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   3月 10日  (木 平城遷都(710) 東京大空襲(1945))

老年人大学 篆刻基礎の授業開始日である。
早めに行って良さそうな席に着席。
先生も班長も以前の講習で
顔見知りなので緊張はない。
教室の雰囲気もなごやかなものである。
篆刻「基礎」だから仕方がないが、
第一回の授業は石や篆刻刀の説明など
既習のことばかりの上に
全部中国語での説明なので
退屈を通り越して居眠り思想になった。


授業が終わってバスにのって帰る。
4時に午後1限の授業が一斉に終わるのでバスは超満員である。
家に帰り着いてみるとポケットのサイフが無くなっていた。
乗る時にバスのカードを取り出してポケットに入れたのだから間違いない。
このところ、何かこういうことが多いね。
目の前の丼がバチッと音を立てて割れ、汁が流れ出すなんて旧約聖書に出てくる神さんの啓示みたいだし・・・
ワシもとうとう平成のヨブになりかけているのかな。
でも、盗られた物はカード類だけで、キャッシュカードは銀行に盗られたままだし、
金目の交通カードはサイフに収めるヒマがなかったので無事
無くなったのはスポーツクラブのカード、伊勢丹の会員カード、日本人会の会員カードぐらいで
多分どれも再発行してくれるだろうし、実害はない。
いつもながら神様の手加減には感謝、感謝である。


夜は冷凍の殻付き牡蠣を焼いて喰ってみた。
今、須磨の海岸では
岸壁に着いている牡蠣を採って喰えるそうであるる
冷凍物なので下痢しないかどうか、
かなりおっかなびっくりだったが、
まあまあ、かなり美味かった。

その他は例によって じゃこおろし、蛸わさび、野菜サラダ、冷凍餃子(伊勢丹製作のものである)
それに漬け物の浅漬けとこの間いただいた「辛子高菜 うまか菜」が加わる
飯の後は一人で、同じ場所で二次会
酒はウィスキーに代わり、つまみはチーズとポテトチップスである。

「義経」は延々と続いているが、今夜の酒のお相手は「春との旅」。

    誰しもに訪れる人生の転機を捉え、生きることの素晴らしさを
    厳しくも優しさに満ちたまなざしでペーソスたっぷりに描く。
    今を生きるすべての人に贈る人生讃歌。

というものである。

    日本映画史に新たな名作の一ページ。
    列島感涙。魂を震わせる奇跡のような映画が誕生

というのはは大袈裟だけれど、
うんうん、と頷きながら見ておれる静かないい映画であった。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
私は昭和46年4月1日に小学校に入学している。
そのころはまだ「国民学校」といっていたし、学校の名前はあったんだろうか? 
上筒井小学校と宮本小学校、春日野小学校の3校が一つの焼け残った校舎で勉強した。
今週の午前は○○小学校、午後は××小学校という具合である。
最初にもらった教科書は新聞紙のような一枚の紙だった。
それを折りたたんで冊子様にして使った。だから私は「墨塗り教科書」の経験はない。





   3月 9日  (水 三陸地方で地震あり)

吉利屋でDVD 23タイトルを250元で購入。
これには結構1時間近くの時間がかかった。

そのあと町を散歩。
張自忠の自宅跡、これは外から眺めただけだけど。
ついで「近代天津と世界博物館」というのを見る。これはパスポートの番号などを書くと無料。
ほとんど写真が展示されているだけで、なぜ「博物館」なのかよくわからない。



風呂に行くつもりだったんだが、ちょっと腹がへったので
「味千ラーメン」というところで「味千麻辣ラーメン」というのを食べる。
まあ、辛いのは辛いけどそれほど「激辛」というほどでもない。
ところが、2〜3口食べたところで、突然バチッと者が落ちたような音がした。
何事? と思って見渡したけれども、よくわからない。
周りの人が私の丼を指さすので見てみると丼が割れて汁がテーブルに流れ出している。

どうしたんだろうねぇ、何も触ってはいないし、振動を与えたわけでもない。
びっくりするくらいの破裂音がしたんだよ。
当然、新しいのと換えてくれて食べる。

風呂は「この前に行った「東方之珠」である。
前の時に「入浴15元」という割引券をもらったので
それプラスあかすり20元の35元の入浴だ。
15元で風呂、乾サウナ、蒸気風呂、そして服を貸してくれての休憩は安いと思う。
でも、今回は15元の券くれ、と請求したんだがくれなかったな。




蘭州から敦煌へ

万里の長城の跡を
求めてジープで

1995. 8. 9.
   〜 8.22.
    お詫び
 去る1月30日にこの
 コースの紹介をしました。
 その時には5枚しか
 無かった写真が
 その後大量に
 出てきましたので
 再度5回に分けて
 紹介します




 蘭州から敦煌への途中の風景である。
 お詫び 上段右端の写真は日付から見ると、この時のものではなく、1995年1月のネパールのものらしい。
 途中の市場や、草原での乗馬、農作業の風景。





   3月 8日  (火 婦女節)

昼はご飯を炊いておにぎり、それに玉子焼きとオクラ・納豆汁を食べてからスポーツクラブにいった。
ジムは今日もカギがかかっていたが、開けてというと今回はスンナリと開けてくれる。
あらあら不思議、今回はスンナリと24式太極拳が終わりまで続けられる。
まあ、何度も習っていて当たり前ではあるんだけれど、毎回、えっと次は? ととぎれていたものだ。

帰り、気持ちがよかったので、また長虹公園に寄る。
今日は「気功」のような練習をしているグループがいた。
ぼんやりと日向ぼっこをしているおじさんの近くでしばらくぼんやりとしていた。


ぼんやりとしていると、携帯が鳴って、
今から日本の土産を届けに家に行く、という。
あわてて、それでも10分ほどバスを待って帰る。

左は土産にいただいた「眠り猫」と「辛子高菜 うまか菜」
それと、白酒一本を持ってきたので、
ありあわせの肴で飲み、話す。
たちまち、一本は空いて追加の白酒やワインという仕儀。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
中学・高校の頃は毎日朝夕 全校生が運動場に整列して朝礼と終礼があった。
何も話しのない時は校長が朝礼台に上がって黙って礼をして降りる。それだけでおしまいという朝礼もあった。
中学3年のころだった、その朝礼で後を向いてしゃべっていたら
台上の校長から「久下! お前は学校の先生になるんだろう、そんなことでいいのか!」と怒鳴られたことがある。
すごいな。
中1から高3まで並んでいる中でワシの顔と名前、進路希望まで知っている(知られている)んだから。





   3月 7日  (月)

昨日のキャッシュカード事件のつづき
朝、ATMを設置した銀行に電話したら、数日の内に電話して返却するという。
まあ、その時にはその時でいろいろ手続きもいるんだろうが、それを待つことにする。
一方、念のため、中国銀行に行って通帳に入っている現金を全部別の通帳に移し替えておいた。
カードがなくても、通帳と暗証番号があれば銀行へ出向けばお金をおろすことも出来て問題はない。


「バンカー、そして神父・・・・放蕩息子の帰還」谷口幸紀著  読了

この著者は私の中・高校の同級生である。
ちなみに私の中・高校はカソリックのミッションスクールだったので
同級生の中に神父になったのが3人もいる。
「〜も」というのは最近はミッションスクールも宗教よりも
進学(神学じゃあないよ)重視になって
神父どころか信者になる者も少なくなっているとか。

帯には 心を病む妹、父親との確執、熱い鉄板の上で狂おしいダンスを踊る金融マンたち、
      豪奢なオフイスで目撃した悪魔のまがまがしい姿、宗教界との軋轢
      ・・・・赤裸々に綴った魂の記録!
  とある。

友達から見ても確かに「赤裸々に綴った記録」だと思う。
神父って商売やりながらこんなに「赤裸々に」バラしていいものか、と思うくらいである。
それだけに、読者を惹きつけるものがある。
書店で見つけたら、買って帰る値打ちはあるとおもうよ。

ただ、私の感じでは神父としてしゃべっている部分はやっぱりどうもお説教くさい。
とくに副題にもなっている「放蕩息子の帰還」の部はいただけない。


ずいぶん前の大河ドラマ「義経」を見ている。
大河ドラマというのはとにかく長いので大変だ。
1回1時間ほどのものが50回も続くのだから
不眠不休で見ても丸二日はかかるというわけだ。
この「義経」は今のところ(15回ほど見たところ)
ストーリーも人物も平板だな。
平安末期の風景、雰囲気は気に入って見ている。





蘭州から敦煌へ

万里の長城の跡を
求めてジープで

1995. 8. 9.
   〜 8.22.

    お詫び

 去る1月30日にこの
 コースの紹介をしました。
 その時には5枚しか
 無かった写真が
 その後大量に
 出てきましたので
 再度5回に分けて
 紹介します


 今回はその4回目






   お詫び

 今日の写真は「蘭州から敦煌へ」の写真と一緒にになって出てきたので
 ここに登場してしまったが、よく見るとこの石窟は「龍門石窟」だ。
 とすれば、前に写真は一枚しかないと言った「西安・洛陽」の時のものだ。

 多分、上段と下段の写真も1994年4月〜5月のときのものだと思う。

 下段はイスラム境界の礼拝の様子。迫力がある。
 





   3月 6日  (日)

中国に来て初めて 110番通報をした。!

老人大学の帰り、
Carrefour で買い物をしたついでに
1階のATMで現金を卸そうとしたら
カードが取り込まれたまま出てこない。
そこら辺にいる店員に声をかけたが
「不知道(解らない)」というだけで
手伝ってはくれない。
不安でATM機の前を離れられないし、しょうがないので、110番をしたというわけである。
しばらくして警官が2人やってきて、あちこち電話をしたりしてくれたがラチはあかない。

結局は、さし当たって中国銀行に電話をしてカードを無効にし、
明日、ATMを設置している銀行(中国銀行とは違う銀行)に連絡して
カードを返してもらう、ということにして今日はおしまいにした。

暗証番号を忘れた、とかカードを取り忘れたとかいうわけではないし
ちゃんと警察に電話をして着てもらったりしているので
日本ではやりの「認知症」に伝染したわけではないが
我が神さんが与えてくれた「認知症予防プログラム」の一環だったのかもしれない。


今日から老年人大学の「太極拳42」のクラスがはじまる。
参加の生徒はお年寄りばかり約40人。
中には杖をついたおじいさんもいる。
今日の先生は女性の先生。
練習の内容は「起姿」と「右攬雀尾」だけ。どちらも24式で既習。
24式もそんなにしっかり身についているというわけではないので
繰り返しはまったく問題ないのだが、短い部分を何十度も繰り返すのは
精神的にも、体力的にも疲れる。

ただ、今回からは太極拳風というか、気功風というか、ゆったりとした動きの準備体操が導入されている。
これには練習はないのだが、早く覚えて自宅でも採用したいと思う。


「中国語の手話」を勉強したいと思っている。
昨日、図書大厦でも、中国語手話の本またはDVDがないかとずいぶん探しもしたし、
各階でで店員に尋ねたりもしたんだが、これも定番の答え「没有(ない)」でおしまい。
北京の日本人会には「中国語手話サークル」もあるそうだ。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
蒸気機関車 SL が大人気である。
確かにシュー、ポーと音を出し、白い煙を出して走る姿は勇壮で美しい。
私の小さい頃の遠出は蒸気機関車だった。
冬はまだいいんだが、窓を開ける夏は大変。
風向きによっては煙が窓から流れ込むし、トンネルが近づくと大急ぎで窓を閉めなければならない。
上下に閉める窓のノブが固くて閉め遅れたりすると「何やってんだ!」と怒鳴られる。
あのころ蒸気機関車に乗ってロマンチック!なんて思っていた人は一人もいなかったんじゃあないかな。









   3月 5日  (土)

図書大厦に行った。

クラッシックと絵画のCDを各2枚ずつ買う。各1枚 28元を10元で売り出し中。
でも、絵画の方はバックミュージックはちゃんと出るのだが、絵がでてくれない。失敗である。
音楽の方はすごい。
貝多芬の「英雄」「運命」「田園」合唱」、他に10曲以上の交響曲が入って10元なんだ。
しかも、mp3 なので iPhone に入れて聞くことが出来る。
でも名前は難しいよ。例えば「徳沃夏克」なんて誰だかわかりますか。
曲目で「新世界」と出ていたので、ああ「ドボルザーク」か、と解る程度で
「柴可夫斯基」作曲「第4号交響曲」なんて言われてもさっぱりわからない。
ROMANTIC MUSIC の方は、ベートーベン(19曲)、モーツアルト(8曲)、ショパン(13曲)など
100曲が納められて10元だ。


その後、5時から天津日本語教師会の幹事会。
3月19日の例会の内容と
幹事や代表の人事について話し合う。

この時、日本に帰っていた方から「食べるラー油」等いただく。
日経トレンディーによれば、これが2010年日本で最も人気があった商品なんだそうだ。





蘭州から敦煌へ

万里の長城の跡を
求めてジープで

1995. 8. 9.
   〜 8.22.
    お詫び
 去る1月30日にこの
 コースの紹介をしました。
 その時には5枚しか
 無かった写真が
 その後大量に
 出てきましたので
 再度5回に分けて
 紹介します





 万里の長城である。

 上段の長城は表面がはげ落ちてはいるものの、まだ長城としての風格は保っている。

 中段の左端はたしか、あの有名な「玉門関」だったと思う。

 多くの地域の長城は中段ABCのように石のかたまりの残骸が残っているだけ。

 どうしてこうなったのだろうか、左のように膝ぐらいの高さで延々と続いている所もあった。





   3月 4日  (金)

春である。
この前から読み始めた「日本語の教科書」読了。

日本語の文法と言っても、本書で解説している文法は中学や高校の国語の授業で習ったようなものではありません。
「文のかたち」「意味のかたち」「語のかたち」「音のかたち」「会話のかたち」という5つのかたち、
これが日本語の核である文法なのです。・・・・
読み進んでいくごとに、「日本語」がいかにおもしろくて、楽しくて、パワフルなものであるかが感じられるはずです。

ということであるが、前にも言ったように
「は と が」「ある と いる」「タクシーを拾う」等々
初めて聞いたときには「へぇ〜!」と思った内容がいっぱいで、それはそれでなかなかいい本である。
でも、私の中では二番煎じ。
私自身が余り勉強しなかった「音のかたち」の章はおもしろく、じゅっくりと読んだ。


スポーツクラブに行った。
ジムで太極拳の練習をやろうとしたらスタジオにカギがかかっている。
フロントにカギを開けてくれ、と言いに行ったら、
今はレッスンがないから閉めている、と言う。
私は個人で練習するんだから、と言ってもなかなか「うん」とは言わない。
今まで使えていたのに、何故使えなくなったのか理由を言え、
と中国語で頑張ってやっと開けてもらった。
          「諦めなければ実現する」 今度はサウナも使えるようにしろ、と言ってやろうか知らん。


暖かかったのでクラブでシャワーをした後、長虹公園まで歩いて、ベンチに座って30分ほど本を読んだ。


池の水はまだ薄く凍っていたけれども、日差しは暖かく、太極拳をしたり、独楽を回したり、
孫と楽しく遊んだり、ほんと言い公園だ。





  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・

小学校に入る直前くらいだったかな。上筒井の家の隣は交番だった。
そこは人がいたり、いなかったりで、いつも私の遊び場になっていた。
お巡りさんが帰ってくると、その本物のピストルを貸してもらって
バン、バ〜んとやって遊んだものだ。
もちろん弾は入っていないにしろ、今だったら大変なことだろうな。




   3月 3日  (木 雛祭り)

雛祭りだ。
今はもちろん女の子の華やかなお祭りだけれども、
もともとは、紙人形に自分の汚れや不吉を移して川に流し、自らを清めるという行事。
いつから女の子専用になったんだろうか。
それとも最初から女だけに汚れがあった? 
そんなことはないわな。
でも、5月5日まで待っても、汚れを流すという行事はないようだし、
7月は昔は笹を川に流したものだけれども、これは願いを天の川に届けるという意味だった。
やっぱり、汚れを流すのは今日だけかなと思って、ティシュペーパーで人形を作ってトイレに流した。
これでよし!


「メール日本語塾」というのをやっています。
今日は20数人にメールで案内状を送った。
今までは添削の関係で人数が増えないように、といろいろ制限を加えてきた。
今回、ちょっとそれを変更。かなり自由なものにした。

詳しくはここをクリック
または下の「メール日本語塾」についてをクリックしてください。




蘭州から敦煌へ

万里の長城の跡を
求めてジープで

1995. 8. 9.
   〜 8.22.
    お詫び
 去る1月30日にこの
 コースの紹介をしました。
 その時には5枚しか
 無かった写真が
 その後大量に
 出てきましたので
 再度5回に分けて
 紹介します

この時は、私たちが知っている
北京周辺の「万里の長城」ではなくて、
ずっ〜と西域まで続いている
今は崩れてしまっている長城跡を見ようと
ジープを雇って道なき道をも厭わず
蘭州 → 武威 → 張液 → 酒泉 →
嘉峪関 → 玉門 → 敦煌 と走った。




 旅は蘭州から始まる。上段@は多分「甘粛省博物館」である。ここでは青銅製の馬を買ったな。もう今は無い。
 上段ABは町の中央を走る黄河である。工業都市のせいか水はきれいではない。Bは「黄河の母」だったと思う。
 下段 @Aは武威。仏教発祥の寺といわれる「白馬寺」
 下段BCは「雷台寺」。この地下室に入っていくにも番人も案内人もいない。
 この銅像、ひとつ持って帰ってもバレなかったかもしれない。





   3月 2日  (水)

GANG★GANGという店で夕食を食べた。
と言っても人からおごってもらったのであるが・・・
2月の情報誌 Whenever で紹介されていた店である。
その紹介文の一部。
  今後の目標を尋ねると意外な答えが返ってきた。
  「まずは従業員の給料を上げていくことがファーストプライオリティーです。」
  夢や希望をかたちにすることばかり追求するのではなく、彼らの理想を理解し、
  長い間ついてきてくれた中国人スタッフに報いることだと言う。

料理も美味しかったし、店員の感じも良く、店の雰囲気も良かった。
店で食べたローストビーフのサラダを買って帰って明日の肴にする。



今日はインターネットがつながらなくなって大変だった。またまた、検閲切断かと思ったが
インターネットテレビも iPod もつながっている。パソコンの FFFTP もつながるし
Safari などから入ると Webサイトもメールも見られる。
どうやら Explorer が壊れているらしい。
Safari ページから Internet Explorer のダウンロードページに入り
Internet Explorer 9 というのをダウンロード・インストールしてやっと解決した。
この「やっと」というのには約5時間ほどの試行錯誤が含まれている。

きっと天が与えてくれたボケの進行防止のリハビリ作業だったんだろう。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
小学校4年生の時だったとおもう。学校でソロバンの授業があった。
縦40p 横1m20pぐらいの大型のソロバンを使って教えてくれる。
終わると職員室まで返しに行くんだが、
私の当番となった時、それをソリのようにして乗り、ガラガラと廊下を走っていった。
折悪しく校長に見つかり校長室まで引っ立てられて校長室の前の廊下に立たされた。
校長が職員室の方に行ったスキにとんずらしてやった。




   3月 1日  (火)

今日からめでたく、弥生三月。(何がめでたいのかわからないが・・・)
でもさすがに暖かくなって、午前10時半の外気温が10度を超していた。
ま、それで気をよくして自転車でスポーツクラブに行く。


このところDVDばかり見ていて、勉強不足だ。
ちょっとは勉強もしなきゃあな、と思って
左の「日本語の教科書」というのを読み始めた。
まだ450ページ中の100ページをよんだところだが、
はじめて日本語について考えようという人には
面白い内容かも知れないが、
多くは言い古された日本語の「あれッ!」であって
あまり面白くもない。
つい、斜め読みに近くなってきている。




雲 南 E

西双版納

1996.12.26.
   〜97.1.6.

 中国で一番好きな所は
 やはり雲南だろう。
 99年の昆明花博
 01年雲南大学留学
 03年友人と再訪
 と3回も行っている。

  雲南は今回の分だけで
  6回シリーズ
  になると思います。

  99年、01年、03年も
  またそれぞれ数階の
  シリーズになります
 

西双版納のタイ族のおばあさんと子供たち。 懐かしい感じがしますね。

 

  @は大理だったかな。機織りをしていたおばあちゃん。
  Aは泊めてもらっていた岩さんの家の近くのご夫婦
  Bは昆明の路上のビニール小屋で二胡を聞かせてくれたおじさん。
  Cはどこだか忘れた。 中庭のようなところで勉強をする姉妹





雛祭り





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