5月 9日(土)
  

連日30℃を超す暑い日が続いている。
それに、今年の天津はからっとした厚さではなくて蒸し暑い。
今は、雨は降っていないが昨夜は一雨あったのだろう。
路面が濡れている。これはなかなかいい。

新型インフルエンザ
日本で初めての感染が確認されたそうである。
それも今のところは帰国の機内で発見、隔離ということで
国内で感染者が出たというわけではない。

最高段階のフェーズ6が噂されているけれども
アジアではほとんど出ていないし、毒性もあまり強くないということもあってか
なんとなく、もひとつ迫力がない。


注文しておいた「タタミ」が昨日届いた。
さっそく敷いてみる。
サイズはちゃんと測って誂えたものだから、
部屋にはきちんと収まり四畳半の新しい空間が誕生。
青い畳のにおいもしっかりあって
なかなかいいものである。

「女房と畳は新しい方がいい」とはよく言ったものだ。
これで「畳の上の水練」もできるし、
「畳の上で往生」することもできるかもしれない。

ただ、いまのところ
座卓、座椅子がないので
寝ころんで楽しむぐらいで、
畳の上での飲食ができないのが欠点である。


街を歩いていると道ばたに 朝顔が咲いていた。
中国に来て初めて見たような気がする。そんなことはないんだろうけれど・・・・

天津は、緑も花も多い街である。
きっと道ばたの空き地はすべて「公有地」なんだろう。
ビルを壊して更地ができると、
すぐに芝生を植え、花や木を植え、石を配して小公園のようになる。






5月 5日(日 こどもの日 立夏)
  

こどもの日である。
こどもたちにあやかって、大の大人もお休みというのはありがたいが、
こどもの日というのは、祝日法によると

こどもの人格を重んじこどもの幸福をはかるとともに母に感謝する日

ということだそうだ。
どうして「・・・とともに親に感謝する日」ではなくて「母に感謝する日」なんだろう?
誰か、教えて下さい。


そして、立夏  本日より暦の上でも夏である。

「暦の上でも」というのは
まだ、春にはなっていないけど・・・・♪春は名のみの とか
まだ、秋と言うには暑いけど・・・・・・♪小さい秋小さい秋みつけた

という雰囲気で使うことが多い言葉のように思っていたが
今回の立夏はちがう。
3月ぐらいから30℃を超すというような日があって、
暦の上でもとうとう夏になった、という感じの立夏である。


先日、1901年1月2日の「報知新聞」の記事から
100年前の人が想像した21世紀というのを紹介した。

少々、おもしろ半分で、22世紀を予測した作文を書かせてみた。
(今、日本の平和主義とか、ちょっと重い話題で作文をかいているので
このような軽い話題を挿入することも必要なのだ。)

以下、紹介する。
(平和主義の方はまた後日だ。忘れているわけではない。)


  
100年後の社会


まず 地球は

温暖化が進み陸地は小さくなっている。
陸上は人でいっぱいになり、
人は地下に住んだり、火星や惑星に移住する。
地球には緑はなくなって、機械ばっかりになっている。
緑化が進み、砂漠はなくなって涼しくなっている。


世界は

国というものはなくなり、
世界は一つ(地球村)になり、言葉も世界語ができている。
中国が世界一の国になっている。
(きれいな環境、教養豊かな人々、幸せな生活)


人間は

もう母親からは生まれない。
(卵子と精子を試験管の中で受精、機械で育てる)
人の平均寿命は150歳ぐらいとなる。
ロボットが発達し、人は一日に1時間程度働くだけになる。
試験はなくなり、学校も単なる交流の場となる。
自分の性別は自分で選べるようになる。
人の体は頭が大きく、手足は小さくなり、指だけが長くなっている。
生活は機械の操作だけで、人間関係はなくなり、言葉もなくなっている。
腕時計くらいの翻訳機ができて、会話は自由になる。
タイムマシンが発明され、過去の社会にも行けるようになる。
世界語ができて、動植物とも会話ができるようになる。
動物の知性が発達して、人間と動物の戦争が起こる。


科学技術

自動車はもっと小さく簡単になって空をも自由に飛ぶ。
交通は地球内であればどこへでも数分で、宇宙でも数時間でいける。
頭で思っただけでその場所に到達できるようになる。
パソコン、携帯等は小型になって体に埋め込まれている。
家にいて世界中の料理が食べられる。
食事をする人はいなくなって、みんな薬で生きている。


というのが彼らの想像であった。







5月 3日(日 憲法記念日)
  

中国では連休最後の日である。
でも、私はずっと家にこもっている。
べつに豚インフルエンザがこわいわけではない。
ただおっくうなだけである。
おっくうさに慣れてくると、あんなに好きだった旅行にも行く気が起こってこない。
もっとも金がないというマルクス・エンゲルス的理由もあるけれど・・・

昨日「遙かな絆」というNHKのドラマを見た。
中国に留学に来た女子大生が、残留孤児だった父の苦難の後をたどっていくという物語である。
天津を第二の故郷と決めて、ここで死を迎えるつもりでいるが、
そう思いながらも、「故郷」ってなんなんだろう、て考えさせられていた。


授業では今、ちょっとややこしい課題に突入している。
作文の授業で、黒柳徹子の「黄色い花束」という短いエッセーを読んで
「要約」をし、「感想文」を書くという練習をした。
文を「要約」するという練習は3回目ぐらいかな。これはかなりうまくできるようになった。
感想文は何度もやっているので、助詞とか接続の問題はあるけれども
形式的には大体OKが出せる。


問題は「内容」だ。
ほとんどが
「子どもに罪はないのにかわいそう」
「戦争はだめだ、平和が第一」
の範囲を超えていない。

作文の授業は「何を」「どう書くか」の練習である。
どんなに日本語を上手にしゃべったり書いたりできたとしても
そのしゃべっている内容が薄っぺらなものだったら
サルがキャッ キャッと言っているのとあんまり変わらん(言い過ぎだ)
小学校の5年生でも言うようなことを、ただ外国語で言っているというだけで
大学生の作文といえるのか、と問題提起をし
「日本国憲法 前文」と「第九条」を示し、
これを読んで、核、テロ、民族問題、日本の自衛隊などを考えに入れながら
「感想」ではない「自分の意見」を書け、という課題を出した。

そして提出された「作文」は やはりというべきか
ほとんどがコピペ(コピー&ペースト)である。

こんどはコピペができないように、宿題ではなく授業中に
@日本の自衛隊についてどう思うか
Aイラク派兵についてどう思うか
B日本の戦争責任についてどう思うか
の3点について簡単に意見とそう考える理由を書かせた。


このまとめは、また次回に紹介する。


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