2月28日(土 2月最後の日)  


今「大学日語」の授業で「日本人の好きな言葉」という文章を勉強している。
外国教学与研究出版社発行「新世紀 大学日語 第四冊 第5課 本文T」の文章で
文末に(『朝日新聞』「天声人語」1996.9.9)と出典を示している。
以下、全文を再掲する。

 あなたの好きな言葉は? そう聞かれたら、なんと答えますか。
そして、日本人の好きな言葉は? と聞かれたら………
 調査によると、それは、一つの言葉に集中した。〈努力〉である。
NHKが実施している「現代人の言葉の環境調査」では、
この20年近く、その首位は動かない。
面接して、自由回答してもらう調査で、最近では、この春実施した。
〈努力〉が他を引き離してトップで、〈ありがとう〉〈誠実〉〈思いやり〉〈愛〉〈夢〉と続く。
 相変わらず日本人は勤勉だ。そう考えて心強〈も思う。
ただ、〈努力〉に続く好きな言葉が「ソフトクリーム」状のフワリとした言葉なのは、
この時代を映しているかも知れない。
1979年調査では2位の〈忍耐〉、5位だった〈根性〉が
今年の調査では大きく後退していることからも、そう指摘はできよう。
 皮肉な見方もできる。常に上位を占める〈努力〉と〈誠実〉は、
一方で役人や政治家からいやというほど聞かされる言葉だからだ。
「努力致します」「誠実に対処致します」の決まり文句である。
「誠実に努力致します」といった答弁には、いつも不誠実のにおいがする。
 社会学者M・ウェーバーを引くまでもなく責任倫理にかかわる。
努力するのは当然である。
肝心なのは、結果を出すことだ。その上で結果の責任を引き受ける。
また、誠実であるからといって、すべてが許されるわけではない。
誠実さが、裏目に出ることがしばしばある。
〈努力〉や〈誠実〉が、
往々にして口実に使われがちなこの社会のあり方が気にかかる。
 漫画は、ときに率直さで批評する。
『サザエさん』にこんな場面があった。
大物作家ふうの人物をたずねてインタビューする。
「お好きな言葉は?」と尋ねると、彼が答える。
「安い、もらう、ただ」。こんな率直さが気持ちいい時もある。
                              (727宇)
                      (『朝日新聞』「天声人語」1996、9.9)


ついでに、インターネットで「日本人の好きな言葉」というキーワードで
検索をかけてみた。
いくつかヒットした内から、ひとつを再掲してみる。


先日NHKのニュース番組で「日本人が好きな言葉」の調査結果を報告していました。
この調査は全国の16歳以上の人、3600人を対象に実施し、2394人から回答を得たもので、
60の「言葉」を示して好きな「言葉」をいくつでも選んでもらった結果、1位は「ありがとう」
で67%の人が選んでおり、2位は「思いやり」(44%)、3位は「健康」(41%)だったそうです。

  実は同じ調査を25年前の1983年にも実施しており、その時は40の「言葉」から選んでいましたが、
上位3つは「ありがとう」「健康」「思いやり」と同じ結果でした。
しかし目立った変化としては前回4位だった「努力」は今回15位へ、前回11位だった「根性」は
28位へと転落。逆に前回22位だった「優しさ」は5位、9位だった「平和」は4位へと大躍進しました。



本文T すなわち 1996年の「天声人語」では20年前 すなわち1976年頃からずっと
第一位は「努力」だったと言っているが、
一方では1983年の調査でも一位は「ありがとう」だったと言っている。

いったい、どちらが正しいんだろう?







 2月26日(木 2・26事件)  


地下鉄「海光寺駅」構内にあたらしいコーヒーショップができた。
今日は「写作(作文)」の授業が終わっての帰りに寄ってみた。
アメリカンコーヒー22元とちょっと高めだが
店内もきれいだし、コーヒーの味もまあまあである。
何よりも、ちょっと高めの価格設定がきいていて、客が少ないのがいい。
他にカレーとか、ハムサンドとかの軽食もあるようだが
コーヒーを飲みながら1時間ほど本を読んで過ごした。
こういうところで本を読むと
また、ちょっとゆったりとした気分のようなものがあっていいものである。

     



きのうは
地下鉄「営口道駅」を出たデバチカに
回転寿司屋ができているのを見つけて食べてみた。
一皿6元、まずまずの値段である。
おいしいという程ではないが、まずくはない。

他にコーヒーショップ、サンドイッチ店など
かなりきれいな店が並んでいるる。
天津もこういう店が次第に多くなってきた。
それだけ物価も高くなってきているということである。



久しぶりに中国人に教える日本語指導 文法編、助詞その2である。

中国人にとって助詞はやっかいなものであるが
その中でも「は」と「が」の使い分けは最もまぎらしいもののひとつかも知れない。
どちらでもOKという場合もあるのだが、やはり文脈の中では
ひっくりかえると違和感が出るものも多い。

中国人の日本語教師が書いた作文で、ほとんど100%ひっくりかえっていた文章もあった。

「象は鼻が長い」とか言って、この問題だけで何冊もの文法書が出ているくらいである。


私の場合、これについてはいろいろややこしいことは言わず
次の4点だけに絞って暗誦させているる

@ 「が」はすぐ次に続く述語の主語。「は」は文の最後の述語にかかる主語をあらわす。
 「は」は時には文中の2つ以上の動詞の主語となったり
 「。」を越えて次の文(多くは主語省略がある文)の主語になったりもする。

   「私はA君が描いた絵が気に入っている。」
    「私は」→「気に入っている」
    「A君が」→「描いた」・・・・「A君が」→「気に入っている」ではない。

A 初めて出てきた話題の時は「が」、同じ話題について敷衍するときは「は」
   「あの人が○○さんです。」「○○さんは日本語の先生です。」

B 「が」は主語を強調し、「は」は述語を強調する。
   「私は○○です。」・・・・単に名前を紹介している。
   「私が○○です。」・・・・「私」を強調、自己主張の強さを感じる。

C 「は」は他と区別して、という感じを与える。
   「若いときはきれいでした。」・・・・今はきれいではないという印象を与えてしまう。
   この「は」は主語を表しているのではない。






 2月25日(水)  


どうも軽度のぎっくり腰になったようである。
突然ギクッと来たわけではなく、
原因はよくわからない。
腰を動かすと少々の痛みを感じるが、
動けないわけではない。
明日からまた授業があるので、
今日は右のマッサージチェアーを基地に
テレビやビデオを見たり
本を読んだり、ごろごろとして一日を過ごそう。
パソコンは
ぎっくり腰との相性がよろしくないようなので
これはお休みにする。


昨日のブログで「写作(作文)」の授業はやめた」というように書いたが、
その後日語科主任から
木曜日の午前にかためて、パワーポイントのつかえ教室を準備したので
授業を担当してほしいという電話をもらった。
私のために色々と多の先生の授業を押しのけて時間と教室を配慮してもらったののようである。
もちろん、喜んで授業担当を受けさせてもらう。

腰の調子がよくないので、今日はここまででパソコンとはしばし決別する。

昨日、腹立ち紛れにいろいろ書いた部分を一部削除しました。






 2月24日(火)  


大学も今日から新学期が始まった。
もっとも先週から始まっているところや、
来週から始まるところといろいろで
全国一斉というわけではない。
右は学内の彫刻、まだ雪が残っている。

月曜日、第一時間目、日本語学科写作(作文)の授業である。
今日はまだパワーポイントが使える教室ではない。
冬休み中に準備したオープニング教材は無駄になったが
新しく新学期の教材を急遽コピーし、5時半に起きて意気揚々と教室に向かった。
と、見知らぬ学生が次々とやってくる。
聞くとここは英語の授業だという。えっ、と主任に電話すると
教室変更の申請はまだ出していないという。何と言うことだ。
この年になって何もこんな不本意な気持ちで授業することはない。
まして、わたしは学校の世話にならず、独自で日本まで出かけビザをとってきた
フリーエージェントである。
その電話で、写作の授業は降りさせてもらうと申し出た。

そのあと国際交流処に出向き、昨年9月から12月までの給料を請求。
昨年の9月ですよ。半年も遅配になっているということだ。

   
            左は多分天津一と思われる大学図書館   その図書館の一角にこのような喫茶店もある。

午前中の授業が無くなって帰宅するときには
自分でも楽しみにしていた授業だったし、学生にも悪いように気がして
気分が滅入っていたが、午後の授業(これは楽しくできた)をして帰るときには
何か重荷を下ろしたような(写作の授業が重荷とは全然思っていなかったが)軽い気持ちになっている自分に気がついた。


夜、ちょっと遠九の日本料理店にいっておいしい料理と酒で乾杯!
というわけで、昨日のブログはおやすみしました。





 2月22日(日)  


中国の大地で育った日本のお米「秋田小町」
キッコーマン醤油、清酒「月桂冠」、チョーヤの梅酒、
その他、ウスター、中濃、とんかつ等のソース、
一味、七味唐辛子、うどん、焼きそば、めんつゆ、
産地偽装でないうなぎの蒲焼き、焼き餃子、
塩昆布、納豆、たくあん、柴漬けまで
我が家の食卓を楽しませてくれる面々である。
これらはすべて正真正銘の Made in China である。


話は変わる。
先日、中川財務・金融大臣が外国での記者会見で
ほとんど居眠り状態の醜態をさらしたということで辞任(クビ)した。
100年に一度とか大仰に言われているこの金融・経済危機のさなか
本当に彼がその舵を切れる人物だったとすれば
一回の居眠りぐらいでクビにするのはもったいない話である。

契約が切られてそれこそ文字通り路頭に迷っている人々
また、人員削減が発表されその対象になるかも知れないとおびえている人々
こんな国民の生活や不安よりも、やはり政局が優先するのが政治家なんだろうな。
それとも、大臣なんかしょせん飾りで誰でも交代できるようなものなのかも知れない。

ついでに言えば、居眠りぐらいでクビにしていては、私のクラスなんて
学生が居なくなってしまうかもしれないよ。

同じ日のニュースの下のほうに
メキシコで華僑の会合に出ていた中国の国家副主席(習近平)が
中国は13億人の食糧問題を基本的に解決したと話したうえで
「腹がいっぱいになってやることのない外国人がわれわれの欠点をあげつらっている。」
「中国は革命も輸出せず、飢餓や貧困も輸出せず、外国に悪さもしない。
これ以上いいことがあるか。」と言ったとか。
これが国家指導者にふさわしくない失言だとして話題になっている、という記事もあった。

なんで、これが失言なんだ? と思う。
習近平なんて名前も知らなかったけど、おもしろいやんとちょっと好きになった。
でも、中国のネット上で
「酒に酔った勢いでの発言」とか
「胡錦涛指導部のイメージを傷つける」との批判が相次いでいると言う。
中国人もこのごろ大分、腹がいっぱいになって人のことをいろいろあげつらう人たちが
多くなってきているのかな。

昨日以前のブログは下の「過去のブログ」をクリックして見てください。