3月 7日(土)  

「わら半紙」って生きている言葉かどうか、ここ数日メールを往復している話題である。
ことの起こりは、曲阜で日本語を教えておられる先生からのメール。
「わら半紙に印刷した教材」という言葉にであって、
「わら半紙」って言葉いまでも使っているんだろうか、と思ったのに始まる。
確か、私が初任の頃は「わら半紙」だった。
でも、退職するころ(10年ほど前だけど)には、
あまり使われなくなっていたように思われる。
思い出してみるといつの間にか「ざら紙」という言葉に代わっていたように思われる
それで「それにしても曲阜はやっぱり田舎ですね。まだ「わら半紙」なんてあるんですね。」
と揶揄したら、さっそく
「業者は、天津でも「わら半紙」を使っていますよ。学校側が配布するテスト問題は、
「わら半紙」ですよ。たぶん貴校の学校でもそうでしょう。」と叱られた。
そこでちょっと考えた。
中国ではこの「わら半紙」に相当する紙のことを何と呼んでいるんだろう?
日本では「馬糞紙」→「わら半紙」→「ざら紙」と次第に語感をよくしてきたように思う。
もちろん紙自体の変化による名称の変化ではない。
と言うようなことを言うと彼はさっそく調べてくれた。偉いですねぇ
「わら半紙」粗?的日本紙(cucao de ribenzhi);草紙(cao zhi)
「ざら紙」粗?的紙張(cucao de zhizhang);
     低級的印刷用紙(diji de yinshua yongzhi);草紙(caozhi)
と言うのだそうだ。(?は米ヘンに造)
やっぱり「わら半紙」という言い方には、
中国語に直してもちょっと馬鹿にしたような語感がありますね。
ということで、「草紙」ということにしたらどうだろうか
ちょっと風情がかんじられるではないか。「そうし」よう、
ということで一件落着しました。





3月 6日(金)  

お好み焼きを作った。




落語の熊さん、八っさんというのは
仕事を終わって帰ってきたら、
パソコンやメールはもちろん、テレビも見ずに
風呂に入って、一杯飲んで、グタグタ言って
寝る。

わしも今日は熊さんでいきたい。
だから、ちょっとぐらいグダクダいいたいよ。

おしまい。





3月 4日(水   ひな祭りの次の日=流し雛)  

昨日はひな祭りであった。だからといって別に何ということもない。

昼は、大きな鉢にマカロニグラタンをつくった。
夕方から、歯が痛くなった。
このごろ、腰とか歯とか、目も足も
こういった体の部品の衰えが目立つ。

昔、現役で働いていた頃
よく、○○先生を囲む会、というのがあった。
時々、いや、往々・・・・やっぱり いつもだったな
病気のことで盛り上がってしまう。
いずれもしばらくの病気を克服して
出席している人たちだから
話しに何となく自慢げなところがあり、
負けず嫌いの他の人が、
私だってこんなすごい病気が
とやり出して盛り上がってしまうわけである。

一番年下で、病気などしなかった私は
いつも何となく取り残されたような気持ちを味わっていた。
あるときなんか、とうとう
わしだって、今年中には何か病気して
次の会では話題にいれてもらう
と宣言したりしたこともあった。

腰痛や歯痛ぐらいでは今でも相手にはされないかも知れないが
これで死ぬことはないだろうけれど
生きていく上ではなかなか痛苦をともなうものですよ。

今日あたりはいちど按摩にでもいってこようかな。





3月 2日(月)  


ここ、数日間の近況を。

2月26日(木)
午前5時半起床。8時からの授業のためにはこんな時間に起きなければならない。
8時 3年生1班の作文の授業 定刻に教室にいる学生8人
なんだ! と思ったら02分には16人に、05分には17人となった。
それでも5人欠席である。
10時には授業が終わったので、帰りにケンタッキーでポテトフライとコーヒー


2月27日(金)  
今日も5時半起床。
8時 3年生2班の作文授業。今日は8時には23名揃っている。(1名欠席)
11月末の「日中友好の声 弁論大会」に向けて練習していた学生がいる。
「あれ どうなつた?」と聞くと、「明日です。」との答え。
驚くよねぇ。何度も原稿を見たり、練習に立ち会ったり・・・・
でも、誰も開催の連絡はしてくれない。
まあ、まあ、これが中国なんかと思う。
日本でこんなことやったら、以後 信用を失うと思うんだけど
自分に関することだから、ちょっと教材にしにくいので、
「ああ、そうだったの。あとで時間と場所、メールしてくれる?」と笑ってすませる。

この日は10時に終わって次の授業が午後3時半である。
いったん帰宅して出直すことにする。

夜、糖尿の友人来宅。白酒1本半ほど。よって、ブログ休み。


2月28日(土)  
朝から天津外国語学院へ。 「第18回 日中友好の声 日本語中国語弁論大会 (京津大会)」 大学2年生以下のアマの部と2年生以上と大学院生のプロの部、各10人が出場。



ことしは各出場者ともかなりレベルは高かった。
数名を除いて、誰が1等になっても異議はでないかも、と思われるくらい。

帰り伊勢丹により昼食。ここで昼を食べるときはいつも「おばん菜定食」と決まっている。
約10種類ほどのおかずと豚汁、炊き込みご飯、デザートがついて40元。気に入っている。
ここで、豚汁を食べながら、今日はこいつを作ってみようと思い立った。

伊勢丹の地下で 
こんにゃくと薄揚げ、ちくわ、豚肉を買った。
他は、自宅近くのスーパーで買うことにする。
伊勢丹の野菜はめちゃくちゃ高いのです。
家に帰って、それぞれを細かく切って、
出し、醤油、みりん、酒で煮込む
この間まで「おでん」を煮込んでいた大きな鍋だ。
また、1週間ぐらいは「豚汁」とのお付き合いかな。
ま、結構美味くできている。


3月 1日(日)  
「日中友好の声 弁論大会」の中国全国大会の日であるが、行くのはやめた。
午前中は授業の準備をしながら、時々「豚汁」を食す。

夕方より「日本語コーナー」に行く。
これは午後7時から9時なので、ちょっと腹ごしらえをしてからと、また「豚汁」に火をつけ
コロッケを解凍して食べ、タクシーで出かける。
日本語コーナーに到着して気がついた。
「あれ、豚汁たべてない!」
ということは、ひょっとしたら火をつけたまま?!
あわてて、タクシーで引き返した。
やっぱり火はついていた。
大きな鍋だったし、汁物だったので火事にはならなかったけど
昨日 せつせと切った野菜はすべて焦げて煙を出していた。
換気、真っ黒になった鍋を洗う、台所に鍋から噴き出していた水 等々 大変でした。


3月 2日(月)  
そして、今日です。
朝、まだ煙の臭いが残っているので、部屋の窓を全開。室内温度が19℃から8℃に下がりました。
午後3時半からの授業です。

おしまい。
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