2月 7日(土)  

パソコンの調子がどうにも付き合いれなくなってきた。
ワープロを打っていて一字の変換に30秒から1分もかかることがある。
仕方なく再リカバリをやった。あに朕が志しならんや、である。
新しいプログラムのインストールは必要最低限のものに限定したら
スピードは元に戻ったようであるが
時々 勝手に電源が切れてしまうことがある。
それよりも困ったことは数日かけてやった
DVDからMP4に吹き替えた動画が全部消えてしまったことである。
PowerPointに組み込んで後期の授業で使うつもりだったので
また、同じ作業をやらねばならぬ。
あ〜ぁ、である。


話はかわる。
中国が確実に近代化を遂げているあかしのひとつ。
それは、野菜がまずくなったことに表れている。
以前のように太陽の匂いのするトマトは無くなったし
青い味のキューリもなくなった。
みんな、日本と同じ促成栽培の整った野菜になってしまった。

また、ひとつ。
乗り合いバスが停留所でしか停まらなくなった。
前は、運転手と路上の人が知り合いのように
手を挙げると、動き始めていても停まって
待っていてあげるということがよくあったものだが
このごろはトンとそういう風景は見かけなくなった。

地下鉄も、あと二分、あと一分と到着を電光で知らせるようになった。
ゆったりとした大陸の時間から、
せかせかした日本の時間への「進化」である。



 2月 6日(金)  

雲南料理を食べに行った
昔、商学院で教えた学生たち3人の招待である。
二人の学生はもう結婚していて夫婦連れである。
一人は奥さんも教えたことがある知り合いだ。
もう一人の方はつい最近結婚したてのホヤホヤ。
三人目は一番年上だけど未婚。
仕事も大学で日本語の教師(私じゃないよ)
不動産の斡旋屋、
そして夫婦とも無職といろいろだ。

雲南の歌や踊りの音楽が
最大ボリームで流れているので
いきおい大声での会話となり、
気合いが入る。
私のように耳の悪いものにはかえって話しやすくていい。

そのあと、カラオケに行く。
別に上手に歌おうという気はらさらないのだが、
それでも風呂屋で自ずからわき上がってくる歌と違って
どうも喉に負担が大きい。
あまり好きにはなれないな。



 2月 5日(木)  

散髪に行った。
散髪しながら考えた。
「身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始め也」
ありゃあ、髪の毛を切るのも不孝の始めなんかなあ。
その昔、孔孟のやからは、散髪もひげ剃りもしなかったんだろうか。

そういえば、中国人が風呂に入る習慣があまりなくなったのは
いつごろからなんだろう?
「春寒うして、浴を給う 華清の池
 温泉 水滑らかにして凝脂にそそぐ」と
かの楊貴妃はちゃんと風呂に入っているのになあ

一方、平安時代の十二単のお姫様たちは
ちゃんと風呂に入っていたんだろうか

などと考えていたら、とんとんと肩をたたかれた。
寝てしまっていたのである。

ここの散髪屋は前金で百元を払っておくと
何回か無料でやってくれる(無料ではないが)
とろこが何か、引っ越しでするんだろうか
今回は10元を返してくれた。
散髪屋にもちゃんと信義があるんだ

今日はこれから以前の学生たちがやってきて
一緒にメシを食おうということだ



 2月 4日(水 立春)  

立春
今日から春ということである。
今(午前8時)の外気温は−1.4度で少々寒いが
それでも確実に張るの兆しは感じられる。
   (なるほど、兆しとはこう書くんだった、
   ペン書きの原稿で私は「気ざし」と書いていた。
   これも結構感じはあるんだが、
   ワープロで書いているとこういう間違いは
   できないということだな。)
天津の川の氷もほんの少しだけ残っていて
水とは違った色を見せて漂っているのが風情である。

新暦の正月、旧暦の正月、
そして、新旧共同の立春と連なって
ホップ、ステップ、ジャンプと
いやがうえにも新しい気持ちをかきたてようとするのだが
現実の私には別段これと言って新しい何かがあるわけでもない。

昨日の節分にも
豆も撒かなかったし、巻き寿司も食わなかったけれど
銭湯には行った。
「節分には銭湯」なんて風習はなかったかな。
商業大学に住んでいたころは
一応湯船(寝ころびタイプのバスタブ)もあったんだけど
今はシャワーしかないんで時々銭湯に行く。
大きな浴槽二つとサウナがあって10元
去年までの家の近くの風呂屋は5元だったから
やはり都心部の物価は高いなと思う。
でも、大概はひとり独占なので大きな声で歌を歌ったりして
心身ともにすっきりして鼻歌を歌いながら帰ってくる。
    (ここも手書き原稿は「身心」と書いていたな)
その歌のことなんだけど、
本当に意識なく飛び出してくる歌が
日によって歌種に違いのあることに気がついた。
ある日は小学唱歌ばっかりだったり、演歌、軍歌、青春歌謡、
日によってはやたら賛美歌の多い日があったりもする。
夢では気づいてもらえない深層心理が
鼻歌にまで手を伸ばして来ている。
そろそろこのへんで気づいてやらないと
ひとり言になったり、幻覚が見えたりということに
なるのかもしれない。

先日来、ホームページ(ブログ)を再開した。
無意味なことでもいい、ま、毎日書こうと
ゆるやかな決心で始めたのだが、もう一日欠席をしてしまった。
ずる休みではない、思い出さなかったのである。

そう言えば、昨日は毎日続けている「音読」も
一日 飛ばしていた。


これが毎日音読しているカレンダ
それと、パソコンの調子がものすごく変。
まるで樋口了一の手紙のようになっている。
一週間ほど前にリカバリをして、もっとおかしくなったようである。
インターネットにつなげるだけで5分はかかる。
一太郎の文章をセーブするのにも同様だから
通信回線のもんだいじゃあなさそうだ。

「ゆっくりやりなはれ」と誰かが言ってくれているのかもしれない。
そうしよう。
この文章も今、紙にボールペンで書いている。
そのうちに毛筆で書くようになるやも知れぬぞ。



 2月 2日(月)  

    前期、「作文」の授業で、実用文の練習として「手紙」を書かせた。
    確か、アンジェラ・アキが「手紙」という歌を歌っていたな、と思って
    ネットで検索してみると、偶然、この歌が目についた。
    樋口了一という人が歌っている「手紙  親愛なる子供たちへ」という歌である。

    ずいぶん、うらぶれた歌詞なんだけど、何か共感しちゃったんだ。
    曲は「樋口了一 手紙」で検索すると YouTube で聞くことができます。

    授業では若い学生向けではないので
    アンジェラ・アキの「手紙 拝啓十五の君へ」
    さだまさし「亭主関白」と並べて
    若年、中年、老年 の手紙として提示した



年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのまま 私のことを 理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても 靴のひもを結び忘れても
あなたにいろんなことを教えたように 見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を 何度も何度も 繰り返しても
その結末をどうか さえぎらずに うなづいて欲しい
あなたにせがまれて 繰り返して読んだ絵本の 暖かな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた
かなしいことではないんだ 消え去っていくように見える私の心に
励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひとときに 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがる時には 思いだして欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたと お風呂に入った懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて 立ち上がることすら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのは つらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっと それだけで私は勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに 私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って 笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ


 2月 1日(日)  

春節から七日目、
おそらく中国のお正月休みも今日で終わるのだろう。
商店のガラス戸にも2月1日まで休みと掲示してあるところが多い。
昨日も仕立屋とちょっとしゃれたコーヒー店を探して
だいぶ歩いたんだけれど、どちらも正月休みだった。

朝は目が醒めれば起きる、
あるいは3時であり、あるいは8時である。
そして30分ほど柔軟体操と正座をする。
正座は黙想・瞑想・禅にはほど遠く、
足の痛みとの我慢比べである。
だいたい10分ぐらいで私が私の足に負ける。
そのうち、瞑想もできて、きっと悟りも開いたりするんだろう。

当然、朝食の時間もまちまち。
朝食のメニューは
@食パンとコーンスープ
Aホットケーキとコーヒー
Bスパゲッティーと紅茶
C松茸ご飯とすまし汁
Dおでんとお茶
E焼き餅と・・・
のどれかである。

旧暦正月といういい口実があって、たんと酒を買い込んだ。
日本酒2種、焼酎、白酒3種、ワイン3本、ウィスキー、ブランデー
そして冷蔵庫の中にはビール、梅酒、氷結酒が入っている。
正月はいいものだ。


 1月31日(土)  

春節(1月26日)は過ぎたとは言え、
相変わらず、寒い日が続いている。
このところ、例によってバクチクがやかましかったが
今日ぐらいからそろそろ静かになるんであろう。

私の生活も何も変わったところと言ってはない。
昨日はスーパーや伊勢丹に行って
ジャガイモ、大根、豆腐、厚揚げ(らしきもの)、
こんにゃく、タケノコ、コボテン、などなどを買ってきて
今、ことことと「おでん」を煮込んでいる。
予定では、このナベは数ヶ月くらいは
次から次へとネタを放り込みながら煮続けるつもりである。

久しぶりホームページ更新なのに、
えらい所帯じみた話題になってしもうた。
でも、まあ、この頃の生活はこんなもの。
ホームページの存在すら忘れていた。
ブロバイザーから契約の期限が切れますよ
とメールが来て、
おっと、金を払ってホームページやってるんだった
と思い出した次第である。
久しぶりに開いてみるとガタガタと
恵比寿っさんの祭りのようににぎやかなのに
驚いて、ちょっとシンプルに変えてみた。