file://kugejunjichina.workspace.office.live.com/DavWWWRoot
   4月 10日  (日 東京その他統一地方選)


どういうわけか3時過ぎに起きてしまった。
午前の9時ごろに眠たくなって困ったが
ちょっと市場に買い物など行ってごまかし、
昼からは太極拳。もうすでに6回目である。
42式は4段42式の動作であるが
今日で第一段12式までを習った。

太極拳に行く前と、帰宅後に
「のだめのカンタービレ 最終章前編・後編」を見る。
計4時間である。
前編の方は音楽を聞きながら居眠りをしていた。

殻付きの生牡蠣を4つ買ってきて
二つは生で、二つは焼いて喰った。
ちょっとこわかったけど生も焼きも旨かった。
1個6元、計24元。
写真は残骸で申し訳ない。

統一地方選挙
民主 大敗。 東京都知事 石原慎太郎4選。




nepal D
水浴びをする人々

@1994.12.28.〜1. 8.
A1998.12.26.〜1. 5.
B2001. 1. 4.〜1.14.

  ネパールには
  3回行っているが
  どの写真がどの時の
  ものかの区別は
  ついていない。

  今回は2回目の掲示で
  1回目@〜Cは
  昨年12月28,30日
     1月1,4,7日
  に掲示した。
  お断り
 1998年は忙しい(旅に)年で
  1月 南ベトナム
  7月 四万十あったかサイクリング
  8月 セイルトレーニング、チベット、ベトナム
 12月 ネパール と行っている。
 その内8月のベトナムの写真が見つからないので飛ばして
 ネパールの2回目D〜FC に移る。




1段目は野原での水浴び、2段目は街の水浴び場、3段目はカトマンズのお風呂屋さんである。





   4月  9日  (土)


プリンターのインクがダメになったので、インクだけを詰め替えに行った(「注墨」という)。
黒だけのが10元、カラーが15元だった。
新しいのを買うのと比べると1/10 以下だ。
でも安定性はあまりよくない。今回もカラーの方は「ちょっとよくないかも」って言われたので
新しいのを一つ買った。110元。これも正規版の半額程度だ。

そのまま自転車でスポーツクラブ行ったが、
途中、道を間違えてしまってどこを走っているのか分からなくなってしまった。
天気もよく、気分もよかったのでそのままブラブラと走っていると
「図書卸売り市場」というのが目に入ったので、寄ってみた。
古本屋の大集合みたいなところだ。



スポーツクラブにはなんとかたどり着いたが、かなり汗もかいていたので
ジム・スタジオは割愛してプールとシャワーだけで帰った。

NHK土曜劇場「桂ちづる診察目録」看了
赤ひげと椿三十郎を合併した女性版というようなもの。





生徒朝礼での講話 G

1993. 9.1. 2学期始業式

1993. 9.13. 生徒朝礼

エジプト旅行BR>



  エジプト旅行の写真は
  昨年11月17,19,21日に
  掲載しています。




1993年 9月 1日  2学期始業式   (エジプト旅行 @)

また、8月2日から11日まで、尼崎市の海外交流事業として
市内の中学生10人が中国を訪問いたしましたが、
本校からは小嶋先生が副団長として、
そして、生徒では2年生の柴田一生君、上村望さんの2名も選ばれて
中国旅行をしてまいりました。
その旅行で特に感じたことや印象に残ったことなどを
上村さんから少し話してもらいましょう。【上村さんの話】

その他、先生方の中にも海外旅行をされた先生が何人かいらっしゃいます。
また、何かの機会にお話を聞かせてもらってください。

校長先生は、今年の夏はエジプトに行って、社会科の先生らしく
ピラミッド、スフインクス、ツタンカーメンの墓、
ナイル川やサハラ砂漠の端っこなどを見てきました。


1993年 9月13日  生徒朝礼   (エジプト旅行 A)

校長先生は今年の夏は1年間の降水量が0という年も多いという
エジプトに行っていましたので、毎日本当に雲ひとつない晴天の連続でした。
とは言っても、砂漠の砂が舞うのでしょう日本の秋晴れといった感じではなく
少しどんよりとした感じの「青空」なのです。
日中の屋外はおそらく摂氏50度を越していると思うのですが、
乾燥しているので、去年行ったインドよりはしのぎやすかったような気がします。
アスワンに巨大なダムを作って、ナセル湖という世界一の人造湖が出来てから
その地域では、少し湿度も高く、雲が出ることも多くなり、
時には雨も降るようになったということです。
これが良いことなのかどうかは、少々心配が出てきています。






   4月  8日  (金 花祭り)


街の中心部の喫茶店でコーヒー、サンドイッチ、ポテトフライで昼食
2階席は他の客もなく静かだったのでそのまま2時間ほども粘って昨日の続き「小論文を学ぶ」を読んだ。
それから日本人会に行き、本の返却と借り出し。
さらに図書大厦で篆刻関係の本とDVD、日本語の教科書(mp3付き)2冊、日本語の雑誌3冊を買う。


中国のものすごい経済成長を反映して
オリンピックが済んで2年半たった天津の街は今も大変貌中である。
道が舗装され、ビルが建て替えられているだけではない。
新聞によると、緑地は市民一人当たり9u
どの位置からでも500m以内に1000u、1q以内に5000-10000uの緑地
汚水の処理率90%以上にして悪臭を一掃する
バス8000輛を改造して空気品質2級以上(意味は分からないが)の日が85%以上
という計画である。

日本だって
@オリンピック A経済の大発展 B公害の発生 C世界第二位の経済大国 
D環境意識の高まり Eバブル経済の崩壊 という道をたどってきた。
今、中国はB、Cのところを走っており、Dに手を付けだしたところだ。
もちろん痛い前例があるからEを繰り返すことはないはずである。




チベットの旅 C

1998. 8.11.〜 8.20.
  あこがれの秘境チベット
  ここは、
  中国の友人を頼って
  全くの個人旅行であった。
  この年はラサは大雨で
  路が寸断されており
  他の都市への移動は
  出来なかった

 ・チベット高原で飼っている牛は
  ヤクとよばれる毛の長い牛である。
 ・ここでも羊はたくさん飼っている。
 ・下段左はラサ八角街の露店での食事
 ・もうひとつはポタラ宮殿1階の
  レストランである。
 ・ラサの民家に招かれて。







   4月  7日  (木)


午前中は台所の修理。
まだわずかな水漏れが残って斧おり、流しの下の物入れの底も大きな穴が開いたまま
修理が完了したとはとても言えない状況だけれども、中国風ではこれで完了なのだろう。
台所が無くなったわけではないし、電気もガスも水道も使えているのだから感謝しなくっちゃあね。

篆刻の授業。今日はまだ実技には入らないのだけれども
杜甫「春望」の篆書の練習。
それと、各人の名前印の見本も書いてくれた。
まず第一番は日本人であることから私。
あと一人、王Uさん、こんな調子でやっていたら
1ヶ月はかかってしまうんじゃあないかな。
まあ、幸いなことに私の字が決まったんだから、明日からでも自習で篆刻実技に入ろう。


「ダブルアップ」というのを読み始めたが、
なんか私にはまったく面白くなく
途中で投げ出してしまった。

で、続いて藤沢周平「密謀」を読み始めたのだが、
これも第一行目を読んだとたん、
あれ! 前に読んだことあるぞ、と気がついた。

で、結局 ちょっと固くてしんどいのだが
読みかけの長尾達也「小論文を学ぶ」を読むことにした。






生徒朝礼での講話 F

1996. 6. 3.生徒朝礼

生徒の死亡A


 校長として在職中に
 二人の生徒を亡くした。

  校内で起こった事故だった。
  土曜日には全校集会を開き
  みんなに事態を説明

  その後、学年集会で
  みんな、声を上げて泣きながら
  必死で祈った。
1996年 6月 3日  生徒朝礼   (生徒の死亡 A)

おはようございます。
先週末はほんとうに大きなショックとつらくて悲しい思いを心に受けた日でした。

土曜日の朝の全校集会では、危篤で非常に危険な状態であるとは言いましたけれど
本当は心の中では生命力のあふれる14歳という若さなんだから
完全に元通りとは言わなくても
きっと持ち直すに違いない、と信じていたのです。
そして3年生の諸君と、皆で祈ろう、応援しよう
祈りはきっと通じる、きっと元気になって帰ってくると話し合ったのでした。
それから1時間もたたない内にあんなに悲痛な結果になるなんて……
ほんとうに言うべき言葉がない、辛い2回目の全校集会となってしまいました。

昨日の通夜にも多くの人が参列してくれました。
きょうのお葬式には3年生全員に参列してもらうことにします。
少し授業が抜けますけれども授業では得られない
大きな、心にずっしりと重たい勉強をしてきてください。

死というものが
自分を最も大切に思い、愛してくれている人に、そして
自分が最も大切に思い、愛している人に、
どんなに大きな、取り返しのつかない哀しみをもたらすものなのかを
感じてきてください。

これからの人生の中で、
死んだ方がましだと思い込むような時もあろうかと思います。
そんな時に、「いや、待てよ」と思いとどまるなにかを学んできてください。






   4月  6日  (水)


朝一番に大家に電話。
今回は大家も対応が早く、すぐにとんできた。
前回は大家の対応が悪く、階下の住人とかなり険悪な雰囲気だったのだが、
さすがに一歩前進はしている。やはり経験は大きいものだ。福島とはそこがちょっと違う。
とは言え、大家のおばあちゃんではどうにもならんので、午後にでも息子と工事人を寄越すと言うことで帰る。
昼前に息子が大工を連れてやってきた。配管道具を新調しなければならないということで工事はあした。
ところが夕方には今夜にでも直しに行く、との電話有り。
結局はやはり今夜は出来ないということになったのだが、いちいち連絡があり、対応としてなかなかGood。




題に惹かれて「言霊の女たち。」というDVDを見た。
1話 10分弱の意味不明の物語。
全編3話、計24分というあっけないものである。
それにメイキングビデオみたいなのが34分ついている。

「のだめのカンタービレ in ヨーロッパ」というのを看了。
まだ、このあと「最終楽章 前編」「最終楽章 後編」が控えている。
もともとがマンガ原作をドラマ化したもので、ストーリーは要するに「マンガ的」
演技もマンガの絵をそのまま思い浮かべることができるほど「マンガ的」
でも、音楽とヨーロッパの風景がふんだんに出てきて、結構楽しく見られるドラマである。








チベットの旅 B

1998. 8.11.〜 8.20.

  あこがれの秘境チベット
  ここは、
  中国の友人を頼って
  全くの個人旅行であった。
  この年はラサは大雨で
  路が寸断されており
  他の都市への移動は
  出来なかった

ラサの空港から
市街へ向かう途中の摩崖仏である。
写真で見ると何か間が抜けて見えるが
実物はそれなりに美しい。

右端は「鳥葬場」
死体をここにおいて鳥に食べさせる。
私達が言った時にも鳥葬が行われていた。
 

ラサというと何か秘境の寂れた町って感じがするが、なかなか大きな町である。
草原は山の上。そこから少年僧がぼんやりと、いつまでも町を眺めていた。





   4月  5日  (火 清明節)


清明節は中国ではかなり大切な祭日である。
先週の土曜日(休日)を出勤日にして、月曜日を振替休日とし、
日・月・火の三連休としている。
先祖のお墓参りをし、墓をきれいにすることから「掃墓節」ともいわれる。
数日前から新聞には清明節の特別列車ダイヤが組まれるほどの民族小移動が行われる。
丁度春先の気持ちいい時期、
家族小旅行という意味もあるのだろう、「踏青節」とも云われる。

私は午後、「鼓楼」に出かけた。 天気もよかったし、清明節連休のせいか、かなりの人出であった。
右端のキリスト教会も日曜ではないが門を開いて営業(礼拝?)をしていた。



鼓楼に言ったのは、篆刻用の参考図書を買いに行ったのである。
朱の墨汁を売っていたので、まずそれを購入。日本製であった。
墨汁、細筆、練習用半紙などを購入
歩いているうちに、印材の石も2つ買う。
そして目的の古本屋で
「篆書集唐詩」「篆書章法」「篆書章法百図」「正反篆刻辞典」を購入
そのあと、日系スーパーに寄って少々酒の肴などを買って帰宅。

ぐっすりと眠っていた夜中0時過ぎ、ピンポーンとドアベルで起こされる。
こんなに遅く何だ! と思って出てみると階下の住人が水漏れがしていると怒っている。
確かに、前と同じところに水がたまっている。
原因は前とは違って今度は温水器からの漏水である。発電機でなかってよかった!
ま、とにかく雑巾で水を吸い取る作業1時間半。どこかとちがって初動活動が敏速!
やっと漏水は食い止めた。
でも、二度あることは三度ある、というから「漏水安全委員会」でも設置しておいた方がいいかな。

漏水の原因は明日にでも天津電力にでも依頼するが、漏水は自力で止めたのだ。
もし、役に立つなら東京電力にそのノウハウを教えてあげてもいいのだが。
家主への連絡は明日早朝に、ということにして避難所ではなく自宅のベッドで再度就寝。





生徒朝礼での講話 E

1993. 3. 8.生徒朝礼

生徒の死亡@


 校長として在職中に
 二人の生徒を亡くした。

 朝礼での話はホントに辛い。

 今日はその1





1993年 3月 8日  生徒朝礼   (生徒の死亡)

おはようございます。
3年生の諸君にとっては、
今日が中学時代最後の朝礼と言うか、全校が集まる最後の機会となりました。
・・・・・・
今日は、その3年生にとっては最後の朝礼ですが
大変悲しいお知らせをしなければなりません。
それは、
1年2組の坂本和彦君が先週の土曜日の夕方、亡くなったというお知らせです。
坂本君は、バスケットボール部に入り、
校外ではボーイスカウトの活動をするなど、元気そのものの少年でした。

それが、先々週の火曜日、2月24日の5校時に、担任の先生に
「先生、頭が痛い」と言って保健室に行き、おうちの人に迎えに来てもらって
タクシーで家に帰りました。
そして、夕方の7時ごろ、意識が無くなり、
救急車で兵庫医大病院に運ばれた時には呼吸は止まり、
一時的には心臓も停止するという状態になっていました。
心臓マッサージにより心臓は動くようになったのですが、
呼吸は回復せず、ずっと機械で呼吸を続けさせていました。
手術もできない状態になっていました。
・・・・・・
そして、3月6日午後5時10分、
とうとう最後の力を使いはたし、
意識を回復しないまま、13才の短い人生を閉じてしまいました。
・・・・・・・
『生きていること、ただそれだけでもどんなに素晴らしいことか』
という思いを坂本君のお母さんの姿が語っています。


   文中の・・・・・・の部分はからお読みください。
   4月  4日  (月)


今度 急遽完全帰国することになった先生とその学生、後任の先生と
我が家で夕方から食事会をした。
食べ物はお好み焼きとじゃがいもの粉ベースのグラタン、野菜の浅漬け、チーズ盛り合わせ等である。
残念ながら写真を撮すのを忘れてしまった。
その後任の先生は家にお酒が切れると不安でたまらないという程によくお酒を飲む人で、
二人でビール少々と日本酒一升を飲んだ。いい友だちになれそう。

午前中から、それらの材料を買いに伊勢丹、家楽福、市場と回った。
もう完全に春だつたね。下はその時の我が家近く路上。少数民族の人がアクセサリーを売っている。





チベットの旅 A

1998. 8.11.〜 8.20.

  あこがれの秘境チベット
  ここは、
  中国の友人を頼って
  全くの個人旅行であった。
  この年はラサは大雨で
  路が寸断されており
  他の都市への移動は
  出来なかった

 お坊さんの僧房に入り込んだ。
 師匠と弟子だろうか。二人で済んでいるみたい。
 部屋も明るいし、知らない人が入り込んでも
 にこにこして応対してくれる。
 頭に手を置いて、何かお祈り(祝福?)もしてくれたよ。
 もちろん若干のお布施は受け取ってもらった。

 下段は ジョカン寺門前で五体投地をする人たち、と休憩する家族
 








   4月  3日  (日)


老人大学「42式太極拳」に行く。先週習った分はほとんど忘れている。
幸せなことに、他の同級生も似たり寄ったりだ。
授業の前半でなんとか先週の分を身につける。
新しく今日習う分は何十回かはやるんだけれども
やっぱり曖昧。ま、来週になったら何とかなるだろう。

バスで往復しているんだけれど
何と、今日のバスには冷房が入っていた!!
さすが天津だ! 冬からいきなり夏になる。

福島原発はいったいどうなっているんだろうね。
ここ数日の天津の新聞の見出しのみを紹介しよう。





といったようなものが並んでいる。(ページ横いっぱいの大きな見出しだけ)
漢字だから大体の意味はとれるでしょう。


室内で使っていたモップが壊れたので買った。
手動だけれども水につけてザルの様なところに突っ込んで
ギュッと押すと高速回転して脱水する。
保証1年、199元。なかなかのものである。

昼は回転寿司。おでんをやっていたので食ったがまずかった。
夜は、焼き魚2種、ウナギの蒲焼き(はぎれ)、飛びっこ・蛸わさび 
と定番ジャコおろしである。
明日のためにカレーを煮込んだ。






生徒朝礼での講話 D

1993. 1.18.生徒朝礼


 17日 米 イラク空軍機撃墜
 17日 バクダッドミサイル攻撃
 18日 米英仏による空爆
 21日 クリントン後も空爆継続


  いまはリビアが危ないな
1993年 1月18日  生徒朝礼   (イラク攻撃)
2年前の昨日、1月17日は湾岸戦争が勃発した日でした。
今月の13日にはアメリカ、イギリス、フランス軍によるイラクへの空爆が行なわれています。
ブッシュ大統領はあさって20日の正午で任期の切れるのですが
昨日もまたミサイルでバグダッドを攻撃したということです。

カンボジアでも、インドでも、アフリカでも、さらにヨーロッパでも
戦争と言ってよいような状態が続いています。
先生が今年の冬休みに行ったスリランカでも
治安は大変良いと言われている国ですけれども、
道路の要所々々にはバリケードが築かれ、機関銃を据え付けて警戒していました。
日本ではちょっと考えられないことですね。
・・・・・・・
国連の安全保障理事会の決議を守らないイラクに対し、
正義のため、平和のため、民主主義のため、
アメリカを初めとする多国籍軍はイラクを爆撃しましたが
そこで爆撃の犠牲となって死んだのは、フセイン大統領ではなく、
国連も安保も何も知らない赤ん坊であったり、
一般市民たちなのだということも忘れてはなりません。
日本の自衛隊は直接爆撃に参加してはいませんけれども、
その爆撃の経費を負担しているというかたちで参加しているわが国も
それらの子どもや市民を殺しているということについての
痛みや負い目を感じなければならない立場にあると思います。






   4月  2日  (土)


スポーツクラブにいく。
午後は5時カラ「天津日本語教師会」の幹事会を道千草という日本料理店で。
ここで、お好み焼きと生ビール一杯。
帰りはまったくタクシーがつかまらず、バス停まで歩いてバスで帰る。
このごろ、中国の人々の懐も豊かになってタクシーを利用する人が多い。
雨の日、雪の日などはタクシーをつかまえるのはほぼ絶望的だ。
土・日もかなり困難。

ビール一杯ではとても足りないし、少々寒かったので、家に帰ってから熱燗。
寒かったのは下着をヒートテックスから普通の綿のに替えたからかも。




チベットの旅 @

1998. 8.11.〜 8.20.

  あこがれの秘境チベット
  ここは、
  中国の友人を頼って
  全くの個人旅行であった。
  この年はラサは大雨で
  路が寸断されており
  他の都市への移動は
  出来なかった


チベット仏教の寺院。
ポタラ宮。
かなり高い崖のようなところに建っており
一気に登ると息が切れて苦しくなる。
ポタラ宮の主はもちろんダライ・ラマであるが
現在はインドに出張中である。

下は、お坊さんたちの宿舎







   4月  1日  (金)


4月になった。新学期、新年度である。
学年にも、年度にも関係のない生活をしているけど、なんとなく新しい気持ちになって頑張ろう。


「風に舞い上がるビニールシート」というNHKの土曜ドラマを見た。
2009年5月30日から7月4日まで5回に渡って放映されたもの。
UNHCR――国連難民高等弁務官事務所が舞台。
世界中の紛争や迫害によって難民となった人々を保護し、
難民問題解決に向けて活動する国連の機関――。

別に難民の生活が描かれているわけではないが、
東日本大地震以来、被災・難民などという言葉に
敏感になっており、ついDVDを引っ張り出して見た
以下、制作者の言葉から
「このご時世、地球の裏側の難民よりも先に
日本で救わなきゃならない人がいるんじゃないの?」
それが多くの方の正直な感想でしょう。
でも、このドラマを見ていただけば、
「あれ、私たちって世界に無関心でよかったんだっけ?」
という気持ちが生まれ、少しだけ視野が広がるはず。

というドラマです。
エンディングの歌のバックの絵で、ドラマ本体とは何の関係もありません。




今日の晩飯

ホタテ貝を焼いてみた。汁が流れてしまい貝の一部は焦げてサンザン。福島一号と命名した。
アサリの酒蒸し。これはうまくいった。貝の一部はピザに乗せ、残った汁はスープにする。
ピザ。市販の冷凍ビザに冷凍海老、アサリ、ミニトマト、チーズを乗っけて焼く。
見た目グラタンの様になってしまった。
それと野菜の浅漬け。豆腐は昨日の残りを煮直したもの。





生徒朝礼での講話 C

1992.11.30.生徒朝礼


12月 1日はエイズの日
エイズのちょっと詳しいお話
の一部である。


1992年11月30日  生徒朝礼   (エイズの話)
さて、明日の12月1日はどんな日か知っていますか。
「映画の日」「省エネの日」などというのもあるようですが、
世界的には『世界エイズ・デー』とWHO(世界保健機構)で決められて、
予防や知識の普及活動が行なわれています。

21世紀の人類の最大の課題のひとつはエイズであると言われるぐらい
大きな問題ですが、君たちはエイズについてどのくらい知っているでしょうか。
保健の授業で習ったという人もいるかも知れませんが、
こわい病気だ、というぐらいの知識しか無い人もいるかも知れません。

今日はエイズについてもう少し詳しく知って、自分がエイズにならないための
予防の知識を身につけ、無用な恐怖心や差別や偏見を持たなくても良いように
なってほしいと思います。


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