2月 20日  (日)

DVD「美丘〜君がいた日々〜」というのをみた。
日テレ 2010年7月10日から 9月18日まで毎土曜放映されていたテレビドラマである。

まだ、見終わってはいないのだが、
日テレのホームページでは2011年4月20日(水)にDVD発売となっている。
18,060円(税込み)で予約受付中という。
えっ! 日本ではまだDVDは出ていないのだ! 
それがこちらでは日本語、中国語(繁体字、簡体字)、さらに韓国語の字幕までついて出ている。
しかも日本円で100円程度だ。
正規の商船よりも海賊の方がはやく着いているということだ。
これじゃあ、日本経済は中国に勝てるわけはないな。

まだ、日本で未発売とのことだから、くわしい内容に触れるのは遠慮するとして
数枚の写真だけをご紹介。


脳が萎縮していく病気で、記憶障害、運動障害の末、やがては呼吸や心臓の運動障害で
数年来には死にいたるという一見きわめて活発な女子大生の物語である。
その記憶障害の初期の事例が、同じ本を何冊も買ってしまう、
今、自分が持ってきたばかりの掃除機をまた、探しに行こうとする、などである。
あれ、
私も昨日DVDの整理をしていたら全く同じDVDが何組も出てきたし、
今、机の上に置いた iPhone を探し回ったりしている。

つい先日(17日)の項にも
  このごろ、ずいぶん物忘れがひどくなってきている。
  例えば今日の「旅の思い出」での「カナート」、昨日のブログでの「リゾット」など
  どうしても言葉が出てこない。
  「砂漠の水路」「粥」と検索してやっと思い出して書いているという具合である。
  医師法違反になったらいかんから勝手な診断は控えるが
  内心ではアルツハイマーの初期症状、治療法「歯ぎしり」と診断している。

と書いたら、ある友人から

  ・・・・・認知症の始まりではと友人の神経内科医に聞きますと、まず大丈夫とのことでした。
  何故なら、このことは一過性で、日常のことではない、非日常のことは心配はないとのことでした。
  リゾットもカナールも非日常の言葉ですので心配なしではと思います。よくあることではと思います。

とのメールをいただいた。
同じものを何回も買う、iPhone か、それは非日常とは言わんかな、
一度神経科で検査をといわれても困るし、
多分 大丈夫だろうと思っているし、大して心配もしていないのだが・・・・
まあ、症状はよく似ているな。


今日はホント久しぶりに「自転車に乗って」スポーツクラブにいった。
ところが、自転車に乗ろうとしたら手袋は左が二つだし、
プールに行こうとしたら水泳パンツを持ってきていなかった。
こりゃあ、重症かな。



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
    
前回の「テンカ粉」で思い出したが、小学校の頃、進駐軍が街の人をあつめてDDT消毒をやった。
首筋をつかまえて銃のような噴霧器で服の中に大量のDDTを吹き付ける。
そのあたりはDDTで真っ白になっている。
それだけ蚤・虱の蔓延がひどかったのだろう。
後にDDTも薬害が出て使用禁止になったようだが、
私がときどき頭の中が真っ白になるのはその時の薬害のせいかな。


   2月 19日  (土)

思い立ってビデオの整理を始めた。
整理と言っても、
今あるビデオのタイトルだけでも
記録しようというだけのことである。
それでもほぼ半日はかかってしまった。
まだ全部出来たわけではないが
ここに映っているだけで
約400タイトルほどはある。
まだ見ていないものも20タイトルほどある。




雲 南 @

上海を経由して
1996.12.26.
   〜97.1.6.

 中国で一番好きな所は
 やはり雲南だろう。
 99年の昆明花博
 01年雲南大学留学
 03年友人と再訪
 と3回も行っている。



 雲南には上海で中国人の友人と待ち合わせて行った。
 友人というのはパミールの帰り北京で知り合った女の子のお父さんである。
 当然、一般の人でガイドではない。
 @ ビルからビルへと洗濯物を干している上海の裏町。
 このころすでにこう言うところは少なくなっており、ずいぶん探し回って、やっと見つけた。
 ABCD 豫園。夜の南京路とかいろいろ行ったが、写真はない。
 E 上海から成都までは鉄道で行った。



   2月 18日  (金)

今日はずっ〜と家にいて、ビデオを3本も見てしまった。  (「〜てしまう」というのは反省の心情の表現である。)

その第一が中国の映画「唐山大地震」である。
2010年7月に公開され、中国映画史上
最大の興業収入をあげたという映画である。
日本では今年の3月26日にロードショー公開される。
私はそのDVDを昨年の10月に4元(50円)で買った。
多くの人が映画館ではなくてDVDで見たはずだから
映画史上最高にプラスされること無数でろう。

もちろん全部中国語なのでいままで放っておいたのだが、
中国では国内のテレビや映画にも中国語の字幕がつくので何となく荒筋にはついていける。

結構、涙しながら最後のエンディングの歌を聞いたのである。    クリックしてお聞きください。



2つ目は家庭料理をバックにしたビデオ。「天使のわけまえ」



3つ目は板前修業のコミック。「味いちもんめ」

テレビでよくやっている「食べ歩き風」の番組はあんまりいただけないが
料理系のDVDはホント好きである。
作っているのを見ても楽しいし、出来た料理もみるだけでなかなかいい。





  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
    
唐山大地震という中国の映画のDVDを見ていたら、
お母ちゃんが子どもの首筋に「テンカ粉」をパタパタとつけてやるシーンがあった。
地震があったのは76年というから私はもう27歳になっている。
私の「テンカ粉」の思い出はそれよりさらに20年も遡るのだが、
まったく同じ風景に見えて懐かしかった。





   2月 17日  (木 元宵節 または 上元)

元宵節。旧暦1月15日。満月。日本で言う「小正月」にあたる日。
門松や書き初めを燃やす「どんど焼き」「左義長」などの日であるが
日本ではもうほとんど行われていないのではないかな。
中国では、まだまだかなり重要な祭日で一日中花火がなり、
日が暮れるとなぞなぞを書いた提灯に火がともされる。

「坂の上の雲」第二部 看了。
ド〜ン、バチバチという花火の音がDVDの雰囲気を盛り上げてくれている。
二部が放映されたのが昨年末の12月、それがすでに中国語の字幕入りで
販売されているというのもすごいが、次回は11年12月というのも
大陸的なスパンだよな。

ところでその「花火」。窓から見ると10箇所以上で間断なく打ち上げられているのだけれども
今日の新聞によると、「市内の花炮売り場は明日で撤収」
今年は花火店の売り上げずいぶん減ったということで、
その理由として、娯楽の数が増え、伝統行事に対する関心も薄くなってきたこと、
花火店の数が多すぎること、などがあげられていた。
今日は一時の2〜3割の値段で安売りされているとのことだ。
また、贈答用の果物籠も春節の頃に65元ほどのものが15元程度にまでなっているとのことだ。

ついでに、15日の新聞では
  中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国になった。
  ただし、一人あたりのGDPは日本の十分の一、世界平均の半分である。
16日の新聞
  中国外務省発表。
  中国は依然として発展途上国であることにかわりはない。


このごろ、ずいぶん物忘れがひどくなってきている。
例えば今日の「旅の思い出」での「カナート」、昨日のブログでの「リゾット」など
どうしても言葉が出てこない。
「砂漠の水路」「粥」と検索してやっと思い出して書いているという具合である。
医師法違反になったらいかんから勝手な診断は控えるが
内心ではアルツハイマーの初期症状、治療法「歯ぎしり(2月10日の項参照)」と診断している。




SilkRoad A

 旅

 1996.8. 9.〜8.19.

 神戸自転車同好会
 に参加。
 ウルムチから敦煌まで
 約1000qを
 自転車で走った


 残念ながら手元に
 写真がほとんど
 残っていない



 空輸されてきた自転車を組み立てる。車輪がゆがんでいたり、部品が無くなっていればおしまいである。
 泊まるのはほとんどこのようなテント泊である。
 テントはトラックで運んでくれるが、人数にあわせて受け取り、組み立てるのは自分たちでする。
 火炎山のふもとで。子供たちとの交流会。正座をしているのが面白いね。
 その他、夜のファイヤーや、○○古墳、オアシスの集落やカナートの水路で休んだりと
 いろいろな行事があったのに写真が無くて残念だ。



   2月 16日  (水)

天津日本人会に本の返却と今年の会費の納入
そして、新しく本を5冊かりる。
日本人会の入っている国際大厦の地下の
スーパーで「秋田小町」と「お好み焼き粉」を購入
濱江道の「利福広場」8階にできたサイゼリアで
ハンバーグ、海鮮リゾット、コーンスープ、コーヒー
以上で35元は安い。
ついでに内訳も紹介。
ハンバーグ12元、海鮮リゾット12元、コーンスープ6元、コーヒー5元だ。

そのあと、伊勢丹で醤油、ソース、バターなど買って地下鉄で帰る。


家に帰ってからは またまた
DVD「坂の上の雲」第二部を見る。
三国干渉から日英同盟、日露開戦前夜まで
その間の秋山好古・真之の兄弟、広瀬、
乃木、東郷、小村などに混じって子規の死も


坂の上の雲から「Stand Alone」の歌を紹介しよう。      クリックしてお聞きください。

  小さな光が
  歩んだ道を照らす
  希望のつぼみが
  遠くを見つめていた
  迷い悩むほど
  人は強さを掴むから
  夢を見る
  凛として旅立つ
  一朶の雲を目指し

  わたしは信じる
  新たな時がめぐる
  凛として旅立つ
  一朶の雲を目指し



  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
    
カウンセリングの勉強をしていたころ、夏になると泊まりがけのワークショップをした。
いつもその場所がよかった。
高野山の宿坊、六甲山、神戸の禅寺、西宮のヨットハーバー、奈良の高級和風ホテル、
私が参加した終わりの頃は京都祇園神社前のホテルだった。
この研究会のワークショップではないけれど、
豪華客船コーラルプリンセス号でグアム・サイパン往復の船中でもカウンセリングのワークショップをやったな。








   2月 15日  (火)      今回からブログの写真も原寸を表示するようにした。

   2週間ぶりにスポーツクラブに行った。
 ちょっと念入りにジムでストレッチ。
 スタジオでは小学生と幼稚園児の二人
 テコンドーのレッスンをやっていた。
 平日の昼なのにどうしたことなんだろう。
 太極拳の個人練習は中止してテコンドーを見ていた。
大きな気合いの声をだし、体をくるりと回して後蹴りとかなかなか見事である。
その後、プールで30分。念入りにシャワーをして帰る。

「般若心経」 渡辺章悟著 読了。
読了とは言っても、考証や資料の部分は斜め読みだ。
内容は
  第一章 「般若心経」はいきている
  第二章 「般若心経」の成立とテクスト
  第三章 原典から読む「般若心経」
  第四章 「般若心経」の展開
  第五章 「般若心経」と日本文化
  付 録 大本「般若心経」
というものである。




SilkRoad @

 道

 1996.8. 9.〜8.19.

 神戸自転車同好会
 に参加。
 ウルムチから敦煌まで
 約1000qを
 自転車で走った


 残念ながら手元に
 写真がほとんど
 残っていない



 新聞で「自転車でシルクロードを走る」という広告をみた。
 これだ! と、即申し込んだ。それからマウンテンバイクを買いに走った。
 中国は広い! 1時間下向いて走って、ひょいと目を上げても何も景色は変わっていない。
 暑かった! しんどかった!。 帆船も同じだったけれど「男のロマン」ってのはめちゃしんどいものだ。
 そうそう、この旅はNHKスペシャルで放映された。私は死にそうな顔で映っている。






   2月 14日  (月 バレンタインデー)


今日は日本ではどれくらいのチョコレートが売れたんだろうね。
私が居ないから若干売り上げは落ちただろうけれども、それでもかなり売れたんだろうね。
ニュースなどでは年間の総売上の四分の一がこの時期に売れるということだ。
けど、愛している男性に送るのはその内1%だけという調査もあるそうな。
一番多いのは女性同士の贈り合いとか。
今年は「寄付チョコ」がはやりとか。

中国では「情人節」といい、かなり普及している。
こちらでは女性から男性にという図式はないし、チョコレートという固定もない。
まあ、どちらかと言えば「薔薇」が主流かな。

チョコレートにも薔薇にも関係のない14日でした。

DVD「坂の上の雲」を見はじめた。
なかなかの長編で第一部をほぼ見終えたかな、というところ。






  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
    
もう30年以上も前になるが、そのころでも中学校ではバレンタインのチョコは流行っていた。
若い男性教師の机の上にはチョコが山積みという状況もあった。
やはり「本命」は同じ中学生の男子なんだろうから、
もうそのころの中学生にも「義理チョコ」の風習もあったのだろうな。
生徒指導の先生などは大体チョコとは縁がなかったのでやっかみもあったのかも知れない。
チョコ持参禁止というようなお触れが出たりもした。




   2月 13日  (日)


かなりまとまった雪になった。

長らく行っていないから、
がんばって雪の中でも
スポーツクラブに行こうと思った。
というのは、家にもシャワーはあるが
家のシャワーは寒い。
石鹸をつけて体を洗うのは
プールに行った時ぐらいなのである。
スポーツクラブで筋肉や力をつけようという気はさらさらない。
ただ体を動かすことと風呂がわりなのである。

ところが家をでたとたん、また視界が暗くなる程の大雪が降ってきた。
タクシーなどつかまえられそうにない。
もし、行ったとしてもシャワーを浴びた後、帰りのタクシーをつかまえるのに
雪の中 30分も立っていなければならないかもしれない。
用意をして外まで出たんだけれど、やっぱり止めた。これは言い訳ではない。


家で本を読んでビデオを見た。

「秀吉の枷 下巻」読了。
「般若心経」渡辺章悟著 読み始める。ちょっと難しい。


DVD「彼と彼女と彼女の生きる道」看了。
まあまあ、おもしろかったよ。




DVD「おくりびと」看了。
かなり前から見たかったビデオなので満足。


でも、こういう仕事って本当にあるんだろうか。
私の場合、父、母、妹の葬儀をしたけれども、「納棺師」の記憶はない。
棺桶はかついだけれども、遺体を棺桶に入れたという記憶はないし
母も妹も化粧をしていたように思うから、やはり「納棺師」に当たる人は来ていたのかも知れない。

このビデオで見る納棺師の動作、茶道のお手前に似て優雅である。




Myanmer C
 人 々

 1995.12.27.〜1. 6.

 1991年国名を
 ビルマから
 ミャンマーに変更
 まだ、軍事政権が
 スーチーさんをを軟禁
 していた時代だった。


   最終回



  顔に塗っている白い模様、これはタナカと行って元来は虫除けで、ほとんどの女性がしている。
  でも@はあきらかにオシャレとしてしている。
  A玄関の前でママゴトをして遊ぶ女の子。 B竹の家の青年。 C市場の物売りまおばさんたち。
  下段D 市場の朝食風景。  EF島に建っているのではなく草を固めて浮かした浮島である。  
  Gミャンマー特有の魚取り。    次回は自転車で走るシルクロードの旅です。



   2月 12日  (土)


買い物がてら
散歩に出た。
まず行ったのが
本屋さん
ぶらっと見ただけで
何も買わずに出た。
買い物のすーぱーは
すぐ近くだけれど
それを通り越して
「蓮宗寺」というお寺にちょっと入ってみる。
それからセブンイレブンに立ち寄って、
「韓国泡菜味海苔巻」「海苔芥末巻」というおかきを購入。
またまた、おしっこがしたくなったのであわててカルフールまで戻って
トイレを済ませ、豆腐やブロッコリーなどを買って家に帰った。おしまい。






  ・・・・・・ 何の脈絡もなく、七十年のよどみの中から、かつ消え、かつ浮んでくる よしなきことを そこはかとなく 書き付けていきます。 ・・・・・・
    
多分、日本に初めてアーチェリーが入ってきたころ、YMCAでアーチェリーの講習を受けたことがある。
そのまま続けていればオリンピックに出られたかも知れない。おしいことをした。
家では庭に「巻き藁」を立てて空手の練習をしていたし、
大学の授業では日本の弓道とアメリカンフットボール(タッチフットボールだったけれども)をやった。
弓道の時は射た矢が的小屋の屋根を越えて道路に飛び出していった。
フットボールはいつも前衛で前の一人とぶつかている内にすべてが終わっていた。




   2月 11日  (金 建国記念日)


エジプトがえらいことになっている。
1月 チュニジアに発した革命が中東の諸国に飛び火
そして、中東の大御所エジプトで革命の第一段階を成功させてしまった。
選挙によらぬ政権、民主化運動の抑圧、くすぶる国民の不満、
若者層の高学歴化、就職難、インターネットの普及・・・・
中東に限らず、それよりももうちょっと広い範囲にもありそうな・・・・
ジャスミン革命(チュニジア)なんて名前もよくない。
勝手なことを言う外国人を取り締まるか
インターネットをもっと厳しく規制するか
国民の不満を近隣の国への憎悪にすり替えるか
危ない、あぶない。


DVDを買いに街に出た。
胡錦涛も観たという「おくり人」と
ある友人が勧めてくれた
「胡同のひまわり」を探すためである。
「送り人」はずいぶん前から探していたのだが
今回初めて見つけた。
「胡同のひまわり」はなかった。
けど、あれもこれもと
結局17タイトルも勝ってしまった

すごい数のDVDが揃えられている。中国語の字幕も入って、しかも格安の値段である。

街はまだ春節飾り。天気はいいのだが、風がきつくて寒い。
時には、よろっとよろけそうな風が吹く。
時には、というのではなくて、所によっては、という感じで
風のあつまる所があるみたい。

今朝 偶然に「風をあつめて」というNHKのドラマを見た。
筋ジストロフィーの姉妹をもった家族の物語である。 昨日「思い出の記」で筋ジストロフィーの子のことを書いたばかりだったので
思わずテレビに釘付けになってしまった。




Myanmer C
 人 々

 1995.12.27.〜1. 6.

 1991年国名を
 ビルマから
 ミャンマーに変更
 まだ、軍事政権が
 スーチーさんをを軟禁
 していた時代だった。


 5回にわたって連載予定



  あまりきれいとは言えない河で水浴びをする人々、庭先で水浴び兼洗濯をする人、一家で食事の準備をする家族。
  首長族。小さいときに金属の輪をはめてだんだんと首を伸ばしていく。人さらいから身を守る方法だったとか。
  この人の乗り様はすごい。れっきとした公共バスなんです。右端はのんびりとした自家用です。










   先週以前のブログは下の「過去のブログ」からご覧ください。