3月19日(木)  

「日本文化」と「作文」の前期の採点が終了した。
ずいぶん遅いけど、日本に一時帰国したため、答案をもらうのが遅かったためである。

「作文」の試験問題の中に『わたしの先生』という題で300字以内で作文しなさい、
という問題があった。いろいろな先生について書いていたが、
その中に勿論 私=久下について書いた者も何人かいる。
今日の授業でパワーポイントで映写し、学生に紹介した。
黄色の字もその時に映写したままのものである。

          古い太縁の眼鏡
          背は高くない
          形が太い
          歩く時、熊さんのよう

               まるでアニメの主人公だな!


          日本からのやさしいおじいさん
          背が短くて
          小学校の校長さん
          ふとぶちの眼鏡

               背は「短い」か?


          普通の人から見れば老人
          でも私の目では
          勤勉で
          みんなと同じ年の親友みたい

               あなたの目は普通の目ではないということ?


          先生たちの中で一番あかるい人
          自分のかばんを背負って
          にこにこ笑いながら、
          大阪腔の日本語を話しています

               これは 天才バカボンだ!


          関西地方からきた。
          だから
          ちょっと方言を言っておもしろい

               「方言のおもしろさ」に気づくとはエライ!



        次は 一人分 全文を紹介します。


          日本から来るのはハンサムですか。
          案外・・・・
               期待を裏切ってごめんなさい
          濃い関西方言・・・・
               その通り! 「手前 生まれも育ちも神戸でござんす」
               60年 関西弁一筋に生きてきた男!天津ー神戸友好の象徴


          方言のせいか、・・・・あまり分かりませんでした。
               いいわけ、いいわけ
               日本語力の不足を方言のせいにしなさんな


          先生が嬉しそうな顔をなさると、私も先生が何を話した
          のか分かりませんけど、従って笑っていました。・・・・

               これぞ 「日本文化」の体得ですね。

               でも、先生に合わせて笑っていると、いつも笑っていなければなりません。

               いいじゃないですか。
               「笑う門には福来たる」という ことわざがあります。


          いつの間にか、私は先生の話が分かるようになりました。

               そうそう、それが実力がついたということなんです。
               だから、軽く 日本語能力試験一級も合格しましたね。

                        以上、面白いおじいさんから でした。









3月16日(月)  

3月は卒業の月、別れの月、万物革まるの月でもある。
それほどおおげさに言うことでもないけれど
私が見ていたNHKの番組もいくつかともお別れということになる。




と、このような番組が消えていくようである。
こちら(天津)では日本語の番組といえばNHKワールドだけなので、
(お金を出せばパソコン経由で民放番組も見えるけど、高い!)
番組改編の影響ははなはだ大である。


今日も ちょっと恥ずかしながら、こんどは校長として最後の卒業式をやった時の式辞を。
8年前の新任校長の時とおんなじテーマでしゃべっていますね。成長がないんかなあ。


3月13日 卒業式々辞


ただいま、一人一人に卒業証書をお渡しした103名の卒業生の皆さん、
そして、その保護者の方々、ご家族の皆さん、
本日はは誠におめでとうございます。

3年間をこの啓明中学校で過ごした卒業生の諸君はもちろんのこと、
時には一緒に喜んだり悲しんだり、叱ったり励ましたり
見えないところで心配したりした保護者の皆さん、ご家族の方々にとっても
今日の卒業はまた、感慨ひとしおなものでありましょう。
中学校を卒業したからと言って決して一人前になったというわけではなく、
これからも同じような心配や苦労は続くとは思いますが、
ひとつの人生の大きな節目を越えたことは事実であります。

中でも、この3年間、一日の欠席もなく通学を続けた卒業生が5人います。
名前を呼びますから、その場で立ってくれますか。
  1組の富山匡登くん、三成千恵さん、
  2組の藤本圭一くん、松原明宏くん、
  3組の衛藤有由美さん
よく頑張りました。

君たちの努力もさることながら、
それを実現させたご家族の方々にも深い敬意を表し、拍手を送ります。
どうぞ、座って下さい。

本日はお忙しいところをご臨席くださり、
今、新しいスタートを切ろうとしている103名の
卒業生に温かい激励のお気持ちをお示し下さいましたご来賓の皆さま、
卒業生、保護者、職員にかわりまして、厚くお礼申し上げます。
ありがとうございました。
中学校を卒業しても、同じこの地域を生活の本拠とするこの子たちの成長を
これからも暖かく見守ってやって下さい。
お願いいたします。

さて、卒業生諸君。
今日の門出に当たって、
私は、私自身が一番大切にしている言葉を
はなむけとして贈りたいと思います。
それは「自由で人に優しく」という言葉であります。

これは、私の生きる指針、ある意味で私の生き方を規定している言葉
いわゆる、私の「座右の銘」でありますので、
この学校に来てからも朝礼でも何度か話したことがありますし、
校長になって最初の卒業式の式辞でも、去年の卒業式でも言っています。
また、今年の卒業文集にも書きましたし、
何人かの人の卒業アルバムにも書きました。

自由で人に優しく。

自由とは、すべてのことは自分に理由がある、ということであります。

みんなしているやん、誰でもやってるやん、と
自分の行動の責任をみんなの後ろに隠してしまわないということです。

みんなやっているからと、
自転車の二人乗りをしたり、ゴミのポイ捨てをしたりしないと言うことです。

みんなやっているからと言って
無駄な贅沢をしたり、きたない言葉を使ったり、
いじめの一端に加担したりしないということです。

確かに他の人もやっているかも知れない、他の人の方が中心かも知れない、
でも、自分がまぎれもなく、いじめに加担しているということ、
自分が地域環境・地球環境を破壊している張本人の一人であることを
はっきりと意識できること、それが自由ということです。

日本の法律では満14歳になるとそのような判断が出来るはず、
そして、18歳、20歳になるとその判断と行動に責任がとれるはず
と規定しています。

人に優しく。
優しいという字は「人を憂うる」と書きます。

卒業文集には間違って「人を優うる」と書いてしまっています。
卒業文集ぐらい、間違わずに書けよなあ、と思いますが、
それが、私のええ加減なところのあらわれで、恥ずかしいことですが、
帰ってから、もう一度卒業文集を開いて、あっ、間違っていると確認をして
訂正をしておいてください。
卒業文集って、友だちのところはパッと開いて読むでしょうけれど
校長先生のページなんか、へぇ、あったん? という人もいるかも知れません
ま、間違ったことによって、「自由で人に優しく」という言葉が
心にもうすこし強く残ってくれれば怪我の功名ということになりましょうか。

人を憂うるということは、
人の悲しみを自分の悲しみと感じることの出来る感性のことであります。
それが優しいということであり、優れているということであります。
そういう、人を憂うる心、優しさに勝れている、優しさに勝っている
そういう心の状態を「優勝」というのです。
そう言う意味でこれも好きな言葉の一つです。

これから君たちが生きていく21世紀は今よりももっともっと
機械化・自動化が進み、より便利に、より快適になっていくことでしょう。

しかし、そのことは言い換えれば
人間が機械の都合に合わせていかねばならなくなるという
部分がより多くなることであり、
人間らしく「自由で人に優しく」ということの
実現しにくい社会になっていくということにもなりかねません。

大きな荷物を頭に載せて、20キロ、30キロの道を
自分の足で歩いて、隣の村に商売に行くインドの人々。

毎朝、谷の底まで降りて生活の水をくみ、
腰に乗せて自宅まで登っていくネパールの少女。

確かに、不便で不自由なんだけれど、
そこには私たちが失いかけている別の自由が脈々と残っている。

蛇口をひねればいくらでも水が出るという社会では忘れられがちな
水を、水源としての泉・川を、要するに自然そのものを、
大切にする心が生きている。

物をあげると、必ず両手で受け取ってくれる
スリランカの子どもたちの美しい生活態度。

自分の体ほどの大きさの子羊を一生懸命に抱えて、
風の当たらない囲いの中に運んでいるモンゴルの3歳か4歳の女の子。

知らない外国人である私を何の警戒心もなく
2階の部屋に招き入れてお茶を出してくれる中国雲南の人々。

そういう不便で不自由な社会の中で生活している人々に接して
便利で豊かになった生活の中で、
私たちが忘れかけているものの多さに気づかされます。

機械化がどんどん進んでいく社会にあって
機械に振り回された生活にならないように、

自然がどんどん失われていく社会にあって
自然な人の心まで失ってしまうことの無いように、

競争がますます激しくなっていく社会にあって
人を自分の手段したり犠牲にしたりしてしまうことのないように、

君たちが「自由で人に優しい」生活を失わないように

  自分らしく生きることの素晴らしさを求めて、
  自由を駆ける鳥となって、
  この広い大空に夢を託して
  新しい出会いの中に
  さあ!飛び立ってください。

これで啓明中学校第38期卒業生の皆さんへの餞の言葉といたします。







3月15日(日)  

3月中旬、中国の学校では別に何ということもない月だが、
日本の小・中・高校では卒業式、終業式、年度末とあわただしい時期である。
私も現役の終わりのころは、これに人事異動が加わってまこと多忙の月であった。


今日は ちょっと恥ずかしながら、校長として初めて卒業式をやった時の式辞を。
そして、明日は校長として最後の卒業式の式辞を 勝手に紹介しよう。
この点、あまり誰も注目しない ひっそりとした個人的なホームページだから勝手なものである。
とは言っても、どこの誰が書いているのか全く不明というのもまずいかなと思って
今回から  私の名前とメールアドレスを下から2行目に入れることにした。


3月12日 卒業式々辞


『自由で、人に優しく』 

どうぞ座ってください。
いま、ひとりひとりの人に卒業証書をお渡ししました。
人生のうちで最も多感な、ひとつの節を今 越えて
新しい旅立ちを始めようとしている341名の卒業生のみなさん、おめでとう。
そして、子育ての中で最も苦労の多い中学生時代の3年間を見守り、
育んでこられた保護者のみなさん、本当におめでとうございます。

今お渡しした卒業証書には、
「あなたは中学校の全課程を修了したことを証する」と書かれてあります。
中学校の全課程を修了したと言うのは、
単に、国語、社会、数学といった教科の勉強をした、というだけではなく、
その他の、中学時代に経験したあらゆることの勉強の成果を認めて
卒業の認定をしたということです。

友達ができ、その友達とケンカをし、また、仲直りをしたといった
人間関係の勉強、
いじめにあい、又はいじめに加わり、
あるいはいじめのあることを知りながら止めさせられなかった、 
といった体験的な勉強、
湾岸戦争やPKO、東西ドイツの統一、ソ連の崩壊、
市議会のカラ出張事件など政治や社会の問題についての勉強
 
また、エイズの問題や、ゴミ、公害、福祉、環境などのの問題について
話し合ったり、考えたりしたこと、
異性の友達を好きになったり、先生に反抗したりしたこと
そんなこと全部を通じて成長していっている君たちの姿を認めて
卒業を認定したということです。

  校長先生は、去年の4月、今の1年生入学式のお話しで
大人になるということは、どういうことができるようになることなのか、
というお話しをして、それは、
一つは 「自分で責任がとれるようになること」
二つ目は「人に優しくできるようになること」
そして三つ目は「自分で自分の目標を立てられるようになること」 
と話しました。
今、中学校を卒業しようとしているみなさんは、 
この3つのことがどれだけ自分の中に根付いているきているか、
振り返って見てください。

第一のことについては、
これからも何かにつけ、人のせいにしたり、
環境のせいにしたりしたくなる時がしょっちゅうあると思います。
また、「赤信号みんなで渡ればこわくない」といった気持ちに
流されそうになることも多々あるでしょう。
校長先生の一番好きな言葉(=座右の銘)は『自由』ということです。
自由の「自」は、自分ということです。
自由の「由」は、理由の「由」です。
すべてのことは、自分に理由があるということです。
「赤信号みんなで渡ればこわくない」
「駅前の不法駐輪もみんながやれば悪くない」
「みんなやってるやん」
これらの考え方はは、いずれも
自分の行動の理由を他に求めていること、自由でない行動だと思います。
「どっちみち、みんなも遅れてくるだろうから、自分も遅れていこう」
これも不自由な考え方ですね。

その逆に、何でも自分の思い通りにならないと気が済まない、
というのは人に対して優しくない考え方ですね。
これが第二の課題です。
自分と違う考えや
価値観をもっている人がいることを素直に受入れられることが
優しさの根っ子だと思います。
外国の人も、これからは君たちのまわりにたくさんやってくることでしょう。
何かの障害のある人とのつき合いも多くなると思います。
老人や病気の人とも接する機会が増えてくるはずです。
その人たちを助けてあげる、面倒を見てあげるというのではなく、
その人たちと助け合って生きていく、共に生きていく、
そういう気持ちになっていくことが、
「人に優しくできるようになる」ということだと思います。

これからは、君たちにとって「母校」となる
この園田東中学校でも、創立30周年のひと区切りを終え、
これからは特に「自由で人に優しい人づくり」を
大きなテーマとして取り組んでいくつもりです。

「自由で人に優しい」頭の中で、口の中で言ってみてください。
これが校長先生が君たちに「贈ることば」です。

さて、保護者のみなさん、
本日はお子さまの卒業、本当におめでとうございます。
中央の階段を下りてくる
立派に成長された我が子の姿に
感慨しとしおのものがおありかと推察いたします。
園田東中学校での3年間の生活には、生徒会や教職員の努力にもかかわらず
ケンカや暴力、いじめや不登校もあり、
学校のきまりをはみだす生徒もありました。
しかし、それだけに子どもたちは、いろいろな場面を見、
いろいろな人を知って、「自由で人に優しく」なれる素地を養って
卒業していってくれているものと確信しています。
また、中学校の通常の学習になじみにくかった生徒がいたことも事実です。
しかし、それらの生徒たちも、人一倍の優しさを持っておりましたし
これから一生続いていく中学校とはまた違ったかたちの新しい学習の場面では
それなりの努力を続けていくことのできる力をたくわえていることを確信して
卒業を認定いたしました。
始めにも申しましたように、
中学校の全課程を修了したという言葉にそのような思いもこめてあります。

親として、心配でならないという場面も多々あったことと存じます。
にもかかわらず、本校の教育を温かく見守ってくださり、
育友会活動などを通じて学校の教育に多大のご支援とご理解を賜り
本当にありがとうございました。

市教育委員会の安藤先生、
尼崎東高等学校の園部校長先生、
3小学校の校長先生、園和幼稚園の園長先生
歴代育友会長はじめ、地域のみなさま、
本日は大変お忙しい中、わざわざ本校第28回卒業証書授与式に
ご臨席くださいまして誠にありがとうございます。

卒業生と保護者、そして教職員すべてにかわりまして
高いところからで恐縮でございますが、厚くお礼申し上げます。

ただ今、
341名の生徒を卒業生として送り出します。
卒業とは言いましても、まだまだ未熟、
しかも、これからますます迷いや悩みの多い時期にさしかかってまいります。
どうか、この子たちに、今までより一層のご助言、ご指導を賜りますよう
お願い申し上げてお礼の言葉とさせていただきます。
  では、卒業生諸君、
最後に、
いま正面玄関に書かれている詩の一節を借りてお別れにします。

  地球をつつむ青空は
  すべて君のもの
  さあ、翔ぶがいい
  希望という名の風に乗って
  (試練という名の嵐に耐えて)

以上をもちまして、
卒業生諸君に「贈ることば」を終わります。


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