11月24日(火)
 

ホームページ・ビルダー・13というのを使ってブログを書いている。
ところが数日前から、このソフトを立ち上げようとすると
ホームページ・ビルダーHTMLエディターが何とかで
プログラムを閉じました、と出て働いてくれない。
しかたなしに前に使っていたホームページ・ビルダー2001を
再インストールして、今 これを書いている。
ま、そこまでして書くことはないと言われればそれまでなんだけどね。

一方、Vista から Windows7 へのバージョンアップは多分成功したんだろう。
でも、これが本当に成功しているのかどうかはようわからん。
Vista の時の不具合は全部引き継いでいて、使いにくいことおびただしいのだ。
これもまた、ま、であるが
私自身の体の機能もあちこち老いさらばえてきているので
機械にだけあれやこれや言っても仕方がないので
我慢して使っている。
私を動かしている神さんも、ずいぶん使いにくくなったな、
と思いながら、使ってくれていることであろうし・・・・・


おっと、ホームページ・ビルダー・13の故障に気づく前に
書こうとしていたのは、そんなことではなかった。

この頃、どういうわけか勉強の機会に恵まれている。
10月31日(土)
  北京の国際交流基金 日本文化センターで
    「聞くことから 話すことへ」というテーマの講演会に参加した。



  11月13日(金)には
  天津日本人会主催の
    「サッカーから学ぶこと 三浦泰年氏」という講演会を聞きに行った。 於 天津日航ホテル
 


そして、11月21日(土)は
  天津日本語教師会で
    来年7月から始まる新しい「日本語能力試験」について、
    国際交流基金の先生を招いて講演会をもった。 於 天津翻訳専修学院



次の日曜日 11月29日は
  大阪産業大学等主催の
    「アジア共同体の可能性と問題」という国際シンポジウム(於 天津日航ホテル)を聞きにいくことにしている。

という真面目な話だったのである。
どうも、出鼻をくじかれてしまった。






    11月18日(水)
 

12月12日、天津日本人会がの忘年会がある。
毎年、やっているんだが、なんとなく偉いさんたちの会という感じがして
参加したことはなかった。
でも、今年は行ってみようかなと思ってチケット(150元)を買いに行った。
が、チケット発売は20日からということで、空振り。

新装再開したスポーツクラブにも行った。
ジムのマシンの場所がちょっと変わったぐらいで
特に「新装」というようなことはなく、
昼頃に行ったんだが、誰も来ていなく、私が第一番の客だったような・・・・

それだけに気兼ねなく写真を撮ることが出来たので、紹介しておきます。











こんなサウナがあることは今回初めて知った。
多分、今までも、これからも運転はしないのだろう。






  11月15日(日 七五三)
 

きのう、今日は風はあるものの少し暖かい日が続いている。
写真は金曜日(13日)、授業に向かう途中の学校の庭である。
木曜日の夜、降った雪がまさに消えなんとするところでやや風情がある。





遠くに見えるのが私が授業するFIU教室棟である。フロリダ国際大学の略だったと思う。
その高い塔の部分の4階、ハーバード事例研究教室というところで私の作文の授業が行われている。
このように書いてみると、えらい大学者の授業みたいですが、そんなことはない。
フロリダってどこだったか・・・・あ、あのフロリダ半島のフロリダか、そんなことはどうでもいいが、
とにかく学校の門を入ってから20分余歩かねば到達しない国際大学でる。
行きはよいよい(構内だけど、門衛に授業だと言えばタクシーに乗って行くことも可)
帰りはこわい(タクシーなんてこんな所には居はしない)である。
「北へ帰る旅人ひとり」とか「夢は枯れ野をかけめぐる」「コンときつねが鳴きゃあせぬか」
といった雰囲気でとぼとぼと歩いて帰らねばならぬ。
そして、正門まで20分歩いて、あと10分余の部分をタクシーに乗ってしまう。
いつも、なんか損した気持ちにもなる。


昨日は理工大の先生と一緒にホテル付属の日本料理店で昼飯をご一緒した。
寿司定食(寿司、小鉢のうどん、茶碗蒸し、サラダ等)で25元は安い。
友人の方は「天ぷら定食」 これもまた25元である。
帰宅後は、10人分ぐらいのシチューを煮込んだ。
夜はビデオを見ながら湯豆腐と鶏の唐揚げで秋の夜長をすごす。
こうして、朝からなんかしんどかった一日がうたたねの内にすぎていった。

今日(15日)は修理のため20日間ほど休館していたスポーツクラブの再開日である。
まずは昨日のシチューの試食をしてから運動に行ってくる。
どのように変わっているのか楽しみである。

そして、夜は和平区図書館の「日本語コーナー」にも顔を出すつもり。






  11月13日(金)
 

おや、今日は13日の金曜日か。
お日柄はよろしくないな。

教材作りにちょっと疲れると、
パソコン相手に中国将棋をやる。
パソコンはなかなか強い。
そのパソコンに今日は
多分、100番以上やってとうとう勝った。

初めて勝ったというわけではないが
たしかに100番以上は負け続けたであろうから
しょうもないことだが、かなりうれしい。






  11月12日(木)
 

少し前の作文の授業で一人一人に新聞の挿絵・カットを与え、
そこから想像をふくらませて、掌編小説を書かせた。
そのうちの数編を紹介しているが、
「なかなか面白い」との反応をいただいた。
このブログにしてはホント珍しいことであるし、
学生のためにも、何となく喜ばしい。


『街灯の変化』



また、太陽が沈んだ、そして月が上る。

私は、この町の通行人のために、自分を燃やす。
それはつらいけれども、捨てることはできない。
つまらないことだけれども、やめない。

それは、自分のためじゃなくて、みんなの安全のためだ。
でも、私は寂しくない、友達がいるから、彼は壁だ。
壁は毎日私と一緒に働いている。
もし、壁が無くなったら、私もなくなる。

でも、昔は、私はそう思わなかった……

ある日、ある子供がこの街で遊んでいた。
暗くになったけど、自分のボールを見つけることができなかった。
本当に焦っていた。
ちょうど、その時、私は火をつけてあげた。
その子はすぐ自分のボールは見つけた。
そして、私に「ありがとう」と言いながら、家へ帰った。

そのとき、私はちょっと偉そうに、壁のことを見くびった。
「ほら、見て、みんな、私のこと好きだよ。
あなたは全然  役に立たなかった。」私はそう言った。
そのとき、壁の気持ちなんか全然気にしなかった。

翌日、ある腕白な子供が、私に向かって、石を投げた。
私はとても怖かった。
そのとき、壁は私に代わって全部の石を受け止めてくれた。
そして結局、自分はけがをした。
でも、彼は何も言わなかった。
「すみません。」と私言った。
「いいえ。」
「どうして私を助けてくれたの。あんなに悪口を言ったのに…」
「だから、私たちは友達だよ、お互いに助け合うのは当たり前じゃないか。」
壁は言いながら、微笑んだ。

そのとき、私は二度とそんなことをしない、と心に誓った。
心と心の結びつきは一番大切だ。
そのとき、私は深く感じ取る。 











  11月 8日(日)
 

少し前の作文の授業で一人一人に新聞の挿絵・カットを与え、
そこから想像をふくらませて、掌編小説を書かせた。
そのうちの数編を紹介しているが、
「なかなか面白い」との反応をいただいた。
このブログにしてはホント珍しいことであるし、
学生のためにも、何となく喜ばしい。

『最愛の人におくり物』



南方の漁村に若い男の人と女の人がすんでいますいました。
二人は夫婦です。

その奥さんは子供のころから甘いお菓子が大好きです。
だから、毎年中秋節になるたびに、男の人必ずいつもマジックみたいに
まざまな甘い月餅を持ち出せました。
月餅は美味しくて、奥さんもうれしくなりました。
本当に幸福です。

今年の七月、
一つの台風がその漁村の近くに上陸しました。
男の人は他人を救うために、なくなりました。
遺体さえ見つかりませんでした。

そのとき、おくさんはびっくりしたにもかかわらず、
涙は少しも流れませんでした。
彼女は家の前に立って、夫さんを待っています。
また、中秋節が近くなります。

ある日、はっと気が付いて、奥さんは急いで家を出ました。
自分が住んでいる町のあらゆるお菓子の店を求めています。

「あのう、甘い月餅がありますか?」
「はい、ありますよ。どうぞ。」
「いや、ちがいます。」

また続けてさがしています。
やっと、満月が空の真ん中に昇ったとき、
かつて夫がいつも月餅を買っていた店を探し当てました。

そこの店長さんも感動しました。
わざわざ奥さんのために自身で月餅を作りました。

「これはミッキー月餅といわれます。
いつも最愛の人だけにおくります。
ご主人さんはその意味を知っているからこそ、買いました。」
と店長さんは紹介しました。

「あなた、ありがとう! みえる? これはミッキー月餅だよ。
 もあなたのために買ったよ!」

その時、奥さんは初めて涙を流しました。











    11月 6日(金)
 

少し前の作文の授業で一人一人に新聞の挿絵・カットを与え、
そこから想像をふくらませて、掌編小説を書かせた。
そのうちの一編である。


『大切な靴』



「僕は山に行きたい」
「ディズニーランドもいいじゃない」…
休憩のとき、5組の教室はすごく騒がしかった。
リンリンリンとベルが鳴ると、
学生たちはすぐ静かになりました。
鈴木先生がゆっくりと教室に入ってきました。

それから、生徒たちに今週の課外活動について
説明が始まりました。


「皆さん、今から今週の課外活動について説明します。
分からないところがあったら、手を上げてください。
今回はみんな一緒に山に登る予定で、
リュックサックや靴は自分で用意ください。
希望者は弁当を持ってきてもかまいません。
日曜日の午前8時必ず学校の前に集合してください。」と先生が言いました。

「傘も持ったほうがいいね、このごろ雨が多いし」などみんな楽しくしゃべりました。
「僕は母に新しいスニーカーを買ってもらうんだ」って高橋さんが言いました。

授業が終わって高橋さんは家に帰りました。

高橋「ただいま。」
母 「お帰り。」
高橋「ね、お母さん、スニーカーを買ってくれない?。
   日曜は登山だって。僕、登山用の靴がないんだ。」
母 「そう。いいよ、ちょうどこの間、新しいデザインの靴がでたそうだ。
   ご飯を食べてから、一緒に店に行こう。」
高橋「ありがとう。」

 (店で)

店員「いらっしゃいませ。お客様、何かお手伝いしますか。」
母 「あのう、子供に登山用の靴を買いたいんですが。」
店員「承知いたしました。こちらへどうぞ。」

(いろいろな種類の靴がある)

高橋「お母さん、これがいいね。
   五つの指に分かれているのは今まで見たことがない。面白いじゃない。」
母 「太郎、物は見かけより実用性が大事だ。」
高橋「うん、それはわかっている。」
店員「この靴はね、見かけも格好もいいですし、履きやすいですよ。試してみてください。」
高橋「ちょうどいい。僕はこれがいい。」

  (母はお金を払った)

店員「毎度ありがとうございました。」
   (日曜日)

山を登りながら、高橋さんはお母さんが靴を買ってくれたことを思うと、心が温かくなりました。
「頑張って頂上に上って、きれいな景色をカメラに収めてお母さんに見せよう」
と思って、一歩一歩上に進んでいた。

途中で、皆からその靴は格好いいって言われたが、
見かけより大事のものがあるってことを母は教えてくれたのです。

高橋はその靴を履く度に、親の気持ちの大切さが分かるようになりました。
それは、高橋にとって大切な靴なんです。










  11月 4日(水)
 

少し前の作文の授業で一人一人に新聞の挿絵・カットを与え、
そこから想像をふくらませて、掌編小説を書かせた。
そのうちの一編である。


『永遠の四枚の皿』


静香ちゃんの両親は会社員です。
毎日、両親は仕事で忙しくて、
夜、遅くまで家に戻りません。
誰も子供の世話をすることが
できませんでした。
また、二人はよく喧嘩しました。

両親が忙しくて、平日、
静香ちゃんの世話をするのは
兄ちゃんです。
毎日、兄ちゃんは料理をつくりました。




変なことに、
毎回、兄ちゃんは皿を四枚準備しました。
ある日、静香ちゃんは
「兄ちゃん、食事をするのは私と兄ちゃんだけで、
皿は二枚で足りるのに」と言いました。
兄ちゃんは「ほかの二枚は父母のために、
今日は早く帰るかもしれないよ」と答えました。
しかし、この二枚皿は一回も使わなかったのです。
もちろん、毎回静香ちゃんと兄ちゃんはがっかりしました。

悲しいことに、一ヶ月の後、
兄ちゃんは交通事故で亡くなってしまいした。みんな悲しいです。
今、静香ちゃんの世話をするために、両親は以前より早く帰るようになりました。

ある日、
両親と一緒に食事をしているとき、
静香ちゃんは突然何か思い出したように、台所に行きました。
まもなく、静香ちゃんは皿を一枚持って来ました。
母は「皿が足りないの」と聞きました。
「これは兄ちゃんの」と静香ちゃんは答えました。

「以前、お父さんやお母さんが帰らなくても、
兄ちゃんは皿を四枚準備しました。
兄はこれは永遠な四枚の皿ですって言いました。
今、静香も兄ちゃんのために、皿を準備したいんです。」と
静香ちゃんは言いました。

両親は瞳を潤ませました。

その日から、
毎日の食事をするとき、
いつもテーブルの上に
皿を四枚置いておきました。










  11月 3日(火 文化の日)
 

1日以降、寒い日が続いている。
今、屋外の気温は2.3℃、昨夜来の最低気温はマイナス1.2℃、最高気温は2.9℃であった。
外出する気にはなれない、と言うか、毎週月曜日が作文授業の宿題締め切り日なので
学生の宿題提出メールが一日あたり20通ぐらい到着する。
だいたいその日のうちに添削して返送することにしているので
なかなか、パソコンの前を離れにくいという事情(いいわけというべきか)もある。

そのようにして送られてきた作文をシリーズで紹介している。

これは
少し前の作文の授業で一人一人に新聞の挿絵・カットを与え、
そこから想像をふくらませて、掌編小説を書かせた。
そのうちの一編である。


『楽しい春日』


うららかな五月のある日の朝、
日曜日です。
昨夜 春雨が降ったばかりですから、
空がよく晴れて、
空気もすがすがしいです。
五月の風が気持ちよく大地をなぜています。
暖かい陽光はまるで軽くて柔らかなミルクのように、
きれいな窓のガラスから
さんさんと部屋に差し込んでいて、
熟睡している人々の顔を照らしています

母はまだ起きていないが、父と子供たちは今日は早めに起きました。
この酔いしれる春の日を、どうして心ゆくまで楽しまないか。
そんなに早く起きました。

これは秘密です。
「陵太君も歩美ちゃんも頑張ろうぜ。」
「えん、お父さんも。大きな喜びのために。」
「はーい、じゃ,始めましょーう。」
そして,昨日 相談して決めた計画通りに、みんなは働き始めました。
陵太君と歩美ちゃんは部屋を掃除します。
父はキッチンで料理をつくります。
まもなくキッチンからいい匂いがしてきました

時計の針はいつの間にか八時を指していました。
母が起きました。
きれいな部屋を見、いい匂いを嗅いで、心が楽しくなりました。
「陵太君、歩美ちゃん、どうしたの、こんなにきれいな部屋。」
「お母さん、母の日おめでとう。」と
声をかけながら父と子供たちは母の前に出てきました。
「本当に嬉しいね、ありがとう。」と
母は涙が出るほど喜んでいました。

父は母が大好きな料理を作りました。
子供たちはテーブルの上に料理を並べました。
一家のみんなは幸幸せに浸りながら、おいしい料理を楽しました。

食事の後、母と父は
子供たちを連れて公園に遊びに行きました。
公園のうららかな陽光のなかで
一家は記念写真を撮りました。

なんと楽しい春日でしょう。











  11月 2日(月)
 


11月になった。
1日には初雪。朝から昼にかけてかなりたくさんの雪が降った。










土曜日には、北京の国際交流基金日本文化センターに
「聞くことを教える」という公園を聞きに行った

天津から新幹線で北京南駅まで30分
いままではここからが大変だったんだが
地下鉄が北京市内中心部まで通じて、乗り換えるだけで
目的地までいってしまう。
天津から次に地上に出るときは王府井であったり、北京大学であったり、 日本文化センターであったり、ずいぶん便利になっている。


学生の「掌編小説」はまだ続くが、明日(多分?)にしよう。 








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