file://kugejunjichina.workspace.office.live.com/DavWWWRoot
   4月 30日  (土)


朝からすごい風である。
晴れているんだが、空はどんよりしている。
黄砂なのかもしれない。
いや、天津の砂が舞い上がっているのかもしれない。
明日あたり、日本も大風だろうな。
今日から天気がよければ公園めぐりをと思っていたがやめた。
夕方近くのスーパーに買い物に出た。
連休初日とあってどこもすごい人出である。

普通 400元〜1000元程のDVD機が99元で売っていた。
2〜3軒の店を覗いたが、こんな安いのはない。
よし! これだ! と思ったが店員がこれはやめた方がいいというので
その次ぎに安い199元のを買った。
店員もお奨めだし、店でデモンストレーションに流していた機械なので間違いなかろう。

あとは家で本を読んだり、篆刻の練習をしたり・・・・
今日はちょっとちっさい石に一字白文で。
これは「和」という字の金文かな。
ま、とにかくなんでこれが「和」なんじゃというような古い字である。
こんな字でも彫って、失敗して、砥石で消して、また彫ってと
まるで炭坑節のように何度も失敗を繰り返した後の妥協作なのである。

夕食には冷蔵庫の掃除をかねて「おでん」を煮た。
じゃがいも、だいこん、玉子、豆腐、厚揚げ、こんにゃく、竹輪、鶏の脚、
それに冷蔵庫の掃除だから、レンコン、人参、サヤエンドウもはいっている。
さすがに、レタス、キューリ、ミニトマトは
おでんには入れにくいのでポン酢味サラダに。
大根・人参はそれでも残ったので例のジャコおろしと紅白なますに。
さ、明日から 皐月、5月だわ。




nepal K
その他

@1994.12.28.〜1. 8.
A1998.12.26.〜1. 5.
B2001. 1. 4.〜1.14.

  ネパールには
  3回行っているが
  どの写真がどの時の
  ものかの区別は
  ついていない。




  たぶん、使い忘れたんじゃあないかという写真たち


     これでネパールはおしまいです。






   4月 29日  (金 昭和の日)


日本ではゴールデンウィークの幕開けである。
中国では数年前までは5月1日から一週間の連休だったが、土日を含めての3連休。
イギリスではウィリアム王子の結婚式が挙行。
とにかく、おめでたい日である。

本当に久しぶりにプールに行った。気温も若干低めだったし、
体調も万全ではないのでジム・スタジオはやめてプールだけにする。
鼓楼に毛筆を買いに行く。これが主目的、プールはどちらかと言えばついでだ。
ちょっと小ましな筆と練習用の半紙
それと水で書くと墨色に発色、しばらくすると消える練習用のマットみたいなもの
これはなかなかの優れものだ。と思って買ったのだが、家に帰って気がついた。
いったん毛筆に墨をつけてしまうと、完全に洗わないとマットに跡が残ってしまって
もう使えなくなる。専用の筆を買わなくっちゃあならんわけだ。
また、篆刻用の石材も5個ほど買ってしまう。

鼓楼には何度も行っているのだが、南側の筋には足を踏み入れてなかった。
「格格府」なんて博物館(?)があったかと思うと、なぜだか解らないが大きな生け簀で鮮魚を売っていたり
絵画・額縁の廃品みたいなのを売っていたり、なかなかユニークな道筋でもある。



黒澤明監督。1993年公開の映画で、黒沢監督の遺作となったものだそうだ。
内田百閧ニその学生たちの交友を描いたもの。
内田百閧ニは漱石門下の小説家・随筆家であるということは私も知っていたが
その作品を読んだ覚えはない。
映画ではなかなか面白い人柄なので一度読んでみようと思って探したが
NITENDODSの「日本文学100選」にも「図書館DS」にも彼の作品は載っていない。
インターネット「青空文庫」にもない。残念だな。






ちょっと長くなって申し訳ないけれど
(あれ、自分の自己満足だけといいながら何か「読み手」を意識しているな)
拝受したメールを二通紹介。
ともに今日いただいたものである。
初めは神戸の同期生(70歳超のおじいさんである)

  久下さん
  毎回hpの天津便り欄を拝見いたしておりますが 目に止まるのが手料理による食卓の写真である
  なかなか栄養のバランスを考えコストにも配慮した献立と興味をもって拝見しております
  どうしても中華料理の油けを少なく野菜をよく配置し時には和食の良い部分もとりいれてあり
  適度の晩酌も加え理想的な案配のよう この間駅弁会社の偉い人から聞いた話
  駅弁はどうしても料理してから客が口にするまでの時間を考慮すべきところから
  ご飯は餅米をほんの少々加えるそうな それによって時間がたっても米のしっとり感が
  残り味の劣化を防ぐとのこと 
  歯の不自由な御仁にとって食材と料理に限られる面が残念でしょうがそのことを
  思い出来る限り歯の養生に気をつけ手前の歯に感謝しながら若狭がれいの干物や
  イワシの一夜干しをカリカリ バクバク喰いながら貴兄(安嶋もー)の歯のことを
  反面教師にしております
  貴兄の食卓日記を観てその夜の食い物の選択をしたこともあり
  真に豊かな食事で元気を保ってください

「食卓日記」と言われて、なぁ〜るほど、と思う。考えてみれば喰うことの記事多いな。
この歳になれば喰って寝ての生活だもんな。
寝る方もきわめて順調だが、こいつはなかなか記事にはならん。
勢い喰うことを書くと言うことになってしまうというわけだ。
つまりは他に「寝食を忘れる」ような仕事はしていないということだ。
「衣食」は足っているが「礼節」はどうか判らん。

もう一つは、私がやっている「メール日本語塾」の参加者からのメールだ。

  久下先生,
  こんばんは。
  先回のメールでから、またほぼ一週間を経ちました。
  先生のホームページを見て、先生は「篆刻」を結構楽しんでるように見えると思います。
  それらの字は完全に読み取れませんが、書き方が美しいと思います。
  自分もちょっと書道を習って試したが、大一頃に。粘りがないから、諦めてしまいました。恥ずかしかったですね。

メールを通じての勉強だから、顔も知らないんだけれども、日本語を学んでいる女子大生である。
こういうお付き合いもほんとうに楽しく、うれしいよ。


西のかた関門を出て、今日も暮れゆく異国の丘、そこにはただ風が吹いているだけ・・・・という境遇には
こういうメールをもらうと、ホント「家書萬金」にあたる感じがしますね。





生徒朝礼での講話 Q

1995.9.1.2学期始業式

  万里の長城を廻る旅



  9.11.生徒朝礼

  生徒のアメリカと
      チェコ旅行の話
1995年 9月 1日  2学期始業式

おはようございます。
今年は涼しい夏になるという予報だったのですが、
猛暑と言われた去年よりも、もっと暑い日が続いてしまった夏休みでしたね。
42日間の夏休みを有意義に過ごせましたでしょうか。
校長先生は崩れかかった、と言うよりほとんど崩れてしまっている万里の長城を
眺めたり、歩いたりしながら中国の奥地を約2000Kmほどジープで走ってきました。
大陸の真中の砂漠地帯の夏ですからものすごく暑いはずなんですが、
長袖の上にジャンパーを着てもまだ寒く、
立ち寄った農家ではストーブを焚いてもらって暖をとったり
大雨が降って道が決壊し、川の中をジープで走ったり、などと
こちらも異状気象のようでした。

異状気象はまあ仕方がないとしても、校長先生が中国に行っている間に
去年行った新疆ウイグル地区では核実験が行なわれたそうですね。
中国の新聞やテレビ、人々の話題にはほとんど出ていなかったようでした。
近々、ひょっとしたら今日あたりには
フランスが多くの反対意見を押し切って南太平洋で核実験を強行するかも知れません。
なんと言おうと人を殺すための道具の開発であり、
何十年、何百年の長きにわたって環境を汚染する実験に違いないのですから
私個人としてもやはりはっきりと反対の意志表示をしておきたいと思います。


9月11日 生徒朝礼

さて、今日も始業式に引き続き、夏休み特集の第2弾です。
まず、アメリカ旅行に招待され、終業式の時に野茂選手を見てくると言っていた
3年4組の春木君にアメリカ旅行の感想を聞かせてもらいましょう。
  【春木君に朝礼台にあがって話してもらう】

校長先生はね、北京ではモーゼルという四角い軍用のピストルと、
望遠鏡のついた狙撃用のライフル、
三日月形の弾倉を持ったマシンガンの3種類の銃の
実弾射撃をやってきました。
今、日本でも銃を使った犯罪が多発しており、そんな時にこんなことをしたり、
まして朝礼でしゃべったりしてはどうかと思うけれど、
そして、今度の旅行の目的と何の関係もないのだけれど、
やはり校長先生も男の子だから、これは面白い経験でした。

次ぎにチェコに行った2年3組の若林君からチェコでの生活を話してもらいましょう。
  【若林君に朝礼台にあがって話してもらう】





   4月 28日  (木 満月)


どういうわけか、朝4時過ぎに起きてしまった。
午前中は宅配を頼んでいるので家にいなければならない。
宅配で買ったもの。
日本酒2本、米(あきたこまち)、UCCコーヒー、レトルトカレー、味ポン、ティシュペーパーである。
12時を過ぎてもやってこないので、電話で催促。やっと篆刻への出発に間に合った。

「篆刻教室」。次第に佳境に入って来た。
とはいうものの前半はやはり講義で、早起きがたたって眠たい。
なんか、技法、技術も大切だがそれよりも学識が求められる
というようなことを言っているんだと思うがさっぱり解らない。
「学友」も私の周りに集まってきて、私を抜きに談笑している。

考えてみると、もう少しすると私の耳は完全に聞こえなくなるだろう。
その時の感じはこの篆刻教室に座っている時と似ているかも知れない。
いいターミナルケアになっているわけだ。

この前出した「篆書」を返してくれた。
自慢ではないが、
こんなにたくさん先生の朱書をいただいている人は私だけだ。
おまけに、軸にでもしたいような、お手本をくださった。
これを見て更に「継続努力」せよ、ということだろう。
まだ先生は、私が「継続努力」すれば
立派な篆書が書けると思っておられる。
先生の「夢」が「幻想」に終わらないように・・・・


季節柄「春さらば」というDVDを見た。
一人の訪問介護員と一筋縄ではいかない老人たちの姿を通し、
現代の介護社会、家族という枠を越えた人と人の”絆”を描く
というドラマである。
なんだ! 
我が人生の「季節柄」じゃあないか!

もう一つ
「カフェ代官山」ってのも見た。
半分寝ながらだったので
ストーリーはよく覚えとらん。












nepal J
結婚式

@1994.12.28.〜1. 8.
A1998.12.26.〜1. 5.
B2001. 1. 4.〜1.14.

私が泊まっていた宿舎の
向かいの家で結婚式があった
宿舎の出入りの時に顔を合わせて
挨拶などもしていたので
式に、というか宴会に参加させてもらった。







   4月 27日  (水)


今日は「買い物デー」
醤油、料理酒、かつお節、マヨネーズ、キャベツ、レタス、ポテト、
スパゲッティ、牡蠣、ししゃも、蛸わさび、コーンスープ、塩、砂糖、
ワイン、紹興酒、チーズ、おかき、柿の種、
綿棒、ウェットティシュ、サランラップ、アロマオイル、
DVD、USB。 多分以上である。
買い物に歩いた歩数16194歩。   ワテ ホンマニ ヨーイワンワ

左の写真は天津日本人会のビルの近く。天津はきれいでしょう。

買い物の途中、
天津日本人会で本 7冊借りる。
吉利屋でDVD 26タイトル購入

5月1日〜3日まで天津日本語教師会の会員の紹介で
「霧霊山・九龍譚 二泊三日の旅」に行く予定だったが
今日 急遽 4月30日〜5月1日「黄崖関長城 一泊二日」と変更になった。
日程的にも無理だし、行き先も何度も行ったことがある。
残念ながら今回は不参加とすることにした。





生徒朝礼での講話 P

1995.7.20.1学期終業式

  虹色の夢の魚
1995年 7月20日  1学期終業式

また、勉強やクラブだけで夏休み42日間がつぶれるわけではありませんね。
それこそ、日常とちがった夏休みなればこその『夢』もあるはずです。
多くの人が応募してくれた「海外招待旅行」に
2年生の若林君がチェコに
3年生の春木君がアメリカに招待されることが決定しました。
これもひとつの『夢』の実現ですね。
『夢』を求めて応募したけれども今回は招待されなかった多くの人たちは
その夢をどうかしぼませないで、
若林君や春木君よりもっと大きくふくらませてから実現を目指してください。

校長先生はこの夏は初めてまったく旅行社の世話にならずに
一人で飛行機の切符を買い、自分で領事館に出向いてビザを取り、
現地でジープと運転手を雇って
中国の蘭州から敦煌までのシルクロード約1500Kmの旅を計画しています

2学期には若林君のチェコの生活紹介、
春木君の炎熱のアメリカ滞在記をぜひ聞かせてもらいたいと思います。
また、生きて帰えれれば校長先生の敦煌写真展も楽しみにしておいてください。
そして何よりも君たち一人ひとりが正面玄関の詩にあるような
『虹いろの夢の魚』に出会う夏休みであってほしいですね。





   4月 26日  (火)


体調はまずまず快復したかな。
日中に 病床に伏すということもなく過ごせた。
ワシにもまだまだ回復力があるということだな。
だが、気分がいけない。体は治ったが気を病んでいる状態が続いている。
外出する気もしないので、何日分かの新聞をまとめて読んだ。
読んだと言ってもほとんどはただページをめくっただけであるが、
ま、今日の記事からひとつご紹介。
へぇ〜、天津以外の出身の学生は
大学を卒業してもそのままでは
天津で就職することはできないのか。

その他、「利休にたずねよ」山本兼一著 読了
茶道の「お道具拝見」とか「茶室のしつらえ」とかの
わけのわからん部分がちょっと解ったような気がする。
そう言う意味では面白い本だった。

DVD「赤い橋の下のぬるい水」看了
今村昌平監督の2001年5月上映の映画である。
まったく「わけわからん」かった。

篆刻の練習をした。
ちょっと形の
変わった自然石に
彫ってみたんだが
やっぱり
うまくはないなあ。





nepal I
家族

@1994.12.28.〜1. 8.
A1998.12.26.〜1. 5.
B2001. 1. 4.〜1.14.

  ネパールには
  3回行っているが
  どの写真がどの時の
  ものかの区別は
  ついていない。



上段は山、町、お寺、道路、庭先等々で日向ぼっこにくつろぐ家族。日向ぼっこが非常によく似合っている。
下段左端は葬式のために正装している家族。
下段の4枚は親しくなって家に招かれた家族。子どもの名前がゴータマであり、シッダルタであった。





   4月 25日  (月)


朝は正常に起き、日常のストレッチもした。
ただ、いつも飲むココアが欲しくなくてオニオンスープにした。
そして、いつもの通りトイレに行くと下痢だ。
別に気にもせずパソコンを開いてしばらくするとまた便意。下痢だ。
これてすっかり気分は病気になった。外も雨だ。

でも、午前中は篆刻練習をしたり、本を読んだり、左のビデオを見たりしてすごした。
が、午後になってからはダメだ。
下痢はとまっているが、脱力感に加えて悪寒も出てきた。
仕方がないから病床に伏せることにした。
下痢で体内の水分が失われたのか、体の冷却機能が低下、熱い息が出て口の中が乾く。
フーとかグァーとか声を出して息をすると少し気分がいい。
これは面白いと思って一人でうなっていた。
病気も付き合えば面白いところがある。
汗をかく、暑いので足や背中を蒲団の外に出すとすぐ寒くなる。
体内で抗病体が大奮闘して汗をかいているのだろうな。がんばれ。

上の映画、1984年12月公開だ。
数ヶ月前のものでも、20年以上まえのでも見ることが出来る。
DVDってありがたいものだ。
左は自製の水筒。
蒙古の白酒の容器に灘の酒蔵で買った酒絞りの袋の布を貼り付けた。
ちょっとアンティークめいておもしろくなった。





生徒朝礼での講話 O

1995.515. 生徒朝礼

  オーム事件
  モンゴル
  ゴビ・ロシア



  地下鉄サリン事件が
  発生したのは3月20日

  麻原が逮捕されたのは
  この翌日 
  5月16日だった。
1995年 5月15日  生徒朝礼   (オーム事件、モンゴル・ロシア)

話しは変わりますが、このところ新聞もテレビも
オームの報道一色と言っていいほどの感じがします。
校長先生はテレビは余り見ないのですけれども、
ちょっと見た時、オームの特集などやっているとついじっと見てしまっています。
面白半分といった気持ちがやっぱりありますね。
それがテレビの番組の時間を増やし、
新聞の紙面を大きくしている原因なのでしょうが、
その結果、私たちの生活に本当に必要な情報が報道されていないのではないか、
カッターナイフを持っていただけで、
放置自転車に乗ったということで逮捕されるというようなことが、
気持ちとして受け入れられてしまうという社会的な雰囲気ができてこないかと
少々おそろしい気持ちも感じはじめているこのごろです。どうか君たちも
そういったことも考えながらこのニュースを追っていってほしいものだと思います。

あと、わたくしごとですが、
校長先生はこのゴールデンウィークには、雨の日本を離れて
ロシアのバイカル湖とモンゴルの大草原、ゴビ沙漠に旅行してきました。
ユーラシア大陸で最大、世界で最も深く、透明度も高いバイカル湖、
緑の波が打ち寄せるバイカル湖のほとりをイメージしていったのですが、
何と、全面凍結、バイカル湖の湖面の上をふるえながら歩いてきました。
ゴビの草原は本当に広い、なにしろ日本の面積位の所に
人口が4万5千人という南ゴビ地方ですから人はほとんどいないのです。
滑走路も何もない草原に飛行機は離着陸するし、
道路も何もない草原の中を地平線のかなた蜃気楼に向かってバスは走っていくという感じなのです。
また、校長室前の掲示板に写真など掲示しますので見てください。





   4月 24日  (日 復活祭)


天津の日本語学習サークルに「ドーナツ」というのがある。
今日はその会がカラオケ大会をやるというので、それを見に行くことにした。
時間は13:00 〜 17:00 天津師範大学で、である。
丁度 太極拳の練習と重なってしまうが、太極拳の方を2時半で早退させてもらって
タクシーで駆けつけた。3時半。まあ、後半の1時間半は見学できると思ったら
到着した時はもう、選手の発表は全部終わっていて最終のアトラクションをやっている段階だった。
講評や表彰など全部が終わったのは予定より1時間早い4時。なんかソンをした気がする。



今日はひとつ天津のたいていの公園に設置されている健康遊具(と言っても老人向けなんだが)をご紹介しよう。
これは天津老年人大学構内にせっちされているものであるが、どのように使うものかおわかりだろうか。







nepal H
信仰のかたち

@1994.12.28.〜1. 8.
A1998.12.26.〜1. 5.
B2001. 1. 4.〜1.14.

  ネパールには
  3回行っているが
  どの写真がどの時の
  ものかの区別は
  ついていない。


 信仰というのはこのように
 血みどろなものなのだな。

 キリスト教でも
 「牛や子羊を燔祭としてささげた」
 とあるから
 同じような風景だったのかもしれない。





   4月 23日  (土)


今日はある先生の授業参観に行く。
天津駅の近く、11時の待ち合わせなので、かなり早く家を出て
バスでイタリア風情街の近くまで行き、海河沿いに歩いていくことにした。
途中雨になったが、川沿いの道はすばらしく整備されてきている。
今日はひとつ美しくなった天津の街を紹介しよう。。






家を出るときはカラリと晴れていたのだけれど、海河に下りたあたりからぽつりぽつりと来だして
瞬く間に風雨である。傘を持っていてよかったけれど、その傘も半分にしなるくらいの風
ま、天津らしいといえば天津らしい天候の変わりようである。
「女心と天津の空」と言いならわすようにしたらどうかな。
丁度天津駅に着いたところで、携帯が鳴り、学生が迎えにきてくれた。
電話で話をし、待ち人の位置を聞き取り、挨拶をして教室まで案内する、これも授業の一環である。
学生は10人、土・日は朝の10時から午後5時まで日本語の勉強をしているという。スゴイ!
今、大学の4年生で9月から日本の企業に就職することが決まっており、そのための日本語特訓である。
去年の6月から日本語を習い始めたということであるが、もうかなりしゃべれるようになっている。
みんな気持ちのよい子たちだ。





生徒朝礼での講話 N

1995.1.9. 3学期始業式

  ネパール




1995年 1月 9日  3学期始業式   (ネパール)

校長先生は終業式の時にお話しした通り、
今年の正月はヒマラヤのふもとのテントの中で迎えました。
3000mを超える山中での4泊のテント生活は
それなりに大変なこともありましたけれども、
日々様子を変えるアンナプルナ、ダウラギリ、マチャプチャレの山々の
素晴らしさや、シェルパや地元の人たち、それに家族との話し合いなど
仲々有意義な年末年始でした。

正月の3日に家族やグループの人たちは帰国し、
校長先生だけが一人残ってネパールの町を4日間あちこち歩きまわって
昨日の午後、帰ってきました。
この4日間は全く一人っきりなので大変でしたけれども
それだけに何人ものネパール人の友達ができたり
食物や飲物、交通機関などもネパールの人と同じ生活を味わうことができました。
水牛の脳味噌を食べたり、チベットの酒を飲んだりしましたが、
別にこれで体をこわすということは、今のところ無かったみたいなのですけれども
向うのバスはものすごいホコリでね、
おとついは4〜5時間もそれに乗っていましたもので
すっかり喉がいかれてしまって咳ばかりしています。

ネパールの人たちの日本についての関心は非常に高く、
日本語を勉強している若者も多いし
友だちになった一人からは
自分の子どもを何とか日本にやって勉強させたいと相談されていますし
また、他の若い一人からは日本語の辞書を送ってもらえないかと頼まれました。

こんな話しばかりしていてもキリがありません。
また、写真を校長室前の掲示板に貼り出しますので見てください。





   4月 22日  (金)


なんとなく、一日家にいて
本を読んだり、ビデオを見たりして
ぶらぶらと過ごした。

窓際に花を飾って、その下で本を読む
ゆったりとした気分である。
読み始めた本は 「利休にたずねよ」山本兼一 である。


そして見たDVDの一つが「LAST MWSSAGE 海猿」
昨年の9月に公開された映画で
国家プロジェクトで建設した天然ガス基地の事故
大爆発の危険もあるが、全く想定外の事故で対応策がない。
官邸、事故対策室、韓国からの救援、迫り来る巨大台風
どこか外国での事故例を急遽取り寄せて・・・・と
まるで、原発事故の予告なたいな感じも。

昼はご飯を炊いて、おにぎりを作って喰った。
五目寿司にぎりとカツオ、塩昆布、梅干しの4種
かなりたくさんになったので仕方がない残りはラップして冷凍

そして、もうひとつのDVD「書道ガールズ」というのも見る。
こっちは昨年5月公開の実話がもとになっているという映画。





nepal G
子どもたち

@1994.12.28.〜1. 8.
A1998.12.26.〜1. 5.
B2001. 1. 4.〜1.14.

  ネパールには
  3回行っているが
  どの写真がどの時の
  ものかの区別は
  ついていない。




 ネパールの子供たち

 みんな明るくて

 かわいい





   4月 21日  (木)

朝から雨、少し寒い。 ほんと久しぶりに傘をさして外に出た。

朝、メールをチェックしていると「メール日本語塾」の参加者から
面白い動画があるので、塾の皆さんに紹介したいとのメールをもらった。
「おまえうまそうだな」という題である。
ま、とにかく一応見ておかないと、と見出したら何と1時間半の大編である。
ま、特に何というわけではないが、
ゆっくりとアニメの世界に遊べるという感じである。
見てみようと思われる方はどうぞ ここをクリック すればすぐ見られまする。
ダウンロードして保存という方は ダウンロード をクリックしてください。

ここでまた、インターネットで調べたら、
2010年10月16日より全国一斉ロードショウの映画だった。
こんなに簡単にほぼ最新の映画が無料で見られて、映画作っている人は生きていけるんかいね。


篆刻基礎 七回目。
他の学生が書いてきている「篆書」、私から見れば玄人かと思うほどにうまい。
先週、私が出して「国破在山河」、先生が「あれ、なくなってしまったんだ。対不起!」といってきた。
「よかった!」というのが正直な気持ちである。
・・・・でも授業の終わりかけに「他に書いたヤツあったろう、それを出せ」と言われてしまった。

今日から学生も実習に入った。
右端の学生は「久下順司」という印を彫っている。簡単だし、練習に丁度いいのだろう。
ただ、わしゃあ、やりにくいよ。

「ライトノベルの楽しい書き方」というDVDを見た。
何か文章の書き方についてのヒントでもあるんかと思ったのだが
それはまったく、ほんとに全くなし。

天津でもやっぱり筍の旨い季節である。
飲み急いでいるのでどれが筍かよくわからないだろうが、
筍の醤油煮、野菜の煮物にも筍が入っている。








生徒朝礼での講話 M

1994.10.31. 生徒朝礼

  文化祭の話




1994年10月31日  生徒朝礼   (文化祭の話)

校長先生もこの文化祭でトロンボーンを吹く上原先生や和田先生のスケッチなど
先生方の知らなかった一面に接することができ、驚いたり感心したりしました。
中でも特に、多くの人たちの注目を引いたのが2年8組の岩戸君の
理科の自由研究「バンジージャンプ」だったのではないでしょうか。
たった一枚のモゾー紙の展示でしたけれども、
校長先生にとっては、向井千秋さんの宇宙飛行よりも
もっと身近で、新鮮な驚きであり、夢と勇気をかきたててくれるものでした。
これは先生方の間でもずいぶん話題になりましてね、
いちど挑戦してみようという話しも出ているようですよ。
もちろん、安全の問題もあるので岩戸君のように自分で
自動車のタイヤを切ってローぷを造ってというわけにはいきませんが、
そういうのを有料でやらせてくれる遊園地があるそうですね。
外人講師のパットン先生はアメリカで経験ずみだそうですので、
まず、年内に彼が見本を見せてくれて、
来年早々に勇気と根性のある先生が跳ぶのだそうです。
もし、見そこなっている人がいたらと思って玄関の掲示板に
もう少しの間掲示しておいてもらいますのでまだの人はどうぞ見てください。










   先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。