2月 28日  (月)

今日で2月はおしまい。この間(26日)昨日でおしまいと書いたが、あれは間違い。
ところで2月の最終日も「晦日」って言うんだろうか。
旧暦では毎月30(みそ)日で終わっていたから「晦日=みそか」と言うんだけれども
旧暦でも時として29日で終わることもあった。でもやっぱり月末は「みそか」と言ったんだろうか。
どうでもいいことだけど。

「99年の愛」というDVDを見た。

TBS開局60周年 5夜連続特別企画
「日本中が涙にむせんだ橋田ドラマの最高傑作。その感動がいま蘇る!
ということなんだけれども、
セリフも展開も非常に単純なパターンで統一されており
ちょっと退屈。感動とはいかなかった。
全編を通じて、アメリカ人が日本人を人間扱いせず、
ジャップと言って蔑み差別するテーマだけど
それを見ていて、日本人である私に憤りの感情がわいてこないんだよな。

これは何だろう?
日本に対する祖国愛、愛国心が希薄なのか。
日本人が受けた差別の歴史を学んでいないからなのか。
ほとんどのアメリカ人はそんな悪いことをしないと思わせる教育を受けてきたからなのか。




  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
大学を卒業して最初に勤めた淡路島の私立学校は毎年、中・高校をあわせて10人以上の先生が1年でやめ、
毎年10数人が新採で入ってくるという学校だった。
私もその他大勢と一緒1年で辞めてしまったのだが、
この1年間はとにかく新採が10数人だから怖いものなしで楽しかった。
夜中に理事長宅に押しかけて団交、赴任手当をせしめたこともある。
高校にはボート部があって、部員に漕がせて海上散歩も再々やった。
観光バスをチャーターして勝手にクラスの生徒を遠足に連れて行ったこともある。




   2月 27日  (日)

今朝はまた、一転して朝から雪景色である。


雪の中ではあるが、午後2時、鼓楼下 
ということなのでバスに乗って出かけてみた。
が、制服・私服の警察官が100人くらいかな、
いただけで特になにということはなし。

近くの「大胡同」に行って、
紙、糊、ボールペンなどを買って帰る。





雲 南 D

西双版納

1996.12.26.
   〜97.1.6.

 中国で一番好きな所は
 やはり雲南だろう。
 99年の昆明花博
 01年雲南大学留学
 03年友人と再訪
 と3回も行っている。

  雲南は今回の分だけで
  6回シリーズ
  になると思います。

  99年、01年、03年も
  またそれぞれ数階の
  シリーズになります
 




 西双版納でずっと泊めてもらっていた
 岩さんの家の近所の人の家
 散歩をしていると、
 「ちょっとお茶でも」と2階上げてくれる。
 初対面、しかも外国人、話って言っても
 ほとんど通じないのだけれども、
 関係なく話しかけてきて
 楽しそうに笑っている。







   2月 26日  (土)

2月は逃げる、というけれども
2月ももう明日でおしまいだ。
寒くて「着、更に着る」2月から、
生命の生まれ育つ「弥生」へと移っていく。

3月からは「老年人大学」もはじまる。
今年の受講講座は「太極拳42式」と「篆刻基礎」だ。
太極拳の方はなかなか予習が難しいが
とにかく壁に42式示範図」というのを張り出した。
iHpne にDVDも入れているので、
ちょっとずつでも見て慣れていこうと思う。

篆刻は日本にいるときも、ここの老年人大学でも習ったことがあるし、材料もそろっている。
「栄宝齋」で買った篆刻刀、日本で買ってきた篆刻刀もまだ使っていない。
そろそろ試作を始めようと思って「和敬静寂」の語を選び、字書で字を調べた。
「静寂」なのか「清寂」なのかよくわからないが、「静寂」とすることにした。
ひっくり返して石に書くだけでもまだだいぶ時間はかかりそう。
実際に篆刻刀を使うのはいつになることやら・・・・


今日の晩飯と最近の室内着。
豆腐(冷や奴)と「じゃこおろし」
これは定番である。
焼き魚(鰈、これは焼いた物を買ってきてチン)
「鮪のととろかけ」、スイートコーン、
煮物の残りと冷凍の「タコワサビ」
そして、今夜のビデオは「学問のススメ」

室内着の方はいかにもボロボロだ。
これは若がってのファッションではない。
ビンボーなんだ。

「学問のススメ」(これといったみどころは何もない)では
セリフで「いけめん」となっているところを字幕では「木村拓哉」と書いていたな。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
   
小さい頃の遊び。ベッタン(めんことは言わなかった)は小さな引き出しにいっぱい入れて宝物にしていた。
それからラムネ(これもビー玉とは言わなかった)の三角だー(出し)。
おはじきもあったけどこれはもっぱら女の子の遊びだったみたい。
男の子はカツケダマと言って豆粒くらいの火薬玉をぶつけて遊んだ。
時にはパチンコと言って木の股にゴムをつけたもので遠くへ飛ばした。
紐付きのコマは地面に着けずに直接手のひらで回す。手のひらで回っている間だけ走ることが出来る鬼ごっこもあった。




   2月 25日  (金)

朝は大概はココア(Swiss Miss の Molk Chocolate)である。
それが切れたので買いに行ったがない。
日系のスーパー3軒まわったがどこにもない。
中国のスーパーは仕入れが一本なのだろうか。
一箇所で無くなると、どの店も申し合わせたようになくなる。

仕方がないので、チョコレートとモカミルクというのを買ってミックスしてみた。
かなり味が違うので今日はココアとインスタントコーヒーを混ぜ合わせてみた。
昨日よりはすこしは、前の味に近づいたようだ。


「文藝春秋 スペシャル 2011季刊冬号 この国で死ぬということ」 読了
題のごとく、死についてかなり著名な人々が語っているんだけれども、
あまり参考になることも感動することもない。
じかに話しを聞けば違うんだろうけれども、文字ではそれは伝わってこない。
3つ程、抜粋を(「粋」と言えるかどうかはべつとして)。

 《病み臥せどなほも登らん思ひあり手鏡に見る今朝の雪山》
 発語できないから、パソコンの五十音表か文字盤で、介護者に「あかさたな・・・」と読んでもらい、
 該当する字のところでセンサーなどで反応を示し、言葉を紡いでいく。
 首を動かせないから、窓に目を向けることもできない。
 心やさしき看篤郎が、手鏡をかぎして、空の雲や町の景色を見せてくれるのだ。
 苛酷な状脱にもかかわらず、手鏡に映る四季折々、朝な夕なの風景に心を乗せて、生きることへの必死の思いを詠んでいる。

 田中氏は体調の悪化で作歌が苦しくなった時、生きる支えにしてきた作歌の新聞投稿を脱念すると宣言したが、
 一ヵ月後には歌を詠まないではいられない心境を、こう詠んだ。
 《歌詠まぬ日々の虚しさ身に沁みて またも文宇指す書き留め頼み》
 いのちを支える表現行為の意味を、これほど鮮烈に表現した例を私は他に知らない。
    ・・・・柳田邦男「言葉は『いのち』の伝導者」


 多くの人が苦しまずに安らかな死を迎えたいと望んでいる。しかし、実際にはむずかしい。
 なぜか。それは医療を受けるからではないか、と私は思う。  医療がさほど発達していなかったときには、たいていの人が家で安楽に死んでいた。
 江戸時代とか明治のはじめ、地方では戦前あたりまでそうだったかもしれない。
 医療に近づかなければ、少なくともチューブだらけにされたり、器械に生かされるような悲惨な状態にはならない。
 ただ問題は、ときに医療で助かる命をみすみす捨ててしまう危険があるということだ。
 しかし、それは仕方がないのではないか。いや、逆に、ある種のあきらめこそが、安らかな死の秘訣であるように私には思える。
    ・・・・久坂部 羊「対照的な二つの死」


 ぼくは考えた。ぼくの職業のアートと同じ生き方をすれば?と。ぼくにとってアートは仕事というより遊びだ。
 目的のない遊びである。ところで遊びって最初から目的がないものでしょう。もし目的があるとすれば遊んでいること自体が目的である。
 目的がないから自由があり、快楽があり解放があるのではないだろうか。人間は本能的に自由を希求する。
 そしたら人生全部を遊びにすればいいのではないか。つまり人生から目的をはずしてしまえばいいのではないだろうか。
 生きることも死ぬことも目的を持つからシンドイのである。どうせ生老病死なんだ。生老病死は別に目的ではない。単なる現象だ。
 そしてお釈迦様に言わせれば現象は夢、幻だということになる。
 そんな実体のないものにいかにも実体があるかのように思って振り廻されているのなら、それを遊びだと思えばいいのではないか。
    ・・・・横尾忠則「遊ぶように生きる」


冷や奴、レトルトおでん、チーズ等で
ビールを飲みながら「のだめのカンタービレ」を見る。
ビール二本の後は人にいただいた「白酒」
割合よく見かける白酒だが52度と
ちょっときつめなので飲むのは初めてである。
もらった酒は何でも美味い。

私はこのビデオを見るまで
「カンタビーレ」だとばっかり思いこんでいた。
「カンタービレ」でも「カンタビーレ」でも
どちらでもいいのだろうか?





雲 南 C

西双版納

1996.12.26.
   〜97.1.6.

 中国で一番好きな所は
 やはり雲南だろう。
 99年の昆明花博
 01年雲南大学留学
 03年友人と再訪
 と3回も行っている。

  雲南は今回の分だけで
  6回シリーズ
  になると思います。

  99年、01年、03年も
  またそれぞれ数階の
  シリーズになります
 

 西双版納で泊めてもらった「岩さん」の家
 高床式と入母屋式をセットにしたような
 優雅な(?)家
 2階の壁は隙間だらけ何だけれども
 さすが西双版納、寒くはない。
 1階は物置と家畜の居住区。
 そしてトイレも兼ねる。

 朝、起きて散歩。霧でボンヤリした川にかかるかすかな橋。
 夜、酒を飲んで歩くと危ないな。
 石と藁の屋根、竹と木、土の道
 ニワトリが走る。
 鳥がさえずる。
 日本人にとって懐かしい故郷の雰囲気だ。


 @は西双版納を案内してくれるガイドのお嬢さん。アイニー族の人だ。    Aの右端は岩さん宅の娘さん。
 Bは近所のお嬢さんが集まってきて、いろいろ衣服を換えて騒いでいる。
 Cは広場でおどりの練習だ


 食事。なかなかのご馳走である。 雲南はお米の文化だ。ご飯は「蒸す」感じ。
 床は隙間だらけで、食べ残したものはそのまま床に捨てて、隙間から階下に落として、家畜にお裾分け





   2月 24日  (木)

ちょっと買い物のついでもあって鼓楼にでかけた。
なぜ鼓楼かというと、昨日のNHKテレビで中国でも
多くの都市で反政府デモが呼びかけられており、
天津は「鼓楼下」とあったので、
時間も何もわからないが
見物がてら、と思ったのだが
ちょっとパトカーと警官の姿が目立ったぐらいで。
まったく平穏なもの。


鼓楼では 3Dの絵を3枚買った。あまり立体的には見えないかも知れないけれど、
実際に見ればなかなか迫力というか奥行きのある絵である。
一枚を玄関の扉に張り出した。


篆刻用の石材と出来た印を記録するノートも購入 (左)

それと甲骨文字、金文等の中国古代文字の字書
篆刻関係の解説書2冊を購入 (下)

篆刻関係の道具はほぼそろったかな。(右)




ある人から次のようなメールをいただいた。

  今は皆さまのブログを見て楽しんでいます。。。
  なかでも久下先生の昔の旅行の話や写真のコーナーが好きで、楽しみにほぼ毎日更新しているか見ていますよ!

なんか、ちょっとはずかしい気もするけれども、やっぱりうれしい。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
   
中学のころ、町道場に柔道を習いに通っていた。
「鉄下駄」という1sほどもある高下駄をはいていく。
それも鼻緒をゆるめて足を高く上げないと歩けないようにしている。
道場につくころにはもうかなり疲れていた。
練習の激しかった日の帰りなどはもうクタクタ。
恥も外聞もなく裸足になってゲタをぶら下げて帰ったこともある。




   2月 23日  (水)

今日は「盲人按摩=2時間半 58元」に行こうと思って出かけた。
勿論、自転車。今日は帽子も手袋もいらないくらいにあたたかい。
次の@Aは行く途中の露店。Aなんかは道路の真ん中にリヤカーを止めて商売をしている。
車はその横をスレスレ通り過ぎていく。
クラクションを鳴らしたり、叱責したりしないところが大陸中国だなあと感心する。
しかし、目的の按摩屋さんはBのとおり、壊れていた。
倒産というよりは都市計画で立ち退かされたんじゃあないかな。


仕方がないのでいったん家に帰ったのだが
何か物足りない。
そうだ、風呂屋に行こうと思い立った。
按摩屋の近くにも銭湯があり、入湯料は10元であるが
せっかくなので、もうちょっと高級な所を、と思って
伊勢丹の近所にある「東方之珠 洗浴中心」というところに行った。

入湯料は、男 38元、女 28元である。何が違うのかはよくわからない。
風呂はかなり大きくてきれいだし、湯質も湯加減もいい。
それにサウナ、と蒸気風呂がついているし、休憩室で昼寝をすることもできるる
これで38元だとまあ、悪くはないかな、という感じだ。

私は初めてのことだし、偵察の意味もあって
風呂+あかすり+足底按摩+中医按摩のセットで110元
プラス 牛乳浴 20元、剔脚 20元 修脚 20元というのをやって計170元の散財だった。
月に1回ぐらいは風呂38元+あかすり20元+塩10元または牛乳20元の68元か78元ぐらいもいいかな。

風呂でゆっくり体を伸ばし、サウナ、蒸気風呂と昼寝だけの38元だけであれば、時々行ってもいいな。

それと、「のだめのカンタービレ」というDVDを見始めた。
ストーリーはというより、アクションは、まったくめちゃくちゃで原作の漫画の雰囲気がそのまま味わえる。
演奏の程度がどれ程なのかは私にはわからないが、クラシック音楽がふんだんに聞くことが出来る。




雲 南 B

西双版納

1996.12.26.
   〜97.1.6.

 中国で一番好きな所は
 やはり雲南だろう。
 99年の昆明花博
 01年雲南大学留学
 03年友人と再訪
 と3回も行っている。

  雲南は6回シリーズ
  になると思います。

  注 96年の分だけで
    6回です。
 





 上段は「石林」のガイドさんたち。各民族から出ており、希望の民族衣装のガイドに案内してもらうことができる。
 中段の@は私が泊めてもらっていた西双版納の何か公園のような所の入り口。
 中段のAは間違って入っている。昆明の「雲南民族村」のイベントのひとつである。
 中段BCDは西双版納とタイの国境近くにあるお寺の小僧さんたち。
 下段@は国境近くの路上のお店。
 下段Aも西双版納の近く。紹介民族「阿克老族」の村と書いてあるが、少数過ぎてもう民族としては扱われなくなったそうな。
 下段Bはその阿克老族の老人が住む家。 下段Cはどこかわからない。村の食堂で昼飯を食っている。




   2月 22日  (火)

だいぶ前のドラマであるが、DVDを整理していたら、
あれっ、これ見ていないな、と言うのが出てきたので見た。
「おいしいごはん」という私好みの題である。


毎回「コシヒカリ」とか「秋田小町」とかの
米が鉄釜でたかれ、おいしそうな白米と
コロッケ、カレー、ぬか漬、けんちん汁、松茸ご飯などの
各週のおかずが紹介され、ちょっとした作り方や
料理のいわれなども紹介されるのだが、料理の味わいという点では、
他の料理系の番組に比べてちょっとものたりないものがある。
もっとも、ホームページのほうではくわしいレシピを見ることもできるのだが。
それと裕次郎、聖子、ピンクレディー、キャンディーズなどの
「懐メロ」が毎回何曲か出てきて、それは結構、楽しいものであった。

それより面白かったのは、会話と字幕の関係である。
いっぱいあったんだけれど一場面だけ紹介すると

主人公の一人(渡哲也)が友人のお坊さんに相談に行った時の坊さんの答え
「まさに、住するところなくして、その心を生ずべし
「なんだよ、それ」
「固定観念をなくした所に心はうまれる。・・・・」

この字幕が
「這也還是、照見五薀皆空度一切苦厄
「即是什麼阿」
「在失去固定観念之時生獲心生・・・・」
と、突然般若心経の語句が登場したりする。


今日も暖かい一日で、自転車に乗ってスポーツクラブにいった。
手袋も水着も忘れることはなかった。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
    
ボーズ、スカタン、ホラ、ドカン、中学の時の先生のあだ名である。
友達にも シラケン、イッチ、メーリンなどいたが、いずれも名前の一部をとったもので余り面白いものではなかった。
名前と関係のないところではオーフリーというやつもいたな。
私には特に一定したあだ名はつかなかった。一時的にはゲク、カボチャ、カッカなどと呼ばれたこともある。
家庭内では両親からも兄たちや妹からも一貫してジュンチャンだった。
今生きているそのころの家族は下の兄(チィーサイニーチャン)だけになったが、いまでもジュンチャンである。
70歳のジュンチャンだ。
そう言えば商業大学で裏千家の留学生からクゲチャンなんて呼ばれていたこともあったな。




   2月 21日  (月)
ある人から「角煮めしの素」というのをいただいた。
さっそくご飯を炊いて、熱々の内に混ぜて食べてみた。
こりゃあ、なかなかおいしい。。

二合用なので、一度には食べきれない。
右の写真は、冷凍しておいて、
翌日の朝、再度食べたときのものである。
おかずにしている「タマネギのさらしにかつお節」
「だいこおろしに煮干し」も昨夜の残りものである。

今日やった仕事といえば
先日買ってきた篆刻用の印材の
印面をなめらかにすること。
240番、360番、600番のペーパーを使って磨いた。
あと、1000番ぐらいので仕上げればいいのだが、
何分 計26個を磨くのは大変なので後日にまわす。
篆刻の授業は3月10日からである。それまでに1つ2つ練習をしておこう。

というような具合に、ゆっくりとした一日がすぎていく。








雲 南 A

成都の街

1996.12.26.
   〜97.1.6.

 中国で一番好きな所は
 やはり雲南だろう。
 99年の昆明花博
 01年雲南大学留学
 03年友人と再訪
 と3回も行っている。

  雲南は6回シリーズ
  になると思います。
 


 @Aは 成都の住宅街の街頭の風景である。高い塀が続き、落ち着いた古都の雰囲気がある。
 @ 日向ぼっこをしているおばあさんたち、通りかかるとよい餌食が来たとばかりに話しかけてくる。
 A 自転車で何か物を売りに来ていた人。
 B 言わずと知れた「麻婆豆腐」の元祖本店である非常に辣いのだが美味しい。2杯食べたらお腹がおかしくなった。
 C 杜甫草堂に続く道。
 D 漢の高祖の墓に続く道。
 E これは成都じゃあなくて雲南の昆明湖じゃあなかったかと思うが、定かではない。





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