2月28日(日 元宵節)
     
生活の基本に旧暦が生きている中国では
元宵節は法定祝日にはなっていないが、大きな祝日である。
その大きさというのは花火の量で判断できる。
ひっきりなしの爆竹と花火
今日は国やら天津市政府はやっていないだろうから
すべて民間自費の花火である。
わが団地の住民もあげている。
私の家は10階なんだけれども、そのガラス窓に当たって
茶色い焦げ痕を残していく。
冬で各家とも窓を閉め切っているのでいいが
8月のオリンピックの時はこの花火で新築の最新ビルが燃えてしまったのだった。

夕方から突然の雪、それもかなりの量で瞬く間に一面真っ白に染めていく。
もう、あすから3月だというのにねぇ
  

2月は1日から一日も休まずにブログを書いた。
わたしにしては画期的なことだよ。
明日から3月、あさってから授業も始まることだし
やっぱりここで「画期的」に毎日ブログはやめる。






    2月27日(土)
     
トイレに電灯が2つついている。
この間までその内の一つが切れていた。
別にトイレの鏡の前で皺を数えたり、化粧をしたりするわけではないから
電灯はひとつあれば十分、 ・・・・・というわけでもない。
二つあれば用を足しながら本が読めるのである。
この楽しみはちょっと捨てがたい。
というわけで、わざわざ電球専門店に行ってちょっと変わった蛍光管を買ってきた。

とある喫茶店で「日本語サロン」というのが開かれた。
今回 初めての会である。
毎週の日曜日の夕方には和平区図書館で「日本語コーナー」というのがあり
こちらはもう20年近い歴史をもっている。
喫茶店の「日本語サロン」はコーヒーを飲みながら
時に有志の歌がでたり、ちょっとかわった雰囲気である。






    2月26日(金)
     
2年ぶりぐらいだろうか、本当に久しぶりに天津の市バスにのった。
我が家の前から商業大学に直行している路線のあることに気づいたのである。
所要時間45分、1.5元。地下鉄で行くのとそんなに差はない。
地下鉄、タクシーと違った庶民感覚がうれしい。
運転所が街路にいる友人を見つけバスを止めて「おい、乗れよ」と無料で乗せていた。
こんなあたりは10年前とあまり変わっていないな。

学校へ行ったのも久しぶりだ。
こっちは2ヶ月ぶりぐらいかな。
まだ冬休み中なもので構内は閑散としているが
ぼちぼち学生も帰ってきているのだろう、
バレーコートには布団がずらりと干している。

3月から使う教室のカギを借りて
  コンピュータの試運転
PPTも mp4の映像も、
mp3の音声も問題なく再生できる。


ただマイクが使えない。
カラオケでもマイクを使わなかった私だ。講義にマイクは不要だが
後期は学生の発表がかなり入るので、マイクがないと発表が聞き取れないおそれがある。
自分で携帯用のスピーカーとマイクを持参したのだが、ハウリングが激しい。
なんとかうまい方法を考えなきゃあならん。

バンクーバーオリンピックが終幕に近づいている(いつ閉会式なのかは知らないけれど)
女子フィギュアーで浅田真央選手が銀メダルをとって日本のテレビは大騒ぎだ。
そういえば今大会はメダル都とは縁の薄い日本選手団だったように思う。
やっととれた銀メダルよりも参加することに意味があったすばらしい物語がたくさんあったろうに・・・・

「調べる、伝える、魅せる!」  武田 徹   読了






    2月25日(木)
     
  言い訳にはには使えそうにもないいい天気である。
スポーツクラブに行った。
自転車で走るのが気持ちがいいと思える季節になってきた。
もう少しするとプールサイドのデッキチェアーで寝そべりながら
本を読んだり、うたた寝をしたりする楽しみが増える。

次の日曜日が「元宵節(旧暦2月15日)」ということで
この日に食べる「元宵」という小さな団子を買い求める人が店に列を作っている。
   
今朝方ちょっと食べてみたんだが、中の餡こ(色んな種類がある)が甘すぎて弱った。

夕方から友人と 接客サービスがよいことで有名なしゃぶしゃぶ屋(「海底撈」)に行った。
ここで二人で白酒一本をあけ、さらにカラオケ屋に繰り出す。
ここでも、白酒をほぼ一本。歌も思いっきり大声で歌った。
カラオケも大音響で鳴り響いていたが、わたしの歌はカラオケとは同調はしていない。
それでも97点、時には100点なんていうのも出て笑わされる。

「物語による日本の歴史」 石母田正 武者小路穣  読了






    2月24日(水)
     
今日はスポーツクラブに行くつもりだったが
なんだか雨が降りそうな天気だったのでやめにした。
結局、雨は降らなかったし、よく考えてみれば 降りそうでもなかった。
なんのことはない、スポーツクラブに行くのがおっくうだったので
雨が降りそうと天気のせいにしてサボッただけである。
天気の神様に申し訳ないことをした。

「謝罪の文章術」  宮川俊彦  読了
26のシチュエーションで謝罪文例とその批評が書かれているのだが
さすがに天気の神様への謝罪文例は出ていなかった。

このあいだ読んだ本(「大切なことは60字で書ける」P.14)に次のように文があった。

お母さん、生んでくれてありがとう。
お母さん、生まれてきてごめんなさい。

お父さん、支えてくれてありがとう。
お父さん、期待に応えられずにごめんなさい。

神様、試練をありがとう。
神様、人生を恨んでごめんなさい。

進行性筋ジストロフィーと闘っている一青年の作った詩だそうである。







    2月23日(火)
     
バンクーバーオリンピック開催中である。
ちらっとテレビで見る程度で、あまり(と言うよりほとんど)熱心ではないが
この間、カーリングというのを少し時間をかけて見た。
ルールはほとんど解らないけれど、見ておればなんとなくわかる簡単な競技である。
中国語では「氷壺」というみたい。
ブラシでゴシゴシ壺の進路をこすってやるとわずかに針路を変えるのがおもしろい。

私の経験ではスキーというのは、ただただ爽快で面白く、人と競争しようという気持ちになったことがない。
それだけに、そのことで人が争っているのに共感することができないのだろう。
スキーを履いたまま空中で一回転するという競技もあった。
誰もそんなこと考えもしなかった時に、
やってみようと思ったヤツはすごいなぁとは思うけど
その程度のことだ。

でもひとつ発見があった。
上述のカーリングの試合だがカナダと中国の対戦であったが
まるで日本とカナダの試合ででもあるかのように
知らず知らずの内に中国の応援をしている自分に気がついた。


今日はわざわざ予約をして
か 盲人按摩に行ってきた。
同じ行くなら前回やってもらった
72番さんがいいと思ったからである。
予約利料はプラス5元である。
2時間半、まずまず満足して帰る。

帰りにスーパーで
写真のような按摩機を購入、199元。

「『豊かさ』のあとに 幸せとは何か」 飯田経夫  昨日読了
        「『豊かさ』とは何か」の続編かと思ったら間に
        「『ゆとり』とは何か」という本があったらしい。それは読んでいない。
 
  「源氏と日本国王」 岡野友彦 読了
        もちろん「光源氏」のことではない。
 






    平成22年2月22日(月)
     
22時22分22秒とやると2が11個並ぶ日である。なにかいいことでもあるのかな。

「春眠暁を覚えず」とはよく言ったもので、ここ4、5日 暖かくなってから
起床が遅くなってきている。
今までは睡眠時間6時間、10時に寝れば4時には目が覚めてしまいよったのが
このごろは7時、時にはふと気がつくと8時過ぎ「処々爆竹を聞」いて目覚めるという日もある。

そろそろ本格的にお仕事ベースに戻しなさいと爆竹が注意を喚起してくれているのかな。
学生の皆さんからもチラホラと冬休みの宿題が届きはじめた。
もちろん、大多数の学生は宿題のことなど夢の彼方だろうとおもうので
注意喚起のメールを一斉送信した。


圧力鍋を買った。
使うのは生まれて初めてで、
ちょっとおっかないが、
さしあたって、シチューを作ってみた。
電磁炉との相性もよくて
結構うまくいく。
途中でかき回したりしなくてもいいし、 吹きこぼれもないので楽だし、
第一 出来上がりが早い。
中国の牛肉も柔らかくなっているし
ジャガイモも中まで味が浸んでいてなかなか旨い。







    2月21日(日)
     
今日から仕事始めの店が多いのだろう。朝からかなり派手に爆竹が鳴っていた。


天気晴朗、気温もここ数日は昼間は10度を越して
気持ちのよい日和である。
眼下の川も昨日までは白く光っていたが
すっかり緑色にかわり、川面が揺れている。

空もまた、感動的な美しさだ。
数年前の天津の冬ではちょっと見られなかった
青空である。
雲もまたいい。

スポーツクラブも今日から再開である。
さっそく、行ってきた。
スポーツクラブといっても、ジムでは20分ほどストレッチをやる。
腹筋台以外は、マシンの重りを利用して筋肉を引っ張る。
筋肉で引っ張るんじゃあない、筋肉を引っ張るんである。
縮こまりそうになる筋肉を伸ばしてやるだけで、力をつけることは望んでいない。
そう、「色男 金と力はなかりけり」である。

プールも泳がない。
30分ほど 体をあちこちひねりながら水中を歩くだけである。

それからゆっくりとシャワーを浴びて帰る。
家でもシャワーはするけれども、こっちの方が湯量も多くて気持ちがいい。
そう、「水に流す」のはことのほか好きなわたしである。






    2月20日(土)
     
やぁ〜れん そ〜らん そ〜らん そ〜らん そ〜らん! ハイハイ
沖のカモメに潮時ぃ問えば わたしゃ立つ鳥 え〜 波に聞け チョイ
やさ えんや〜ぁさあの どっこいしょ
あ〜あ どっこいしょお どっこいしょ!

べつに書くこともない日もある。
そう言ってしまえば、
いつもは何か書くことがあって書いているのか? ・・・・いいえ、すみません。

「ま いいか と なにごとにも幕を引き」

「『豊かさ』とは何か 現代社会の視点」 飯田経夫  読了
 





    2月19日(金)
     
銀行に行って驚いた。
15日に送金されているはずの年金がまだ届いていない。
いつもは17日には入っている。
どうしたのだ? と聞くと 春節だから仕方がない と言う。
まあ、日本でも年末年始の期間は銀行も休むのだろうから、仕方がないとは思うけど
春節の期間中でも銀行の窓口は開いており、北京からの送金は届いているのに
海外からの送金はストップというのはいかにも中国らしい。
ま、文句を言うのはやめておこう。
検閲にひっかかって削除されたりするとヤバイからね。 (文句いっいてるじゃないか)

今日が春節休み最後の日である。
明日の土曜日、明後日の日曜日は出勤日となる。(もちろん私のことではない)
木金の勤務を土日に振り替えて、一週間の連休にするという中国式ハッピーマンデー制度である。
そのせいか、銀行帰りに上島コーヒーに言っても満員、ケンタッキーも満員、
仕方なしに家に帰ってフライドポテトをつくり、コーヒーを飲んだ。

歯痛の方は、おかげさまでだいぶ良くなっている。

「日本とは何か」 網野善彦  読了。
言っていることは簡単だが、膨大な資料集のような本である。






    2月18日(木 初五)
     
曜日のところに「初五」と書いたが
旧暦では毎月一日を初一、二日が初二と呼んでいる。
正月の五日(初五)がとんな意味の日なのかは知らないが
きっと、何か特別な日なんだろう。
一日中、爆竹と花火がひときわ盛んである。

親戚とか知人とかを表敬訪問する日なのかも知れない。
街には写真のような手土産用の果物を売る店が
何十メートルと続いている。

歯痛の方は爆竹よろしく一日中 私を表敬訪問してくれている。義理堅いものだ。
夕方になって焼酎を飲み始めるとゃっと退散する気になった気配である。

裕次郎が死んだ。DVD「弟」の話である。
藤田まことも死んだ。TVのニュースの話である。
歯痛では死ねない私は まだ生きている。

「日本とは何かということ」 司馬遼太郎・山折哲雄  読了

「歯を病んで 書を読む春の 日差し憂し」






    2月17日(水)
     

旨いからか、安いからか
「豆腐を食いたい」と思うことが多い。
ひょっとしたら
歯が悪くても平気だからかも知れん。

いつものように大根、人参、椎茸、
油揚げ、竹輪でけでは芸がないので、
今日は白味噌仕立てで牡蠣を入れて食おう
ほとんど空っぽの冷蔵庫だけど(冷凍庫は満杯だが)
豆腐以外は全部そろっている。
牡蠣を解凍している間に、のこのこ豆腐だけを回に出かけた。

帰ってきてみると牡蠣がえらいたくさんだ。
仕方がない、半分は牡蠣フライにしようと思いたった。
こっちのほうが、よほど手間がかかり、大変だったんだけど。


朝から一日歯痛である。
昨日あたりからちょっとだけ痛かったんだけど
そのせいで肩に力が入り → 肩こり → 歯痛 →という悪循環で
今日などは我慢しにくいぐらいになっている。

この前は「鼻水」だった。今度は「歯」。次は「目」か「耳」か。
どっちにしても世間の耳目を驚かせるほどのことではないが・・・・


「人を動かす『文章術』」 川辺秀美  読了

石原慎太郎原作「弟」というビデオを観ている。
私と同世代の時代背景、
そして、当時 若干のあこがれであった慎太郎と裕次郎
歯痛に悩みつつも結構おもしろく観ている。






    2月16日(火)
     

どうも昨日の酒が残っている。
体も心もだるく感じられて
一日、家にこもっていた。

おかげで「わが子に教える作文教室」
    清水義範 講談社現代新書 読了

食欲もあまりなかったが、
昼は「とろろ蕎麦」を作って食す。(左 上)
これはまずまずのアイデア昼食であった。

そして夜はタイのアラ煮とお好み焼き(下)
箸を置いている皿はするめ
右の黒くきたなく見えるのがアラ煮
左がお好み焼き
奥はらっきょ、塩昆布、貝の佃煮である。


ずっと家にいたので特に書くこともないので
昨日の昼に撮してきた天津の街の紹介を
正月二日とあって「古文化街」はたいへんな人出だったが、すぐ近くの「鼓楼」は閑散としていた。



天津の街も続々ときれいな建物が目立つようになっている。



ドバイのビルほどではないが、ここにもまた奇抜なビルが建設中である。






    2月15日(月)
     

気温は少々低め(0℃前後)だが、
天気もいいし、
日差しも暖かそうだったので
街に出た

伊勢丹まで地下鉄で行き
「橋場」で昼食をして、
のつもりだったが、
初売りの「福袋」目当ての客でいっぱい
食堂にも列ができている始末である。

仕方がない、
濱江道から津湾広場(天津駅前)、
海河沿いに古文化街、鼓楼と歩いた。


天津駅前の河も完全に凍っていて、人々は橋ではなく、河の上を歩いて渡っている。
ここは人影もまばらで、河の上で橇貸し商売の人が暇そうにすわっている。
河岸をみれば、昨夜の花火の後がまだ片付けられずに残骸をさらしている。
私も河の上を渡ろうかと思ったが、他の人より少し体重が重いかもしれないので用心して橋を渡った。



一方、古文化街の横の河は、たくさん親子連れや若者たちで賑わっていた。
ここでは橇だけでなくてスケート靴の貸し出しもやっていた。



少し、寒くなったのでケンタッキーでハンバーグとポテトを食いながら
読みさしの「大人のための名作パズル」吉田敬一 を読了。


家に帰って少ししたところで、
近くに住む友人から「飲みに来ないか」との誘いの電話
もちろん 否やはない
すぐにでかけて白酒をかなり飲んで、勢いでカラオケ店にもくりだし
歌を歌うわけでもなく ぐだぐだ話ばっかりで 多分 閉店までおった。
さらにその友人宅にとって帰し、飲み直し
家に着いたのは午前2時をすぎていたかも・・・・




    2月14日(日 春節・バレンタインデー)
     

中国でも若い人たちの間ではバレンタインデーは大人気である。
しかし、今年はバレンタインデーと春節が同じ日に重なってしまった。

若い人は恋人とのデートをとるか、家族との団欒をとるか、迷ったかもしれない。
でも、新聞などではほとんどの若者は春節を選択したそうだ。
例年、嫌ほど掲載される薔薇とチョコレートの広告も今年はあまり見かけない。

一方 新聞紙上をにぎわしているのが「虎」の絵である。



まるで、阪神が優勝した時の大阪の町のよう。


  今日は一日 家にこもって、小津安二郎のDVDを見ていた。
「大切なことは60字で書ける」高橋昭男
「国語教科書の中の『日本』」 石原千秋  読了




    2月13日(土 除夕=旧暦の大晦日)
     
中国の人々の大晦日・元旦(春節)にかける意気込みは
日本の大晦日・元旦とは格段の違いがある。
この日を家族と一緒に過ごすため何億かの学生・サラリーマン・出稼ぎの人たちが
故郷を目指して民族の大移動をする。

もちろん、汽車の切符はなかなか買えない。ダフ屋が買い占めて何倍もの値段で転売する。
今年はそれを防ぐため、切符に実名を入れ、身分証明書の名前と一致しないと乗車させないという方法を考え出した。

わたしも、中国人のお宅におじゃまし、白酒を飲み、餃子を食べ、麻雀をして帰って来た。
天津の街も春節の装い華やかである。



そして、12時ごろからは爆竹と花火のオンパレード
私の家から見えるだけでも何万発の花火があがったろう。
少々白酒を飲んだぐらいではとても寝ておれるようなものではない。




いったいこの膨大な花火は誰の金であがっているんだろう? とつい貧乏人は考えてしまうのである。





    2月12日(金)
   
曲阜の大学で日本語を教えている友人が来宅
お好み焼きと湯豆腐で5時間ばかり話していった。
彼は糖尿病だということで、酒は白酒しか飲まん、肉類は食わん、
だから接待もなかなかやっかいで、もっぱら話と酒で過ごすことになる。

曲阜在職だから、当然 孔子の話も多く出る。
その中で気になったことが二つほど。

四十にして惑わず・・・・これは孔子の言葉だけど
彼が祖国を追放(?)されて諸国を放浪して回ったんは四十を超していたんじゃあなかったのか。
四十にして惑わず、これはちょっとウソっぽいな。

七十 古来希なり と孔子の言葉みたいに言っていたけど、これは違うだろう
「人生七十古来希」は杜甫の詩だ。
孔子の七十は「心の欲するところに従いて規を越えず」だった。


中国で売られている本にこういうパロディーがあった。

   孔子のきまり

孔子は世界で初めて補習学校を作った人である。
孔子は教えることだけではなく、
受講料、それによる待遇も詳しく設定していた。

30元 三十自立:30元払った人は立って受講することができる。
40元 四十不惑:40元払った人は疑問点がなくなるまで質問していい。
50元 五十知天命:50元払った人は翌日のテストの命題を知ることができる。
60元 六十耳順:60元払った人は先生から喜しい言葉を聞かせてもらうことができる。
70元 七十従心所欲:70元払った人は横になって受講したり、
    授業に来なかったり、お好きなようにることができます。


ところで、孔子って人、お酒は好きだったんだろうか?

今 天津で「孔子」という映画をやっている。
近いうちに見に行ってみよう。







    2月11日(木 建国記念日)
   
昔の「紀元節」である。
戦後、永いこと廃止されていたが
昭和41年に「建国記念の日」として復活。
紀元節の復活には野党の反対も多く、
折衝の過程で毎月1日を国民の祝日にしようという
おまけ付きの案も出されたりした。
あの時に、あっさり賛成しておけばよかったのに・・・・

結局「建国を記念する日」は国民の祝日にするが、
それが何日かは国会では決めないで、
内閣が決めるという変則的な祝日となった。

その後ハッピーマンデー制度でかなりの祝日が
月曜日に移行され、3連休が作られたが
皇室に関係する祝日は移行の対象とはされていない。
天皇誕生日、昭和の日、みどりの日、
春分(春季皇霊祭)、秋分(秋季皇霊祭)、
文化の日(明治天皇誕生日)、勤労感謝の日(新嘗祭)、
そして建国記念日である。
文化の日や勤労感謝の日なんかは
変更してもかまわないけれど
成人の日や体育の日なんかは由緒のある日で
変更すべきではないように思うのだが。


ところで、今日の「建国記念日」
神武天皇が二千数百年前に橿原の宮で即位した日ということになっている。
歴史上の根拠は全くないが
「扶桑社の新しい歴史教科書」では1ページをさいて
『神武天皇の東征伝承』の記事を載せている。
以下の通りである。


   神武天皇の東征伝承

一つの政治的なまとまりが,大きな力を備えた統一政権になるには,
通常,長い時間を必要とする。大和朝廷がいつ,どこで始まったかを記
す同時代の記録は,日本にも中国にもない。しかし『古事記』や『日本書
紀』には,次のような伝承が残っている。

 天照大神の直系である神日本磐余彦尊(のちに神武天皇とよばれる)は,
45歳のとき,日向(宮崎県)の高千穂からまつりごとの舞台を東方に移す
決心をし,水軍を率いて瀬戸内海を東へ進んだ。大阪湾から上陸を志す
が,長髄彦の強い抵抗を受け,-人の兄を流れ矢で失う。二人の兄は海
上で暴風雨をしずめるための犠牲となった。苦難の末,軍勢は熊野(和歌
山県)に上陸し,大和を目指す。けわしい山道を踏み迷うさなか,天照大
神のお告げがあり,頭の大きいカラスのハ河烏が道案内をしてくれる。
神日本磐余彦尊は,抵抗する各地の豪族をうちほろぼし,服従させて目
的地に迫る。再び長髄彦がはげしく進路をはぱむ。冷雨が降り,戦いが
困難をきわめたちょうどそのとき,どこからか金色に輝く一羽のトビが
飛んできて,尊の弓にとまった。トビは稲光のように光って,敵軍の目
をくらました。こうして,尊は大和の国を平定して,畝傍山の東南にあ
る橿原の地で,初代天皇の位に即いた。

一応コラムのような形を取ってはいるけれども、
こういうのを教科書に載せてもいいのだろうか。





    2月10日(水)
   
昼ごろから出かけて、図書大厦と国際大厦(天津日本人会)に行ってきた。
この土曜日が「除夕(大晦日)」14日(日)が「春節」とあって
街もそれなりに装飾がほどこされている。

北京やかなりの都市では爆竹は禁止されているそうだが、天津は禁止にはなっていないので
写真左のような花火・爆竹売り場が街のあちこちに(多分市内だけで2〜300箇所はあるんじゃあないかな)出ている。
これが除夜から春節にかけて一斉に爆発するのだからタイヘンである。
毎年、死者もでるし、ボヤもあちこちで起こる。
私も自動車の中に花火が飛び込んで炎上するのを現認したことがある。
気の早い花火は、もう2〜3日前から断続的に打ち上げられている。

今年は10階だから多分大丈夫と思うけれども、
以前4階に住んでいた時は、6階の人が窓から爆竹をなげ、
ちょうど私の窓の外で爆発し、仰天したことがあった。


街の飾りはなんとなく例年よりも控えめの感じがする。

日本や欧米がいつも通りの経済活動をやっているこの時期
中国だけが(だけではないかもしれないが)一週間も会社を閉めるというのは
経済的影響はどうなんだろう、と余計な心配もする。





    2月 9日(火)
   
3月2日から始まる後期の授業の準備がそろそろ本格的になってきている。
今日はPPTで使う画像の整理にとりかかったのをはじめ
授業記録の整理方法の研究(大袈裟な)も開始。

授業の板書内容、講義要項はすべてPPTを使用している。
ひとつには、早口だと言われる私の日本語講義に、字幕がつけば理解しやすかろうということと
授業終了後、学生にメールで送付することによって
ノートでは取り切れない画像などもそのまま送れるし、
授業中 聞き漏らしたことも再現できるというメリットがある。

ただ、メールだと最大10M しか送れず、画像数が制限されたり、音声や動画は送付不能である。
そこで、ホームページ上に記録を掲載することによって「量の問題」を解決できないか、と考えた。
問題は、学生のプライバシーにも触れる部分もある授業記録なので不特定多数の閲覧は困るということである。
これはなんとか、掲載アドレスを公開せず、その都度メールで知らせるということで解決できる見通しが立った。
次は 音声・動画はPPTからは飛んでくれないみたい。
これは、もう少し研究が必要だ。
どなたか、いい方法を教えてくれないかな。
いまのところ、その都度、メール本文に戻って、
そこに記載したアドレスから閲覧してもらわなければならないかもしれない。

もう一つ、 メールだと必ず添付ファイルをダウンロードしなければならないが
 (メール本文に日本語を使うと文字化けして読めない学生が出る)
この方法だと、学生のパソコンに負担をかけずに閲覧してもらうことができるし、
必要があれば、その部分をダウンロードして自分のパソコンに取り込むこともできるというメリットもある。


今日は、久しぶりに自転車でスポーツクラブに行った。
片道 だいたい20分、皮ジャンを着て、分厚い手袋をして、若干 熊みたいな格好になるけど
春風に吹かれながら(おお!寒!)冬眠から這い出した気持ちで快適に走っている。





      2月 8日(月)
   
今朝は午前中インターネットが繋がらなかった。
インターネットが切断されたのは10月1日の国慶節以来と思うが
何か事件でもあったんだろうか
中国の新流行語でインターネットが
検閲されることを「和諧(ホーシェ)」
そして削除されることを「河蟹(ホーシェ)」と言うそうである。

それとは別に午前中から水洟が出てしょうがない。
汚い話で恐縮だが、「水洟」ってのも
ちゃんと歳時記に冬・正月の季語として載っているんだからびっくりだ。
「正月」と「水洟」ってのも変な取り合わせだわな。

秋刀魚にうなぎ、粕汁と季節外れの食卓を紹介した数日前
実はあの日の朝食はトーストと粕汁だった。
いかにも乱暴な取り合わせである。

妙な取り合わせと言えば
このごろスポーツクラブに行ってマシンをしながらiPod で聞く音楽が
都々逸や歌舞伎名場面集だったりする。

「渡辺の綱にやりたや、この片腕・・・・」とか
「知らざあ〜言って聞かせやしょう・・」などなどが耳元で鳴りながら
腹筋を鍛えたりしているのだから、これもまた妙なものである。

自分で持っていったDVDをみながらやるウォーキングマシンでは
日本のアニメ「NANA」を見ながら歩いている。





      2月 7日(日)
   
昨夜来の雪、朝方には止んでいたが町はすっかり雪景色である。


空は曇っているが そんなに寒いというわけではない。
午後 少し用事があって街にでた。
中国最大の祝日「春節」まであと一週間、最後の休日とあって、
街はお正月準備の買い物客でいっぱいである。
午後3時、カソリック教会の鐘が鳴り響いた。
鐘の音は写真には写らないのだけど、何か新鮮で思わずシャッターを切ってしまった。



夜は和平区図書館の「日本語コーナー」に出席。
さすがに、出席者は十数名と少なかったが、にぎやかに2時間話し合って帰る。
次回と次次回は春節のため休会となる。


この間、引き出しの奥に一つの懐中時計が眠っているのを見つけた。
20年ほど前に北京飯店のアーケードで買った物である。
なんでも清朝末の作だという。


日本でも、中国でもいろんな時計屋に持って行ったけど、
すでに内部は削ったり貼り付けたりで、これ以上の修理は不能、ということであった。
これ以上修理が不能と言うほどに修理を重ねてきているということは
この時計が「本物」であることの証拠ではないか、と勝手に気に入って
大切に置いておいたのだが、今回試しにネジを巻いてみるとなんと動くではないか!
じっと置いておくと24時間以上几帳面に時を刻んでいた。
事故の狂いもあまりない。
木乃伊がニコッと笑ったようなものだ。

喜んで「日本語コーナー」に持って行ったら、止まっていた。
まだ外出するまでには回復してはいないようである。
もう少し、私の机の上で養生してもらうことにしよう。

時計の話が出たついでに

左がずっと愛用していたCasio の太陽電池時計、電池交換の必要がなくて便利なんだが
冬場はずつと袖の下に隠れているもので(中国らしいな)、
陽の光を見ることが少なくエネルギー不足になって止まってしまうことが間々ある。

神戸に行くにあたって仕方なく買っのが右の二つである。
自動巻、世界有数のブランド物(偽物)である。
アイヤー、今 気がついたが、よく神戸の税関で没収されなかったものだな
警察犬も偽時計の臭いまでは嗅ぎ分けられんらしい。

ところがこの自動巻というのは、動いていないとダメなんだな。
でも、こっちの方はネジをまくことができるので、なんとか使い物にはなっている。





    2月 6日(土)
   

食い物の話の多いのは元気な証拠、と言ってくれた人もいて
今日も食い物の写真
湯豆腐だ。これは季節にもあっている。

「人間はその食うところの物によってできている」
と言ったのは、ニーチェだったか知らん?

「口から入る物は人をけがさず・・・・」
と言ったのはイエスキリストだ。

豆腐、大根、人参、椎茸、白ネギ、(白菜がなかった)
竹輪、カニカマ、あぶらげ
それに今日は ニラ入り玉子焼きも作った。
これで、冷蔵庫はきれいになった。


今日もスポーツクラブに行った。
昨日も書いたが3ヶ月980元
ということは考えてみれば1日約11元(約150円)だ。
一週間に1回しか行かなければ1回1000円
週3回行ったとして、1回330円
こいつは頑張って行かにゃあモトが取れん

神様はこういう貧乏人の考え方をよく知った上で
スポーツクラブの値段を上げたんだろう。
あいつにはもう少し運動が必要だという神様の配慮が感じられる。


朝青龍が辞めた。
政界とカネ、角界と暴力、芸能界とヤク
酒井法子も朝青龍も辞めたけれど、小沢も鳩山も辞めない。
政界は品格を問われない社会なのかも知れない。




    2月 5日(金)
   


スポーツクラブに行ってきました。
新たに3ヶ月のカードを購入
去年5月 入会の時は680元だった。
8月の更新の時は780元
そして今回は980元
これは中国の経済成長の反映か?
こんな勢いで物価上昇が進んだんでは
われわれ年金生活者は早晩
行き詰まってしまうだろうな。


夕食はこの2月の寒空に
秋刀魚を焼き、ウナギを温めた。
日本でも冷凍を食べることが多かった物たちなので
味があまり変わらないのがいい。

ひとつ食卓に夏のうなぎ、秋のサンマ、
冬の粕汁(まだ残っていたのだ)が同居している。
これも季節を大切にする日本人の感性に悖ることだなぁ
神様にも叱られそう。

でも、市場では今でも西瓜が売られている中国だから
ま、いいとするか。




    2月 4日(木 立春)
   


今日から春、とは言え、
それは名のみの風の寒さや で
いわゆる「暦の上ではもう・・・」というやつである。

我が家では
春立つも きのうの残りの 汁の朝 で
昨夕の粕汁を温め直しての朝食。
酒の香も また新たなる 春の汁 である。

そろそろ、スポーツクラブも再開しなければと思いながら
結局は一日中、部屋の中でごろごろとしていた。
次第にこういうことが多くなってくるんだろうなぁ

明日は頑張ってスポーツクラブに行こう!
「頑張って」というあたりにちょっと衰えを感じるけれども
「明日」に思いをかけられる間は、
まだ、花の咲く可能性もあるというものだ。

と思って、夕食は「お好み焼き」を作った。
小麦粉、キャベツ、ねぎ、玉子、豚肉である。
写真はない。




    2月 3日(水 節分)
   


「鬼は外、福は内」とやる節分である。
左の写真は、宇治市のTさんから頂いたもの。
「鬼」の面ではなく「福」の面と
きれいな「豆」がセットになっている。
これは3月に入って「日本文化」の授業の時に
学生に見せるため、今日の豆まきには使わない。
口だけでやったんだけど、効果はどうだろう?
口先だけではやっぱりダメかな?


ところでその「鬼」だけど、
もともとは「邪気払い」であって「邪鬼」じゃあないんじゃないかな。
自分の心の中にある「邪」を「鬼」に転嫁して
追い出そうとしているように思える

「鬼は外」と言われて、
私の中の「邪気」が頭を抱えて退散してしまえば
私の心にはぽっかりと大きな空洞が・・・
大げさに言えば、人格分裂だ
やっぱり、「豆」は使わない方がよかったかも知れないな。

「鬼も十八、番茶も出花」とか
「鬼さん、こちら、手の鳴る方へ」とか
結構かわいい鬼さんもいるものね。


夕食は神戸で買ってきた「酒粕」を使って
「粕汁」を作った。
酒粕、白味噌、鮭のアラ、大根、人参、こんにゃく、牛蒡
ジャガイモも入れたのはちょっと邪道かな。
作ったのは初めてだったけど、おいしかったよ。




    2月 2日(火)
   

まだまだ、準備体操が続いている。
というか、始動前の始業点検の最中である。


キーホルダー代わりに使っていたナイフを
神戸でなくしてしまった。
どうもこの頃は 大切に使っていた物を
ふっと無くしてしまうことが多い。
きっと、大切な者をふっと亡くしてしまうことの
練習が始まっているんだろう。
いろいろ便利に使っていたので無くなると気持ちが悪い。
ナイフの場合は、簡単に買い戻すことが出来るので
さっそく左のナイフを購入したが
そろそろ、どんな大切な物でも
あっさりとあきらめる練習が必要かもしれない。


XPlay3 というソフトをこうべで買って来た。
iPod に入っているデーターをパソコンに取り込むソフトである。
ところがこれが Windows7 のパソコンにはインストールできない。
Vista か XP 専用というのだ。
買うときは確かめたのにね。
仕方がない、予備のパソコンが XP なので、そちらで作業することにした。
ずっと使っていないので立ち上げると何やかやバージョンアップの画面が出る。
えらい時間がかかって、やっと使えるようにして、XPlay3 のインストールを始めた。
すると今度は WindowsMediaPlayer11 が入ってなければインストール出来ないという。
ダウンロードページから WindowsMediaPlayer11のダウンロードをすることにする。
すると、XPが正規版でないとだめでその検査をするという。
検査の結果は「あなたの WindowsXP は正規のものではありません」と来た。
何時間もかかって結局 XPlayer3 \3900 使用不可ということだった。

病気が見つかって、検査・入院・手術とゴタゴタやっても
結局は「使用不可」ってことは多いよ、ということの練習か。
としたら3900円はそんなに高くはないかもね。




    2月 1日(月)
                     お断り  今日は実際には2月2日であるが、これからは記事内容の日を表記させてもらうことにする。
  

2月である。
神戸もそうだったが、天津も1月後半はずいぶん暖かい日がつづいた。
でも、今週あたりまた寒さがぶり返すとの予報である。
さすが「如月(着、さらに着る)」である。
現在の外気温はマイナス4.7度、神戸はどうなんだろう?

今日から、また気をひきしめて、仕事(勉強)にかからねばならぬ
今回、買ってきた本だけでも50冊ほどあるし、
写作、日本文化ともある程度の準備はしておかなければならない。

貧乏人根性かもしれないけれど
「・・・・しなければならない」ということがあるということは幸せなことである。
だからといって、すぐに取りかからなくてもいい、というのもまた幸せなことである。

今日は、準備体操として、盲人按摩と散髪に行った。
盲人按摩は平日の10時から14時の間にはいると
足療60分+全身90分の2時間半で58元である。
必ずしも全員が盲人というわけではないが、
今日やってくれたのは強度の弱視の青年だった。
非常に丁寧で、神戸にいる間からずっと四六時中痛みを感じていた腰が痛くなくなった。
名前を聞くと「72番」と言う。
帰りに受付で聞いても同じである。
彼らには名前はないんだ!
この次来たときも この番号で指名することになる。
うれしかったので10元チップを渡すように受付に頼んで帰った。

散髪も、いつものところ、5oの丸刈りである。
中国の散髪屋は、頭は2度洗ってくれるが、髭は剃ってくれない。
丸刈りでも、かなり丁寧にハサミをつかってやってくれる。
1回30元だけれども、今はサービスで75元で5回のチケットがもらえるというので
75元払って、短くなった頭を寒風に吹かれながら家に帰ってきた。





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