシーなんか拾えるわけがない。
バスだって乗車口を開かないぐらいの混雑である。
それでも、無理矢理行き先も定かならぬ超満員バスに乗り込んで
どこか人の少ない駅まで移動。そこからもう一度バスかタクシーで帰ることにする。

夕食はあさりの酒蒸しと1個6元の生牡蠣、そして昨日の残りのおでん。





生徒朝礼での講話 R

1996.1.29. 生徒朝礼

  フランスの核実験


1996年 1月29日  生徒朝

それから、もうひとつニュースです。
核実験に抗議する手紙をフランスと中国に送りましたね。
フランスからその返事がきました。フランス語なので詳しい内容はわかりませんが
語学の天才、余部先生に概略訳してもらいますと
今後のもっともっと増大するエネルギー源を確保するために
核の開発は必要だとフランス政府は考えていること、
そして2月にも予定していた核実験を中止の方向で考えていることなどが
書かれているそうです。
突然、これに何が書いてある?といって、渡すと
すぐに「大体こういうことではないですか」と答えることのできる余部先生には
本当に感心してしまいました。
と、ここまでは先週の金曜日の話しだったのですが、
何ときのうの早朝(日本時間6時半)またまた南太平洋で6回目の核実験を強行していますね
余部先生の訳があっているのかどうかちょっと不安になっています。
手紙は中央玄関に掲示しておきますので、また見ておいてください。
持って帰って誰かに詳しく翻訳してもらおうという人がいましたら
コピーをしてあげますので申し出てください。










   先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。